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135-またきて地獄


───ア、クゥームッ…


 悪夢色のナイトキャップを被った化け物は、魔法少女の奮闘によって無事退治された。夢の世界だからか、すぐに立ち上がって復活してきたが……それを上回って、3人の奮闘が勝利を実を結んだ。

 ステージの上で仰向けに倒れた夢の番人。ただ、ここの彼らは夢がある限り不死身。

 再起される前に夢を渡らなければ。

 ……名残惜しいが、早く現実に戻って、姉たちの戦いに臨まなければ。


「ふぅ……それで?どうやって夢渡るの?」

「魔力で空間に裂け目を作るの。こう、魔力をぶつけて、どりゃー!ってやるの。簡単でしょ?あたしだってやればできるんだよ」

「本気で言ってるの?」

「力技、よね…」

「そだよ」


 夢の世界が夢だと暴かれ崩壊しつつあるのか、周囲にはもう人はいない。魔法少女を知らない周りの目を気にせず行動できるのはありがたいと、夢の中とはいえ安心する。

 見られて変に言われても、夢だからどうにでもなるとはいえ、心に来るモノはあるのだから。

 そんな安堵も程々に、魔力を練って、研ぎ澄ませる。

 試行錯誤の末に答えを見つけたデイズの教えに倣って、なにもない空間に魔力を叩き込む。

 すると、夢の世界に小さくヒビが入る。

 それに狙いを定めて、空間を割ろうと、再び武器を高く振り上げた。


 その時。


「あれ?穂花、だよね?えっと、これはなにが……」


 夢の世界の住人。明園穂希の姿をした偶像が、困惑した表情で現れた。崩壊のあまり煙を上げるステージと、低い呻き声で倒れる黒い怪物。

 知らない者が見れば、困惑間違いなしの光景。

 どう説明すべきか、それとも、夢の存在だからと無視をすべきか。


 穂花は、姉の姿をした夢に、どう接しようか悩むが。


「……てか、その格好なに?コスプレ?か、かわいいね?似合ってると、思うよ…?」

「お姉ちゃんに言われたくないかなぁ!!」


 自分より先に魔法少女やっていた姉に言われる筋合いはなかった。謂れのない発言である。なんで妹にそんなこと言うんだぶん殴るぞ。

 拳をグーに握って吠えると、穂希は眼をパチパチさせて首を傾げる。


「わ、私に?なんで?」

「あっ、その、えっと……あー、うん。ねぇ、これって私どうすればいいの…?」

「私に聴くんじゃないわよッ」

「ごめんそこはあたしでもわかんない…」

「えぇ…」


 夢の住人は、夢を夢だと認識すると、どうなるのか。


 前例のない難題に、流石のきららもどうしようもない。わざわざ夢の世界の住人と会話することも、夢だと真実を突き付けることもなかったから。

 そんな後輩たちの反応に、穂希もまた困惑する。

 ちなみに、格好は高校の制服である。もうメイド服ではないようだ。


 そして。


「? なにこれ。うわキモッ、変な帽子…」


 同じく、穂希のイメージによって作られた宵戸潤空も、首を傾げて現れた。


 幸せな悪夢が象る、無自覚な夢の引き止め役として。

 ハット・アクゥームはちゃんと凹んだ。


「……お姉さん…」

「なにがどうなって……穂花ちゃん?だよね?」

「……うん」

「……よく、わからないけど。危ないことはやめな?身体大事に、ね?」

「うんうん」

「ッ」


 心配される。

 大事な人たちの声で。一番、誰かを心配させてきた……数少ない大切の、たった2人の、家族の声で。自分たちを棚に上げて、そう宣う。


「あなた達が、言わないでよっ……」


 一番2人を心配してきた穂花にとって、その言葉は到底我慢ならないもので。なによりも自分たちの体を大切に、それこそ今も、大事にしない2人に、反吐が出る。

 そんな言葉を言わせる、自分のイメージにも。

 ……深呼吸をして、一旦冷静になる。まず、この2人は本物ではない。

 穂花のイメージによって形成された、幸せな夢の具現。

 その発生源、構築元は穂花自身であり、穂花がそう思う全てがここにある。


 今の発言も「あの2人ならこう言うだろう」と、穂花が深層意識で思っているからに他ならない。故に……咎める言葉を真に向けるべきは、自分自身。

 だが、凝り固まったイメージはそう拭えない。

 改めて、自分の卑しさを、浅ましさを思い知らされて。嫌な気持ちになった穂花だったが……決して、その思いを吐露することはなく。

