150-ラストエンゲージ
最終決戦、その最終盤───やること自体は、そんなに変わんないけど。今度こそ、再起不能になるまで、ガチで殺す気でリリーライトを攻め立てる。
勿論、雑兵紛いの後輩たちと、同期、先輩たちにも。
ここで勝たねば意味がない。負けてしまえば、今までの全てが無駄になる。
アリスメアー二代目首領になった意味も、魔法少女の、世界の敵になった意味も、この二年間も……全てが無駄の一言で片付けられてしまう。
それだけは、なんとしてでも防がなければ。
絶望を、破滅を、悪夢の中でも、幸せになれる未来を、こいつらに叩き付けねば。
だからこその全力投球───月の大魔法を、たくさんの殺意を込めて放つ。
「月魄魔法ッ、<ネオ・サテライトレーザー>」
新しく背中に背負った、青色の円盤。月の魔法陣から、複雑怪奇な軌道を描く破壊光線を連射する。これで相手の接近を暫く耐える。背中のこれは、僕の補助魔導具で……云わば差し迫った時の緊急処置。足りない魔力を補って、僕に戦う力を齎す。
最終戦の強化パーツ。でも、これだけじゃ心許ない……だから、全てを使う。
アリスメアーに入ってからは、もういらないと思ってた民衆の、賛同者の声援も。リデルから奪い取って、新たに融合して獲得した悪夢の力も。
全力で行使する。
「形態変化は悪役の基本だろう?」
「ッ、マントが……羽に?コウモリの羽になった!」
「いや悪魔でしょ、アレは。リアルじゃないんだからさ。黒塗りの羽とかベタじゃん…」
「……エーテはファンタジーをもっと勉強しようか」
「えぇ…?」
吸血鬼じゃないんだからさぁ……背中のマントを羽へと作り替えて、悪魔の羽を作る。まぁ、蝙蝠みたいな見た目だけども。羽の数は、二枚でいいかな。
余計に増やしても手間どうだけだ。
飛翼で移動手段は確保。羽の扱いは、リデルの方が得意だから任せる。
───久しぶりすぎてどう転ぶかわからんぞ。
それをどうにかするのがオマエだろ。なんとかしろ。
「私と踊ろうよ!」
「あっ、私も混ぜてね?」
「私もっ!」
「寄って集って、邪魔でしかない!ッ、人選としては……間違っちゃいない、けど!」
「くっ!」
攻撃を捌く。今度は近距離戦か。リリーライトの聖剣、エスト・ブランジェの天砕きの矛、ブルーコメットの星槍が入り交じる斬撃、刺突、攻撃を魔剣で切り結ぶ。
どいつもこいつも技は一級品。実戦で磨かれた武術は、本職顔負けだろう。流石に、三対一で対処するのは僕でも難しいな…
魔法合戦なら兎も角、武術一辺倒じゃ勝ち目はない。
でも、なんとかなるだろ。だって僕、ムーンラピスやぞ当たり前やろ。
「ちょ、あの凄い極光は!?」
「ごめん無理!アレ溜めいるんだよ!聖剣もあったまってないから、まだかかる!」
「そんな制約あったのっ!?」
「初耳なんですが!?」
「……へぇ、いいこと聴いた」
「あっ」
それじゃあ、短期決戦でやんなきゃだねぇ……あはは、いいこと聴いちゃったぁ。
知らんかったわ。
「邪悪な笑み…」
「ごめんみんなー!難易度上がったッッッ」
「ふざけんなよテメェ!!」
「魔力溜めといてよかったぁ……それじゃ、第二陣!月を落とすよ!!」
「了解!」
そうニコニコ笑顔で斬り合ってると、剣戟を見守ってた魔法主力メンツが、十分に魔力を溜めて出力を底上げした攻撃を仕掛けてくる。
カドックバンカーの戦車砲、ミロロノワールの乱反射、マレディフルーフの呪詛、リリーエーテの夢の光、ハニーデイズの花の光線。
攻撃に当たらないよう、ライトたちは一飛びで離脱。
くそっ、掴み損ねた……まぁ、幾ら威力を高めたって、この程度…ッ!?
