148-礼賛せよ、希望はあなたのすぐ傍に
そろそろ終結です
月が落ちる。
本物の、地球の宙に浮かんでいた、紛うことなき月が、落ちてくる。
魔王の大号令の元、魔法少女に天鉄槌の裁きが下る。
この魔法の最悪なところは、本物の月を召喚し、魔法で完全操作されていること。隕石よりも遥かに頑丈で、いざ大気圏に突入しても燃え尽きることはない。
そして。もし、破壊してしまえば……地球は滅ぶ。
地球にとって、月の存在は必要不可欠。消えてしまえば大きな厄災に見舞われ、速やかに破滅を迎え……ラピスの思い通り、悪夢の中での生活を余儀なくされるだろう。
破壊すれば月が消える。
撃ち落とすなどは論外。
そのまま墜落させれば───守るべき世界が滅び、星が亡くなってしまう。
故に、選択肢は一つ。
「夢想魔法ッ!」
「星魔法ッ、止まりなさいッ!!」
「花魔法!バーリアッ!」
蒼い月を受け止め、落下を防ぎ。元の場所へ月を戻す、そんな苦行を強いられる。だが、やらなけれならない……魔法少女に、撤退の二文字はない。
逃げられない戦いに、エーテたちは挑む。
彼女たちを絶望に突き落とすのは、悪夢の大王となったムーンラピス。己の代名詞である満月を、青く染めた月を操作する。
「恐れ慄けッ!蒼月の名の元に───平伏しろッ!!」
3人の魔法ではどうしようもない、絶望の権化がそこにあった。黒い目をランランと妖しく輝かせて、悪夢の大王ムーンラピスは嗤う。魔力の出し惜しみはしない。もっともっとと、魔力を月に込めて、落下を強める。
魔力障壁を何重にも張って落下を食い止める新世代を、全力で苦しめる。
先程の悪夢の太陽とは違い、破壊することができない。その足枷が魔法少女に大技を撃たせるのを躊躇わせ、ただ耐え忍ぶことを選択させる。
夢魔法、星魔法、花魔法……そのどれを使っても、月の魔法には敵いやしない。
ましてや、あの伝説の奇術師の魔法ならば、尚のこと。
反撃は許さない。
「っ、ぐぅ…!」
「やっばい!やっばいッ…!」
「ダメッ、私の星魔法でも……この月を、止められない!これは、イマジネーションとか、もう、その次元じゃ……ないっ!」
悲鳴を上げる後輩たちに、さっきまでの威勢はなく。
蒼月が地球に落ちないように、必死に食い止める以外に方法はなく……魔力障壁が破れないように、必死に魔力を注いで、強度を高めて、思考を回す。
戦えるのは、もう自分たちしかいない。
耐えながら打開策を捻り出そうと、並列思考の真似事で考えるが……そう上手く答えは出ず。
月が重くなる。
「うぁっ…!?」
「便利だよね、ブランジェ先輩の魔法。ほうら、もーっと重くなるよ?」
「ッ!」
月という超質量の塊を、衛星を、魔法少女と言っても、ただの人間の少女たちに止められるわけがなく。星の形の厄災は、容赦なく下降する。
地球の重力よりも更に重く、加速をつけて、落とす。
そして、ここで終わりにするラピスではなく……追加の魔法で、勢いを削ぐ。
「魔加合一ッ、<捕食遊星>ッ!ほら、逃げなよ!!」
リリーライトを苦しめた、口を持つ白い月の再構築……更に、それを六体。天上より落ちる蒼い月に加え、白亜の人喰い満月も飛来する。
顎を鳴らして、魔法少女を食べんと左右から迫る。
更なる脅威が迫り、焦りが止まらない。横槍への対抗もできない。正しく、絶体絶命───民衆の声も、応援も、意味を成さない。
どうしようもない絶望は、いつだって奇跡を打ち砕く。
だが。
「間に合えッ!!」
「調子乗ってんじゃねェぞごらァ!!」
「ぶつかり稽古なのです!」
「邪魔するよ」
───歌魔法<ウタユメ・ドームアタック>
───兵仗魔法<ディザスター・クラッション>
───列車魔法<グラリエイト・ロコモーティブ>
───歪魔法<ドローミ>
その絶望を、いつだって奇跡が凌駕して、希望を世界に連れてくる。人喰い満月に、ボロボロで火花を散らす空中ステージが激突する。戦闘機が火を噴き、停車を知らない暴走列車が正面衝突を引き起こす。呪いの鎖に拘束され、その動きを静止する。
ハッと声の方向に目を向ければ……傷だらけの六花が、先代たちが駆け上ってきていた。
勿論、他の2人も。
───重力魔法<エンジェルビーツ>
───鏡魔法<ミラードジャマード・コフィン>
「無事かな?」
「遊びに来たよ、ラーピピっ!」
「ッ!?」
人喰い満月が二体、ラピスの支配下から消滅する。
「わわっ!?」
「先輩!無事で……ま、魔法少女狩りとかは……」
「辛勝って感じ!」
「なんとかねー」
重力ランスで月を一体破壊したエスト・ブランジェと、鏡魔法で封印したミロロノワールが、障壁を張る新世代に混ざって補佐に回る。反重力で重さを軽減し、鏡の魔力で障壁を強化する。
増援にお礼を言いながら、エーテが首元を見れば。
