140-死百合のセレナーデ
:首ぃ──!?
:病み期、突入します
:首だけで動いてるのも怖いし、躊躇いなく首斬ったのも怖いんだけどなんなん?
:怖い怖い怖いッ
:いつもより過激に放映しております
:(当社比)
───やられた。
接合部を両断され、中空に浮いた、僕の首。はしゃいだリリーライトの手によって、重ね重ねに張っていた認識も知覚も探知も直感も素通りして気付けない透明な障壁諸共首を刎ねられた。
こっちが後輩たちの成長に一喜一憂していたのが、相当気に食わなかったらしい。
魔加合一の分身は、もう粒子になって消滅している。
胴体は、ライトの腕の中。あいつ、胴体と接合しないと僕がヤバいのをわかってやってるな?
いい性格してやがる…
ふざけやがって。
「えへへ〜」
「おおお姉ちゃん!?」
「なっ、なな、なにしてんのよッ!?さっ、流石にそれはダメなんじゃ…」
「はわわ…」
「ライト!?」
「やー、つい……あはっ、見て見て。ラピちゃんの身体。もう手放さないから…」
「……」
なんだこいつ。
気色悪さに舌を噛みながら、魔力操作の要領でぷかぷか首を浮かす。不安定だな……胴体よりも肉体再生に時間がかかるってだけで、別に活動に支障はないが…
あいつに胴体掴まれてるだけで操作できないのなに?
なんなの。こっからでも手足動かせる筈なんだけど……操作効かないんだけど?なんか阻害してる?あっ、なんか右手光ってんな?それだな?なにその魔法知らんのやが。
困ったなぁ…
殺そっかな。
「……その状態で動けるとか、本当にお化けみたいだね、ラピちゃん?」
「オマエがその手を離せばいいんだけど?」
「嫌です。勝つ為だもん」
「ちね」
……まだ勝ってないって判断できる脳はあるみたいで、ちょっと安心だが。そこまで楽観視するような脳味噌にはなっていないらしい。
実際、この状態でも魔法少女の殺害は可能だしねぇ。
その判断は間違ってないし、こんなので決着がついたと思わないのも正しい。まぁ……首だけで平然と動くヤツがいたら、そりゃいつも以上に警戒するわな。
その警戒心、ずっと持ってな。
さて。
「……せっかく集めたのに……月の魔力、今のでほとんど消し飛んだか…残念だね」
「……その割には、悲壮感ないけど?」
「そりゃあ、まぁ……リリーライトに首を刎ねられるのは想定の範囲内っていうか、計画の内っていうか、そもそも斬られたら次の段階に入るって予定だったし」
「は?」
うん、はい。そうなんです。ここまで計画通りです。
唯一の誤算は、後輩ちゃんたちの成長ぶり。あの一撃は予想できていなかった。それ以外は、だろうな、って凡そわかっていたし。
だってねぇ。
こっちだって困ってるんだよ?
シチュエーション作りとか、展開の持ってき方とか……
今の今まで、魔法少女としての力でしか戦ってないの、みんな気付いてる?
僕ってさ、【悪夢】のラスボスなんだよ?
「だから、魔法少女の身体はもういらない───いいよ、首から下は君にあげる」
「なにを、言って…」
……子供の頃、僕はどちらかといえば正義の味方よりも悪役の方が好きだった方だ。ヒーローのあの輝き、云わば誠実さが肌に合わなかったんだ。
魔法少女になって、正義の体現者になっちゃったけど。
それはそれとして、憧れは真逆の立ち位置だった。そう考えれば、今の僕は理想を体現した、まさに夢にまで見た光景を手に掴んでいると言える。
ヒーローに立ち塞がるちょいワル、道化役、悪役令嬢、裏切り者、黒幕。趣向を変えて、ダークヒーローなんかも好みの対象だった。
色んな思想、経験、運命によって“悪役”となり、正義の物語を阻む“敵”になる。
憧れちゃったんだ。
「───ハット・アクゥーム」
夢の世界で療養させていた僕の【悪夢】を呼び出せば、空間の裂け目が開き、帽子頭が飛び乗ってきた。
再生を続ける不安定な僕の頭に、蜘蛛足が食い込む。
【ハットス!】
「今までのは魔法少女の戦いだ。魔法少女が、自分たちの意見をぶつける為の、云わば同陣営の中での内部抗争……でも、ここからは違う。正真正銘、【悪夢】として、僕は君たちの壁となる。乗り越えられない絶壁、終わりのない終わり、絶望の具現として、【悪夢】は君臨する」
