153-悪夢の終わり
終戦
「やっ、ぁ…っ!」
虹色の光に、視界が覆われる。
負けるわけがないと、高を括っていた僕に、希望の光が突き刺さる。四肢が、頭が、極光に押されて、上手く前に進めない。
何故。何故、何故───そんなわけが。この、僕が……月の魔法が、敗れるなど。
あってはならない、のに。
身体が動かない。
なにが間違っていた?リリーライトを殺せたと確信して慢心していたこと?リリーエーテを、ブルーコメットを、ハニーデイズを、悪夢の世界に閉じ込められたと安心していたこと?また会いたくて、死んだ旧友たちを蘇らして、手駒にして、まんまと離反されたこと?ぽふるんの存在を脅威ではないとわざと見逃して、かつての相棒に、結末を見てもらおう……なんて、思っていたこと?
アリスメアーの幹部が弱かったこと?
逆夢、歪夢、禍夢、残夢、夢喰い、棺、魔法少女狩り、夢貌の災神。その全てが、全盛期と比べても……明らかに弱かったから?
それとも。
この僕が。
「ありえない……そんな、僕が…ッ……」
夢色の極光が、全てを呑み込む。逃げ場はない。最早、解き放っていた月の力も、全て無力化されて、希望の中に溶けてしまった。
打つ手なし。魔力もすっからかんで、抗う手段は一つもない。計画は完璧な筈だった。瑕疵なんて、あの時までは何処にもなくて。理想通りに事が進んで、万事解決、後は笑顔でハッピーエンド。そう終わる筈だったのに。
何処で失敗した。
なにが間違いだった───全部が間違いだった?いや、そんなわけが。そんなわけが、ない。でも、なんで。何故僕は負けている。
「こんっ、のぉッ…!」
どうして。やっぱり、親友を納得させられなかったのが痛手だったのか。後輩たちよりも、死人たちよりも、一番警戒すべきだったのは……かつての味方。
ありありと、その事実を突き付けられた。
……あぁ、でも。もっと、注視すべきだったのは。他の誰よりも。
「リリー、エーテ…」
僕たちの妹を。
彼女の成長性を、諦めの悪さを、愚直さを、あまく見たツケが回ったんだ。どれだけ僕が切り崩そうと、何度でも立ち上がって、食い付いてきた、あの子に。大した活躍はできないと軽んじて、見下していた、あの子に。
乗り越えられたのか、僕は。
彼女の仲間も、強かった。エーテに似たのかな。ずっと引っ付いてきて執拗かった……でも、それも強みだ。僕の邪魔をあそこまでできたのは、後にも先にも、彼女たち、3人ぐらいなもんだろう。あんなに策を講じて、徹底的にアドバンテージを得たのに、このザマ。もう、認めるしかないよねぇ。
……あぁ、でも。そう思えば。
こんなに悔しい気持ちを抱くのは、何時ぶりだっけか。うーん、思い出せない。思い出せないぐらい、悔しさとは無縁の生活をしていたらしい。
そっかぁ……負けたのか。僕は。
他ならぬ、あの子たちに……うん、まぁ。悔しいけど、
別に、いいか。粘り勝ちされたなぁ……連戦に連戦、よくやったもんだよ。
「……あったかい」
……これも、浄化の影響なのかな。
悔しさとかそういうのよりも、先に。なんていうか……清々しい気持ち?っていうか。達成感というか。心の奥が晴れ晴れとした気持ちが、どんどん広がっていく、そんな感覚に浸されている。暖かい光に当てられて、ぽかぽか、ふわふわ、ってしてる。
悪くはない。
悪くはないけど……ちょっと、やだな。気に食わない。なんで僕が…
前言撤回。全ッ然浄化されてねぇな、僕。ウケる。
……いいだろう。認めてあげるよ。君たちの粘り勝ち。僕の想定を大きく上回って駆け抜け続けた……その成果を肯定しよう。これでもかとやった結果がこれなんだ。もう認める他にあるまい。
僕の、負けだ。
「リデル、は……もう寝ちゃったか…」
弱体化に弱体化を重ねて、それを良しとしたリデルに、無理強いは酷だったか。
それにしても、本当に眠くなる光だ。
普通、アクゥームはおはようって言って、悪夢から目を覚ますのに。真逆だねぇ…でも、まぁ……ちょっと、僕、頑張り過ぎたから。
寝ちゃっても、いいかな。
いいよね…
あったかくて、ねむくなって……わるくない。ハハッ、敗者の特権、ってやつぅ?
