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131-幸せなら手をたたこう

暫く平和()回です

ご笑覧ください


───ふわふわ、ぽかぽか。心地よい暖かさに、疲弊した心が浸かっていく、幸せ。痛いことも苦しいことも、全部忘れて、やさしさの中で溶けていく。

 自分が何処にいるのか、なにをしていたのかも忘れて。

 少女は夢に落ちる。








「……んっ、ぅ?」


 目を覚ます。

 ベッドの上、微睡みから起きた明園穂花は、目を擦って朝を迎える。時間は9時……休日とはいえ、いつもよりも深く眠っていたようだ。

 起き上がって、パジャマのまま階段を下りる。

 いつも通りの休日。ちょっと遅めの、朝の始まり。我慢できずに欠伸をしてから、階段を下りた先にある、部屋の扉に手をかけて。

 開く。


「おは、よ…」


 ドアノブに手を置いたまま、リビングを目にした穂花は動きを止めた。硬直する彼女の目には、いつもの光景……なんの変哲もないただの日常が、映っている。

 映っている筈なのだ。

 何故か、脳がそれを拒む。そんなわけがないと、何故か訴えてくる。


「おはよ、穂花ちゃん」


 ひらひらと、こちらに手を振る、ボーイッシュな黒髪の女子高生(・・・・)。休日なのに、何故か制服を着ていて……ラフにワイシャツを着崩している、もう一人の姉。

 顔に一切の傷がない、やさしい笑みを浮かべて。

 宵戸潤空が、椅子に腰かけて、コーヒー(・・・・)片手に寝起きの穂花を出迎えた。


「うん、おは、よう?」


 違和感。ここに彼女がいるわけがないと、脳の何処かが強く訴えてくる。だが、なにもおかしくないと、心の中で声が囁く。

 漠然としたナニカに首を傾げながら、取り敢えず穂花は挨拶を返す。自分からしたのに、またするのは、なんだかもっとおかしいが。

 そんな妹分の異変に気付いたのか、潤空は立ち上がり、熱でもあるのかと頬に手を当てる。

 その顔を、穂花は見つめる。


「んー……熱はないね。気分悪いの?」

「……んーん。なんだろ、違和感っていうのかな。その、起きてからずっと、頭から離れなくって…」

「ふーん。なんでだろ。まぁ、時間が経てば治るでしょ。多分きっと」

「雑…」


 こんなにも、姉の顔は綺麗だっただろうか。なにか……傷か模様か、ナニカがあった気がする。漠然と、糸が顔を這っている絵面が浮かんだが……きっと気の所為だ。

 そう結論付けて、おかしいのは自分なんだな、と穂花が納得していると。

 キッチンの方から、朝ごはんを作っていた実姉、穂希が声を飛ばす。


「おはよー穂花!よく寝てたね。あっ、フレンチトーストできたから、早く朝支度終わらせてね」

「えっ!待ってよ!急かさないでよバカ姉!」

「起こしに行ったのに起きなかったのが悪いんですぅ〜。ねっ、うーちゃん♪」

「巻き込まないで」


 お皿に持ったフレンチトースト、山盛りの生クリームにバニラアイスも乗ったご馳走に目を光らせ、穂花はいつも以上に慌ただしく洗面所へ。

 顔を洗い、歯を磨き、髪を軽く整えて。

 そう動いている内に、思考の片隅にあった疑念は、もうなくなっていた。


「セーフ!」

「アウト寄りじゃない?まぁいいけど……んじゃ、はい。いただきます」

「いただきまーす!」

「いただきます」


 和やかな朝を、姉二人との穏やかな朝食を楽しむ。


 何故か、胸の底から感情が込み上げてくるが……きっと気の所為なのだと蓋をする。そう、なにもおかしくない。哀しくもない。普通の光景だ。

 あたたかくて、幸せで、いつも通りの朝の風景。

 そう、なにもおかしくなどない。

 姉の駄々に負けて、毎朝家の敷地を跨いでくれる潤空がいることは。


「あれ、そういえば。なんでお姉さん、制服なの?それ、高校の制服、だよね?」

「あぁ、うん。近々文化祭でしょ?その準備でさ。部活もないのに行かきゃなんだよ」

「ジャージで行けばいーじゃん。シャツ汚れちゃうよ?」

「ダサくてヤ」

「理由がJKすぎる…」

「JKだよ」


 姉二人が通う御伽草高校。その文化祭は、夢ヶ丘で一番盛り上がると言っても過言ではない祭典である。姉たちが入学する前から、穂花はあのお祭り騒ぎが好きだった。

 今年は二年生になった姉たちもいる。

 きっと、今までよりも何倍も楽しいだろう。そう思えて仕方がない。


 ちなみに、穂希は私服を着ている。学級は同じ筈だが、どういうことだろうか。


「そんなのどーでもいーじゃん!てか、うーちゃんだって制服着てるだけで、行く気ないんだからね?」

「えっ、そうなの!?」

「着替えてから持病の偏頭痛が、さ」

「いや健康体。えー、それただのサボりじゃん……もう、ダメだよ?」

「あはは」


 謝る気ゼロの姉貴分を叱るも何処吹く風。ケラケラ笑うその様に、当然の如く憤りを覚えるが……何故か、喜びが胸から湧き上がってくる始末。

 今日の私はなんだかおかしいな、と首を傾げるが、その疑念は一切表には出さず、食事に集中する。

 そんなことより、目の前に広がる美味しい食べ物の方が優先度は高い。


「美味し〜♪」

「よかったぁ。贅沢に作った甲斐があったよ」

「……そろそろ、少しは糖質とか考えた方がいいかもね。何気なく食べたけど、これ…」

「現実は忘れよっか!」

「うんうん」


 美味しい食べ物を否定するのも、現実を突きつけるのも邪道である。許されることではない。諦観の目でアイスと生クリームの山に思わず呟いたとしても、発言した時点で許されるものではない。