「ぐおっ!?」
「後ろ失礼ー!なのです!」
「ッ、ピッド、君って奴は……!」
「今だーっ!!」
「ッ」
背中からのとんでもない衝撃……フルーフ先輩の魔法で存在感を限りなく薄くした、ゴーゴーピッドの暴走列車がぶつかってきて、諸々の対処が遅れて……被弾。
……外傷は無しか。呪詛からの守りに全力を注いだのも幸いしたか。
しかし、一転攻勢……人数が増えただけで、こんなにもあっさりと……不甲斐ないな。それだけ弱ってるって証拠なのか。
だが、どいつもこいつも想定より威力が高い……はぁ。歌魔法の支援がどれだけ厄介なのか、敵になってから身に染みて理解できたよ。
忌々しげに空を見上げれば、ウタユメドームで楽しげに踊る歌姫、マーチプリズを見つける。
笑顔で歌って、踊って、みんなにバフをかける。
お陰でこっちは散々だよ。本当、いい連携ができてて、羨ましい限りだ。
「〜〜〜♪」
「……そろそろ、歌うのやめてもらおっかな。もう十分、現役やれたでしょ?」
「ッ!?」
───月魄魔法<ルナエクリプス・ラズワード>
蒼き災禍、破壊の大魔力を、座標指定で直接叩き込んでやれば、崩壊寸前だったウタユメドームは耐える素振りも見せずに爆散。空飛ぶ特設ステージを失い、退避が遅れたマーチ先輩はボロボロの姿で落下。
後方支援から潰すのは、戦の鉄則だ。
その教えに倣って、慌てて飛翔しようとする先輩を光の魔弾で狙い撃つ。
「ダメーっ!」
「ッ、ありがと、デイちゃん!」
「お易い御用です!」
「ちっ」
でも、光の魔弾よりも速くデイズが駆け付けて、マーチ先輩を引っ張って救助。察知が早い。半年とはいえうちの三銃士に扱かただけはある。
一先ず、ウタユメドームを砕けたのは幸いか。
あの音響兵器、あるだけで歌魔法強化する優れ物だったからね……デメリットとして、完全に壊れないと再構築ができないってのがあるが。
そして、再構築には時間がかかることも。
その隙をついて、マーチ先輩も、他のメンバーも、全員ぶっ飛ばす。
「余所見厳禁!」
「別に、してないけど───君こそ、僕に集中するだけでいいわけ?」
───魔加合一<夢幻晩食>
───魔加合一<斬蛛断界>
───魔加合一<月閃陽零>
空間切断の糸を張り巡らせ、そこに悪夢を乗せ、僕らの二属性を足した斬撃を高速展開。さしものライトも聖剣を忙しなく動かして対処しようとするが……それよりも早く斬糸が戦場全体に広がっていく。
極光の浄化対策で、新たなに月の魔力も加えれば……
───魔加合一<空征斬夢>
歴戦の魔法少女でも破壊困難な、渾身の出来である切断特化魔法が完成する。触れれば即切断、それどころか夢が身体に、精神に伝播していき……肉体をバラバラにする。
殺意の籠った斬撃は、魔法少女たちを追いかける。
狙って、追って、囲んで、通り抜ける隙間がない位置へ追い込んでいく。
「ッ、囲まれた…!」
「おいおい、魔法斬られたんだが?」
「呪いも弾くとは、やるね」
「不味い、狭まってる!」
「くっ!」
エーテたちは、必死の形相で近付いてくる糸から逃れ、四方を囲まれて身動きが取れなくなった。それは、眼前のライトも同じことを。この隙に次の段階に入ろう、なんて思っていたんだけど。
何故か。即死攻撃を前にしても、ライトは臆さない。
それどころか……笑って、揺るぎのない笑みをもって、僕を見ている。
「大丈夫。私は、みんなを信じてるから」
……何度も聞いてきた言葉の羅列だ。でも、その言葉に期待して、信用して……今までどれだけ痛い目を、悲しい目に遭って来たと思ってる。
オマエの過度な期待は、ただの重荷に過ぎない。
魔法少女だからって、強さを信じているからって、必ず生きて帰ってくるわけじゃない。
今まで、何人の仲間を見送ってきたんだ。
忘れたのか?それが一種の死亡フラグだって、オマエはいつになったら気付くわけ?
