147-祈り満ちた夢のパヴァーヌ
「えと、えっと……私、死んだんだよね?ここってあの世でいいの?てゆーか、あなたはどちら様……いやそもそもどこにいるの???」
『ふふっ、愉快な子ですね』
「はい?」
姿形のない、声だけの何某───不思議な現象を前に、精神体となって浮かぶ少女、明園穂希は、自分以外なにもない、水平線の先まで真っ白な世界で頭を抱える。
自分は死んだ筈だ。
最愛の月に殺されて、後輩たちに後を託して、この世を去った筈だ。
ならば、ここはあの世か。天国なのか。
……穂希の自認だと、生前善い行いしかしていないので地獄行きはまずありえない。故に、行き着く先は天国以外ありえないのだが。
それにしても白すぎやしないだろうか。
そう困惑する穂希に、謎の声……辛うじて女性とわかる声が、言葉を紡ぐ。
『ここは夢幻の空白地帯。意思が揺蕩う世界の狭間です。噛み砕いて言えば……そうですね。あの世の一歩手前とかそんな感じでしょうか』
「なんか緩いな……それで、あなたは?」
『私ですか?』
敵意はない。悪意も感じられない。何処か安心感のある暖かな声は、確かに信頼できる声色で……警戒を解いて、穂希は耳を傾ける。
死んだ自分に、抗う手段はないという諦観もあるが。
幻聴かもしれないが、今は信じて。暖かな声の主に名を問えば。
『私は、今は亡き“夢の国”の女王───妖精女王です』
普段お世話になっている妖精の上司……というよりも、雲の上の存在がそこにいる。その事実に、穂希は音にならない悲鳴を上げる。
だってそうだろう。とっくのとうに亡くなった妖精が、同じ空間にいるというのだ。
天国説が補強された。
「女王様!?えっ、なん……?」
『困惑するのも無理はないですね……そうですね、お話を聞いていただいても、宜しいですか?』
「あっ、はい。是非…」
手持ち無沙汰な今、聞きに徹するのは別に構わない。
……現世の様子、自分が死んだ後の決戦がどうなったかだけが気掛かりだが。
『ありがとうございます。実は、8年近くここにいて……もう暇で暇で……成仏もできないものですから、どうしたものかと悩んでいたんです』
「8、年……そっか、夢の国が滅んでから、ずっと…」
『えぇ』
八年間の孤独。妖精たちが居場所を失ったあの日から、ずっとここにいる。その事実に、穂希は憐れみを、そして同情する。こんなとこに数年単位……穂希だったら、すぐ精神崩壊して狂ってしまうだろう。
誰かがいるから楽しいのだ。一人でずっとは、穂希でも耐えられない。
『……この空間で、ずっと、あなたたちを見ていました。私たち不甲斐ない妖精の代わりに、【悪夢】と戦い、人を守ってきたあなたたち、魔法少女を』
「みっ、見てたって……てか見られてたんだ……恥ずっ」
『そんなに恥ずかしがることはないと思いますよ?これは千里眼みたいなモノです。まぁ、もうほとんど機能しないガラクタですけど』
「そんなことは…」
妖精女王は、ずっと見ていた。
魔法少女とアリスメアーの戦いを。どんどん数を減らす妖精たちの最期を。死闘に巻き込まれ、青春を捨て、花を散らしていく魔法少女たちを。
正気を取り戻した悪夢も。
彼女たちの激闘も。終わりの見えない戦いの始まりも。その全てを。
ただ、女王は、見ることしかできていなかった。
『ごめんなさい』
「え?」
『ずっと、見ていることしかできなかった……本当なら、その業を背負うのは、私たちであるべき筈だったのに……全てを、あなたたち人間に、押し付けてしまった。妖精を代表して、謝罪させてください』
「そんな!女王様は悪くないですって!悪いのは悪夢とかリデルとか宇宙人とか、そいつらですからッ!!」
『……ありがとうございます。だとしても、です。無力であったことには変わりありません……女王になったのに、なにもできなかったのですから』
「女王様…」
ずっと後悔していた。
抵抗もできずに殺されて、この世とあの世の狭間に一人取り残されて。魔法少女と悪夢の戦いを、二年の安寧を、復活を、絶望を、対立を。
見ることしかできない現実に、歯噛みして。
ない拳を握って、ずっと見ていた。かつて、仲間だった魔法少女たちが殺し合う様も。
その結末も。
……この異界に、殺された片割れが迷い込むだなんて、思ってもみなかったが。
『では、感謝を。ありがとうございます、リリーライト。世界の為に、人類の為に。私たち妖精の代わりに、悪夢と戦ってくださって……ありがとうございました』
「……どういたしまして。でも、あなたたち妖精がすぐに動かなかったら……私たち人類は、もう、滅んでました。だから、こちらこそ。ありがとうございました」
『お互い様、ですかね?』
「ふふ、ですね!」
お互い謝りあって、お礼を言いあって。時間をかけて、魔法少女と妖精女王……本来ならば出会うこともなかった2人は、言葉を重ねる。
それこそ、色々なことを話した。
幸せな夢を守る女王として国を統治して、どんな苦悩があったのか。今まで見てきて、女王としてどの魔法少女が気になったのか。
アリスメアーをどう思っているのか。
リデル・アリスメアーを、ムーンラピスを、星喰いを、どう思っているのか。
いっぱい聞いて。
いっぱい話して。
共感し、理解し、反発し、笑って、泣いて、怒って……たった数瞬の交友でも、2人は時間が許す限り会話して、お互いを知った。
