144-遺された少女の怒り
『リリーライト、死す』───その凶報は、一瞬にして世界に拡散された。新世代の配信魔法で、その最期を……二年前の悲劇を想起させる悪夢に、人々は絶望する。
生きていた英雄の、死。その下手人は、かつての相棒。
悪夢の大王となったムーンラピスが、幼馴染を手にかけ世界を敵に回す。
人類最後の希望とまで呼ばれた最高のカードが、ここで散った。
「あんにゃろう、やりやがった…ッ!」
「……最悪は想定してたけど、まさか本当に……はぁ……これだから思いっきりがいいヤツは苦手なんだ……魂は、流石に見つかんない、か…」
「ブルームーン……それが、君の選択ならば。私は…」
「ラトト…」
アリスメアー三銃士、幹部補佐、未だ戦いに明け暮れる復活怪人たち、そして離反した六花たちも、その凶報には目を見開いて硬直した。
信じられない。素直に理解できるわけがないのだ。
何度も己に煮汁を飲ませてきた最強が、実力においてはなんの心配もない仲間がこの世を去った衝撃は、かつての自分たちの死を棚に上げる程で。
絶対的な安心感という最後の防壁は、ここで崩れた。
「はああああああぁぁぁ───ッ!!」
そして───実姉を殺害されたリリーエーテが、怒りに身を任せて、もう一人の姉に殺意をぶつける。
永遠と、際限なく湧き上がる殺意が止まらない。
例え、相手がもう一人の姉であろうと。姉以上に信頼があった人であろうと。大好きな姉を、せっかく帰ってきた姉を殺した人を。
エーテは赦せない。
感情が、先を行く。
「えっ、エーテ〜っ!」
「エーテ!待って!待ちなさいッ!」
「どっ、どうしよっ…!」
仲間の静止も無視して、単騎で、姉を殺した敵に猛攻を仕掛ける。
「夢想魔法───ッ!」
名を付けるまでもない、殺意の閃光が世界を切り裂く。そんなエーテの怒りを真正面から迎え撃つのは、ラピスの月魄魔法。強固な障壁を張るのではなく、光線や斬撃など迎撃の方向性で対処する。
少女の怒りを、自分がしでかした罪を受け入れる。
無論、ただでやられるつもりは毛頭ない。頭部を狙った夢光は首をこてんと傾げて素通りさせ、渾身の一撃規模の威力を避ける。
魔力を出し惜しみしない、否、後を考えない技の連打。
その攻撃をラピスは軽々と避けて、魔法の隙間を狙って牽制する。
「そう、そうだ。もっと怒れ。もっと憎め。視野狭窄とかそんなことは考えなくてもいい……あるがままの自分を、感情の発露を!溢れ出る感情に身を任せて、さぁ!殺しにおいでよ、この僕を!ねぇ、リリーエーテッ!」
「うるさいっ!お姉さんの……あなたの、戯言なんかに!
耳なんて、貸さないッ!!」
「そう?なら、頑張んなくちゃねぇ……お姉ちゃんの仇、君に討てるかな?」
「ッ」
復讐に燃えるリリーエーテを焚きつけるように、怒りに身を任せている方が都合がいいと、贖罪するつもりなどは微塵もないラピスが、わざとらしい口調で煽る。
理性を失え。冷静さなどかなぐり捨てろ。
人間は、生まれた時から、感情に踊らされる生き物だ。
魔法少女も、妖精も、怪人も、宇宙人も……人間以外もそれは適応される。
そして。リリーエーテにとって、もう一人の姉である、ムーンラピスを。
被害者家族たる彼女は、殺せるのか。
「ただの復讐相手ならば兎も角───この、僕を。君の、もう一人の姉を。殺せるのかい?」
「ッ、それは……それ、でも…それでもっ!」
十年も付き合った家族を、姉よりも信頼していた人を。身内同士の殺し合いの果てで、その手にかけることが……君にはできるのか。
姉同士、納得の上で殺し合っていたことは、エーテとてわかっている。わかってはいるが……蚊帳の外の自分が、納得できるかは別である。理性が働いて、行き着くところであったとわかっていたとしても。
もう、止められない。
込み上げる感情を否定できない。仕方ないですねなんて言えるわけがない。
だからこそ。
「あああああああああああ───ッ!!」
私がやらなければならない。
姉を失った今、人類最後の希望を……自分たちよりも、その座が相応しい英雄が消えた穴を、自分が埋めなければならない。
止めなければならない。
倒さなければならない。
そうだ、なにもおかしくない。ここで、もう一人の姉を殺すことは、なにも。地球の未来を、人類の未来を守る、その為に。
自分を正当化することも、なにも間違っちゃいない。
「なんで死んだんだろうねぇ?不思議だねぇ……あいつ、知らない間に弱くなってたのかな?僕みたいに、ちゃんと死んで蘇ってたら、話は違ったのかな?」
「あーあ。幾ら強くたって、賢くたって、偉かったとて。最後に掴むもん掴めなかったら、意味がないよね!」
「あいつはそれを体現したのさ!身をもって、ねっ!」
「なぁ?君はどう違う?僕のリリーライトと、妹たる君はなにが違う?」
