146-悪夢の月落とし
新世代の魔法少女───奮闘する後輩たちが、復讐とかそんなんじゃない、正しい使命感と正義、託された想いを受け継いで、僕を倒しに来る。
邪魔だなぁ。殺すかぁ?
なんて端からやんないことを嘯きながら、諦めずに挑む彼女たちを対処する。幾つもお膳立てがあったとしても、この子達はぴーぴー言いながら突っ込んできた。
なんだかなぁ……
まあいっか。
「夢想魔法ッ───!」
夢の力を素手で受け止め霧散させる。うん……さっきの殺意いっぱい攻撃よりも勢いがない、けど。なんだかんだ威力が上がってる。仲間との信頼、やさしさ、やる気……それら全てが、エーテの魔法を底上げしている。
コメットの星魔法、デイズの花魔法も、僕たちみたいな覚醒にまでは至ってないが……十分僕に通じている。
……ああ啖呵切ったのはいいけど、不味いな。
ライトに吹っ飛ばされた悪夢のエネルギー、月の魔力も心許ないレベルでないなってるからな、今……弱体化にも程がある。
それでも勝てるのが僕なんだけどね。
「ッ、やっぱり弱ってる!お姉さん、お姉ちゃんの攻撃で結構参っちゃってるんでしょ!?」
「流石先輩ね!回復される前に叩くわよッ!!」
「うんっ!」
バレテーラ。ちっ、疲労はしないけど魔力が心許ない。これじゃ後六時間しか継戦できないぞ!?聖剣兵装も百機全ブッパはできそうにないし……厄介だな本当。
リデルから受け継いだ悪夢の力も、まだ微々たる量しか回復できてないし。チッ、ことが終わったら、あいつの魂悪夢の中に連れ込んで、あんなことこんなことしてやる。
泣き叫んでも赦してやらねぇ…
死者を冒涜するなって?こんなのコミュニケーションの範疇じゃろ。
「できもしないこと言ってんじゃないよ───リデルッ、形振り構わないでいい!全部持ってこい!!」
『───わかった。研究室のストレージと接続する』
足りないなら補填すればいい。この二年間、魔城地下の研究室にあるストレージ……魔力保管庫に、その日使わず残った魔力を貯め込み続けた。云わば魔力の貯金。
そして、三銃士たちに集めさせていたユメエネルギーも全部使って、惜しげもなく消費する。
リデルを介して魔力ストレージと接続され、身体の中に大量の魔力と悪夢が流れ込んでくる。
……本当はリデル復活の為に集めてたけど、もうそんな未来は来ない。なら、全部僕の強化に費やしてしまおう。リデルもそれでいいと納得してるし。
全身に行き渡る全能感……だが、まだ足りない。
ここまでやってまだ四割?……ライトからのダメージが影響して、全部吸収できてないのか。漏れ出た分が外界に放出されてしまっている。
……まぁ、オーラみたいでかっこいいからいっか。別に無駄じゃないし。悪夢由来の物質だから、宇宙人避けにもなるでしょ。
「ッ、速いッ!?」
「貯金はコツコツ貯める派なんだ、僕は───それじゃ、仕舞いと行こう」
───月魄魔法<ルナダーク・レイ>
───極光魔法<サンライト・レイ>
二種類の破壊光線を放ち、3人の動きを牽制しながら、傍に浮かせたままだった剣を手にとる。まずは漆黒の双剣ナイトメアブレイカーを一つに重ね合わせる。そうすれば一振りの大剣ができあがる。
変形させた魔剣を右手に持ち……左手には、奪い取った聖剣サン・エーテライトを握って。
光と闇の二刀流だ。
「応えろ、聖剣。今日から僕が、君の主だ」
抵抗はない。
意志のない武器に、リリーライトのマジカルステッキに月の魔力を通して僕のモノにする。本来、赤の他人である魔法少女の武装を私物化するのは不可能なんだけど……
生前、この聖剣を僕は何度も触ってきた。
お手軽殲滅兵器である聖剣兵装の作成の為、ぺたぺたと触って解析したんだ。魔術回路の配置、注ぎ込める魔力、その限界、リリーライトとの親和性……色んな方向性から調べまくった。その時の名残で、万が一を考えて、聖剣に細工を施しておいたんだ。
リリーライトの死後、僕がこの武器を使えるように。
……二年前はライトとどっか行ったら、手に取ることも無理だったけど。良かった、まだ残ってて……今回は先に奪って、事前に仕掛けておいたバックドアを起動した。
これで僕も勇者だね。
「そんなっ…!」
「聖剣と魔剣、奇跡のコラボレーション……いーっぱい、楽しんでくれよな?」
───“極光”+“月魄”
「<月閃陽零>ッ!!」
太陽と月、二つの力を重ね合わせた斬撃を、二本の剣で魔法少女に放つ。威力は絶大、言うまでもないが……並の防御障壁ではどうにもならない。
咄嗟に食い止めようとした3人が、悲鳴を上げて黒空を吹き飛ぶ。
「きゃあ!」