 顔を引き締めて、引き止めてくる声を跳ね除ける。

 姉の顔した偽物でも、無碍にするのは忍びない。故に、あくまで誠実に、真摯に向き合う。

 幸せな夢を、覚ます。


「ここは……夢なの。現実じゃない。お姉ちゃんたちは、お姉ちゃんたちじゃない。だから、私はここを、出て……現実に帰らなきゃなの」

「い、意味わかんないんだけど……ゆ、夢?全然、理解が追いつかないんだけど…」

「……なに、穂花は、僕たちが偽物だって言いたいの?」

「ッ、はぁ!?ちょー!心外なんですけどっ!私たちは、紛れもない本物!お姉ちゃんだよっ!?」

「……ごめんね」

「ッ…」


 もしそうだったら、どれほどよかったか。暖かい夢を、幸福を見せつけられて、心が揺れ動いたのは、嘘をついて誤魔化すまでもない。

 それでも、穂花は進むと決めた。後ろを見ながらでも、前を見て進んでいくと。

 決めたのだ。


「ほのちゃん!!」


 そう決意を固めた目で、夢と見詰め合っていると───きららが、夢渡りの準備ができたと叫ぶ。

 背後を振り向けば、空間に裂け目ができていた。

 ピンク色の、グラデーションがかかった夢と夢の狭間。他の夢とを隔てる、断絶させる空間。そこを通って、他の夢へと移動する。


 空間が開通したのを見て、穂花はそちらへ足を進める。もう、振り返らない。

 そう決意して───…


「行ッチャ 駄目」

「行カセナイ…」


 腕が、穂花の身体を掴む。


 反射的に振り返れば。影が射して、真っ黒で表情が一切見えなくなった姉二人が……本性を露わにして、悪夢から逃げようと、幸せを捨てようとする穂花に縋り付く。

 感情を伺えない、思い出を象る悪夢が、夢の主の拒絶を強く拒む。


 力では振り解けない。いくら動いても、2人の手は一切動じない。


 その異常に漸く気付いた蒼生ときららが、咄嗟に穂花を助けに入ろうとするが……

 いつの間にか張られた、心の障壁に阻まれる。


「なによ、これ!」

「全ッ然、壊せないッ…!」

「邪魔 シナイデ?」

「夢ノ主ヲ 守レ」

【アクゥームッ!!】

「ッ…」


 それは、夢の主───穂花を、外敵から守る為の、心の防護壁。精神の領域において、外から来た2人では絶対に突破できない絶対防御。

 ハット・アクゥームに噛みつかれても、偽者たちは一切拘束を緩めない。障壁は壊れず、穂花を囲い込む。

 目覚めを阻止し、もっとここにいたいと願う、夢の主の心の具現。


 自分がまだ、この夢を捨て切れていないという事実を、形として見せつけられる。

 これを壊す方法は、たった一つ。


 本心から、夢を拒絶すること───いらないと、全てを断ち切ることのみ。


「ッ、私はッ……もう、進むって!言ってるでしょ!!」


 力強く吠える。涙を浮かべて、自分の心を押し殺して。浸っていたい幸福を捨て、辛い現実へ。もう一人の姉たちを止める、最後の戦いに挑むのだ。

 運命に逆らって。少女は心の壁にヒビを入れる。


 自傷行為にも等しい行いだが……いつまでも夢を求めるその心を、穂花は否定する。

 今は、早く、ここから出る為に。

 ……だが。そのような自分を押し殺す決意を、夢を守る住人たちが許すわけもなく。

 掴む腕は強くなる。


「ソンナニ ココハ イヤ ナノ?」

「否定シタッテ イイコトハ ナイ 受レ入レヨ?」

「ッ、だって…!」


 やさしい夢の中で生きることを勧める声。甘美な響きの誘惑に、穂花の心は───もう、揺れ動かない。

 確かに悪いことだ。自分を否定するなど、よくはない。

 今を進む為に、自分の幸福を捨てるようなものだ。

 それでも。前に進む為に、“今は”、この甘えを、穂花は夢の中に置いていく。


「───お姉ちゃん!お姉さん!そんなに、私のことを、思うならッ!」


 夢の中の姉たちに、自分のイメージが生み出した愛に、穂花はお願いする。

 それは、残酷だけど。たった一つの、彼女の本音。


「見てて!ここで!私が……私たちが!世界を幸せにするところ!!現実だって、悪くないって!みんなが、心から思えるような!そんな世界に、なるとこを!!」

「私、私ッ……絶対に、諦めないから!負けないから!」

「お願いッッッ!」


 心からの叫びを、未来への思いを、高らかに告げる。


