145-仲間と掴む希望、運命に抗え
復讐者になり切れないまま戦って、死にかけて。
助けられたエーテは、気まずさから目を逸らしながら、コメットに礼を言う。
……凄まじい怒気が、頭上から伸し掛っていることには目を逸らして。
「ぁ、ありがとう……えっと、その…」
お姫様のように抱き上げられて、小っ恥ずかしいが……羞恥心を押し殺して、毅然とした態度を貫く。自分一人でなんとかできると、無理を言う。
妹である自分がどうにかしなければならないと、勝手に判断して。
「ふんっ……無様ね。そんな弱さで、姉の仇なんか討てるわけないでしょうに」
……その生温さを、コメットが許すわけがないのに。
「ふざけんじゃないわよ」
「ッ、ふざけてないよ!できるもん!私一人で、お姉さん殺せるもんっ!」
「そう易々と殺すなんて言うんじゃないわよッ!!」
「ッ!?」
いきなり手放されて、頬をバチンッと強く叩かれる。
えっ、あなたが言うの?といった顔をして、困惑のままコメットを仰ぎ見て……エーテは絶句する。あの優等生、ヤンキー崩れの魔法少女が。
涙を流していた。
「あんたねぇ……私がいるでしょう。一人じゃ、なんにもできない癖に、なにを一丁前に吠えてんのよ……あんた、みたいのが一人でどうにかできる相手だったら、私たち、とっくのとうに勝ててんのよ……」
「……家族を失って辛いのは、わかるわ。殺したいぐらい憎ましく思うのも、悪いことじゃない」
「でも。それにかまけて他を蔑ろにするのは、なんなの?喧嘩売ってるわけ?」
「ねぇ」
両頬を掴まれて、至近距離で、コメットが想いを語る。目を逸らすなと、自分以外を見るなと。答えるべきことを答えてくれと。思考停止して、目の前の敵を、それだけを見てるんじゃないと。
エーテに訴えかける。
仲間だろう。
友達だろう。
一人でどうにかできないから、私たち“3人”で頑張ってきたんだろうと。
「……悪いけど、はっきり言うわ。先輩を殺すのは、まず無理よ。あの人はこの星と直結してる。死んだらこの星も終わるのよ。だから、私たちがあの人を殺すのは、ライト先輩を殺された以上の罪になる」
「……それは、わかってる…わかってる、けど…」
「殺せないでしょう。一番先輩に懐いてるあなたが、あのムーンラピスを殺せるわけない。というか……心情的にも無理でしょ」
「ぐっ」
コメットに諭されて、それはそうだけどと逆らいそうになって。その前に、あなたが殺せるわけないでしょうと、真正面から否定される。
もし仮に、ムーンラピスを殺せたとしても。
待っているのは地球の崩壊。リデルと融合している今、その未来は現実的である。
故に、魔法少女は、殺さずに勝つしかないのだ。
アリスメアー側は殺害ができるが、魔法少女側は殺害ができない。その差は戦闘の幅を縮めて、否応にも魔法少女に苦戦を強いる。
だからこそ……コメットが、漸く追いついたデイズが、ぽふるんがここにいる。
「あなた一人が怒る必要はないのよ。一人でなんでも……なにもかもがどうにかできるなら、それはもう、あの人と同じぐらいじゃないとダメ。私たちには、それは無理」
「うんうん。それに、やりたいことはやんなくていいの。センパイをぶっ飛ばすのはいいいけど……殺しちゃうのはエーテちゃんだって嫌なんでしょ?」
「……エーテがそうなっちゃうのは、ライトも望んでないぽふよ。それに、みんなが言う通り……エーテは、本当にラピスを殺したいぽふか?」
「……そう、だね…。お姉さんのことを、殺す、とか……本当、は…」
本当は殺したくない。
本当は、一緒に……死んじゃった姉も含めて、みんなと生きていたかった。それがもう、叶わない未来だとして。覚悟の上で殺し合った2人に、自分が入り込む隙が、この手を挟む空間があるのか。
殺せるわけがない。
殺していいわけがない。
だってまだ、大好きなのだ。実の姉を殺されようとも、まだ。その感情に嘘はつけない。姉を失った痛みと、姉を殺すという意思が、噛み合わない。
ずっと、揺れ動いてる。
魔法少女としての責務と、家族としての心。どちらにも天秤を傾けられない。
「別に悩まなくていいのよ。そんなこと、終わった後で。この戦いに勝った後に、お姉さんをぶん殴るなり、二度と悪いことできないようにすればいいわ」
「大丈夫。悲しさも、辛さも、一緒に分け合お?そんなに否定しないで、さ」
「私たちは3人で一人前なの。だから3人で頑張んなきゃ行けないの。あなた一人で突き進んでたら、勝てるもんも勝てないわよ……だから、みんなで行くわよ!」
「信じてよね、あたし達のこと!いらないわけじゃない、でしょ?」
「大丈夫。エーテは一人だけじゃないぽふよ!ねっ!」
「えぇ!」
「うん!」
……その中途半端な殺意に、自分一人で突き進む彼女の仲間が喝を入れる。
「私たちがいるもの!」
