154-ずっとスタンバってました
まぁ、いるよね
アクゥームを食べる暴挙。突然の奇行に、全員が叫んで止めに入ろうとするが……潤空は一切気にすることなく、涙目のハット・アクゥームを取り込んでいく。
……正確には、何度も甘噛みをして、帽子頭から魔力を吸っているのだが。
「んっ……よし」
みんなに見られながら、魔力の補充を終えて。潤空は、無言で魔法少女に変身する。一度でも変身してしまえば、認識阻害が作用して身バレすることはない。
だから、ラピスは顔を上げて……
片割れの帽子頭をハミハミして、魔力吸いしていたのをガン見していた魔法少女たちと、目と目が合う。あまりの光景に頬を赤らめた、元同胞たちと。
硬直する。
「……なんだよ」
「いや、その……公衆の面前の前でそーゆーことするの、恥ずかしくないわけ?」
「必要な措置だろ」
「えぇ?」
疑問符を浮かばせながら、ラピスは立ち上がって。
手元に引き寄せた仕込み杖で、芝生をトントンと突き、話題を変える。
「素直に勝利を祝いたいとこ、すごい申し訳ないけど……もう一波乱、来るよ」
「え?」
そう警戒を促すと、彼女の元に、勢いよく“紅の死神”が飛び込んでくる。ボロボロの深紅のドレスを翻して、魔法少女たちを守る体勢に入る……
クイーンズメアリーが、理性を灯した目で、前方の敵を見据える。
「なっ!」
「───申し訳ありません。抑え切れませんでした」
「別にいーよ。てか、気付いただけで御の字……オマエは十分働いた」
リリーエーテに吹き飛ばされた先、近くの異空間に潜むナニモノかの気配を察知。なにかしら行動に移される前に強襲を仕掛けたのだが。
四回ほど処刑したものの、物の見事に復活され。
無限にも等しい残機を持つ怪物が、決戦の空に行くのを必死に食い止めて。
今。
「なんだっけ……「星の回廊」だっけ。ったく、防空結界無視して侵入してくるの、やめてくんないかな……対策、無駄になっちゃうじゃん」
「───そんなことはない。“宙”にある、その時点で我の動きは制限される」
「ッ!」
草原に降り立つ、紫蛇の尾を持つ男。暗黒銀河の皇帝、魔法少女が対立するきっかけを作った異星人。“星喰い”、ニフラクトゥ・オピュークスが、現れた。
ただ、どうも万全な状態ではないようで。
首や胸から、煙を上げていて……再生途中である事実をあけすけに伝えていた。どれも、首切り役人に処刑された死の名残りである。
「なんでっ」
「……いつから見てたの。いや、いいや。観戦しに来る、予想はできてたし」
「ハハッ、読まれていたか」
「聞いてないんだが?」
「黙ってろ」
突然降って湧いてきた命の危機に、リデルが過剰に反応するが、それも仕方ない。割とぞんざいに共犯者を扱い、半ば放置しながら、ラピスは大宇宙の王と対峙する。
そして、蒼月の両脇を固めるように、ライトとエーテが意地で並び立つ。同時に、リデルを庇うように前に出て、奪われないようにガードする。
立つのも億劫だが……それは全員同じこと。
気力を振り絞って、ラピス一人に相手させずに、皇帝を睨みつける。
「よい気概だ。やはり、オマエたちは優れた戦士であると断言できる……もう一度聴こう。どうだ、我が元で更なる研鑽をしないか?後悔はさせない」
「将星勧誘マンやめろぉ?僕は嫌だって言ってんでしょ」
「残念だけど、私も無理かなぁ。他当たって欲しいかも。少なくとも、ラピちゃんを口説いてから勧誘して?事務所NGだから」
「おい」
2人で断固拒否して、エーテもそれに倣って皇帝からの勧誘を蹴る。そんなわかりきった反応に、ニフラクトゥは仕方ないなと受け入れる。
