142-夢も希望もない旅立ち
炎龍がとぐろを巻く。
骸骨が軋轢音を鳴らして侵攻し。
海魔が地平線を埋め尽くす。
大量のアクゥーム、そして魔物の攻撃を対処しながら、リリーライトは幾つもの剣閃を放つ。聖なる太陽の輝きを宿した聖剣で、無限に起き上がる魔物たちを指揮する王に牙を剥く。
「はァ、ふぅ……ラ〜ピ〜ちゃん!」
元気よく、心の底から死闘を楽しんで、ムーンラピスに素早く斬りかかる。その斬撃全てを軽々と避けられようが防がれようが関係ない。
楽しんだもん勝ちだと、身体に鞭を打って笑う。
その躍動を、悪夢の大王となったラピスが真っ正面から迎え撃つ。
「そう何回も呼ばなくていい───全部、聞こえてる!」
声高らかに、殺意をもって、最愛の友を殺しにかかる。
「悪夢は覚める。確かに、悪夢には終わりがある!だが、僕が作った悪夢に終わりはない。悪夢に果てなどないッ!幸せな悪夢の中で、物語は永遠に続くんだ!!」
「それじゃあ、作ってあげるよ!その果てをッ!!」
───月魄魔法<ルナティック・ボンバー>
───極光魔法<ブリリアント・ショック>
破壊の衝撃が衝突し合うも、2人はお構い無しに聖剣と魔剣で鍔迫り合い、お互いの命を狙う。何度も首を狙い、時には心臓に狙いを定め、魔法と斬撃で殺し合う。
魔物たちの猛攻も相まって、リリーライトは常に劣勢を強いられていた。
そして。
「邪魔しちゃ嫌よ?」
───魔加合一<征雲天覇>
───魔加合一<神隔封護>
───魔加合一<万月影絵>
「っ!」
「やぁ。さ、今の君たちなら、複製ぐらい倒せるよねぇ?期待を裏切らないでくれよ?」
「また分断ッ!」
「うー!」
強化されたアクゥームを乗り越え、こちらに近付こうと必死な後輩たちに、雷鳴轟く暗雲を広げ、空間を隔てる。そして、自分の複製を容赦なく差し向けた。雲の上と下、隔たれた戦場で、魔法少女たちは鍔迫り合う。
全てが遮られた悪夢の世界で、ラピスの剣舞がライトの肉を断つ。
「っ、ぐっ!」
「動きに精細がないぜ、相棒」
「なんのっ!まだ、まだっ!!」
「ッ」
肩を貫いた魔剣の片割れを引き抜き、声を張って聖剣を素早く振るう。双剣の斬撃、そして刺突に負けないように立ち回る。
動けば動く程、当たり前ではあるが息が荒くなる。
今までのリリーライトにおいて、疲労なんてのはあってないようなものだった。それ程までに、彼女は強く、常に余裕を持って戦える実力者だった。
……それが今や、過去最大の強敵との長時間戦闘により疲労困憊で……既に限界の近い身体に、鞭を打って戦いに挑んでいる。
疲労が蓄積しているライトと違って、ラピスには一切のそれがない。身体への負荷も、魔力切れの心配も、疲労も苦痛もなにもない。強いていえば精神的負荷、ストレスがあるぐらいだ。主に、悪夢に頷かない元同胞への。
無限に稼働できる肉体を手に入れたラピスは、最早疲労知らずである。
そのアドバンテージを最大限に活かして、最愛の友へと苦行を課す。
「はァ、はァ……こんなので追い詰めれてると思うなら、ぶん殴るよ?」
「あぁ、安心しなよ。そこはわかってるからね」
「よかった!」
「でも」
諦め悪く、負ける要素なんてないと豪語するライトに、ラピスは口元に笑みを浮かべる。
そも、オマエの前にいるのは誰だ、と。
「ここにいるのは、僕だ。オマエを、リリーライトというつよつよ生物兵器をこれでもかと調べ尽くして、隅々まで解析した女だぞ?全てを知り尽くしたムーンラピスだぞ?今までのアリスメアーのゴミ以下共とは違う。その自信、不安でしかないぜ?」