「……みんな、構えて。ぽふるん、悪いんだけど……この身体、アイテムボックスに入れといて」
「わっ、わかったぽふ!」
「お姉さん…」
あっ、しまっちゃう妖精された……まぁ、うん。いいよそれでも。大事にしてね。僕の胴体。さよなら。でも埋葬するのはやめてね。火葬もだよ。保管しといてほしい。
空間格納された魔法少女の身体とは、もうお別れ。
ここからは、悪夢用にカスタマイズされた躯体を使う。言い方を変えれば新しい身体。
ゾンビでもない、ケアしなければ死臭がするゴミ同然の肉袋ではない。
【悪夢】だ。
「来い、リデル」
「───む?なんだ、我に何の用……うわっ、マジ首だ。生で見るとより酷いな」
「うるさい」
口調戻ってるぞ。別にいいけど。
追加で呼び寄せたリデルに僕の頭を持たせて、思念波で目的を告げる。
「なんだ、そういうことか。理解した───ならば、私はオマエたちにこう問おう。ニンゲンたち。ムーンラピスの不死身の原理は、なんだと思う?」
「? 原理、ってなによ。不死身は不死身でしょう?」
「頭の硬いヤツだ。私が言っているのは、不死身であれる理由はナニカ、だ───まぁ、考えさせる時間も惜しい。手っ取り早く種明かしをしてやろう。いいな、ラピス」
「構わないよ。知られても、問題はない」
「うむ」
滔々と語られる女王の秘儀。何故、僕が不死身となって活動を維持できるのか。首だけでも動けて、昔は無かった再生能力を持っているのか。
その答えは、ただ一つ。
「───私だよ。“夢貌の災神”たる私と、ムーンラピスは最早一心同体の共依存生命体。私の力を取り込んだことが一種の契約と看做され、我らは同化した」
「原理は妖精のと似てるんだ。魔法少女が死ねば、妖精が死ぬように。妖精が死んでも魔法少女は死なないように」
「私が生きている限り、ムーンラピスに終わりはない」
「僕が死んでも、リデルに一切の代償はない。妖精のとは逆転してるけどね」
リデルが死ねば僕が死ぬけど。僕が死んでも、リデルは生きる。魔法少女と妖精の関係とは、真逆。魔法少女たるこの僕が、真の意味でリデルから逃れられない理由。
乗っ取ったとは言うけど、殺さないのはこれが理由だ。
地球存続の為の、ユメの根源であることも確かだけど、それとはまた別の理由として。
リデルが無事である限り、僕は不死身の兵隊である。
そして、今までは断っていたが……もう、“魔法少女”の身体は捨てると決意した。
「ラピちゃん!!」
「覚悟はいいな?まぁ、私もやるのは初めてなんだが……我が共犯者が対象なのだ。万が一にも、失敗はありえん。有り得るのは、予想外の覚醒のみ」
「基盤は整えた。僕の身体なんだ。好きにやるさ」
「良かろう……では───ハット・アクゥーム。我らを、喰らえ」
女王の命令で、僕の【悪夢】は僕から離れ、巨大化してこちらに牙を剥く。歯並びの悪い、ちょっと恐怖心を煽るギザギザの、その向こう側。
なにもない口腔に、僕とリデルが飲み込まれる。
帽子頭の中、一つの異界として成立した悪夢の空間で、僕たちは新生する。
「《夢崩閉心》───愛しき悪夢よ、我らを再創せよ」
悪夢に染まったユメエネルギーが、僕たちを取り囲む。真っ黒な世界で、僕とリデルをユメ包んで、抵抗も許さず粒子化させる。
二つは一つに。この二年間、潤沢な悪夢に身体を慣らし調整した、その成果が実を結ぶ。
“夢放閉心”。これはアクゥームを創り出す呪文。
“夢崩閉心”。こっちは、【悪夢】を好きなように形成し新たに再創する、起動キー。
無から有を生み出す。
かつて、死んで終わりを迎えた僕を、復活したリデルが再構築したように。
もう一度、“あの日”を再現する。僕が生まれ変わった、運命を。
いいや、違うか。
「───おやすみ、リデル。そして、ありがとう」
将来の夢とか、やりたいこととか、漠然としたものすら無かった僕に、役目をくれてありがとう。魔法少女として頑張れた青春の日々も、君がいてくれたから成立した。
悪夢に染まり、悪夢に侵され、悪夢になった君。
ありがとう、僕を受け入れてくれて。
不思議だね。昔は、あんなにも殺意しかなかったのに。今じゃ感謝する始末だ。
