138-煽り検定一級、剥奪
───夢空廃城、玉座の間。
「ハハハッ!見ろ!刮目しろッ!この私を、悪夢の女王を二手三手で封じてみせた、殺してみせた、その力を!この異様を!私のモノになった、“蒼月”の真価を!!」
「そのまま潰してしまえ、うるるー!私の後継者よ!!」
「アハハハハッ!!」
玉座に一人残された女王が、小さくなった手足を激しく動かして、いつもよりも声を張上げ、高らかに笑い叫んで歓声を上げて、首領の地位を押し付けた共犯者を祝う。
自分を負かした、文字通り地球最強の女を。
悪夢を肯定し、己の支配下にあることすら是とし、共に世界に喧嘩を売った魔法少女を。
絶望を祝する。
破滅を謳って。
終焉を愛でる。
それこそが悪夢の女王、リデル・アリスメアーの本質。地球世界の崩壊を、人類の消滅を、悪夢に汚染された心で願い、祈り、実現に向けて暗躍していた怪物。
正気を取り戻した今でも、その性根は変わっていない。
そも。彼女は人間が嫌いだ。
楽しい夢や思い出の夢を見る、地球外の宇宙人と違い、地球の生き物は悪夢ばかりを見る。辛い、苦しい、痛い、怖い、寂しい、羨ましい、妬ましい、恨めしい……そんな負の感情を主体とした夢ばかりを見る。
だから【悪夢】は蔓延った。【悪夢】は繁栄した。
妖精たちが暮らしていた夢の国は汚染され、切り離し、悪夢の国となって、破壊された。
そんな人間が、リデルは嫌いだ。かつての自分と同じ、地球の種の根絶を望むほど。とち狂った国により、夢への生贄として夢の国に棄てられた元人間は、憎悪する。
紆余曲折を経て、彼女は夢の国の住人となれたが……
まだ自我のあった女王に滞在を認められ、後には在住を許されるまで、リデルは死なない為に頑張った……例え、そこが現実ではない、星の裏側にある、無限に広がる夢の世界の中だとしても。
だが、その夢はもうない。
厳格なる女王は狂った。終わらない筈のお茶会は、もう始まらない。秒針は壊れて止まったまま。悪夢が蔓延り、世界はひっくり返って、覚めない夢が連続した。
気狂いとなった先代の代わりに、女王となったリデルも呑み込まれた。
かつて、死に怯えていた女の子は、怪物となって故郷に牙を剥いた。
「ククッ、クククッ……あぁ、口惜しいな。今の私にも、力があれば……満足に暴れられる身体であれば、今すぐにでも参戦するのだが…」
魔法少女に敗れ、挙句の果てに力を奪われ弱体化した。その怪我がなければ、リデルもまた、容赦なく魔法少女を殺しに駆けていただろう。
……まぁ、殺害は恐らく無理だろうが。
ムーンラピスも後輩たちの死は望んでいない。悪夢から解放されたリデルも、今はもう、そこまでやる気はない。何故ならば、彼女たちには幸せな悪夢の中で、永遠と夢に生きてもらう為。
今更トドメを刺しては、この日まで見逃していた意味がないのもある。
「……それにしても」
配信魔法を視聴して、一頻り高笑いをしてから、暫く。笑いが引いて落ち着き始めたリデルは、顎に手を添えて、更に首を傾げる。
画面に映る激闘の情景、神降ろしならぬ月降ろしをし、暴の化身となったムーンラピスが、ライトやエーテたちをたった一人で相手取り、余裕を崩していない笑顔を見る。
かつて、自分を一度殺してみせた力。
月をその身に降ろし、増幅された魔力と攻撃力、全てのステータスが底上げされた月の魔王。
その力はゾンビになっていても変わらず強大で、4人は翻弄されるばかり。
あのリリーライトでさえ、蒼月の魔光には防御を選び、必死の形相になっている始末。
最早笑うしかない。
「……はて、アレ以上の最終形態とやらが、うるるーにはあったのか?」
また、突然明かされた情報にないラスボス攻略情報に、リデルは首を傾げることしかできないのだった。