「……だとしても、私は負けない。てか、さぁ。人のことなんだと思ってんの???」
「? 聖剣ブッパマシン」
「中指立てマース☆」
「へし折ろ」
リリーライトの全てを知っている。未知などないと強く言い切れる。だからこそ、その負けない自信とやらは一切通用しないのだ。
対処法も、勝ち筋も、ラピスの脳には存在している。
何処までやれば、リリーライトを食い潰せるのか、既にわかっている。
その事実を証明する為に、ムーンラピスは悪夢の双剣を交差させる。
「まぁ、あんなに言っといて悪いけど……こっちも余裕はなくなっててさ。もう、諦めようと思うんだ、僕」
「へぇ、なにを?勝つの?それは後味悪いからやめて?」
「物理で勝つ気満々で嬉しいよ……安心しなよ。戦いは、ちゃんとやるさ。ただ、オマエを殺さないで勝つのは……無理だと確信した」
「ッ」
もう手段を選んではいられない───リリーライトを、殺すしかない。後輩たちを優先しても、こいつは邪魔してくるだろう。事実そうだった。でも、その逆。最愛の友を先に殺害してしまえば……後は作業だ。
あれだけ成長を見せてくれた後輩だが、それでもまだ、実力差が開きに開いている。
リリーライトを消してしまえば、もうなにも怖くない。
そう事実上の殺害宣言をして、ムーンラピスは悪夢へと期待を込める。
悩みに悩み抜いて、なんとかならないかと思考を何度も巡らせて……これ以上は無理だと、看過できないからと、決断した。後で幾らでも後悔してやると、リリーライトの殺害を選択する。
それがどけだけダメなことであろうとも。
倫理に反する、どう解釈しようが、救いのない存在へと落ちようとも。
ラピスもまた、止まらない。
幸せな悪夢の中なら、何度でも再会できる───魂も、夢の中に閉じ込めるのだから。
黄泉も現世も関係ない。全て平定して、支配するのみ。
「それじゃあ、死んでくれ───リリーライトッ!」
総攻撃を再開して、殺意の奔流を親友に突き付けた。
「ッ、あはっ……あははっ!仕方ないなぁ!でも、そんな易々と私を殺せるだなんて……思わないでよね!!私は、女王の攻撃も凌いだ、異能生存体だぞ!!」
「ハッ!生き急ぎの馬鹿野郎の間違いだろうがッ!!」
聖剣と魔剣、一刀流と二刀流、太陽と月、希望と絶望、夢と悪夢……相反する2人が、火花を散らしながら何度も何度も激突する。
そこに魔物たちも混じって、熾烈な殺し合いを空の上で繰り広げる。
更に。
───“暴食”+“星”+“月魄”
「<捕食遊星>ッ!」
臼歯が並ぶ口腔を持つ、真っ白な満月がラピスの背後に生み出される。食いしん坊の月は、かの怪人“暴食婦人”の悪食を引き継いでおり、文字通り全てを喰い尽くす。
新たに追加された魔物が、悪夢に満ちた三つ目の月が、リリーライトの命を狙う。
ラピスの剣戟と共に、地獄を創り出す。
ガガガガガガガガガガ───ッ!!
歯を鳴らす満月が、大顎を開けてライトに迫る。それを神憑りな加速で逃げ果せたライトは、懲りずに追ってきて追撃の噛みつきを食らわせに来る満月を攻撃する。
何度も何度も、極光を叩き付ける、が。
ムーンラピスの象徴である月がモチーフだからなのか、異様に硬く壊せない。
無論、他の魔物たちも黙って見ているわけがなく、俺が私がと襲いかかる。
グギャァァァァァァァ───ッ!!