「くっ、このっ!ナメんじゃ、ないわよッ!!」
「……本当に、お姉ちゃんのこと大好きだよねぇ。ねぇ、お姉さんッ!」
「あ?」
なに言ってんのこの子。復讐心が抜けてバカになったかこいつ。いや、最初からか……穂希と一緒にいると何故か頬赤くしてこっち見てきやがって。
なに考えてんだか。取り敢えずムカつくな…
……そういや、エーテって潜在的悪夢適合者だっけか。地球規模の悪夢形成には必須パーツなんだよな、多分……どうしよっか。
……まぁいっか。勝った後に考えれば。ラピス、全力で敵を潰します。
「ほぉら、さっきまでの威勢はどうした!?」
───“夢”+“悪夢”
───“星”+“悪夢”
───“花”+“悪夢”
「<夢幻晩食>
<崩天凶星>
<楽園失墜>」
後輩たちの魔法にアレンジを加えて、魔法性質を悪夢で反転させる。三色の破壊の光は、そのどれもが一級品……希望に満ち溢れた夢を絶望の濁った悪夢に変えて侵食する夢の力、悪夢をデバフの如く撒き散らす青黒い彗星、自然を枯らすなどの悪影響を齎す死花のオーラが、魔法少女に飛来する。
悪夢に汚染され、本来の輝きを失った光を見て、3人は激昂した。
「ふざけてるわね…ッ」
「私たちの魔法、そんなんにしないでよ!!」
「改悪厳禁ッ!」
───夢想魔法<ミラクルハート・カノン>
───星魔法<シューティング・ブレイクスター>
───花魔法<キュア・ドリーミングフラワー>
そう叫びながら、後輩たちは各々の力で悪夢に染まった魔法を迎え撃つ。なんとか拮抗できているが……んふふ、流石に無傷とはいかないようだ。
数秒かけて攻撃を突破することはできたみたい。
荒い吐息のエーテたちを褒めるように口笛を吹き、まだいけるよねと攻撃を再開。さっきの三色の魔法をもっかい撃ってから、僕も参戦。
手始めに近接格闘が得意なコメットを斬りに行く。
「くぅっ!?」
「ほら、頑張れ───重力魔法<エンジェル・キッス>」
「ッ、重くするんじゃないわよッ!」
コメットの身体を重くして、負荷をかけながら二種類の斬撃を浴びせてやる。星槍でなんとか食い付いてくるが、生憎こっちには届かない。
仕方ない。僕が相手なんだから。
リーチの差とか、そんなものはあってないようなもの。攻撃を捌き、隙間を縫って、槍ではなにもできない懐へと潜り込んで。
「まずは一人」
その胴体に、斜め十字の斬撃を食らわせてやった。
「がふっ…!」
「コメットッ!?」
「さぁ、次だ。可哀想になっちゃうからね。すぐに2人も仕留めてあげるよ」
続け様に力一杯腹を蹴って落下させ、もう見る影もない廃城に叩き付ける。できあがったクレーターから、青い星が起き上がる気配はない。
でも、どうせすぐ立ち上がってくるだろうから。
各個撃破だ。
「うちのネコがお世話になってるようで…」
「はいっ!楽しくやってます!だから殺さないでくださいお願いします〜っ!」
「や」
デイズの花斧と何回か打ち合って、聖剣の極光ブッパで武器を吹き飛ばす。無手になって慌てるデイズが、魔法で牽制しようとするのを無視して、攻撃。
魔剣を浮かして空いた右手で、無防備な首を掴む。
そこで力強く絞めるのではなく、首を持ち上げ、城へと一気に振りかぶって。
「嘘でしょー!?」
「無力だね。仕方ないけど、さ!」
「うぐっ!?」
今度は放り投げるのではなく、直接。コメットとはまた別の位置に叩き付ける。血反吐を吐くデイズを廃城の壁と仲良しにして、意識を奪う魔法を額に当ててやる。
そうすれば呆気なく気絶する。
どんな強者であろうと、ダメージを受けた後の一瞬には弱いんだ。
「きゅぅ…」
「コメット!デイズッ!」
「余裕がないのはお互い様さ。手っ取り早く沈めるよ……最後は君だ」
「ッ!」
最後に残ったエーテは、冷や汗を垂らしながらも果敢に僕に立ち向かう。
ふむ、魔法合戦をお望みか。いいだろう。
マジカルステッキに収束する夢の光は、並のアクゥームなら余裕で完封できる代物。目視でその威力を確信して、僕は笑う。
「本当、成長したねぇ───誇らしいよ、エーテ!」
───聖剣兵装・四連装
周囲に展開した紛い物を、四つ。ビーム砲として、黒い極光をエーテに放つ。
ついでに魔剣と聖剣を交差させた斬撃も放ってやる。
「絶対、乗り越える!あなたを倒して、夢の世界よりも、現実だっていいんだって……私が!私たちが!お姉さんに証明、するんだからッ!!」
───夢想魔法<リリー・ドリームカノン>
迎え撃つは、彼女たち姉妹を示す百合の名前を冠した、希望の光。まだまだ荒削りで、完成には程遠いが……僕の聖剣兵装と対峙するには、悪くない威力だね!