もう、思考を保てず。
意識を光に手放して。
落下する嫌な感覚に、無抵抗に、身を任せて。ふわりと持ち上がった手が、誰かに掴まれる。
薄らと、僅かに開いた目には。
「───!」
焦った顔の、あいつの顔が映っていて───平気だよ、死にやしないって。
そう笑みを、返してやって。
僕の意識は、夢へと落ちた。
꧁:✦✧✦:꧂
───夢色の極光が、黒塗りの世界を、やさしく貫いて。蒼色の悪夢が、パッと弾けるように霧散する。そうして、全てが過ぎ去った、希望の先に。
燕尾服で着飾った少女が、落ちていく。
「ラピちゃん!」
ボロボロで、息も絶え絶えの中。リリーライトは、他の誰よりも早く飛び出した。
だが、それよりも早く…
悪夢の大王の身体が、大きな光を放って───融合を、同化を、解く。
パチュンと音を立てて、光は二つに分かれて。
変身が解けた、生身の月と。意識を失った悪夢の女王が現れて。
そのまま真っ逆さま。重力に導かれるまま、月と女王が落ちていく。
「!」
「なっ、ナイスキャッチ!」
「あーっ!?あぶ、あぶぶっ!?」
「……ふぅ…」
「セーフ…」
なんとか、手を伸ばして。ライトは、気絶した幼馴染を捕まえて。咄嗟にもう片方にも手を伸ばして……その手を遮るように、エーテが眠った悪夢の女王を回収する。
姉妹の腕に抱かれる、ラスボスが二人。
死闘の末、勝利を抱いた───その証明。安堵と共に、体勢を整えようとするが……
がくんっと、魔法少女たちの身体が力を抜く。
今まで無理を言って、悲鳴に無視をした、その結果が。身体の負荷が、限界を迎えて。
落下する。
「ッ!?」
「うそっ、今ぁっ!?」
「死ぬ死ぬ死ぬッ」
「やぁ〜!せっかく勝ったのに!こんな末路、よくないと思うんだよなぁ〜!!」
「うわーっ!?」
「ひぃ!?」
力の限りを出し尽くした結果、魔力はもう一滴もなく。天空の決戦場から、魔法少女たちは落ちていく。どうにもできない。疲労困憊、気絶寸前。頑張りまくったが故に、もうなにもできそうにない。
せめて、腕の中の戦利品だけは抱えたまま、ライト達は空を落ちて。
更に。
「ッ、城がッ……」
最早、見る影もない、瓦礫の山となって浮かんでいた、夢空廃城が。音を立てて、悲鳴を奏でて。ムーンラピスの制御下から外れて、崩壊する。
主戦場の真下、都市部へと、真っ逆さまに。
瓦礫の雨が降る。
「まずいっ!」
「ちょ、先輩ってば、アレ浮かしたまま戦ってたわけ!?舐めプもいいところじゃないっ!!」
「魔力消費とかバカになんないのにね。バカなのかな?」
「大バカだろ、ったく……いやマジでどうする?どーにもできねェのヤバくね?」
「ヤバいね!」
戦っていた“最強”が、どれだけのハンデを背負った上でそこにいたのか、改めて思い知らされて。魔法を使うのもできないぐらい疲弊した彼女たちは、ただ見守ることしかできなくて。
激戦の跡が、魔法少女たちの頑張った証拠が、暗い街に落ちていく。
これから起きる惨劇を予想して、目を瞑りたくなった、その時。
「───オーライ!オーライ!」
聞き覚えのある、軽薄な男の声と共に。
廃城の下に、大きな大きな、異空間の穴が生まれて……瓦礫は、穴の中へと消えていく。
「ッ、ベロー!?」
「ペローだって言ってんだろバーカ!ったく……」
アリスメアー三銃士、ペローが、穴の縁に立って廃城の落下を、魔法少女たちの落下を見上げていた。いや、よく目を凝らせば。
他の幹部たちも一堂に会して、決戦場の終わりを一様に眺めていた。
「落下速度、早いですね…」
「ハッ……マジでやりやがったな、アイツら……おいッ!うちのボスだけは落とすなよ!!」
「ん。がんばった」
「うおぉ〜、腰がぁ〜……ヤバいんやがぁ…」
「私もだがね…」
「ええっ、あの……私、ここに混ざってていいんですか?あっ、監視?それなら…」