カタカタ、カタカタカタ───…
オオオオオオオオオオ───…
溶岩流が、骨礫が、侵蝕する粘液が、リリーライトへと降り注ぐ。斬っても斬っても終わりのない攻撃の数々に、ライトは辟易としながらも諦めない。呼吸が荒れ、何度か攻撃が掠るが、致命になる前になんとかする。まだ、まだ戦える。回復する余裕はないが、殺意で己の全てを研ぐ。
四体の魔物の総攻撃は、確かにキツいけれど。
まだ、行ける。
「絶対に、負けない!!その悪夢ッ、力で捩じ伏せる!」
───極光魔法<リヒト・エクスカリバー>
聖なる極光が、魔物たちを次々と斬り伏せる。月の青に満ちた悪夢を討伐していく。たった一手でラピスの殺意を上回ろうと、身体を激しく動かす。そのある種の見慣れた光景に、ラピスはもうなんとも思わない。
何度でも言おう。その程度で終わりにするわけがない。
希望に満ちた光に対して、絶望に満ちた闇でその輝きに翳りを齎す。
「無駄だよ───リデル、魔物の悪夢を巡らせろ。全てが無意味なんだと、思い知らせろ」
『───うむ、承った。理不尽には理不尽を、だな』
脳に居座るリデルに命じて、魔物たちを更に強化する。
悪夢がある限り、魔物たちに死はない。終わりはない。永遠と、延々と、殺意をもってリリーライトへと再撃……何度でも殺しに行く。
そうすれば。
「っ、くっ…ぅ……あぁッ!?」
徐々に、終わりの見えない戦闘に余裕を無くしつつあるライトの身体が、激しく傷ついていく。ラピスの容赦ない斬撃に、刺突に身体を切り刻まれ。炎龍に身体を焼かれ、その身を焦げさせ。骸骨にデバフをかけられ、骨の殴打を何発か浴びてしまう。スライムには左手を掴まれ、一瞬で液状化していく左腕を切り落とした。再生の隙などなく、人喰い満月に右足を捕食された。
大事な身体が、殺意を研ぎ澄ませたラピスの手によって丁寧に破壊されていく。
何度も魔物を殺しても、逆に魔物に食いつかれる。
ダメージが蓄積していく。もう治せない。治せる状況にラピスはもう、持って行かせない。
確実に、ここで殺す。
「っ……いいや、これでいい。これでいいんだ。だから、この雑念は、いらない」
徐々に身体を失っていく友に、胸が締め付けられる……それを行っているのが自分であることが、余計に心に来る痛みとなる。それを無視して、我慢して……目的の為に、ラピスは心を殺す。
殺意を緩めることは許されない。
甘えなんて以ての外。一度やると決めたなら、最後まで貫き通すまで。
「無様だなぁ!生き恥晒すなよ!大人しく死んで、僕に、全てを委ねろッ!!さぁ!!」
「あっ、ぐぅっ……まだ、まだッ…私は、動けるッ!!」
悪足掻きを見る。左腕を失い、右肩を貫かれ、柔らかい左腹部をごっそりと抉られ、右足を食われても尚。宿敵は笑って、ラピスに斬りかかる。
なんとか隙をついて発動できた光翼を背中に展開して、移動手段を確保して。
自分を治すのは後回しと、速度を維持して攻撃する。
今のライトにできることは、斬って斬って斬りまくって戦うことのみ。回復しても削られる。回復が追いつかない攻撃をされるだけ。だから、殺意には殺意をもって、その頭を狙う。
「大好きだよ、ラピちゃん!!」
攻撃、回避、被弾、攻撃、攻撃、防御、攻撃、攻撃。
死に瀕した瞬間から、ライトの攻撃頻度はより上がり、速度は跳ね上がる。次第に、優勢に立っていた魔物たちが狩られるだけの存在に成り下がっていく。
勇者の名は伊達ではなく。想いの力で全てを上回る。
段々と、その勢いを取り戻していく───そう、回復ができるぐらいまで、余裕が生まれる。
すかさず斬撃を、魔法を食らわすラピスの剣を、聖剣で弾き飛ばす。