民衆の応援パワーも後押しして、エーテの力は増大。
僕の攻撃を後退させる程、夢と希望に満ちた光は優れたモノだった。
だが。
「ッ、ああッ!?」
斬撃も飛ばしたの、忘れちゃダメじゃん。
光線から一歩遅れて放たれた斬撃が、極光を突き破ってエーテに飛来。そのまま、コメットと同じように胸に斬撃を食らう。あーあ。破壊光線で吹き飛ばせたって、勘違いしてたんでしょ?
無理だよ。
「ほいな」
「ぐっ……!?」
「エーテッ」
血飛沫を上げながら吹き飛ぶエーテは、もう魔法を維持できない。その隙を見逃さず、急接近して……彼女の首を掴んで、今度は力強く締め上げる。
このまま気絶させてやろう。
ぽふるんは一旦無視で……うん?あいつなにやって……おい待てや。
「ぅ…?」
「おいおい……起こしに行くなよ、目覚めの妖精!マジでぶっ殺すぞ!?」
「ッ、やだぽふーっ!」
無力な妖精だからって放置するんじゃなかった。クソ、戦力外通告されてんのに、なに動いてんだテメェ……まあ昔っから暗躍(いい意味)してたけどさぁ!
気絶させたデイズを起こされ、ヤバいなと思ってると。
「その手、離しなさいッ!」
復帰したコメットが、勢いよく僕に接近して……星槍で右腕を貫通させる。
「ッ、オマエ!」
「エーテ、ちょっとだけ我慢しなさいッ───起爆!」
「わっ、ちょっ!?」
突き刺さった槍の先端が、星の光と共に爆発……右手は
完全に吹き飛んで、余波を食らったエーテが悲鳴を上げて落下する。でも、透かさずコメットがキャッチして墜落を防いだ。
……いってぇ。完全に右手おじゃんになったんだけど。
手首だったから良かったけど、もっと近かったらエーテ死んじゃってたかもよ?それも織り込み済みだって言うんなら文句ないけど。
「回復、と……むっ、むぅ…」
困った、だいぶ悪夢消費するな……うん、さっきまでの全能感は何処へ?結構削られてる?嘘でしょ……本当に、余計なことしてくれたな、あいつ。
まぁいい。
「悪かったわね!」
「大丈夫、何度だって立ち上がるよ!」
「ごめん、不甲斐なかった!次はないからッ───もう、負けないッ!!」
威勢のいい後輩たち。あぁ、いいな。楽しそうだ。
……楽しくないな、こっちは。胸の欠けた穴が、一向に埋まらない。きっと……あいつを自分の手でかけたから、余計に。
でも、やらなきゃよかったとは思わない。だって、もうそれ以外になかったんだから。
いつだって、僕は最善を選ぶ。どう未来が転んでも。
僕が今いる場所が───最も善かったと言える、最高の未来なんだから。
「よくやるよ、本当に」
これ以上時間をかけるのは本格的に不味い。悪夢の量も心許ないし……下手すれば、復活怪人共にリベンジしてるゾンビたちも来るかもしれない。てか、不死身だからもうそろ来るな。ゾンビ戦法で勝ち星取るだろうし。
……最難関のメアリーの首切りも、僕同様アイツらには効かないよなぁ。
厄介な。
自分で蘇らせた手前、あんま強く言えないけど……や、すごい邪魔だな?
