136-「おはよう」
「うわぁ!?」
「ッ、この感覚、相変わらず慣れないわね…」
「そう?あたしはもうへっちゃらだけど」
「そりゃそうでしょうが!!」
「だろうねッ!!」
「えぇ?」
夢と夢の境界、“狭間”───穂花の夢から、その空間に魔法少女たちは踏み込む。マーブル模様の目に悪い光景が永遠と続いていて、ジッとしていると気持ちが悪い。
夢の数だけ無限に続くこの領域は、全ての夢の入り口。
不安定な空間を、きららが一番駆け抜けた。所々にある虫食い穴のような門を潜って、人の夢に入って、頑張って仲間たちを探し出した。
幸い、最終決戦に興味関心が向いており、一部の人以外寝ていないのが幸いして、あまり渡らずに済んだが。
そして。
「あのアクゥーム、絶対こっちまで追ってくるから、早く移動しよっ」
「何回倒しても湧いてきて、面倒ったらありなしないわ」
「う、うわぁ……でも、ここからは私もいるから。負担は少なくするよ」
「えぇ、頼りにしてるわ」
「頑張ろう!」
「うん!」
無限徘徊できる夢の番人に、また追いかけられる前に。勢いよく3人は駆け出した。空中を飛んで、無関係な人の夢を飛び越えて、縦横無尽に。
案の定現れたアクゥームも対処して、乗り越えて。
現実世界に繋がる、ありもしない出口を求めて……夢を旅する冒険が、始まった。
【ハット!ハーット!】
「こっち!?みんな、こっちだって!」
「安全圏わーい!!」
「助かった!」
アクゥームの出現と居場所を把握できる帽子頭に一塁の望みを託して、途中途中休憩を挟みながら。
駆ける。駆ける。
永遠に回り続ける環状線、始まりと終わりが連結した、悲喜交々な夢の中を。
目覚めは、遠い。
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一方その頃。現実、夢空廃城にて。
「エーテぇ〜!コメットぉ〜!デイズぅ〜!どこー!?」
クマ妖精が一匹、声を荒らげて飛んでいる。
“目覚めの妖精”ぽふるんは、夢の世界に連れて行かれた魔法少女たちを探して、城の中を飛び回っていた。何処に行ったのかは、未だわからず。ずっと右往左往している。
3人を閉じ込めた鏡の魔力も、見つからない。
幾つもの部屋を開けては閉じて、虱潰しに探索しても、結果は出ず。
必死になって、探す。
「うぐっ!もーっ、罠ばっか!ラピスったら!本当にっ!性格が!悪いッッッ!!んぎゃっ!びっくり要素まで追加するなぽふっ!!」
怒号は届かない。廊下にも部屋にも、余ったからという理由で大量の罠が設置されていた。特に使う目的も理由もないのに量産する悪癖は、死んでも治ってない。
落とし穴には引っかからないが、それ以外は当たる。
そも、ぽふるんは普通の妖精だ。凄腕エリートだとか、そんな特出した妖精ではない。だから罠を感知することも回避し切ることもできない。
それでも。契約した魔法少女たちのように。人一倍の、諦めない心で。
「うぅ〜!魔力、全開ッ…みんなとの、繋がりを!絶対、見つけるッ!!」
契約妖精と魔法少女の繋がり。一心同体の契約の糸を、必死に辿る。ムーンラピスの隠蔽により、どう頑張っても見つけられないようになっているのを、必死に辿る。
無理でも、気力で。想いの力で、やり遂げる。
完璧で、精巧に汲み上げられた術式で作られた魔法も。時には、想いの力が上回る。
仲間を、友を、家族を想う、その心は。
如何なる絶壁に阻まれようと───その壁を乗り越え、希望を掴む。
「ッ───いたっ!!」
漸く、一枚の鏡の位置を感知する。生憎、一枚だけしか見つけられなかったが……今まで見つけられていなかったことを考えれば、最大最高の成果だろう。
階段を越え、天井を這い、扉を蹴破って。
その場所まで一直線、ぽふるんは迷わず魔鏡が隠された部屋に突撃する。
そこは、もう使う者が誰一人といない、ドレスルーム。
年代物のボロボロなドレス、薄汚れていながらも華美な装飾品、欠けたバレエシューズなどがエトセトラ。視線を動かすだけで目を奪われる物がたくさん置かれている中、ぽふるんは見つける。
マネキンに隠れるように、壁に立掛けられた魔鏡。
鏡の中には、胸の前で腕を交差させ、拘束された状態のリリーエーテがいた。
「エーテッ!」
赤黒い鎖で雁字搦めにされた姿で、鏡の中に封印され、悪夢の中に閉じ込められているエーテ。
彼女を助けんと、ぽふるんは迷いなく魔法を使う。
その魔法は、“目覚めの魔法”。深い眠りに落ちた対象をやさしく起こして、おはようを告げる魔法。
悪夢に堕ちた誰かを、救い上げる、妖精の祝福。
「起きて、エーテ!」