「ッ……理不尽な生命力だなぁ、本当にッ!!さっさと、墜ちろよッ!!!」
「いやだッ!!!」
得物を失ったラピスが、無手になった瞬間……ライトは動きを変える。回復するわけでも、また相棒を斬りに行くわけでもなく……
聖剣の魔力を、脈動させる。
自分の命よりも、勝利を。ムーンラピスの討伐を、命を先に獲る。
「全部乗り越えるよ。それが、私なんだから」
「……いいだろう。やってみろ。でも、一つだけ。なぁ、オマエのそれで、本気でどうにかなるとでも?他の怪人やリデルならば兎も角……この、僕が」
「うん!」
「うざっ」
決意を固めるライトに、彼女が何をする気なのか即座に看破したラピスは、冷や汗を顎から垂らしながらも笑い、やってみせろと挑発する。
聖剣に込められた魔力を視る。白金に輝くそれを、その危険度を、ラピスは世界で一番よく知っている。
普通の光魔法でさえ、その進化形である極光魔法でさえ常人が持つには大きすぎる力なのだ。ラピスは、ライトのそんな暴力的な光を知っている。そも、かつて試し打ちと称されて何度練習の的にされたことか。
いつだって見てきたその輝きを、ラピスは誰よりもよく知っている。
その最終形態を、たった一度の発動で、その力を世界に焼き付けた“極光”を。
ラピスは覚えている。
戦闘中にもか変わらず、空中で立ち止まり、目を瞑って息を整えるその様も。
どれだけボロボロになろうと、身体を砕かれようと……諦めることも、負けることも、笑わないこともない、その強さを。
「すぅ───…」
ライトが、ゆっくりと息を吸う。肺いっぱいに、そして静かに吐き出して、またゆっくりと、月の魔力に侵された空気を、その身に取り込む。
慣れ親しんだ、世界で一番大好きな匂い。
本人が聞けば心から引いた顔で距離を取って……誰にも見られていないところで、額に手を当てるようなことを、彼女は考えながら呼吸する。
深く、深く。
全身に、新鮮な空気が循環するように。害のない魔力が行き渡るように。
その行動を咎めるように、魔物たちが攻撃する、が。
ライトは、最小限の動きで、欠けた身体を上手く使って攻撃を躱していく。
「チッ、ゾーンに入りやがったか……ここで攻撃しても、もう当たらない。全回避は夢にまで見た。なら、もう……こうするしかないよなぁ!?」
『───守りを固めるぞ。悪夢隆起、超強化だ!!』
なにをしても止められない。それがわかっているから、ラピスとリデルは守りを選択する。ここで逃げるのは愚策も愚策。そもそも、逃げられるだけの余裕がない。回避もできるとは、到底思えない。故に、選ぶのは防御と迎撃。
四体の魔物を侍らせ、各々の防御魔法を張らせる。
炎龍は光をも蒸発させ、闇を齎す灼熱を纏う。
骸骨は悪夢の太陽を鳴動させ、超強化された骨の躯体でムーンラピスまでの道を阻む。
スライムは空気すらも水に変換してその身に取り込み、面積と体積を増幅させる。
人喰い満月は、月の魔力を過剰なまでに纏い、極光をも喰い尽くす捕食能力を獲得。その身をもって、魔法少女に最期を齎さんと躍り出る。
まだ足りない。
「臆病だけど……これぐらいやっても安心できないのは、本当にバグかなんかでしょ…さっさと死んでよ……僕に、勝利を寄越せよッ!!」
そして、ライトから距離を取ったムーンラピスは、己の前方に最高硬度の魔法障壁を複数展開し、魔法を逸らす、魔法の威力低下などといった、デバフを何百重にも重ねる妨害機構を構築する。鏡魔法が齎す乱光による威力低下、歪魔法による魔力の強制霧散、重力魔法で光までもを地に叩き付ける妨害といった、念には念をで重ねがける。
それでも、不安は募り……次元魔法などで距離を操り、極光が自分に届かないように細工して。
