156-女王育成ゲーム、勉強編
「ふぎゅぅ〜…」
「唸り声邪魔。黙って枕になってろ」
「……ねぇ、そんなにいいの?私も試していい?ちょっ、空間プリーズ」
「や」
この羊毛枕は僕のだから……
カリプス・ブラーエ、だっけ。直接接触したのはほんの数秒足らずだったけど……随分と厄介な将星が、こっそり地球に忍び込んで来ているらしい。
それも、あの蛇には無断で。
……ほぼ確実に、ライオン丸の策かな。情報の裏取りと枕の奪還、それが目的かな。多分、後者はあわよくばで、妹を心配する兄を焚き付けただけとかなんだろうけど。
今は敵意が薄いなら、下手にアクションしない方が……でも呪いが厄介なんだよなぁ……聴けば、歩いたところも森生やせるみたいだし。
うん、アリエスを下手に扱わなければ……特に酷いこと無理強いしなきゃ早々敵対はされない、かな?かなり夢を見てる考えだけど、今はね。
どうも上手く潜伏できてるようだが……擬態もいつまで持つものか。
「……んっ、そこいい」
「我儘だなぁ、もぉ〜」
「痒いんだから仕方ないじゃん……ぁ、アリエス、ちょい頭下げて…」
「こ、こうですか?」
「そう」
背中に凭れかかり、髪の毛をギュッと掴まれて涙を流す羊枕には見向きもせず、僕は彼の目撃情報……夢ヶ丘及びその近隣にある監視カメラに映った、それっぽい顔立ちの青年を確認しながら、はふっ、と息を吐く。
うーん、足跡は掴めない。現金とかはないはずだから、漫画喫茶とかホテルで泊まるのはまず無理でしょ?
もし盗みとか働いても、夢ヶ丘と星ヶ峯の範囲だったら感知できるし。今んとこその気配もないし……あの黒いの何処に潜んでんだよ。
もういいや。
見つかんないヤツのことを幾ら考えても時間の無駄だし面倒臭いし。
一先ず、3人で集まっている目的を果たすとしよう。
「完全に寝る体勢だね?」
「断じて違う……楽な姿勢で見張る体勢だから…」
「またまたぁ」
「? あの、見張るって、誰を…?」
「ほーちゃんのこと」
「えっ」
なに言ってんだって顔で見られるけど……アリエス枕を傍に置いてるのは、確かにこいつの監視でもあるけど……最たる理由は、オマエだよ?
有言実行は大事だよね。決意表明は実現させなきゃ。
あぁ、ちなみに。ここは図書室だ。何気なく呼んだら、呑気についてきたこいつが悪いってことで───関連書籍召喚。
「えっ?」
「帝王学基礎、関連書籍12冊───君、夢の国の女王様になったんだろ?それなら、さ。こういう基礎知識ぐらいは詰め込もうぜ?」
「いやあの、あれってそういう話じゃなくて…」
「できないの?」
「できらぁ!」
はい、今からほーちゃん勉強配信、始めまーす(笑)。
提供は監視役僕、髪弄って暇が潰せる枕兼用の将星羊、苦学生勇者でお送りします。
勇者王、作るよ。
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「ん…」
配信画面を占有する少女の顔。ツギハギが沿い、片目が黒く染ってはいるものの……凡そ、今を生きる民衆たちも見慣れてきた、ムーンラピスの顔が画面に映る。
ガチ恋距離の配信スタートは、二年前から続く形式美。
画角調整や輝度が気になって気になって仕方がないと、配信の予約時間を過ぎるまで作業して、コメント欄を視認するまで気付かない、なんて配信事故が魔法少女になった初期は多発していたのだが。
すぐに慣れて、配信事故など滅多に起こらなくなったのだが。視聴者の一部が、故意でもいいから顔を近付けて、もっと見せてだの騒ぎ出し……
自分の顔面力に自信があったラピスが、幼馴染の静止を無視して快諾。
結果、やらせが前提の配信開始が定番と化した。
「やほ」
:こんにちは
:ご褒美ガチ恋距離、いただきます
:生配信きちゃ〜
:顔がいい
閑話休題。お馴染みのかわいゾンビフェイスを視聴者に見せつけてから、ラピスは一言挨拶。そのまま背もたれに頭をダイブさせる。正しくは、クッションに座って読書に勤しむアリエスの背に寄りかかっている、だが。
ふわふわもこもこの白毛を枕にし、リラックスにも程がある体勢で配信を始めた。
終戦後の影響で張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、このようなユルいラピスが見られるようになった。新たなファン層の獲得である。
本題に入ろう。
「今日は図書室にいまーす。理由は後で話すよ。んで……視聴者諸君。今日は特別だよ。今から、僕に対する“負”のイメージを言語化してコメントに打つことを許可しよう。ただし、よーいドン、って言ってからの数秒だけ、ね」
「待ってラピちゃん?なに考えて…」
「口より手を動かせ」
「はい」
:何故?
:いいんですか!?
:よくわかんないけどわかった
:鬱憤晴らしていい…ってこと!?
:あれライトいんじゃん
:やっぱMなんじゃ…
:おけまる水産
:やったぜ
「……やさしい言葉使ってね?」
:無理あるくね?
