152-希望を束ねた、最後の一撃を
“魔法少女狩り”クイーンズメアリーの死神の鎌、そして処刑魔法が猛威を振るう。絶え間のない処刑人の猛攻が、全盛期まで巻き戻された女王の裁きが、罪なき魔法少女に容赦なく振るわれる。
処刑人の檻、鉄の処女に閉じ込められても、魔力強化で体表面に棘が突き刺さるのを防ぎ、出血するだけに収め、魔力を爆破させて脱出。
首切り台に置かれても、仲間が助けに入り。
女王手ずからに鎌を振るう際は、既に死んでいる六花が生者よりも前に出て犠牲となる。10人の連携をもって、処刑人の脅威を退けて。
リリーエーテが隙をついて、夢の輝きで身体を押して、戦場から吹き飛ばすことに成功した……
その時。
「エンドロールと行こうか」
───遥か天上より、凄まじい魔力の圧が、魔法少女に、伸し掛る。
「ッ、なに!?」
「これは、お姉、さ……ッ!?」
「なに、あれ……」
「うそっ…」
空を見上げれば。
自分たち目掛けて、地球目掛けて、蒼月色の極光が……極めて膨大なエネルギーを帯びた巨大な質量弾が、空より落ちてくる。複数の色が混じり、魔法が溶け合って、ただ一つの意思の元に凝縮、支配された大魔法。
最後は蒼く塗り潰されたその魔法こそ、ムーンラピスの秘技、魔加合一の最終奥義。
その名も<魔法大全・魔加覆滅>。
技の規模は月の浄光を遥かに上回り、たった10人では絶対に防げない、日本どころか、地球を貫通できる質量の極大極光と化していた。
ムーンラピス最後の悪足掻き。その第一歩。
正真正銘最後の切り札はまだ取っておきながら、彼女は全力で魔法を落とす。
「全ては、人類の為に!!僕の理想に、僕の悪夢にッ!!負けて沈んで、堕ちていけッ!!」
『───悪夢の女王、その名の下に。全てを滅ぼせ!』
厄災の如き王の一撃が、人間一人で出すにはあまりにも桁外れの質量弾が、空より落ちる。
無論、ここまでやって代償がないわけではない。
脳の回路は幾つか焼けきれ、心臓の鼓動は止まり、もう目も開かない───彼女の身体が、人間のままであれば、そうなっていた。
悪夢の肉体は最低限の負荷のみを身体にかけて、術者の負担を薄める。
アリスメアーの意志に恭順していなければ、発動すらもできなかった、秘奥の一。それが魔王覆滅の正体であり、真価なのである。
魔法少女を倒すという強い意思が、首切り役人のお陰で成就する。
「なにあれ、空見えないんだけどっ…」
「……ラピちゃんの魔法に、知らないのがあるのは、正直ショックだなぁ」
「ラトトってば呑気だね!?」
「現実逃避っていうか、受け入れ態勢っていうか。あれ、どうやって突破しようかな〜って悩んでるとこ。私たちに着弾するまで、後二十秒かな?」
「数えてる場合かッ!」
一周回って和やかな笑みを浮かべているリリーライトは皆から総ツッコミを喰らいながら、わかってると半笑いで受け答えをして。
白金色に輝く聖剣を構えて、腰を据える。
魔法少女狩りからの妨害を受けている際、攻防の一切を仲間に任せていたライトは、ずっと、聖剣に魔力を溜め、力を込めていた。
なにが来るかはわからずとも。
相棒がとんでもないことをするだろうことは、最初からわかっていたから。
この数秒の為に、待っていた。
「私のだって、さっきのより上なんだから……みんなっ、ちゃんと、続いてきてね」
「うんっ……ラピピのこと、よろしくね」
「大丈夫。今度こそ……お姉さんを止める!」
「行くよっ!」
想いを込めて。力一杯の、希望を、勇気を、奇跡を。
「“聖剣解放”───妖精秘儀、“開帳”」
いつものように、聖剣の力を爆発させると共に。先代、第十二代女王より受け継いだ、夢の国、妖精女王としての力を織り交ぜて。
全身全霊、魂を込めて。
ユメエネルギーをより効率的に取り込み、力に変えて。妖精が齎す祝福を、祈りを、その身に宿して。
世界に、光を灯す。
「真・極光魔法───<リリー・ホーリーカノン>!!」