大敗を喫した悪夢の住人たち。彼らは、ムーンラピスの支配下から解かれた廃城が、街に被害を及ぼす前に防ぐ、ただそれだけの為にまた現れた。
そして、廃城と魔法少女たちの距離は、既に遠く。
異空間の穴に受け止められることは……距離的な問題でできない。
「私たちはど〜するの〜!?」
辛うじて変身を維持したまま、魔法少女たちは下へ下へ落ちていき……
マーチの悲鳴を聴いて、救世主の閃いた声が、響く。
「こんな時は───これっ!トランポリン魔法!ぽふっ!衝撃吸収機能もあるから、これ、地面に貼って……うっ、うぅ!遠い!地面が遠いぽふっ!!」
「頑張ってぽふるん!私たちを助けて!!」
「任せるぽふー!」
「きゃー!?」
「 」
一緒に落ちていたぽふるんが、汎用魔法の一つ、物質をめちゃくちゃ跳ねるトランポリン質に変換する魔法の力を使って、みんなを助けようとして。
悲鳴を上げながら、急接近する地面に光を放つ。
すると、地面───いつの間にか戦場から遠ざかって、星ヶ峯の星見公園の芝生に、魔法をかける。展望台がある小高い丘の上に、魔法少女たちが墜ちて。
大きく跳ねる。
「わわっ!?」
「おぉ〜、意外と楽しい」
「やった!成功ぽふ〜っ!」
「ナイスっ!」
「あっぶなぁ……」
「ひっ、久しぶりに死ぬかと思ったのです…」
「これ楽しいな……あっ、ダメだ起き上がれねェ。フル〜たすてけ〜」
「無理」
一通り跳ねてから、安全に地面に着地して。
漸く、魔法少女たちは一息ついて……バタバタと地面に倒れていく。気の抜けない戦闘が終わって、最後の脱出も無事に済んで。
あまりに長い一日が、終わる。
脳裏を過る、死闘の数々。多くの理不尽を、計画された絶望を乗り越えた、その先に。
みんなの笑顔があった。
誰からともなく、笑みを溢して。生身のラピスの顔が、配信には映らないように、位置を調整しながら。みんなで時間を共にする。
「ふぅ〜……疲れた!」
「勝ちでいいんだよね?これ。勝ちでさ!?」
「そこで寝こけてるのが認めたら、ね」
「敗北宣言しろー!今すぐにっ!」
「あははっ」
「素直に喜ばせてよねっ!」
「ふふっ」
全てをやり切った、仲間たちと。
達成感に満ち溢れた心の中、ライトは潤空の冷たい額を撫でる。
「お姉ちゃん」
「! エーテ。お疲れ様……がんばったね」
「うんっ……お姉ちゃんも、お疲れ様でした」
「ふふっ」
「あはは」
リデルを膝枕するエーテと隣合って。あの時、二年前はできなかった、勝利を喜ぶ。期せずして成し遂げられた、あの日のやり直し。
ここにいる魔法少女で、全員ではないけれど。
それでも、笑みが溢れる。
嬉し涙も溢れてきて、エーテは目元を拭いながら。皆と勝利を喜ぶ。
「…んむっ……」
その大きな声に、最初に目を覚ましたのは……リデル。浄化によってラピスとの融合を解かれ、茫然と、真っ黒な空を眺めている。
「おはよ」
「……そうか、私は…負けたのか……ふんっ…」
「……私たちの勝ち、です。お姉さんも、ほら。ちゃんと捕まえた」
「…そうか……」
感慨深いモノがあった。たった二年足らずの交流だが、ムーンラピスの人となりを、理想を、悪夢に侵されながら考え抜いた計画を、色々と知っていった。
かつて、自分を負かした女が、負けるなどとは。
あの瞬間までは、微塵も思っていなかったのに。目線を動かせば、芝生の上で座り込んだ宿敵に、抱き締められたまま、眠りこける共犯者の後ろ姿があって。
何故か、安堵する。
「……あの、実は足がキツくって……降りて欲しいなぁ、なんて」
なんか足枕がほざいていた。リデルは思いっきり頭部を押し付けた。
「うぐっ…」
「私の膝枕になれるんだ。名誉に思え。というか……私も全然動けんのだぞ?」
「…あぁ…軽率にやるんじゃなかった…」
「どんまいエーテ」
「変わってよぉ!」
「やっ!」