そう訴えても、あいつの目の色は変わらなくて。
「それでも、私は馬鹿みたいに信じてるんだ。みんなを。勿論、ラピちゃんのことも」
「……その甘え、さっさと捨てろよ」
「こっちの台詞だよ?」
「あ?」
意味のわからないことを言われ、瞠目していると。
魔法少女たちの動きが、目に見えて変わる。散々斬糸に怯え、警戒して、動きを止めていたにも関わらず……
躍動を、その目に見る。
「うっ、おおおおお!」
「んなこと言われたら、応えるしかねェよなァ!」
「仕方ないなぁ……やるしかないじゃん?」
「星魔法ッ!」
「たぁーッ!!」
「せいっ!」
───花魔法<フラワーアレンジメント>
───兵仗魔法<ブラストファイヤー>
───重力魔法<ヘブンズ・トランペッター>
───星魔法<ブルー・シューティングスター>
───列車魔法<エンドレス・ループレール>
───夢想魔法<ミラクルハート・カノン>
やる気に満ち溢れた魔法少女たちが、一斉に声を上げ、魔法を、武器を、斬糸にぶつける。壊せないのは、数秒前の自分の行動を見ればわかるだろうに。
……諦めない、か。
このまま切り刻んでやろうと、魔法範囲を圧縮しようと手を動かすが。
それよりも早く。
「二度も同じ過ちはしないさ」
「ラトトの期待は大きすぎるんだよねぇ〜!」
「今までの私たちとは、違うからね!」
───歪魔法<イグニ>
───鏡魔法<ミラードジャマード・プリズム>
───歌魔法<メロディランド>
糸が燃える。魔法が敗れる。僕の想定が、崩される。
「───まだ、ラピちゃんは私たちのことが好きみたい。こんな綻びだらけの魔法、突破してくださいって言ってるようなもんじゃん」
「は?」
なんだ、それは。なにを言っている。そんなわけが。
そんなわけがない。これは、弱ってる状態でも出せる、僕の殺意の塊で……
「……適当ほざくのも、大概にしろッ!」
「ッ、ぐっ!?」
否定する。そんな軟弱な思考回路、僕には搭載されて、いないんだから。今からそれを、証明してやる。手始めにウザったいライトを、空間転移で懐に近付き、腹を一蹴。
その反動に加速をつけて、魔法少女たちの元へ。
手には魔剣。煌々と暗色に輝く闇をもって、不撓不屈の精神を切り刻む。
戦火を望む古英雄を両断する。愛が重力場の聖女の首をへし折る。猪突猛進の止まれない暴走列車を大破させる。歌って踊って笑顔を届ける増幅器は壊し、呪うことでしか愛を囁けない彼岸花を燃やす。執拗い鏡は根本から砕く。
夢見る祝福の申し子も、理想を仰ぐ彗星も、明るく笑う枯れない花も、心を込めて叩き割る。
全て、全て、全て、全て。
何度でも、何遍でも。斬って殴って叩いて蹴って壊して奪って焼いて砕いて崩して潰して廃して下して終わらせて泣かして呪って滅してぐちゃぐちゃにして。
終わりを知らない極光も、暴れる龍の如き暴虐をもって蹂躙する。
「ハァァァァッ!!」
「おっ、りゃぁぁぁッ!!」
「ふんッ!!」
……それでも、こいつらは。僕の前に、立ち塞がる。
傷を回復して、折れた手足は再生して、斬られた部位も魔法でくっつけて。疲労なんて知らない顔で、僕の元へと突っ込んでくる。
「いい加減に、しろォ!!」
───月魄魔法<ケイオス・ムーンハザード>
───月魄魔法<ルナエクリプス・ラズワード>
───月魄魔法<マジック・デスペラード>
特大の殺意を魔法に変えて、諦めの悪い弱者たちを力で捩じ伏せる。溜めて放つのではなく、瞬発的に解き放った破壊の魔力を、先輩たちが筆頭に魔力障壁を張って防御。
もったのは僅か数秒で、すぐに瓦解。
ガラスのように割れた障壁と共に、カドック先輩たちは極光に呑まれていく。
でも、多分すぐ再起するだろう。
だから今のうちに、追撃の魔法と斬撃を───ッ、この魔力反応は…
ちっ、大先輩を囮にするとは。いい考えじゃないか。
「“蒼天に坐す光よ”!」
「“あまねく希望をその手に束ね”!」
「“世界を照らせ”!」
「「「───夢幻三重奏!<シン・マギアトリコロール・ハイドリーミーライト>っ!!!」」
後輩たちが力を合わせ、満ち足りた希望が、奇跡が……極光となって、この僕に放たれる。凄まじい勢いで、目が眩むぐらいに綺麗な夢の光に、目を奪われる。
……ライトはなにもしてこない。ただ、見てるだけ。
後輩に花を譲るつもりか?または失敗が見え見えだから静観しているのか。
まぁいい。
「その程度の浄化で…」
僕を容易く包み込める規模の浄化を、外側から干渉して収束させ、手のひらに収まるサイズまで絞る。
なんの躊躇いもなく、右手で抑え込む。
「ッ!?」
「僕をどうにかできると思ってるんなら……思い違いも、甚だしい!!」
僕を誰だと思ってる……魔法のスペシャリストだぞ。
攻撃魔法も、防御魔法も、支援魔法も、浄化魔法も……全て僕の手の内。今まで魔法少女が、妖精が築いてきた、魔法の歴史。それを、僕は手にしてるんだ。
悪夢を浄化できる力を、自分に試し打ちしたことがないわけないだろ。
手で掴んだ極光へ、手のひらから魔力を流す。
相殺だ。
「そんなことできるの!?」
「うーん、流石の私もあれは知らなかったな……じゃあ、次は私が……ッ、ヤバ!」
「ッ、そりゃあ対抗してくるよね、お姉さんだもん!」
「ふんっ」
姉妹の推測通り、今度は僕の番。君たちの夢の極光より強い浄化を、悪夢を消滅させる月の大魔力を……君たちに見せてあげるよ。
空に浮かぶ、太陽を抱く月。黒く染まった、空に。
僕は手を伸ばす。月が宿す魔力を、この手に注いで……力を握る。
「月魄魔法───<ルナリアル・ソウルイレーズ>」
二年前、リデルを滅殺するのにも使った、浄化の大技。その威力は……まぁ、リデルが今のリデルになってるのを見れば言うまでもないだろう。別にトドメの技とかじゃあないけど、大きく力を削いだのは事実だし。
ねっ?