これでもかと準備を整えて、もうこれ以上ないと、過去積み上げた信頼からなる絶対防御を、そこに築く。
恐れている。怯えている。
過剰なまでに強化された防御の魔法陣が、信頼の証が、ライトの目に映る。
「いい警戒……でも、無駄だってこと、証明してあげる」
絶対的な自信をもって。人生二回目の、奇跡を起こす。あの決戦の日、深手を追ったまま……これが最後であると確信をもって挑んだ、あの覚醒。
死に瀕したあの瞬間、光るモノを掴んだ。
今まで、まだ行けるかもしれないと、漠然とした思いで目の前にあったそれが、漸く掴める位置にあって。必死に這い上がって、それを掴んで、庇う親友の前に立って。
健在だったあの女王に、己の全てを叩き込んだ。
そうして、自分は地に落ちた。最後の躍動で、ラピスの背を押す形で。
あの日の後悔を、また繰り返すわけにはいかない。
故に───あの日の再演を願う。たった一度の奇跡を、もう一度。
「“聖剣解放”…」
───その瞳に、炎が灯る。覚悟が、執念が、使命感が、世界を背負う自覚が、あまねく全ての人々から向けられた希望が、リリーライトの心を、魂を、想いを、その全てをより高める支えとなったかのように。
熱量をもって、彼女の背を後押しする。
「ッ───!」
これまで、多くの悲劇を見てきた。魔法少女の目覚め、運命の始発点もしくは終着点、強敵との戦闘、多種多様な想いの濁流、希望、絶望、その全てが、駆け抜けるように脳裏を掠めて───彼女に力を与え、覚醒を促す。
今まで培ってきた全てが実を結ぶ。今までの旅程が真に正しきものであったことを、肯定するかのように。
今まで向けられてきた、人々の願いを、喜びを、夢を、祈りを、憧れを、託された想いの力をその手に乗せる。
極光は揺るがない。
聖剣には、たくさんの願いが託されている。熱を帯びた想いが込められている。
「今まで歩んだ私の軌跡。その全てを、ここに!」
勇者、“極光”のリリーライトは、あらゆる絶望を軽々と乗り越える、最強なのだと。手足が欠けていようと、血が足りなくて気持ち悪かろうと、無理が祟って、もう限界が間近に来ていようとも。
思い知らせる。
理解させる。
リリーライトとはなにか。何故、魔法少女最強の存在と謳われるのか。
片手であろうと、両手で無かろうと───その威力に、変わりはない。
「真・極光魔法───…」
全てを打ち破った先にある、現実を。例え、辛くても。みんなで手を取り合って、先に進めるような世界を、この夢の先に作れるように。
その最高の一手を。
絶望を、諦観を、苦しみを、憎悪を、怒りを、大好きな友が抱くそれを、ぶち壊さんと。
極光が、奇跡を結ぶ。
「───<リリー・ホーリーカノン>ッッッ!!」
白金が煌めき、茜色の光が差す極光が、溢れんばかりの想いを乗せて、リリーライトの聖剣より放たれる。彼女が持つ最高火力が、皆既日食の空を駆け上がる。
空の全てを貫く光は、逃げ場を与えない。
一瞬にして、通り道にあった悪夢の残滓が浄化される。消し飛んでいく。
人喰い満月は拮抗もできずに消し飛んだ。
生きる溶岩はなにもできずに、一瞬にして蒸発した。
骸骨は即座に木っ端微塵。スライムも即座に蒸発して、その身に宿していた悪夢の力を、魔物たちは一撃をもって失った。
魔物の壁は役目を果たさずに終わった。
そして───これでもかと張ったラピスの魔法障壁も、意味を成さずに消し飛んでいく。幾つもの魔法が、細工が吹き飛んでいく。無力化もできずに、なにもできずに……全てが一撃の元蹴散らされる。
轟音を立てて、極光が直進する。
「うぐっ、ぁ……ナメるなよ、このっ……ムーンラピスに敗北はないッ!!」
魄
─…─月 ERROR!!