画面の向こう側、常世で頑張る魔法少女。今まで、ただ映し出されたそれしか、女王は知らなかった。
でも、こうして、初めて対話をして。
明園穂希は、強い人間であると共に───自分たちと、なんら変わらない存在であると知った。ありふれた日常に一喜一憂して、友達と笑いあって、恋をして、成長して、明日を夢見る……そんな日常を、歩むべきだった、ただの子供だった。
穂希も知る。形を失い、声だけの妖精女王が、思いの外寂しがり屋で……よく知っている彼のように、穏やかで、暖かい居場所を求めた、女の子だと。
悪夢のせいで母親を失い、自分すらも失った……ただの善人なのだと。それでいて、人類のことを、遺した妖精のことを第一に考える、やさしい女王様なのだと。
肌身で感じて、理解した。
信頼するのは早かった。喜んで、ひとりぼっちの妖精の話し相手になった。
……そうして、時は経ち。
『ありがとうございました、リリーライト。こんな私と、話し相手になってくださって』
「だーかーら。そう自分を卑下しないでよ」
『ふふっ、ごめんなさい。性分なんです』
「この数時間で嫌でも理解しちゃったよね…」
『あはは』
だんだん、穂希の意識が薄れてきた。それは、ここからあの世へ行く前触れ。本来ならば迷い込まない場所から、正しい行き先へと魂が連れて行かれる、その前兆。
それがわかっているからこそ、穂希は逆らわない。
自分ができることなど、たかが知れている。もうなにもできない。大人しくあの世へ渡って、知り合いたちが天に来ないように祈ることのみ。
……歯痒さや、後悔はあるけれど。
まだ、一緒にいたいという気持ちがあるのは、決して、嘘ではない。
『……実は私、千里眼以外にも、できることが一つだけ、残されてるんです』
「? 女王様……?」
表情を哀しさに歪める穂希を見兼ねて、女王は笑う。
『あの世へ行く前に、なにか一つ。一つだけ……あなたの願いを叶えます』
「ねがい、を……?」
『はい。と、言っても……私に残された力では、大それたことは実現できないのですが……ま、まぁ!残りの意識を全部使い切れば、どうとでもなります!』
「いやそこまでしなくても」
『いいのです!!今までなにもできなかった負い目とか!そーゆーのだと思って!』
「必死だぁ」
願い。
突然そう言われて、穂希は悩む。これといって、女王に願う内容は、今はないのだが……いや、あるにはあるが、それを伝えていいものか。
そんなことが、赦されるのか。
前例は、唯一あるけれど……それは、術者が術者だからできたこと。
脳裏を過ぎる、幾つもの思い出。幸せそうに笑い合う、家族や仲間の笑顔。
そして……存外寂しがり屋の、幼馴染を思い出す。
「……ねぇ、女王様。嘘は、つかないよね?」
『はい。夢の国の女王の名のもとに、一切の嘘偽りはないことを誓いましょう……どんな願いでも、私は叶えます。えぇ。必ずや、この手で』
「そっ、か」
心配ないと笑う女王に、安心感を覚えて。穂希は、目を見開く。
置いていくわけにはいかない。
置いていかれるわけにも、いかない───だから、その願いを申し出る。
「───…」
その言葉の羅列を聴いて。女王は耳を疑って……穂希の真剣な表情を見て、理解する。
だが、それも一瞬。
まるでイタズラがバレた子供のように、穂希は笑う。
冗談だよと言わんばかりに。驚きのあまり硬直していた女王は、暫し閉口して。
笑みを漏らす。
『……正直、蘇りたい、だとかを想定していたのですが。ふふっ。そんなに、幼馴染との……月の子とのお揃いが、好きなのですね』
「そりゃあもう!」
『即答ですか』
女王は笑う。まさか、蘇るだけではなく、そんなことを願われるとは思ってもみなかった。
あまりに傲慢。あまりに強欲。
そして、嫉妬深い。
世界を救う勇者にしては、あまり相応しくない色だが、逆に良い。
それでこそ、彼女らしいから。
『いいでしょう!リリーライト、いえ、明園穂希!私が、あなたの願いを叶えましょう!』
「ッ、ありがとうございますっ!!」
『私としても、どんな形であれ……この空間から出れるのならば、文句はありません。あなたの力に、頑張れる力になれるのなら、本望です』
「女王様…」
それは、自分の存在を溶かすも同意。
もう意識を持てず、ただ、リリーライトの中で力として存在することしかできなくなる。だが、別にそれはいい。どんな形であれ、力になれるのであれば。
喜んで、この身を捧げよう。
一切の迷いなく、妖精女王は肯定する。穂希の背中を、力強く押す。
『心の準備は大丈夫ですか?』
「はいっ!短い時間でしたけど……本当にっ、ありがとうございました!」
『えぇ』
奇跡はいつだって、魔法少女たちの手の中に。妖精は、そこに一滴の希望を注ぎ、祝福を捧げ、祈りをもって夢を叶えるだけ。
これは、それと同じこと。
夢の国の最後の女王。妖精を束ねる統率者であっても、同じこと。
『それでは───ここに。
第十二代“夢の国”の女王、ディアティナの名のもとに。新たな女王の誕生を。“極光”の魔法少女リリーライトに、王位を継承することを、宣言する!!』
「───拝受します」
王位戴冠。
悪夢の国の女王“代理”───月の魔王との対等を好む、彼女の選択。夢の国の女王の力を取り込んで、彼女と同じ立ち位置となって。
復活する。
「待っててね、みんな……今、起きるから。もうちょい、耐えてて」
新たな一歩を、踏み出して。