……まさか、これから自分に出番があるとも知らずに。
なにも知らない悪夢の女王は、シャカフリポテトを堪能するのだった。
꧁:✦✧✦:꧂
溢れ出る全能感。
昂揚する精神の高まりに従うまま、頭上にあった“月”を自分の色に染め上げ、支配下に置いた夜空の下で、悪夢の伝道師となった僕は楽しく踊る。
今日は皆既日食だから、わざわざ月を持ってくる必要もなくて楽だった。
もうあるんだから、後は青く染めてやるだけ。
だから上手くいった。リリーライトも詳しくは知らない最後の秘策。多分、映像越しにしか見たことがないんじゃないかな。なにせ“モード・ヘブンズ”、あいつが脱落してから土壇場で作り上げた魔法、強化形態なんだし。
一種の初見殺しだ。
あるのは知ってても、実際に目で見てないから、詳しくわからない。
「月魄魔法───ッ!!」
満ち溢れた充足感に促されるまま、ここまでやられても懲りずに歯向かうリリーライトたちへ、月の大魔力を派手に叩き付けてやる。
聖剣兵装四本分に匹敵する破壊規模だが……
なんで掠り傷で済むんだよ。やっぱおかしいよこいつ。相変わらずサンドバッグにし甲斐がある女だ。その後ろでちゃんと着いてくる後輩たちも、まぁ悪くない。
もっと殺意込めても大丈夫そうだな。
いきます。
「構えろ」
「ッ、みんな!来る!」
「はいっ!」
───“氷”+“血液”
───“宝石”+“睡蓮”+“夢幻”
───“列車”+“爆弾”
───“歌”+“音”+“虚無”
───“炎”+“風”
「<凍血藍槍>
<霧幻宝妖>
<爆燼汽雷>
<虚怪音譜>
<火災旋風>ッ!!」
魔加合一、空気中に飛散していた血液を凍らせ、氷槍に作り替えて魔法少女を襲わせ、宝石状に固めた睡眠作用の空中トラップを要所要所に張り巡らせ、突っ込んだら自爆する暴走機関車を複数走らせ、音を奏でると共に混乱などのデバフを撒き散らす魔曲の旋律を聴かせ、抵抗を選んだ魔法少女たちの後継者を炎の嵐で消し飛ばす。
五重奏、計12の魔法の複合発動。
生身だったら悲鳴を上げてる量の同時発動、だけど……この身体なら問題なし。
「っ、みんな流血厳禁!血が凍って武器になるから、極力掠らないように頑張って避けて!」
「うぐぐっ…」
「無理かもーっ!ぐっ、眠気がっ…うぎー!!」
「痛っ…そう易々とできてたら、最初っからやってるのよ先輩ッ!!」
……撃沈しないのすごいな。
串刺し氷血槍と自爆特攻列車の物理、デバフを振り撒く宝石と音符、魔法妨害の火災旋風……チリチリと熱される空気の中、頑張る魔法少女たちを一人眺める。
ライトの極光の強行突破なら、この程度まだ越えられるだろうけど……
壁張ろ。
「“硝子”+“空間”+“幽閉”───<神隔封護>」
展開するのは前方だけで十分。透明な硝子を境界とし、空間を断絶させた防護障壁。幽閉魔法の要素は、あるだけマシって感じで。防御力上がるしね。
さてと。潤沢な魔力にモノを言わせて、自爆特攻列車を量産しては射出しているわけだが。
意外と手間取ってるな……ま、そりゃそっか。
魔法は、想いを込めた分だけ強くなる。それが殺意って激情を形にしたのであれば、尚のこと。終わらない火種に翻弄される魔法少女たちを横目に、僕は新たな魔加合一の発動を準備する。
イメージがモノを言うからね。思考に意識を割く傍ら、戦闘風景もちゃんと意識する。
……へぇ。
「炎なんて、へっちゃらだもん───っ!!」
───花魔法<マジカル・ホープフラワー>
ハニーデイズの光り輝く花の魔法が、空間を埋めていた虚無の音符と宝石を一息で蹴散らし、火災旋風を貫通して張ったばかりの断絶結界まで攻撃を届かせた。
わーお。並の魔法じゃ突破できないのに……
やっぱ、アクゥームを浄化消滅できる威力の技だから、かな?