:御自身の行いを振り返って、どうぞ
:“優”など犬に食わせた
:草
普通、そんなことを言われたら戸惑うのが普通だが……すぐに受け入れて、自分たちの豊富な語彙で罵詈雑言する準備を始める辺り、ラピスの視聴者層がどんな属性なのかよくわかる。
エンタメ重視で発言したラピスは、若干後悔しながらも合図をする。若干、なにを言われるんだろうという期待を抱きながら。
結果。
:二番の女
:過労死の魔王
:オリチャー乱発防止の典型例
:ママッドハッター
:ストッパーに見せ掛けたアクセルガン踏みゾンビ
:最強捏造四字熟語量産機
:中途半端テロリスト
:ただ強いだけの人
:最終学歴小卒
:チョロ甘すぎて心配になるタイプの最強
:僕が考えた最強の小卒
:理性ある狂人
:裏切り者
:馬鹿
「もういい。OK、よくわかった。オマエらがどれだけ僕を舐め腐ってんのかがね」
「そこは怒らないとこじゃないの?」
「怒るが?」
「理不尽…」
思ったよりも言葉の暴力が強くて、ラピスは死んだ顔でそれ以上は遮った。心臓に深々と突き刺さった。これ以上言われたら立ち直れそうになかった。
……偶には視聴者のガス抜きも必要かと思い誤ったが、そんな必要なかったようだ。
とはいえ。
ラピスは目論見通り、視聴者に言わせた言葉の羅列から二文字を引き上げる。
他は無視した。
「はい、それじゃあ“ガムステーキ”さんと“グルシャンで毒ガス生成機”さん、あなた達は僕が求めていた二文字を使ってしまった愚か者です。悔い改めて」
「えぇ、なに使ったのこの人たち……ぶふっ、小卒w」
:言い過ぎました
:正直すまんかったと思ってる
:ライン越えしまくりやんけ
:中三の夏だもんなぁ…
:でも、なに?これが求めてた言葉?Mか?
:ムンラピ“ドM説”補強確認、ヨシ!
:んな説あったんかい
:有名やぞ
最終学歴小卒。悲しい哉、ムーンラピスこと宵戸潤空は中学校卒業前の夏、あの決戦の日に命を落としていて……高校受験すらできていない。
死亡判定されて義務教育を受けられなくなった子供を、そんな扱いしていいのかは疑問が残るが。
魔法少女としては超絶大成した潤空だが、世間一般ではただの小卒残念女である。その事実は、偉い人がどうこうすべきなのかもしれないが……重く受け止めることしか、死んでいるラピスにはできない。
……ところで。もう一人、ここに小卒の女がいることをお忘れではないだろうか。
「オマエもだよ?」
「……あっ」
「そんでもって。僕、死んでる。オマエ、生きてる。一番焦んなきゃいけないのは、誰?」
「私、だねぇ…」
:あっ
:あっ
:あっ
一番危機感を持つべき女、ここに現る。
現状、リリーライトの中の人、明園穂希は、戸籍上では死んでいる、でも生きている……国になにかしらの申請も行っていない、ちゅうぶらりんな小卒である。魔法少女のマジカルパワーで解決できることは多いが、それを抜きに考えても現状が現状。
今後の為にも、なにかしら考えなければならない。
それこそ、死んでる潤空とら比べ物にならないぐらい、たくさんのことを。
「はいはい、こっからが主題ね。みんな覚えてる?こいつ決戦中に妖精女王になって復活しやがったの。女王様だよ女王様。なのに、こいつ女王のじょの字も知らないんだ」
「待ってその言い方は語弊あるよねっ!?」
「そんなわけで、このままでは示しがつかないってわけ。だからライトには勉強してもらいます。取り敢えず、今回取った配信枠で義務教育過程は終わらせよっか」
「バカじゃん」
「本気だが?」
:成程〜
:詰め込み教育はよくないよ
:猫ちゃやの二の舞だぞ
:勉強配信かぁ
だいぶ強引だったが、本筋まで持っていった。要するにみんなでリリーライトを勉学的に育てようというモノだ。視聴者は助言係とコメントで邪魔する係と監視の目を複数兼任するガヤである。
ネタになるかなと配信者魂で始めたが、リリーライトの勉強風景というまずない光景に興味を持つ者が思ったよりいるようだ。
「僕は今後、アリスメアーで永久就職だ。悪夢を、ユメを循環させるっていう役割があるからね。今の地球には必要不可欠だから、やるしかないし。でも君は、一生魔法少女現役なんて言ってられないよね?」
「いや、そこはほら。夢の国の女王っていう肩書きが」
「もう国ないじゃん。国民ぽふるんしかいないよ。ただのハリボテじゃん」
「うぐっ…」
「三十路魔法少女は一定の需要以外じゃただのクソだよ。そこんとこわかってる?」
「私はコアなファンを大事にします」
「開き直るな」
:勉強は大事だからな…
:どんなリリライでもついてくよ
:羞恥心と戦いながらファンサするふりふり三十路勇者…悪くない、のか?
:俺は好きだよ
励ますコメント欄に感謝を伝えながら、ライトは教本とノートに立ち向かう。彼女だって、わかってはいるのだ。このままではいけないと。通信制の高校には通って、多少履歴書を埋めなきゃいけないことも。
……何処ぞの高校生アイドルのように、身バレすれば、話は変わるのだが。
偶発的ならば兎も角、意図的なのは望むモノではない。
故に、ライトに残された選択肢は、たった一つ。どんな勉強でもいいから、知識を詰め込んで、見劣りしない女にならなければならない。
……隣で監視役を自称して、完全に寝る体勢の親友には言いたいことが山ほどあるが、今は自制する。終わったら爆発させる。
……夢の国を何らかの形で復興させて、その女王として君臨し続ければ、小卒なんてどうでもいいなんて事実は、目から逸らしておく。
「頑張るぞ〜、見ててね!」
「うん」
取り敢えず。負けた腹いせで幼馴染に学習を強制して、知識で圧迫する作戦、開始。
潤空は寝る。