魔
法
「ッ!?」
間に合わない。
無慈悲にも、残酷にも。リリーライトの最強の一撃は、あらゆる妨害を消し飛ばして、障害を乗り越えて。全てを破壊した先にいた、ムーンラピスを穿つ。
月魄魔法の魔法陣は、一瞬にして砕け散り。
ムーンラピスの身体が、凄まじい極光に呑み込まれる。悪夢が、身体から抜けていく。
咄嗟に両腕で顔を隠して、耐え忍ぼうと、意地でそこに居続けて。
身体が焼けていく感覚に苦しみながら、狂いそうになる破滅に、悶えながら。ラピスは耐える。負けてたまるかと極光を浴び続け、体外へ漏れ出る悪夢を堰き止め。
一向に終わりのない光の波に、悲鳴を噛み殺して───目を見開く。
「うーちゃんッ!!」
いつの間にか。リリーライトが、そこにいて。
自身も極光に全身を焼かれながら、身体を砕かれながら突き進んだ、その先に。自分の最高火力を浴びても、まだ息のあったラピスを見つけて。
その帽子頭に、聖剣を突き付け───刺す。
ハット・アクゥームに守られた、その額をも貫いて……脳に直接、極光を叩き込む。
「がッ───!?」
『───なぁッ、この女ッ!!?』
【アッ、クゥーム…ッ!】
明滅する視界の中、ラピスは必死に抵抗する。内と外、同時に極光に焼かれながら、悪夢を消し飛ばされながら、なんとか耐えて。
「こんのッ…」
聖剣を持った右腕を掴んで、へし折ろうとして…
目と目が、合う。
「これで、終わりだ───ッ!!」
爆発的な魔力が、リリーライト渾身の一撃が……全てを破壊した。
꧁:✦✧✦:꧂
「うぐぐっ…!」
究極の極光は、ムーンラピスの魔法の尽くを破壊した。戦場を隔てていた暗雲も、結界も、その進路を阻んでいた月の複製も、上層から漏れ出た光で消滅した。
その凄まじい光景を見て、姉が勝ったのだと、エーテは確信する。
「お姉ちゃん!」
「ッ、やったのね!流石は先輩!」
「すごいっ、すごーい!」
「ライト〜!」
空を登る。急いで、ラピスに打ち勝ったライトを、皆で讃えんと駆け上がって。
暗雲の晴れた先、光の粒子が霧散する、暗闇の下で。
「……えっ?」
絶望を見る。
───そこに広がっていた光景は、あまりに酷くて、最早筆舌に尽くし難い絶望で。五体満足ではなくなった希望の勇者が。世界を救った功労者が。
「ぁ、はっ…」
リリーライトが。
「お姉ちゃんッ!!」
何故か、ムーンラピスの手にある“聖剣”で───胸を、貫かれていた。
「がはっ、ごほっ……はァ、はァ……くっ、くくく…」
笑う。
嗤う。
嘲う。
究極の極光をもってしても、浄化しきることは叶わず。頭部を守っていた帽子頭を手放して、素面を晒した蒼月の魔法少女が、人外の美貌を笑みに変え。
白目を、強膜を真っ黒に染め、青い虹彩を持つ両目と、目の周りにヒビの入った死に顔を形成し終えて。極光か、生き残った悪夢の大王は、笑う。
愛しき片割れを見下ろして。
「───僕の、勝ちだ」
絶望は、全てを覆す。
驚愕に目を見開く勇者を潰し。ムーンラピスは、敗北の運命を覆した。