 姉の姿をしているのなら、見守っていてくれと。現実で戦いを止めない2人にも言いたい、その本音を。頑張って頑張って、一人で擦り切れるぐらいなら。

 私たちを頼ってと。

 幾らでも力は貸すから。妹だからって、弱いからって、頼りないからって、手を突き放すのは、やめてくれと。

 夢の中、姉の形をした、己の願望の具現に、言い放つ。


「……」

「……」


 その想いは……夢の中の2人に。確かに、伝わった。


「……仕方ないなぁ」

「……現実の僕とやらが、それを受け入れるかどうかは、別だけど、ねぇ」


 あまりにもあっさりと───穂花の想像通りに。2人は受け入れる。


 身体を掴む腕の力が、弱まって。バッと顔を上げれば、表情を元に戻した姉たちが、仕方ないなと、呆れたような顔つきで、穂花を見下ろしていた。

 もう、怖さはない。

 本物のように、穂花が思う穂希と潤空のように、笑って許す。


 手が離れる。


「あっ…」


 名残惜しさを感じてしまったことを恥じながら、穂花は背を押される。


「ばいばい」

「現実の私によろしくー!」

「ッ…」


 軽く手を振る2人に見送られながら、穂花は駆ける。

 蒼生ときららは、開通した亀裂の前で、穂花が来るのを待っている。置いていかれまいと、穂花は走って、亀裂に向かう。


 ……だが、その前に。これだけは、夢の中の彼女たちに指摘したいことが、穂花には一つだけあった。

 原因は、完全に自分のせいだけども。


「……潤空お姉さん!!」

「? なぁに」

「本物のお姉さん、甘党なんだよね!」

「それは知ってるけど……」

「あの人、コーヒー飲めないからッ!!多分、私の理想かなんかでそうなったんだろうけど……次出る時は、ココア常飲してて!」

「えぇ…」


 朝食に飲んでいたコーヒーにケチをつけて、潤空たちを困惑させる。穂花の中の理想で、潤空にはココアではなくコーヒーを飲んでいてほしいかったようだ。

 だが、理想は理想。もっと現実に近付けるなら、そんな要望は通さない方がいい。

 その訴えが改善された様を、見るつもりは毛頭ないが。


 そう我儘を言っている内に、なんとか穂花は仲間たちの元に辿り着けた。


「お待たせ!」

「本当よッ……気持ちは、わからなくもないけど」

「よかったね!それ、現実の先輩たちにも言わないと……多分伝わんないよ?」

「もしくは気付かないふりしてるわね」

「ありえるなぁ〜」

「最難関だねぇ」


 待たせていたことを謝って、合流した2人と共に、夢を越えようとした、その時。


───…アクゥームッッ!!


「ッ、うそ!?」

「時間をかけすぎたわねッ……穂花!早くッ!!」

「急ごっ!!」

【ハット!】


 このタイミングで夢の番人が目覚め、空間の亀裂を見て動き出す。もう逃がさないと、必ず、悪夢の世界で永遠を味合わせてやると。

 執拗に、その手を伸ばす。


 だが、それよりも早く。穂花たちは亀裂に足を入れて、夢を飛び出る。


「───ずっと見てるよ。ほーちゃんと、一緒にね」


 やさしい激励に、その背を押されながら。


 夢を渡る。











 そして。


「現実のうーちゃん、人類の敵なんだってね。なんだろ、似合ってるのやめてもらえますか?」

「んな理不尽な……それより、魔法少女でしょ」

「あー、ねぇ、あれってさ。私もフリフリ着てるってことでしょ……恥ずかしくないのかな、あっちの私」

「オマエのことだから慣れてるに一票」

「やめてね?ここ夢だから。現実突き付けるのも条例違反だから」


 夢の主を失い、崩壊していく世界の中。


 割れた亀裂の向こうに広がる虚無を肴に、取り残された偽者たちは談笑する。


「てか、本物の僕……この言い方やだな。兎も角、僕ってコーヒー飲めないんだね」

「意外だよねぇ。てっきり飲めるもんかと…」

「スカした顔しといてねぇ」

「自分で言う?」


 笑いながら、楽しみながら、夢の終わりに身を委ねる。


「それじゃ、また」

「うんっ。またね!」


 もう、ここには来ない、現実を生きる妹たちに、小さくエールを送って。

 お互いにも、別れを告げる。


「「───夢の続きで、またいつか」」


 閉幕。


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