ッ、と、危ない…
「外れた!」
「見ればわかるわよ!!」
「その報告いる!?」
斧をブーメランにするのは危ないと思うよ。いや本当に腕取れかけたから。
……まぁ、そんな感じで。何回叩きのめしても復活して立ち向かってくる後輩に、段々嫌気が差してきた。だって執拗いんだもん。なんだよ、気絶したんならしとけよ……起き上がって戦線復帰が早すぎるんだよ。ライトの教育の賜物かぁ?
悪夢も魔力もどんどん減ってく一方だし……彼女たちもまだ決定打を撃つことはできてないけど、こっちもそれは同じと言える。
めんどくせぇ…いやもうホントに、時間魔法で時止めるチートしていいかな?それだったらもう勝ち確以前の問題だけどさ。やっていいかな?やっちゃう?やっちゃう?
ブーイングの嵐とかは気にしないで、さ。
……ふぅ、冷静になれ。クールクール。もう仕方ない。この子たちはそういうものだと思って、二度と立ち上がるなんて思い上がれないようにしなきゃなんだ。
今まで、結構強めの攻撃を叩き込んできたけど……そのどれもが対処できる範疇にあった。
僕ができるんなら、この子たちもできて当たり前。
そう思っても間違いじゃないだろう。なにせ、数多くの絶望を乗り越え、奇跡をその手にしてきたのが……新世代である彼女たちなんだから。
だから、しょうがない。
3人に使うには、過剰でしかないけど……躊躇う必要もない。
「……誇っていいよ。未熟成りにも、僕に勝つって気概がたくさん感じ取れた……諦めない勇も、立ち向かう正義、誰かの想いを背負う希望。例え、3人で一つの力でも……十分評価に値する」
「なんか語り出したわ…」
「しっ!」
いいよ、茶化してくれても。そっちの方が楽だし。
……思い返せば。戦闘中にこんな悠長に思考できるの、すごい余裕な証拠なんだよね。リデルとの殺し合いとか、ライトとの最後の決闘とかでは……ここまで考えることは無理だった。思考加速とか、そういう魔法を使えば、まぁできてたけど。
そう、余裕があるんだよ。まだ。
切羽詰まってるわけじゃない。世界の命運とか、未来を握っているのが僕だから、ってのはあるだろうけど。
挑戦者はあっちだ。僕は、迎え撃つ側。
世界を悪夢に閉ざさんとする巨悪。人類の敵であり……味方でもある、裏切り者だ。
だからこそ……ここで、挑戦できる強い熱意を、力技でへし折らなけらばならない。魔法少女の、最後の活躍を。ここで終わらせなければならない。
死なない程度にね。
「仕舞いと行こう───僕の代名詞をもって、君たちに、終わりをくれてやる。リデル」
『───そいつに関しては、補助しかできんぞッ!』
「ッ、まさか……みんな、全力で迎撃!」
「えぇ!」
「うん!」
右手を宙へ伸ばす。概念を歪められて、皆既日食のまま動かない漆黒の空……その更に向こうに浮かぶ、この星の偉大なる衛星に手を伸ばす。
リデルの内部からの操作もあって、術者としては楽だ。
大丈夫。これからなにをしようと皆既日食は解けない。
そこにあるって概念を植え付けてあるから、二次災害も気にしなくていい。
「“月天の王”・“夜の雫”・“蒼の軌跡”───“神秘掌握”……マギアコネクト」
力の限りをもって、魔力を広げ……あぁ、じれったい。
魔力増幅。
詠唱省略。
瞬間強化。
根源接続。
封印解除。
臨界突破。
複雑な工程を幾つも挟まなければ発動しない大魔法を、片手間に行使する。
さぁ、来い。
「月魔法───」
全ては、幸せな悪夢の中で。みんな笑顔で、いつまでも平和を享受できるように。
祈りの果てに。
願いの果てに。
証明せよ。
真の絶望は。この僕である。
「───<セレスティアル・ムーンフォール>」
空に開かれた亀裂から───蒼く染まった本物の月が、落ちてくる。
さぁ、止めてみろ。この天鉄槌を……破滅の蒼月を。
꧁:✦✧✦:꧂
一方その頃。
“彼女”以外に色が、形がない───真っ白な、白以外の全てが廃絶された、空白しかない無の世界で。唯一の色を持つ少女が、目を瞬かせる。
霊体となって。
魂だけの、朧気なナニカとなって。最愛の月に殺された少女は、彷徨う。
「……えっ…と……ここ、どこ?」
この世とあの世の狭間……どこでもない異界の地で。
『───ようこそ、夢幻の空白地帯。なにもない、意思が揺蕩う世界の狭間へ』
「えっ、は?」
邂逅する。