133-ない思い出を綴る
「あなた、なんなの?」
【ハーッツ…】
現実の生き物なのかも定かではない、謎めいた帽子頭の蜘蛛と出会ってから、穂花の頭はズキズキと、なにか大事なことでも伝えたがるように、何度も痛みを訴えてきた。
帽子頭は、穂花を執拗に追いかけた。
逃げきれず、頭に飛び乗られた時は冷や汗が出たが……居心地の良さそうに居座られ、攻撃らしい攻撃はされず、次第に恐怖は薄れていき。
変なのに懐かれたと姉二人に見せようと、自分家の扉を開けて、反応を見れば。
「帽子頭〜?何言ってるの?え、頭の上?……えっ、いやなにもないよ……?」
「そんな新種の化け物いてたまるか。怖いよ」
見えていないようだった。
【!? ハッ!ハッートス!!】
その反応に一番慌てたのは、穂花よりも帽子頭の方で。穂花の頭から降りて、必死に……潤空に駆け寄り、足元で必死に存在をアピールしたが……気付いてはもらえず。
あまりの悲しさでしくしく泣いているのを、穂花はもう我慢できず、その場を適当に誤魔化して帽子を回収。すぐ二階の自室に閉じこもって、静かに泣く帽子頭をやさしく撫でながら考える。
「なんで見えないんだろ……さては、あなた妖精さん?」
【ハーッツッ!!】
「そんなキレる!?ごめんってばッ……あっ、甘噛み……全然痛くない…」
そんなんじゃないと噛み付く帽子頭を抱き締め直して、仮説妖精を取り下げる。自分にしか見えない、一緒にいてあまり嫌ではない存在に、毒気を抜かれる。
執拗に人の頭をぺちぺちして、覚醒を促そうとするのはやめてほしいが。
暫く頭を捻って考えてみるが、一向に答えは出ず。
「よくわかんないけど、よろしく?」
理由も原理もよくわからないが、もうそういうものなのだろうと納得することにした。かくして、穂花は他人には見えないよく鳴く帽子を被った、変な中学生となった。
なにせ、下ろしても下ろしても身体を攀じ登って勝手に頭を陣取るのだ。
もう諦めた。
【ハット】
「うーん、潤空お姉さんにすごい興味津々……どしたの。なにか気になることあるの?」
【ゥ……ハットス…】
「んー?」
潤空の頭に登ろうとチャレンジしても、そもそも身体に触れられないという珍事があり、さては幽霊だとか妖怪の類なのでは?と邪推したり、じゃあなんで私だけ触れるのおかしくない?と穂花術師説が提唱され、補強されかけたことがあったが、全て過去の話である。
そう、上記は回想。帽子頭との出会いと、短く端折った再会までの軌跡。
「お〜っ!」
【ハッツ…】
帽子頭との遭遇から、暫く経って。
穂花待望、御伽草高校・文化祭の日───夢にまで見たお祭りが、幕を開けた。
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学校一つを丸々使った文化祭。全校生徒が総出で作ったアトラクションやお化け屋敷、屋台や展示店、プロ顔負けのステージパフォーマンス、ファッションショー。
教室の一つ一つを見て回り、帽子頭と祭りを楽しむ。
生憎、一人だけで回る予定だったのが、話し相手が一匹できただけでも楽しさは跳ね上がるもので。穂花は次々とお小遣いを浪費しては、お祭りを楽しんでいく。
……途中「これは○○が好きそうだな」だの、「あれは○○が一位を取れるだろうな」だの、名前が出てこないがそんな感想を抱いたが。
気にせずに見て回る。
暫く歩いて、人混みをすり抜けて……他の教室よりも、一段と人の多い場所を見つける。
「あっ!」
【ハッ?】
そこは、お目当ての出し物がある教室……今まで以上に目を輝かせ、穂花は進む。
「いらっしゃいませ〜!『2-4メイド喫茶』でーす♡当店自慢のかわいいメイドさんが、美味しいご飯をご主人様にご提供しますよ〜!」
「いらっしゃいませーっ!」
「おかえりなさいませー」
フリフリ多めの可愛らしいメイド服を着た女子高生が、看板片手に客引きしている。そう、メイド喫茶。何故穂花が気になっていたのかは……わざわざ言うまでもない。
ちなみに、姉二人は2-4所属の演者である。
「すいません、メイドさん指名ってありですか?」
「あー、ごめんなさい。当店そのようなサービス、は……あっ、もしかして!あなた、ホマちゃんたちの妹ちゃん、だったりする…?」
「ニコ!」
「なーる。ふふっ、いいよ。特別サービス。可愛くなったお姉ちゃんたち、呼んでくるね!」
「ありがとうございます!」
笑顔で肯定する穂花の両手には、しっかりと一眼レフが握られている。あまりにもワクワクしている様に、客引き担当は苦笑しながら、穂花を教室の中へ。
そのままお目当てのメイドたちを呼びに行った。