───黙れ黙れ黙れ黙れ。
玩具を買ってもらえない子供みたいな駄々こねを脳内で披露するうるさいのを無視して、魔法少女たちへ月の力を振り下ろす。
あぁ、大事なことを言うのを忘れてた。
この浄化の魔法、結構特殊でさ。僕の手から出すんじゃなくて……
月から直接、撃ち込むんだよね。
「規模デカすぎでしょッ!?」
「バリアじゃ到底防ぎきれない……これが、最強の力……届かないわけだわ」
「ちょ、感心してる場合じゃないよね!?」
「コメットさぁ……二人共、無理でもやろう!あれぐらい乗り越えなきゃ、見て貰えないもん!」
「……そうね、やりましょう!」
「うんっ!」
天上の月から放たれる浄光は、夢空廃城は勿論のこと、日本の広範囲を射程圏内に……というか、ほぼ全域を丸々浄化できる大技。その出力を絞って、10人の元へ。
それを、エーテたちは受け止める気でいるらしい。
さっきと同じ三重奏で。あぁ、でも。再起した六花が、援護に回った。
夢空廃城に到着まで、後12秒……ヨシ、今のうちに。
「……あの光、ただの浄化に見せかけて強制的に眠らせるタイプの魔光になってるね。あいつ、確実に……いやっ、これも囮かっ!!」
「おいおい冗談キツイぞフルーフ……仕方ねェ、ライト!テメェ突っ込んでけッ!!」
「オッケー!そっちは任せた!!」
「うわーお、ラピピったらすごい上昇してってる……」
「月お姉様ーっ!何する気なのですー!?」
「ふ、防ぐって言っても、どうやって……ええいままよ!全部持ってけ魔力泥棒!!」
「助かります!」
「おおおーっ!!」
「先輩!」
目論見バレるの早かったな……まぁいい。発動を許した君たちが悪い。このまま日本諸共、悪夢に眠ってろ。月の魔力が悪さしたのか、そうそう目覚められない悪夢仕様になっちゃってるけど……今回ばかりは好都合だ。
追いかけてくるライトも、まぁ想定外。
……そのままついてきたら、みんなで張ってる防壁より先に悪夢に呑まれるけど、いいのかな。いいか、別に。今優先して考えるべきは……
ここだな。
魔法少女たちが豆粒に見えるぐらいの高さまで上昇したところで、背中から浄化に叩き付けられる。まぁ、僕には効かないんですけど。
真逆の心地良さまである。
…でも。
「くっ……ラピちゃん!!」
「……成程、夢の国の女王の権能、いや概念か。まさか、悪夢の浄光の中でも動けるとは……本当に、規格外の名を体現してるよ、君は」
「そんなことより、何する気なの?」
「見てればわかるさ」
「止めるね?」
「けっ」
───月魄魔法<ルナエッジ・レイン>
───極光魔法<フレア・サンライズ>
月の石を加工したって設定の短剣の雨と、昇る太陽の、あまりに美しい陽光の槍が僕たちの間で激突する。短剣の雨は魔法陣から常に出しっぱで、ライトの飛行を徹底的に邪魔する。迂闊に近付けばどうなるか、わかるだろう?
そう目で笑いかければ、悔しげに歯噛みされる。
そうだよね、知ってるもんね。こういう時に、僕が罠を仕掛けまくってることぐらい。今ここで、ご自慢の極光で押し切るよりも、最高火力で迎え撃った方がいいってのもわかっちゃうもんね?
だから、ほら。
全力、出してこいよ───余計な有象無象は、下でまだてんやわんや。今の彼女たちじゃ、仮にどうにかできても時間がかかりすぎる。
その隙に、君を潰す。
いや。
「───君も、魔法少女も、日本も。全部、全部!僕が、救ってあげるよ!!」
悪夢的に、ね。