エーテの怒号には欠片も耳を傾けず、本音を交えながら滔々と語る。過程も大事だ。それまでの積み重ねが、人を強くする。より良い結果に導く為には、過程はなによりも重視すべき最重要事項である。
だが。その結果が、結末がよいものでなければ。
今までの努力は水泡に帰し、無駄となる。過程はただのゴミクズ同然となる。
ラピスはそれが許せない。許せないから、過程も結果も重視する。最っ高の結末を迎える為に、そこに至るまでの道もしっかりと整えて、世界を自分好みに脚本する。
かつての経験も、苦渋も、絶望も、自分の糧として。
乗り越えんと。
「───夢想、魔法ッ!!」
その計画を真っ向から否定するエーテは、仄暗い感情に身を任せた一撃を放つ。限度を知らない大火力が、直線上全ての障害物を現実から消していく。
だが……その極光は、ムーンラピスには通用しない。
存在破壊規模の攻撃など慣れたもの。手馴れた手つきで魔法を相殺する。
そういった攻防が、何分か続き。そろそろ飽きたなと、ラピスが動こうとした、その時。
光が、頬を掠める。
「へぇ…」
他の夢光に重なるように、ラピスの目には映らないようカモフラージュをして放った……小さな小さな夢の弓矢。夢想して作り上げたそれは、他の光の柱に紛れて、小さな傷を、僅かにつけることに成功した。
だが、怒りに狂った状態でも、その程度。
僅かに残った理性が───完全に殺意へと振り切れない幼い心が、エーテの邪魔をする。
まだ、まだ───もう一人の姉への情を、想いを、まだ捨てきれずにいた。
その心は、ラピスには気付かれている。
「君一人でなにができる?仲間を差し置いて、我武者羅に殺意をぶつけることしかできない、君程度の力で……僕を本当に倒せるの?」
「うるさいっ……やるしかないの…私が、私がっ!!」
「……傍にいるやさしい声にも耳を貸さない君なんかが、勝てるわけないだろうに。というか、さぁ……さっきから口先だけの怒りをぶつける君に、なにができる?」
「ッ!?」
「わかってんだよ、ねぇ───心の底から憎めないって、辛いねぇ?」
失望を帯びた声に、身体が反射的に硬直する。
そんなこと、言われたくなくて。そんなふうに、いわれたくなくて───まだ、幼い自分が。骨の髄まで復讐者になり切れない心の弱さが、悲鳴を上げる。
私がやらなければならないという強迫観念が、ラピスの殺意でぐちゃぐちゃになっていく。
所詮、その程度。
口の悪い言い方になってしまうが……そこがエーテの、限界だった。
そう、実際は。
姉を失った悲しみを、やるせなさを、怒りという形で、なんとか出力して。もう一人の姉に、勝てるわけがないと後ろ向きに考える悲惨な思考に、蓋をした。
姉の仇を討たなければならないと思ったのは、本当。
その仇に動揺して、困惑して、理解して……心の底では嫌だと思っていることも。
目の前の義姉を殺せるのかと問われれば、エーテはもう顔を俯かせるしかない。それでも、自分がやらなければと思って、後ろを見ないで突き進んで。ちゃんとある怒りを原動力に、姉にできなかったことをやろうとして。仲間の声を無視してでも、その業を背負うのは、私だけでいいと独善的に決め付けて……
そうして、失敗する。
「ぁ…」
哀しいかな、エーテは。
……まだ、誰かに守ってもらえないとと生きていけない子供だったのだ。
───“糸”+“切断”+“空間”
「<斬蛛断界>───さぁ、細切れになれ。姉の仇討ちは無理でしたって、あの世のお姉ちゃんに言いなよ?」
「やっ、ぁ!夢想ッ、魔法───!!」
心の底から悪意に満たされてくれない妹分に、ラピスは心底呆れた顔をする。つまらない。真の髄まで復讐者に、殺意に満ち溢れた怪物になって、この命を、悪夢に染まる心臓を、奪いに来てくれさえいれば。
もっと面白かったのに。
いや、無理か。心優しい性格のエーテが、明園穂花が、例えラピス相手であろうと、非情になり切れるわけが……なかったのだ。
世界を断つ蜘蛛の斬糸をもって、かつて守るべきだった妹分という庇護対象に、今更ながら別れを告げる。
悪夢の中で、また逢えるだろうから。
地球が悪夢に堕ちるよりも、ひと足早く───夢の中で再会を祈る。
焦燥に駆られるエーテの魔法は、悉くが切り裂かれ。
眼前一歩手前に、殺意の波動を宿した斬糸が、格子状に張り巡らされ。
「あっ───…」
なにもできない無力さに、打ち拉がれながら、その身に斬撃を浴びる。
直前に。
「───だからッ!あんたの、そういうダメなところが!好きじゃないのよッ!!」
「ッ、ぐえっ!?」
───星魔法<ブレイジング・スター>
空を駆け抜ける彗星が、エーテの首根っこを掴んで……ムーンラピスの斬撃から守る。必ず殺さんと突き進む糸を追い越して、ブルーコメットが仲間を助けた。
一人で立ち向かう友に、大きな怒りを込めながら。
「私たちの言葉も、聞きなさいよ!!」
仲間の声が、少女を静止する。
復讐者適正、0
みんなエーテのこと危ぶみすぎぃ……期待してた展開じゃなくても許して?