全員の首に、どう見ても切断されたであろう一筋の線があるのを見つけた。
「芋虫と成金はすぐ沈めたんだが、やっぱあいつだけ別格だったな!ノワールとマーチなんざ、六回ぐらい首刎ねてたんだぜ?」
「やめてよねっ!そういうバンちゃんとピッドちゃんは縦切断だったじゃん!!」
「真っ二つだったのです!」
「うわ本当だ」
「わぁ…」
戦闘機に乗ったまま、機関車を運転したまま、正面から正中線を縦に切られて両断されたらしい。確かに、2人は顔を縦に直線が走っている。
不死身の兵隊となったことを活かして、生前では無理なやり方で勝利を収めたようだ。後輩たちが墜落する前に、空まで駆け上がって来れたのは奇跡に近い。
死んでも尚、奇跡は彼女たちの背中を押している。
その現実を、思い通りにならない屍たちに、元支配者は唇を噛む。
「邪魔ぁすんなよ、ボンクラ共が……やさしくしてやった僕のミスだってか?あぁ?」
「その通り、とは言いたくないけどなぁ」
「仕方ないよ。ラピスちゃん、身内には甘々だもんね☆」
「チョロかったよね〜!」
「死ね」
もう死んでると重唱して、月落としを食い止めんと空を駆け抜ける。破壊されずにしぶとく生き残る白い満月と、術式を維持するラピスに向けて、殺す気の魔法を放つ。
だが、それを素直に受け取るラピスではなく。
苛立ちに脳を震わせながら、それでも冷静を装って……溢れんばかりの殺意を解き放つ。
空が、震撼する。
「障害が幾ら増えようが、僕には届かない───それが、ムーンラピスだッ!!」
『───どけだけ足掻こうと、等しく無駄よ』
月の表面を埋め尽くす蒼色の魔力が、大きく脈動して、実体化する。波打つ魔力が、触手のように蠢いて……青く輝く光の触手を幾つも生やす。
一つの衛星を、魔力そのものの怪物へと作り替える。
破壊の満月から伸びた触手が、エーテたちの魔力障壁に接触する。
「うぎゃっ!?」
「魔力に意思を持たせたッ!?そんなことが……!?」
「大丈夫!ただの見掛け倒しだよ!多分、リデルの思考で動かしてるだけ!」
「厄介なのは変わりないけどねぇ…」
「ッ、吹き飛ばせない!」
「はぁ!?」
防御壁をギチギチと破壊しようとする触手と、左右から喰らいついてくる人喰い満月。魔物は容易に破壊できてはいるが……魔力の塊である触手を吹き飛ばせない。魔法をぶつけても、少し欠けては再生する。
マーチの指摘の通り、この触手はリデルが操っている。
その魔力に込められたのは、一つの祈り。共犯者であるムーンラピスの絶対的勝利。
それ以外は捨て置いた。
そして───皆が触手の対処に意識が向いている間に、カドックバンカーが、戦闘機を加速させてムーンラピスに吶喊を仕掛ける。
「終わりにしようぜ、後輩ッ!」
「あぁ、そうだね───もう、終わりにしよう」
「ッ!?」
だが、一足遅かった。
ムーンラピスの背後に、大量の魔法陣が浮かぶ。複雑な幾何学模様を描いたそれは、数えるのもバカになるぐらい数が多く。
白金色の光を宿して、魔法陣から刀身が生える。
「そんなっ…」
「言っただろう。全力で潰すと。ここで仕舞いだって……潔く死ねよ」
───聖剣兵装・六十六連装
六十六機の恒星破壊級究極兵器が、爛々と輝いて。
「リリーライトは死んだ。あいつのいないオマエらなんて期待値の欠片もない、ただの雑兵!ここまでやって、僕をあまり追い詰められてないことを……幸せな悪夢の中で、永遠に悔いるといいッ!!」
『───そうだ、オマエたちの希望に焼かれてしまえ』
たった一振りでも戦略級。それを量産し、今ある魔力で同時起動できる、最大をもって……残り僅かの敵を、ない希望に縋る元同胞たちに照準を定める。
もう逃がさない。抵抗なんて、させやしない。
月の魔力の触手が、9人と一匹が戦線離脱できないよう空間に悪影響を及ぼして、磁場を歪め、魔力場を荒らし、飛翔すら困難にする。
ラピスの殺意が、勝利への渇望が、野望までもう一歩の前進を、止めさせやしない。
ユメ計画は───宇宙を壊す革命は、すぐそこだ。
「ぽふー!?」
「不っ味い!そいつは無理だッ!!」
「ノワちゃん、鏡ッ!」
「無理!ラトトの光は反射も吸収もできない!存在規模がデカすぎるんだ!!」
「んなぁ!?」
「全力防御!!」
「はい!」
反撃も、抵抗も、なにも許さずに───極光が轟く。
オーバーロード限界まで込められた重奏が、“希望”とは正反対の数字の数、その概念も上乗せされ……嫌な意味で強化を重ねられて放たれる。
六十六の破壊光線が、蒼く染まった世界を焼いていく。
なるべく、月には当たらないように、左右に展開してはいるが。魔法少女たちに、避ける余裕も、防げるだけの、力はなく。
───ラピスとリデルが、勝利を確信した、その時。
ドンッ!!