店内は、教室を改造したと言う割には、かなり本格的な出来栄えだ。レンガ調の壁紙で教室を一周して、幾つもの装飾で喫茶店ぽさを出していた。
お客を空いてしている学生メイドは、一人残らず美形で文句の付け所がない。
そう店内を観察して胸を踊らせていると、二人の気配が近寄ってきた。
「おかえりなさいませー、ご主人様♡」
「……なんで来たの」
「こら、うーちゃん!」
「おかえりくださいませー」
「もう!」
バッと勢いよく背後を振り向けば、そこには可愛らしいメイドさんが2人。恥ずかしさでいっぱいの潤空と、大変活気に満ち溢れた笑みを浮かべる穂希がいた。
黒を基調に白が映えるメイド衣装は統一されているが、2人ともよく似合っている。いつも履いてるのよりも短いスカートなのか、端っこを引っ張って誤魔化そうと試みる潤空はそろそろ諦めた方がいい。
普段男装チックな、かっこよさ重視でズボンを履き好む貴重な潤空のスカート衣装に、穂花は高速でフラッシュを焚いた。
ちなみにハット・アクゥームはメイド衣装の潤空を見て硬直している。
「撮んなバカ!」
「まーまー。似合ってるよお姉さん!それで、接客はまだですか?」
「鬼…」
傲慢な客をテーブル席に連れていき、早速メニュー表を穂希が手渡す。
「オススメは?」
「定番のオムライスかなー。ケチャップで書くサービスも勿論あるよ!あっ、でもお腹空いてる?絶対ココ来るまで食べ歩いてたでしょ」
「大丈夫!乙女のお腹をナメないで!」
「だから太るんだよ」
「お姉さん?私、ご主人様。ちゃんとおもてなししてね?厄介なお客さんごっこしちゃうよ?面倒な要求押し付けるクソ客ご主人様に私変貌しちゃうよ?いいの?もう半分はなりかけてるんだよ???」
「自覚あるんかい」
「流石私の妹…」
再三体型変化の指摘はやめろと言っているのにやめないもう一人の姉に、穂花はお仕置をすると決めた。
この程度なら追い出されないだろうと、見極めて。
「あーんして」
「かわいいかよ。そんぐらいいつもしてるでしょうに……わかったわかった。僕が悪かったから。オプションで僕が血文字してあげるね」
「やだ物騒。ケチャップって言いなよね……アキちゃー!オムライス持ってきてー」
「いまめんどいから無理ーw」
「接客対応- 、と」
「制裁かなぁ」
「酷くね?」
手鏡で髪の毛を整えていたモノクロのツートンカラーをツインテールにしたメイド、鏡音晶に命令すれば、とても嫌そうな顔をしながら調理を開始。
ものの数分で、綺麗な黄色のオムライスが運ばれる。
「お待ちどうさまでーす。で、これ妹?かわいいじゃん」
「悪い虫が寄ってきたな……シッシッ。あっちへおいき。ゴミ箱はそこよ」
「そろそろ泣くよ?」
「泣けよ」
漫才も程々に、潤空はケチャップを持ってオムライスに文字を書く。達筆な字ではなく、ちゃんと可愛らしい字でサービスしてやる。
大きくハートマークと、アイラブユーとカタカナで赤く書かれた。
「キュンは?」
「はいはい───…萌え萌えきゅん。美味しくなーれっ」
「媚びが足りないっ!」
「もっとかわいくっ!」
「ハートマークはぁ?」
「うるせぇ〜」
ぎこちないハートマークは不評だった。
三回リテイクして、漸く。美味しいがたっぷり詰まったオムライスは完成した。
サービスを堪能した穂花は、さっそくスプーンで一口。
「ん〜!おいしー♪」
ご満悦なようだ。
【アーン】
「あっ、いーよ。はい」
【〜♪ ハッツハッツ♪】
「よかったね」
他人には見えないのをいいことに、帽子頭は穂花の頭をダンスステージにして踊っていた。蜘蛛の足がグサグサと頭に刺さるが、気にしない。
周りにいる姉二人とその友人は、その一連の流れを認識できていない。
そうして、一人と一匹でオムライスを完食して、穂花はメイド喫茶を満喫した。
「楽しかった!」
「それはよかった!あっ、もう文化祭は回り終わったの?午後はミスコンもあるよ」
「お姉ちゃんたちは出るの?」
「残念出ないよ」
「推薦されかけたけど辞退したよ。メイドやってんだからそれで我慢しろっての」
「わかるー!」
ちょっと物足りない顔をしながら、穂花はメイド喫茶を退店する。お会計は潤空が奢ってくれた。接待サービスを堪能して、あとは帰るだけ。
だが、最後に一つ、やり残したことを思い出した。
「晶さん!写真撮ってください!私と、2人の記念撮影!お願いします!」
「いーよー。ほら、2人とも並んでー」
「はーい」
「ん」
最後に、メイド姿の姉二人との思い出を撮って、穂花はバイバイとお別れした。
名残惜しいが、最悪また着てもらえばいいのだ。
そんな邪心を最後まで抱きながら、穂花は文化祭をまた巡っていく……
夢の崩壊まで、あと。