 即刻死刑が求刑され、上告も無し実行されるレベルだ。

 折角の夢心地を堪能していたというのに……その発言は如何なモノかと、姉妹で責める。


 夢心地。現実───夢。


「っ?」


 二つのワードでまた頭が軋んだが、すぐに収まった。


「どうしたの?」

「……大丈夫?」


 異変に気付いて心配する声に、首を振って。大丈夫だと嘘をつく。こんな楽しい時に、言いようのない不穏な空気など挟むべきではない。

 そう嘯く穂花に、姉二人はそっかと素直に受け入れて、それ以上は追及してこない。

 そのやさしさに無言の感謝を示しながら、穂花は朝食を食べ終えた。


「ご馳走様でした!」

「はぁーい」


 自分が使った食器を運び、水が張った盥に放り込んで、しっかりと沈めて、汚れが落ちやすいように浸けておく。細々とした姉孝行をしてから、穂花はこれまた慌ただしく洗面所で身支度を再開する。

 髪の毛を整え、中学生らしく薄らと化粧をして。

 元がいい為ものの数分で終わる休日コーデを、姉二人は不思議そうに見ている。


「どっか行くん?」

「……彼氏でもできたのかな」

「違いますけどッ!?」


 思ってもみない切り口に、疑われるような怒り方をした穂花は、すぐさま失敗を悟る。

 なにせ、姉二人がわざとらしく悪い顔をしているから。


 違うことを理解した上で、遊ぶ素材がのこのこ自分からやってきたと嗤う顔をしていた。


「へぇ〜w」

「もうそんなお歳頃か…」

「違うから!わかった上で言わないでよ!あと年齢=彼氏いない歴の年上喪女に、変なの言われる筋合いないから!わかったら反省して!」

「そこまで言う必要あったかな…」

「倍返しが強い」

「ふふん!」


 だって出会いないんだもん……などと項垂れる学校一の美少女に、潤空は冷たい目線を送る。告白されても三秒で断っているのは何処の誰だったか。

 冷たい目付きと毒舌でそんなドキドキイベントなどない潤空にとっては羨ましい限りだ。経験してみたい気持ちに嘘はない。

 ……そういえば、目の前に座ってる女が牽制しまくって色目使われる気配もないなと思い至り、いっちょ拳の一つでも叩き込むべきか悩んだ。

 穂花は都合がいいのでダメだと否定した。

 いつまでも2人の仲が良好な方が、穂花も色々な意味で助かるので。


「で?どこ行くの?」

「公園〜。中学の友だちと約束してるんだ。11時集合で、お昼も食べるの。あ、だからお昼ご飯、私抜きでいーよ。みんなと食べるから」

「はーい。楽しんでらっしゃい。私はうーちゃんと楽しくデートしてるね♪」

「やらんが」

「えぇ!?」


 ちょっと早めに出て、コンビニに寄ってから現地集合の予定を立てている。遊ぶ相手は、わざわざ言うまでもないだろう。

 学祭準備をサボっている関係上外出したがらない潤空と外で遊びたい穂希の攻防を余所に、穂花は外出する準備を完了させる。

 カバンを手に取って、財布やスマホ、鍵を入れて。

 かわいいコーデで着飾って、外出準備バッチしの穂花は家を出る。


「───行ってきます!」


 大声で、そう告げれば。


「「行ってらっしゃい」」


 やさしく手を振り返す2人の、返答が聞こえる。もう、それだけで嬉しくて。穂花は笑顔を浮かべて、玄関の扉を勢いよく開いた。

 喜び勇んで、慣れ親しんだ家の外に出る。

 暖かな陽光に見守られながら、胸の鼓動に身を任せて、穂花は駆ける。どうか、2人には勘づかれないように……気付かれませんようにと。

 泣きそうになるのを、耐える。

 込み上げてくるナニカが、涙になりそうなのを、必死に押し止める。


「……なんか、今日の私おかしいなぁ…」


 不自然に、浮かび上がるその情景。

 それが無性に悲しくて、現実味がなくて。

 姉二人がいない、空白の時期など───行ってきますの言葉が返ってこない日など、今までなかったのに。何故、こんなにも胸が痛むのか。

 わからない。


「そんなわけ……ない…のに、ね…」


 ……きっと、夢でも見ていたのだろう。こんな喪失感を味わうぐらいの、辛い夢を。


 ここが現実なのだから、悲しむ必要はない。


 そう自分を鼓舞して、穂花は違和感から目を逸らした。いるはずの誰かも、いないはずの誰かのことも、今だけは全て忘れて。


「まっ、いっか!」


 幸せな悪夢は、始まったばかりだ。


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