強引に行くなら、物理的に伸して言うことを聞かせればいいのだから。その手段を取らないのは、偏に彼女たちへ敬意を表した表れである。
……また、頃合いを見て勧誘するかもしれないが。
いい加減、将星の座の空席を埋めたい気持ちが先走っているのは隠すまでもない。
「くくっ……今回は、地球でヤケに大きな反応を感じて、大急ぎで見に来たのだが……急いで来た甲斐あって、良いモノを見させてもらった。あの瞬間参入できなかったのが至極残念に思う」
「ややこしくなるから来ないでくれてよかった……まぁ、今も十分ややこしいんだけど。帰って?」
「そう逸るな」
……どうやら、ニフラクトゥの感知範囲は、既に地球を内包しているようだ。魔法少女の戦いに、内部分裂だとか対立だとか、そう形容するしかない激闘を感知して、遂、足速に来てしまったらしい。
あわよくば空気も読まずに参戦して、あの夢色の輝きを浴びたいところだったが……そこは良心の呵責と、空気を読んで観戦で我慢したのだ。
まぁ、ソワソワしているのを感知したメアリーに躊躇0強襲されたのだが。それはそれで楽しめた為、彼としては大満足だ。
そして。それだけで終わりにするほど、ニフラクトゥは不自由ではなく。
攻撃の意思はないと、宥めるように手を振って。
警戒するメアリーを、やさしく退けて。
ニフラクトゥは、悠然と魔法少女たちの方へ……特に、ムーンラピスの方へと歩を進め。至近距離から、月の王の顔を見下ろす。
「……なに」
「そう邪険にするな。とはいえ……失礼」
「ちょっ!?」
「えっ」
周りの驚愕には目もくれず、ニフラクトゥは躊躇いなくラピスの頬を触る。具体的に言うと、摘んだ。もちもちのもちのように柔らかい、ラピスの頬を。
無言でされるがままのラピスは、ジト目で無遠慮野郎を睨みつける。
「……悪夢構築物は、首から下だけど」
「む、そうなのか?では」
「ちょいちょいちょーい!!なにやってんのふざけてんのやらせるわけないよねぶっ殺すぞッ!?ラピちゃんもなに無抵抗にしてんの!?」
「いや、疲れてて」
「あのねぇ!!」
「……ここ一番の殺意だったな。だが、正論だ。女子には悪いことをしたな」
「本当にねッッ」
「ウケる」
「ねぇ!」
どうやら、ムーンラピスの新しい器……この世の全ての生き物にとって毒である、【悪夢】で造られた身体を一目見たかったようだ。彼にとっては、触れただけで吐血する程度の毒なのだが……興味関心の方が勝ったらしい。
やり方が問題だったが。
変態不審者一歩手前だったが。立ってるだけでも偉いと自画自賛する敗北者が無抵抗だったのも悪い。悪いことに今はしておく。
「ふぅ……で、いつ消えんの。さっさと帰ってくんない?手土産はないけど」
「いや、十分なモノを得た。ここは、オマエの望み通り、大人しく帰還するとしよう」
「そ」
辛辣に帰りを促され、素直に応える歪な関係。
真に認めるに値する強者には、一定の敬意を払う皇帝はただ笑う。過去、これ程までに、自分にぞんざいな対応をする存在がいたか。
いなかった。
いるわけがなかった───それだけ、実力の差が開きに開いた相手しか、宇宙にはいなかったから。彼女以上に、世界を殺せるだけの修練を積んでいる強者は、いなかったから。
「……あぁ、そうだ」
地球の空間に穴を開けて、「星の回廊」を開いて。ふとなにかを思い出した顔をして、ニフラクトゥが、楽しげに頬を緩ませて振り向く。
期待に満ちた、その顔で。