「ッ?」
空間が揺れた。
意識外からの衝撃に、一瞬反応が遅れて。疑問を持つ、それよりも早く。
「なっ、聖剣兵装が……機能停止した!?何故!?一体、なにが───ッ!?」
兵器としての本懐を果たそうと、眩い極光を放っていた聖剣が、六十六機全て、突然動きを止めた。輝きを失い、そこに込められていた魔力が、勢いよく漏れ出る。
外的要因……否、内的要因で破壊された。
ラピス同様、直撃寸前で殺意が消えた魔法少女たちも、ただ困惑して……
「えっ?」
光の魔力が行き着く先に───いつの間にか、ラピスの背後に現出した、空間の亀裂を見つける。
裂け目に、漏れ出た光の粒子が流れ込んでいく。
ダンッ!ドンッ!ゴッ!ズガガッッッ!!
凄まじい音が、元聖剣の光が寄っていく亀裂の向こう側から聴こえてくる。物理的に空間を叩き割ろうと、魔拳で破壊せんとする、その音が。
予感があった。
恐怖があった。
ムーンラピスの脳裏に、ある可能性が算出される。
その亀裂の出処に、覚えがあった。そんなバカなと脳が否定するが、その目は誤魔化せず。
極光が迸る。
「……そんな…ありえない……そんなバカな、ことが……ありえるわけが……」
瞠目する。
どんどんヒビ割れていく世界に、目を奪われて。世界が白金に輝いていく。
そして。
破片が飛び散る空間の亀裂に、ヒビ割れに───白い、手が、かかる。
「───やっと出れた」
声が聴こえた瞬間、穴から、爆発的な極光が放たれ。
「がッ、ァ───!?」
残骸と化していた己の武装の模倣品、自分の魔力に似たエネルギーを目当てに奪い取った廃棄品を、人喰いの月の魔物を、そして、呆然と黒空に浮かぶムーンラピスを……極光が狙い撃つ。
一気に、全てが弾け飛んで。
大ダメージを負ったラピスが、必死に空間の裂け目へと視線をやり……そこに、誰もいないことを理解して。
気付けば。
「ただいま、ラピちゃん」
自分の両手を───リリーライトが、掴んでいた。
「なんっ、で…」
ありえない。だって、この手で殺したのだ。大好きな、大好きだった親友を、幼馴染を、戦友を、この手で、もう二度と覚めないように殺したのだ。
何故、何故、何故、何故。
堂々巡りの思考の中、ラピスは混乱から逃れられない。
注目する。欠けた筈の四肢は、再生済み。五体満足で、リリーライトがそこにいる。光の翼を背中に展開して……今までと、雰囲気の違う彼女が、そこにいる。
生きて、笑って、こっちに微笑んで。
泣きたくなるぐらいの、やさしさを込めた目で、自分を見ている。
「先に謝っとくね……対策だーってこんな魔法作るから、対処されちゃうんだよ?
───解約魔法、起動。月魔法:強制解除」
ライトがそう呟いた瞬間、ラピスの纏っていた魔力が、解き放たれていた悪夢のオーラが、鎮まる。力がどんどん抜けていく。勿論、変身の維持には問題ないが……
彼女渾身の力作である汎用魔法、その欠陥品の一つ。
相手が消耗していて、動揺していて、運が良くなければ発動しない、そもそも両手で触れていないと意味がない、魔法がどんなモノか把握していないと効果がない、そんな魔法の強制解除によって……
空に浮かんでいた本物の蒼い月が、魔法を解かれて。
この場から消失し───元いた場所へ、本来の宙の上へ返される。
「ほー、ちゃん」
「うん。私だよ」
死の淵から帰還した勇者の笑顔が、戦場を支配する。
「……おねぇ、ちゃん…?」
誰もが、その偉業を、奇跡を、垣間見る。自分たちではどうしようもできなかった大魔法を、たった一手で、全て覆してみせた。
「色々と言いたいこと、聞きたいことはあるだろうけど。取り敢えず、みんなに伝えたいことがあるから……私も、あなたに倣って……名乗り、させてもらうね?」
「ライト?ライトなの?ッ、待って、その魔力…!?」
「ふふっ、ぽふるんは目敏いなぁ」
「?」
手を引かれる。
繋がれた手が、解けない。至近距離で見つめ合って……少女は告げる。
「───改めまして。私は、ご存知、“極光”の魔法少女。そして、今回新たに……十三代“夢の国”女王の座を、先代より拝受した、あなたの勇者」
「“極光”のリリーライト、ここに復活っ!なんてね♪」
人類の希望が。悪夢の絶望───蒼月の希望が、戦場に帰還した。