淡い緑色の穏光が、棺のような魔鏡を大きく包み込む。
暖かな妖精の光で、悪夢を浄化する。鏡の魔法は、生憎ぽふるんではどうこうできないが……そこは、魔法少女が自力で蹴破るだろう。
できないのは、目覚めることだけ。
故に。
「おはようって言うのが、ぼくの仕事っ!できないとか、そんなの……関係ないっ!!ラピスに、邪魔されたって、魔法少女は、負けないぽふっ!」
「それにっ───ぼくは、教えてもらった!!他ならぬ、君たちに!諦めない心!負けない意思!その全てを、一番近いところで、ぼくは見てたッ!なのに……挫けないで、今もみんなが頑張ってるのにっ…」
「ぼくだけなにもしないなんて、いやぽふっ!!」
「だから、起きて───っ!」
ぽふるんは、至って平凡な妖精である。偶然、運良く、最強の魔法少女となれる逸材と契約することができた……ただそれだけの妖精である。
最後の生き残り。
希望を見つけ、絶望を拾い、世界が救われるきっかけを作った妖精。妖精の中で最も仕事をしたと謳われる彼は、何度も言うが、そんなご大層な存在ではなかった。
夢の国の官職に就いてはいたが、大して大成もせず。
一般妖精P、ぐらいの立ち位置だった。だというのに、彼だけが生き残った。世界中に派遣された妖精は、次々と狩られてしまった。遂には、夢の国まで攻め込まれて……辛うじて彼は生き残った。残り僅かとなった同胞と共に、日本にやってきた。
そこで彼は、最高の友達を、新しい家族を、共に戦う、唯一無二の仲間を得た。
意見の対立は仕方ない。
想いがぶつかるのは当然のこと。
二年経って、そんな得難い経験を友人たちができていることは、喜ぶべきであり、尊ぶべきであり、決して拒んで突き放すモノではない。
だからこそ。
また、みんなが笑顔で、楽しく、笑い合えるような……そんな未来が、手に入るように。
二度と、誰一人として失わない為に。
今度こそ、全員で。
お家に帰る為に。
「悪夢なんかに、負けるなっ!!」
力強く、想いを込めて。
悪夢を覚ます。
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「っ、ぽふるん…?」
悪夢の中。狭間を彷徨っていたエーテの耳元に、誰かの呼び声が聞こえてきた。自分を探している声も、必死に、自分を起こそうとしている声も。
全部、伝わってくる。
もう一人の仲間が、ちゃんと、自分たちのことを探してくれている。
「コメット!デイズ!」
「なに!?今すっごい忙しいんだけど!?」
「うがっー!!何度も何度も、邪魔だなー!で!?エーテちゃんなにっ!?」
夢の番人からの攻撃を耐えていた仲間たちに、エーテは笑顔で叫ぶ。
「ぽふるんが私のこと、見つけたみたい!」
「ッ、流石ね!なら、目覚めの魔法でっ……ああもうっ!本当邪魔ねッッ!」
「おっけー!それじゃあ、先に起きてて!でも、ちゃんと迎えに来てね!あたしたち、頑張って耐えてるからッ!」
「えぇ!あんまり遅いと、起きてやらないわよッ!」
「あははっ、うん、わかった!すぐに、起こすから───現実に、行こう!!」
身体が、暖かな光に、温もりに包まれる。
エーテの周りの空間が、歪むように、作り変わるように変色していく。悪夢が浄化され、夢が隆起して、エーテの祝福の魔力が溢れ出て。
目覚めの魔法に触発されて、ユメエネルギーが震えて、意識に干渉する。
それに合わせて、エーテも魔力を放出。目覚めの魔法に逆らわず、受け入れて、全てを委ねる。
目を覚ます。
「ぽふるん───今、起きるよ!!」
悪夢が、弾けた。
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闇が晴れる。
鎖は解けて。
鏡が割れた。
「あっ、エーテっ…!」
「───おはよう、ぽふるん」
「エーテ!エーテっ……ひぐっ、うわああああああああああああああああ!!よかっ、よがったぁ!!」
「ごめんね!でも、ありがとう!!」
「う゛ん!」
魔法少女、リリーエーテ、起床。
その数分後……ブルーコメット、ハニーデイズもまた、悪夢より目覚めて。新世代の魔法少女全員の、悪夢からの生還をもって───アリスメアーとの最終決戦の様相は、より大きなうねりに呑まれる。
崩壊しつつある廃城、その遥か上空で。
“極光”と“蒼月”が、後輩たち3人の目覚めを合図に───夢の覚醒を、解き放った。
尚、ハット・アクゥームは現実と夢の両方存在できる最強存在なので、鏡に封印されている時点ではエーテの傍から離脱しており、封印解除時にはいません。
みんなが目覚めると同時に、夢を渡ってお別れしました。
何処に行ったんだろうね。