「惑星内での争いは終わったのなら───次は、また我の王域に来るのであろう?今度は、しっかりと持て成そう。オマエたち全員分の、持て成しを、な」
「……そうだね、雁首揃えて待ってなよ。すぐに、遊びに行ってあげる」
「クハハ」
歓迎の言葉を告げてから───皇帝の蛇影は、異空間に消えていった。
ラピスは、最後までその背を見つめ続け。
ニフラクトゥの姿が、完全に消えてから……がくん、と足を崩す。
「! ラピちゃん!っ、とと!」
「……まぁ、今はこれが限界か。流石に、もう動けそうにないや」
警戒は、最後まで解かず。ただ身体が先に限界を迎え、へたり込んでしまう。半日以上、とんでもない密度で敵を迎え撃ち続けたラピスは、魔法少女たちと違って浄化時の一瞬以外休息を取れていない。
その反動か、もう口と脳以外動きそうにない。
……傍にいる姉妹も、他の魔法少女たちも、それは同じことだが。
「っ、はぁ…」
「……びっくりしたわ…」
「心臓に悪いねぇ…」
「突然のびっくりは身体に悪い」
「ラピピ、後でお説教ね……」
「なんで」
「なんでもっ!」
「うんうん」
「えぇ…」
そのまま、全員で芝生に寝転んで。
今まで以上に頑張って、汗を流して、魔力を注いで……力尽きる。
「……ぽふるんー、結界張ってー」
「? それぐらいの魔力なら、まだあるけど……え、な、まさかぽふけど…」
「うん」
ラピスの隣をまず陣取って、肩に後頭部を乗せさせて。完全に脱力したまま、ライトは芝生に座り込むぽふるんに声をかける。その内容は、言うまでもなく。
笑顔で、命じる。
「寝ます」
「うっす」
有無を言わさぬ声色に、蚊帳製作係は大人しく頷いて、逆らうことなく結界魔法を張っていく。寝る気なんてない魔法少女たちが、口々に文句を言う前に。
星見公園の一部を囲むように結界を築き上げる。
結界の内容は、外からの覗き見防止と、進入禁止、更に治癒効果を高める術式が組み込まれている……ぽふるんの十八番結界である。
主に、遠征で過労寝する初代契約者たちの為に作った、旅のテント代わりなのだが。
見慣れた薄緑色の結界の下、ライトはラピスの髪の毛を指で揉みながら、微笑む。
「はい、これで安全。移動すんの、正直無理だし……もうここで寝ちゃって、回復しよ?」
「……仕方ないなぁ。これ、逆らっても意味ないやつだ」
「お姉ちゃんさぁ……ありがたいけど…あれっ、お姉さん静かだけど…」
「zzz…」
「んえっ!?」
「早っ」
かくして、最後の戦いの後に。一波乱あったものの……今いる魔法少女たちは、円を作って。元怨敵のリデルと、寝ると耳にして混ざりこんだ、猫とメイドも交えて。
芝生の上で、寝転ぶ。
……流石に、メアリーは結界の外だが。不埒な輩が中に入ってこないよう、自主的に見張りをしている。
眠気がやってくる。
拭い切れない疲れが、ゆっくりと、この場の全員の瞼を下げていく。
そして。
「……あっ、空が…」
皆既日食のまま、閉じ込められた地球の空が。正常の、元の景色を取り戻していく。最後まで悪夢に立ち向かった魔法少女の勝利を、祝するように。
終わらない闇が晴れていく。
暖かな光が、月の呪縛から解き放たれて───陽光に、より眠気を誘発されて。
目を瞑って。
「……ちょっと、おやすみ」
最後に、配信画面を閉じる。勝利を祝い、感動ムーブで騒ぎ経つコメント欄に、民衆に、やさしい笑みを向けて、おやすみの挨拶を告げる。
戦いの幕引きは、夢の中で。
ムーンラピスを中心に、戦いを終えた魔法少女たちは、眠りにつくのだった。
続きは、また明日。