「やるね。でも、これを超えるには、君じゃ役不足だ……文字通りの、ねっ!」
「ぐっ、ぅっ…!」
迎撃で月魄魔法を放ち、接近を拒否。魔力性質の関係上無理だけど、花の魔法も警戒しなきゃだね……配信魔法を見た感じ、サイコキャットの不可侵、矛盾概念もイメージ押し付けで突き破ってたぐらいなんだし。
でも、流石に僕相手じゃ無理だ。
たった一年半の魔法少女生と、二年間の悪夢生。そこでイメージを積み重ね、全てを培った僕に勝てると思わないでほしい。
年季の差ってヤツさ。
……諦めの悪さも、僕の方が数段上。正直、現時点でもリリー姉妹以外は脅威じゃない。
ないけども…
「星魔法ッ───全部、蹴散らしなさい!!」
───星魔法<ブルー・シューティングスター>
ブルーコメットの彗星も、空中に張り巡らした氷血槍を蹴散らして、僕の防壁に着弾。ドリルのように回転させ、貫通を狙って突き進む。
ガリガリギャリギャリ、耳障りな音が鳴り止まない。
まぁ、また傷一つ付けられてないんだけど……押されているのは確かだ。
やりおる。
……感慨深いな。もうここまで、この子たちは頑張れるようになったんだね。
潰すのが申し訳なくなってきたよ。
「エーテ!行くよ!」
「うんっ、お姉ちゃん!!」
オマエらは来ないで。
───夢光・二重奏<マギア・レディアント>
希望の光と夢の光が合わさった一撃が、自爆特攻列車の製造源である魔法陣を貫き、そのまま真後ろにいた僕まで攻撃を届かせた。
場所ミスったかな……威力が高い。
流石は姉妹と言ったところか……コメットとデイズでも正直危ないかな?って感じだったのに、空間断絶の接合がもっと揺らいでいる。
おっ、デイズが花魔法追加で放った。コメットも。
……これは、破られるな?すごい勢いでヒビ入ってるしヤバそ〜。
やるじゃん。
「でも」
───“炎”+“溶岩”+“龍”
「<灼災龍火>」
溶岩から生まれた東洋の龍が、燃える身体を蛇のようにうねらせ、魔法少女たちが結界を壊すよりも早く……逆にこちらから破壊して、魔法も蒸発させ、襲い掛かる。
殺意の高さは一流な魔法たちを組み合わせた魔加合一。
南国産の魔法少女の溶岩と、大陸産の魔法少女の龍……それらにうちのおばさんsの炎を掛け合わせた、炎の龍。
がんばえ。
「ちょおぃっ!?」
「そっちの熱いのは無理ーっ!!お花焼けちゃう!」
「くっ、先輩の手札が多すぎるッ……次になにか来るのか予想つかないの、本ッ当に厄介ねッ!!」
「これだからお姉さんはッ…」
「ラピスーっ!」
口々に文句言われるけど、知ったこっちゃないです。
そう呑気に全てを聞き流して、空気椅子の要領で虚空に腰掛けた僕は、足を組み、余裕綽々の顔でちょっとお高い値段のココアを啜る。
美味しい。
「あぁん!?舐め腐ってるわね!?ッ、いいわ、そっちがその気なら、こっちも出るとこ出るわよ!その透かした顔貫いてやるわッ!!覚悟なさいこのスカポンタンッッ」
「ヤンキー魂に闘魂注入されちゃった」
「お姉さん謝って!このままじゃ、怒り状態のコメットが全てを薙ぎ払っちゃう!!」
「ジョーかなにかなの?好都合じゃん。好きに怒れば?」
「おー、知らなかった一面…」
「きぃぃぃぃ!!」
「コメット!?」
なんか地雷踏んだらしい。そりゃ怒るか。僕も敵怪人が戦闘中にティータイム始めたら、魔法でビル引っこ抜いてぶつけるだろうし……うん。
でもやめない。
だって楽しいから。人を煽るのって、なんでこんなにもいいんだろうねっ!
つーか敵を煽るのは基本のキだろ。それで激昂されてもパワーアップされても知ったことか僕は勝つぞ。というかそこまで怖くないし。威圧感は感じるけど……
所詮その程度か。
やーい、オマエの攻撃、ただの物理特化で付随も追加もなんもない単調攻撃〜!!
「オラァ!!」
殺意すっご。
……この後、ブルーコメットの槍が、再展開した結界を貫いて、僕の腹部に大穴を空けたのは完全な余談である。油断よくない。いい戒めになった。
すぐに再生するから無意味なんですけどねぇ!!
月の影響で魔力は無限大……魔力回復なんてする必要はないしね。
それはそれとしてびっくりしたけど。強くなったね…