別に、犠牲にするわけではない。今、この一瞬だけ。
魔法少女を黙らせる為に、僕は僕を捨てて、新しい僕がここに生まれる。
主体は僕。
リデル・アリスメアーを取り込む形で、ムーンラピス、宵戸潤空は再創する。
……別に、女王が死ぬわけじゃない。また会えるさ。
「“悪夢の帽子屋”マッドハッター。
“お茶会の魔人”ナハト・セレナーデ。
“蒼月の魔法少女”ムーンラピス。
“夢幻覚醒”ドリームスタイル。
“夢現超越”モード・ヘブンズ───前者二つも、結局は魔法少女の異形態に過ぎない」
まぁ、分類なんてどうでもいいんだけどね。
これが【悪夢】なんだーって言うのも、僕の主張でしかないんだし。
悪夢が収束する。
異界を孕んだ帽子頭も呑み込んで、増幅し続ける悪夢は凝縮される。
闇が象るのは、彼女たちにとっても見慣れた、人の形。
「っ、くぅ……よかったぁ。これでドレスになってたら、羞恥心で観衆全員即悪夢堕ちさせてたよ……いや、そっちの方がよかったかな?」
「……ここまでくると、もう懐かしいね、それ」
「だろう?」
その姿は、魔法少女の敵として現れた、アリスメアーの最高幹部としての異様に似ていた。目と口を持つ帽子を、顎まで下げていたあの姿と。元々の燕尾服も魔法少女のと上手く溶け合って、更に豪奢で禍々しく変質していた。
スカートの燕尾服に、黒いマントを羽織り直した異様。
ボロボロの黒いマントは、裏地の青がよく見えるように大きく広がって。黒染めの手を着飾る大小様々な指輪は、一つ一つ、全てが厳選された魔導具であった。
……あとは、より多くの【悪夢】を取り込んだ影響で、禍々しくて刺々しい竜の尾が生えている。すごい違和感があって気になるけど、我慢。直に慣れるだろう。
んー、それ以外の相違点は……あっ、あったあった。
実はこの姿、帽子頭を完全に目深に被ってはいません。口元だけを覗かせているのだ。失くした胴体と、ついでに悪夢仕様に再構築した首から上。昔のとは違って、顎と唇が世界にこんにちはしている。
結構気に入っている青と黒が混ざった美髪も、ちゃんと見せている。
そして、更なる追加点は……シルクハットと黒い王冠が合わさった形という、ハット・アクゥームが特殊な形状に変化していること。十字架やら冠やら、ドクロやら月やら華美な装飾で彩られている、最終フォームに相応しい姿。
王様と道化が合わさったような、歪で不気味な怪人。
それが今の僕。
「Alptraum Lasward───構成単語がバラバラなのは、愛嬌ってことで許して欲しいな」
原点回帰。悪夢の影響で真っ黒に染まった両手を広げ、僕は嗤う。
もう死体じゃない。
作り直した新品だ。
アリスメアーの悪夢の躯体。絶望の具現。蒼い月と夢が混沌となった、再生成された魔王。
【ハーッ!】
「勝手に喋んないの。君はちゃんと、時間が経つまで僕の目の代わりをしていること。いいね?」
【! ハットス!】
「いい子」
……まだ、帽子の中の顔は形成しきってないから、今はひた隠しにするとして。片割れを目深に被り、鼻から上を悪夢に隠す。暫くは、この状態で。
沈黙させたハット・アクゥームの縁を撫でると、何故か生えている黒い羽根が当たる。
なんか、すごいお洒落になってるな…
厨二病感も強いけど。
そんなもんか。
「みんな!勝って、乗り越えるよ!!」
「圧がすごいっ…だけど、なんぼのもんじゃい!」
「不気味なのはずっと前からそうだったでしょう!?もう慣れっこなのよ!」
「……いい後輩を持ったね。負けてらんないよ……じゃ、正真正銘、決着と行こっか!」
「絶対負けないぽふよ!」
「うんっ!」
戦意の絶えない魔法少女たち。確かに頼もしい。これが二年前だったら、なんの文句もなく君たちを受け入れて、僕は共に戦っていただろう。
認めたよ。認めたから、ここで潰す。
僕の勝利をもって、ユメ計画の完遂を───夢革命を、ここで起こす。
異形の青が、黒を伴って君たちのユメに立ちはだかる。
───終わらせるぞ、うるるー。
勿論。さぁ、いこうか。
初期設定では上記の服装にリデルをおんぶして、帽子頭はリデルの頭に乗っかってました。
流石にやめました。