伝説のやり直し。使えば退場というジンクスを消し去る希望の光が、皆既日食の空を貫く。人々の応援、魔法少女たちの期待も上乗せして、空の絶望を打ち破らんと。
吹き荒ぶ風が、極光に焼かれ。
空を覆う日食の闇を、大きく切り裂いて。
空間を揺らし、魔力を轟かせ……複合魔法の最終形態に食らいつく。
「おおおおおおおおおお───ッ!!」
紛れもなく、リリーライト渾身の、絶望を晴らす希望の極光が、蒼月色の質量弾に深く食い込む。そのまま、光を食い破れれば御の字だったが……そう目論見通りにいかせないのが、彼女の幼馴染である。
破滅の光が、蒼月色の魔力は止まらない。
魔力を食らい、拡散させ、吸収して、呑み込んで。
希望の光を押し返して、そのまま突き落とさんと落下を早める。
「ッ、そんな」
「───幾ら強くなったって。この僕の本気に、殺意に、勝てるわけないだろうがッ!!」
「んなの、やってみなきゃ……わかんないでしょうが!」
「くっ…」
「いぃっ」
ラピスの否定には耳を貸さず、その勢いに負けぬよう、より強く想いを込める。律儀にも、質量弾は極光目掛けて出力を一点に集中させて、宿敵との押し合いに応じる。
どちらも譲らない、白金色と蒼月色の激突。
絶対に勝つ、絶対に負かす。二つの思念を強く込めて、世界を穿つ。
二つの衝突は、世界が悲鳴を上げる程───配信を見て戦場に祈りを捧げる民衆は、無意識に手足が震え、身体の奥底から湧き上がる恐怖、不安、強い焦燥に苛まれる。
どうか、魔法少女に勝ってくれと、想いを送る。
例え、それがなけなしの力でも……届けば、集まれば。力になれると信じて。
そして、それは───ムーンラピスを支持する民衆にも言えること。
:頑張れ
;負けないで
:悪夢に勝って!
:負けるな!
;あなたの勝利を
:がんばれー!
:いけー!
人々の想いを浴びて、リリーライトとムーンラピスの、互いの極大極光が威力を強める。
咆哮を上げ、絶対に負けてたまるかと、強く叫んで。
力を押し付け合う。
その光景を。終わりの見えない極光のぶつかり合いを、静かに見上げる少女が一人。
焦燥があった。
不甲斐なさがあった。
なにもできずに、ただ見上げるだけ───それは、もういやだと訴える、心が、衝動が、あった。湧き上がるその感情に、彼女は身を任せる。
姉だけに、全てを任せるわけにはいかないと。“祝福”の魔法少女が前に出る。
「エーテ?」
「なにを……いえ、いいわ。好きにやりなさい。でも……失敗したら許さないから」
「うん」
仲間に背中を押されて、リリーエーテが、極光に魔力を注ぎ続ける、姉の隣に並ぶ。
覚悟を、決めて。
「エーテ!?危ないよ!?」
「危ないのは百も承知。それに……私だって、お姉さんを超えたいんだ」
「ッ…」
姉たちだけが頑張っていて。自分は、美味しいところを掻っ攫うなど……エーテの矜恃が許さない。そんな結末、きっと納得いかない。
だから、ここで。
エーテは限界は超える。姉二人の想定を、みんなが描く今のエーテを。定められた枠組みから、元気よく、勢いに身を任せて、飛び越えるように。
祈りを。
想いを。
込める。
マジカルステッキを両手で持って、真っ直ぐに構えて。その形状を、変える。
「ッ、行くよ。私だって、魔法少女なんだから…っ」
杖の先端にあった、ハート型の結晶が……丸く、宝玉を象ってから。外側から、ゆっくりと。花が咲くように……夢の力が開花する。
大輪の花を載せた夢杖に、希望が注がれる。
彼女は、どんな苦難も、絶望も、仲間と共に、みんなと手を取り合って乗り越えてきた。その経験を。今までの、小さな小さな、積み重ねを。
形にする。
「エーテ、まさか…!」
「……お姉ちゃん。私、もう。ただ、見てるだけでなにもできない、ただの妹じゃ……ないんだよ。だから、一緒に見せに行こう?」
「ッ……うん、うん!そうだね!うーちゃんに、エーテの成長を見せてあげなきゃ!」
「うんっ!」
みんなの期待を、一心に背負って───祝福を捧ぐ。
「真・夢想魔法ッ!