和気藹々と、女王の頬を引っ張ったり、笑い合ったり、穏やかな空気が流れて。
その様子を、ライトは静かに見つめていた。
「……よかった」
「……僕は、よくないけど、ね…」
「!」
笑顔で終われて、あの日見たくて、見れなかった景色を見ることができて……心からの安堵の声を、呟くと。肩に顔を乗せた、くぐもった声が聴こえた。
驚いて、すぐ顔を合わせようとして、配信魔法の存在を思い出して、やめる。
流石に素顔を……認識阻害を失った本当の姿を、不特定多数に見せるのは憚られるから。
代わりに、頭を撫でる。
「んぅ……やめ…」
「?」
「やっぱ、やめなくていい」
「!?」
その言葉に示す反応は、硬直。いつもなら、素っ気なく腕を弾かれるのに。
驚愕のあまり、硬直する……それは、周りも同じで。
「なっ…」
「……!?」
「ら、ラピピが壊れた…」
「浄化のし過ぎで…?」
「壊れちゃった」
「わァ…」
「……好き勝手にいいやがって。負けたヤツが、ぐちぐち言うのは違うだろう」
「あっ、そういう…?」
「律儀」
……まぁ、この温もりに名残惜しさを感じて、今だけは手放したくないと、思ったのもあるが。
敗者に二言は無いと、口を塞ぐ。
珍しく甘えたなその様子に、ライトは必要以上に揶揄うことなく、柔らかな艶髪をやさしく撫で続ける。
今しかないボーナスステージだ。
堪能する以外にない。
だが。それでも……今は、聴くべきことを、彼女に直接聴かなければならない。
「うーちゃん」
「なぁに……」
「どうだった?私たち。安心して、背中を任せられる……心強い仲間になれるって、思ってもらえた?」
「……さぁ」
一度、曖昧に答える。
ラピスにとっては、業腹でしかないが。もう、これ以上否定するのは。ただの、我儘でしかないだろう……実際、負けたのは事実であるし。
否定しようがない。
ムーンラピスとしては、辛勝されたという気持ちの方が大きいが。アリスメアー全体で見れば……大敗を喫したと言う以外にない。
「でも、まぁ……悪く、ないんじゃないの」
認める他ないだろう。
故に。
「……僕の負けだ」
清々しい気持ちがあるのも、嘘ではなく。ライトの肩に顔を埋めたまま、敗北を宣言した。
魔法少女の、人類の希望の勝ちであると。
「っ、よっしゃー!」
「やった!わーい!わーい!」
「あぁ〜……よかったぁ」
「……ラピちゃんが認めたから、本当に勝った感する……安心だぁ…」
今度こそ、勝利を喜びあって。方々から歓声が上がる。
【ハッ…】
「……おいで」
【!】
その楽しそうな光景を、耳で感じ取りながら。潤空は、こっそり合流しようとしているハット・アクゥームを軽く手招いて、その手に掴む。
ボロボロの帽子頭は、嬉しそうに縋り寄ってくる。
ライトの極光で吹き飛んだ片割れは、長い道のりの末に帰ってこれたようだ。涙ぐんだ帽子頭をやさしく抱いて、頭部をぽんぽんと叩いてやって。
あぁ、終わったんだな、と。感慨深い気持ちを抱いて、微笑むも。
潤空の表情が、すぐに一変する。
「……ちっ」
「? うーちゃん?」
「面倒いなぁ…素直に祝わせろよな……」
「?」
舌打ちをして、表情を暗くして。
野暮な言い方にはなるが……こちらに近寄ろうとする、不穏な影に気付いて。面倒いなぁと溜息を吐く。
ここで終わりにするのが、定石だろうに。
気分をナイーブなモノにして、ライトの肩にぐりぐりと顔を押し付けて。
呼ぶ。
「───いいよ、メアリー。こっちに通せ」
思念を通して危機を訴え、戦場に近付こうとしていた、星の匂いがうるさい気配の持ち主を、必死に遠ざけていた有能配下に許可を下して。
戦後処理を開始する。
その為に、と一つ頷いて。徐に、ハット・アクゥームを持ち上げて。
「あむっ」
「!? ううううーちゃん!?」
「えっ、どうし……ッ、お姉さん!?」
「うるるー?」
「えぇーっ!?」
「ちょッ」
食べた。