「忘れないでよねっ!」
屈託のない笑顔で、そう言われてしまえば。誰だって、安心してしまうもので。
エーテの荒んだ心に、すっ…と言葉が入ってくる。
仲間がいる。
友達がいる。
その事実が、想いが……エーテをやさしく抱き締める。殺意で凍りついた心を、まだ内にある情も、迷いも、全て受け止めて。
「っ……うんっ、うん!ごめん、ごめんね、みんな……、ありがとうっ…!」
仲間からの“祝福”で、少女の心は、復讐の【悪夢】から開放された。
一人でダメなら二人で、二人でダメなら三人で。
そこにぽふるんも加えれば……3人と一匹、否。4人で壁を乗り越えられる。今までも、これからも。4人で力を合わせて、歩み続ける。
まだ、胸の苦しみは。姉を喪った心の痛みは、消えてはいないけど。
「お姉ちゃん…私、頑張るから……」
それでも前を向いて。後になったら、いっぱい泣こう。
「見てて!」
仲間の支えがあってこそ、リリーエーテは強くあれる。家族を失った悲しみを背負って、一度立ち止まって、前を向けなくなっても。仲間がいれば、折れることはない。
夢を、目標を、なにもかもを否定されても。
そうして、仲間を失っても───その想いを手放さず、希望を掴み取るだろう。
だが。
「……なにそれ、つまんな」
復讐心に踊らされるエーテを見たかった魔王にとって、それは面白くないもので。あっさり友情と使命を優先して切り替える素早さに嘆息する。
姉の死を悼みながら、それでも前を向く。
なんだかんだ、しっかり魔法少女をしている姿が、少し面白くない。
故に。
「さっさと終わらせるか───主菜は食った。君たちは、ただのデザート感覚で負けるってこと……もう一回、魂に叩き込んで、教えてあげるよッ!」
「もう迷わない!何を言われたって、もうっ!それと……お姉さん!私たちに負けたら、土下座させるから!!」
「絶対いやだが?」
天国に行く姉に謝らせる。合意の元だろうと、そんなの関係がない。
自分をこんなにも迷わせて、苦しめさせた罪もある。
それに……これくらい容赦のない方が、負けないような気さえする。
今まで見たことのない、冷静沈着を貫く姉の土下座……是非見たい。というか、絶対にさせてやる。自分の負け、悪夢の負けだって、全世界に配信してやると。
それぐらいやって、湧き上がる怒りを収めてやる。
そんな心意気で、立ち直ったエーテは、仲間たちと共に攻撃に移る。
「行こうッ!!」
「えぇ、もう置いてくんじゃないわよ!!」
「次やったらグーだかんね!エーテも土下座配信して足裏こちょこちょだから!」
「絶対やっ!!」
仲間たちの励ましとやっかみを背に浴びながら、少女は悪夢を乗り越える。
「ラピス〜っ!ぼくたちは、絶対に……負けないから!」
今度こそ、最初の契約者を失ったぽふるんだが……その表情に、悲しみや苦しみはなく。遺された仲間を、大切な後輩たちを、心から信じている顔をしていた。
その生温さを、甘えに、ムーンラピスは歯軋りする。
「……辛くないの?ライトが死んで。なんでそんなに……笑っていられる?立ち向かえれる?オマエたち全員、なに考えてるわけ?」
もし、自分がそっち側だったら……耐えられる自信が、足掻ける自信がなかった。今回は、自分が手を下した側であるけども。幼馴染が死んだら、自分はどうなるか。
二年前のあの時は、託された想いを優先して、リデルを殺しに暴れたけど。
今はどうだろうか。
できるのだろうか。
わからない。
だからこそ、何故と問う。
特に、リリーライトと四年近くの付き合いだった妖精、ぽふるんに。
「……ねぇ、ラピス」
「なに」
「あのライトが、死んだらそこで終わりとか……本当に、思ってるぽふ?」
「………」
……確かに、リリーライトが死んだら終わり、だなんて未来は想像できない。天国か地獄か、どちらかで何かしら問題を起こして帰って来そうな気さえする。
現に、死んでるのに悪夢の女王から力を奪って、普通に復活した女がここにいるので。
でも、そんな夢物語、ありえるわけがない。
ラピスはリデルがいたから、新たな生を再開することができた。
ライトには、それがない。
一介の妖精に過ぎないぽふるんに、死者蘇生など絶対に不可能で。魔法少女の陣営も、アリスメアーの陣営にも、それを可能とする存在は一人としていない。
……唯一できそうな呪い師も、死体操作が専門で蘇生は専門外だ。
「ぼくは信じてるぽふ!」
そんな不可能を、ありもしない幻想を、ぽふるんは……そして、それを聞いた魔法少女たちも、あるかもしれないなんて夢を見ている。
そんな夢物語、ありえるわけがないのに。
「夢なんざ見んなよ───あいつは死んだ。話は、それで終わりだッ!!」
現実逃避ではなく、心から相棒の可能性を信じる妖精に苛立ちを込めて。
否定する。
鬱Partはサヨナラ!