───<リリー・ドリームカノン>ッ!!」
それは、荒削りだった光の魔法。姉を真似て、その名を冠する希望の魔法を、作り上げた……その完成形。二度と負けないと、挫けないと、想いを込めた、夢想の覚醒。
何度も何度も、歩みを止めずに駆け抜けた、その軌跡。
リリーエーテを、明園穂花を形作る、全ての夢が、再び覚醒する。
夢の覚者、ドリームスタイルを超えた、その先へ。
白金色の極光の傍に、桃夢色の極光が寄り添い、魔王の複合災厄に、一緒に立ち向かう。
あなたの隣に、私はいると。
もう、置いてけぼりにはされてやらないと───少女の強い信念が、力となり。
魔光を押し返す。
「ッ、これは……エーテ?まさか……っ、なん、なんだ?なにが、起きて……ッ、僕の、魔法が!押し返されっ……ふざけん、なァ!!」
『───ぐっ、うぅっ…』
「負けるかよッ!この僕が!このムーンラピスが!僕は、僕はっ…!」
言葉にならない悲鳴が、動揺が。魔法に、隙を作る。
そして。魔法少女の抵抗は、それだけでは収まらず……更なる希望が、夢を押す。
「魔力、いるだろ?」
「残念だけど、これが私の全部……頼んだよ」
「大丈夫。希望は、負けないからね!」
「綺麗な呪いなんて、いらないだろうけど」
「受け取るだけ受け取ってよね!」
「任せるのです!」
希望の13魔法、死せる夢染めの六花───大層な字名を与えられた魔法少女たちの、たくさんの魔力をもらって。二色の極光は、その勢いを増し。
暗色の世界を貫いて。
「はああああああああああああ───ッ!!」
「うおおおおおおおおおおおお───ッ!!」
みんなの想いを、一つに束ねて。希望の極光が、蒼月の厄災を、突き抜ける。
世界を、星を揺らす爆発が、大きく轟いて。
魔王渾身の全てを、掻き集められた、魔法の歴史、その集大成を……破壊する。霧散する魔光をも、姉妹の極光はそのまま呑み込んで。
最奥で、動揺から目を見開く、劣勢のムーンラピスに。勢いよく牙を剥く。
咄嗟に、手で抑え込むが……極光を防ぎ切れない。
「ぐぁっ!?」
『───あがッ、これ、不味っ!?』
「ッ、起きてろリデル!これを耐えたら、僕の力、で……うぁっ!?」
止まらない。
二色の極光の中で、ラピスは障壁を張る余裕もなく……根性で、痛みに耐えて、希望に抗う。不撓不屈の、絶対に折れない心で、勝ちを譲らない。
だが。一瞬だけ、極光の出力が弱まって。
どちらかが力尽きたかと、目を開けば───エーテが、仲間と合流していて。
連続の、死力を尽くした───希望の浄光を、大いなる夢の力を束ねる。
「やったね、エーテ!」
「大変じゃない!?休んだら?」
「冗談キツイって───行くよっ、二人とも!私たちの、力でっ!アリスメアーとの!ムーンラピスとの、決着を!つけるよッ!!」
「うんっ!」
「ええッ!」
最後を決めるのは、新しい時代の、新しい魔法少女。
リリーライトの極光に、その想いを。奇跡を巻き起こす希望を、乗せる。
「“光り輝く、希望の星よ”!」
「“あまねく奇跡に、花束を添えて”!」
「“目一杯の、祝福を”!」
「「「───奇跡重奏<マギアブレーヴ・ハイドリーミーフィナーレ>ッ!!」」」
悪夢を浄化する、魔法少女たちの真骨頂。その輝きが、極大極光と重なり合って。
蒼月を、後退させる。
「っ、あぁっ……こん、のぉっ……まだ、まだッ……僕に負けっ、なんて……ありえない!こんなもの、こんなっ、なよっちい、魔法なんて!」
「食い破れないわけ、ないだろうがッ!!」
ムーンラピスが、吼える。このままでは、全身が極光に呑み込まれて、負けてしまう。あの浄光に呑み込まれて、自分が無事でいられる保証ができない。
だが、その程度で終わりを許すわけもなく。
呼応する。
「死に晒せッ───真・月魄魔法ッ!!」
あの姉妹ができて。その幼馴染ができないわけもなく。ムーンラピスの、正真正銘、最後の切り札を。悪夢を必ず滅殺せんとする誓いが、勝利を掴まんとする想いが。
形を変えて、絶望の権化となって、希望の光と対立し。
月が輝く。
「───<イクシードムーン・ラズワード>ッ!!」
全てを乗り越える、月の大極光。掌底から迸る極光が、今を生きる魔法少女の浄化を、押し返す。
澄み切った夜の下、蒼色の月光が夢を照らすように。
残り全ての魔力を注いで、魂を震わせて。
かつて、世界を救った大英雄の、たった一人の叛逆が、運命に抗う。
「ああああああああああ───ッ!!!」
均衡が崩される。ラピスの極光の勢いは、ライトたちの極光を大きく上回り、彼女たちのちょうど真ん中の位置で魔法は拮抗する。
侵蝕する。
破光する。
君臨する。
「うぐっ……もう、負けず嫌い、なんだから……みんな、まだ、行けるよねっ!?」
「もちっ、ろん!お姉さんには、負けない、もん!」
「一人でなんでもできるって思い違い、私たちで、絶対に正してやるんだからッ!」
「負けましたーって言われるまで、負けないッ!」
「その意気ぽふ!みんな、頑張って…!」
「いいねっ、じゃあ…」
勢いに押されても、負けじと立ち向かう魔法少女たち。身体は痺れて、だんだん感覚もなくなっていくが……まだ諦める理由にはならない。
自分が出せる全てを、後のことなんて考えずに、注ぐ。
四人と一匹で、力を合わせて。空に向けて、月に向けて声を荒らげる。
「行くよっ、ラピちゃん───!!」
リリーライトが、鼓舞をして。彼女に、呼び掛けて。
未来を夢見て、みんなとの平穏を目指して。救いのない悪夢からも、目を背けずに。終わらない絶望を、憎悪を、破滅への意志を、乗り越えんと。
幼馴染を倒す想い。
義理の姉を止める想い。
尊敬する先輩に勝ちたい想い。
友達に捧ぐ、誓いと想い。
各々の想いを込めて、この戦いに、アリスメアーとの、最後の戦いに。
「夢想、魔法ッ!」
「星魔法ッ───!」
「花魔法ッ!」
「極光魔法ッ!!私たちの、想いっ───ラピちゃんに、とどっ、けぇぇぇぇ!!!」
終止符を打つ。
爆発的に膨れ上がった極光が、みんなで力を合わせて、希望を束ねた、その奇跡が。蒼月色の光を、ゆっくりと。それでいて、力強く、押し返していき。
いつの間にか───蒼い輝きが、押し負けていて。
焦るラピスの目には、脂汗を流しながら、勝気に頑張る笑顔が映って。
「っ、ぁ───…」
世界が、明るく染まり。
月が沈む。