130-三千世界に指を立てよ
■■:───時期不明、未配信動画。
「うん?君らの中で、一番注意してるのが誰か?なんだよいきなり……流石に言わないよ」
「まーまー。別に言い触らしたりしないって!」
「ならそのスマホ置けよ」
「私のアイデンティティ…」
「依存症がよぉ……なに、それ知ってどうすんの?つーか意味あるん?」
「あるある」
■■:───ソファに座り、ココア片手に読書していたオフモードの蒼月に、突然インタビュアーに扮した歌姫が質問を投げ掛けている。
どうやら、蘇らせた6人の中で、最も危険だとラピスが思っている人物を聴きたいのだとか。
勿論渋るが、歌姫はせがむ。
執拗に。
頑固に。
「なに考えてんだか……まぁ、みんな危険視はしてるよ?主に制御不能の不良品としてだけど」
「泣いてもいいかな…?それで、具体的には?」
「聴くんだ…」
■■:───ラピスが語るに曰く。
エスト・ブランジェは、実家という宗教からの開放感と重力魔法が相まって、面倒な後始末をする目に遭いそうで危険視している。ちなみにその危機感は正しかった。
カドックバンカーは思想が嫌。戦争屋は伊達じゃない。
ゴーゴーピッドは理性の枷が外れたことで、かつてより暴走気味。既に振り回されている。主に列車が庭園を毎日駆け回ってる。人身事故は四回ぐらい起きた。
ミロロノワールは普通にウザい。煽るなと毒舌を吐く。
マーチプリズは……あの日のように無許可で外部に情報漏洩させるのが頭にくる。功罪相半ばでギリギリ許容したラインにいるのは言うまでもない。
そう語るラピスの口は、本人が思っているよりも口角は緩んでいた。
「で、問題はあの人だけど」
■■:───他の魔法少女とは一線を画す、妖精由来の魔法とは別系統の、呪術を魔法体系に組み込んで扱った、自分よりも死に塗れた女。
奈落の紅を思い浮かべる。キングメーカーだのと他者に言われる自分よりも、彼女の方が酷いと、ラピスは心から思っている。何故ならば、彼女が裏で動いた際の被害は、今更言うまでもないのだから。
魔法。
頭脳。
技術。
その全てを、彼女を構成する要素の全てを、いつだってラピスは警戒している。
「嘘はつかないよ───だって怖いじゃん。僕と同じで、どんな戦況でもひっくり返せる。後出しジャンケンの境地なんだぜ?」
尊敬の念も込めた、諦めの微笑みを見せたのを最後に。黒い手袋に包まれた手が、カメラに伸びて。
……映像は、ここで途切れている。
꧁:✦✧✦:꧂
「いやー、なんとか上手くいったね」
「ホントに上手く行ったって言える?これ。絶賛命の危機なんだけど?」
廃城の下層、石柱が乱立する空間に、自我を取り戻した復活者の集団がいた。恐る恐る、監視の目がないかを目と魔力で確認しながら、柱の陰で息を潜める。
“死せる夢染めの六花”と、御大層な名前を賜った割には夢に染まっていない……悪夢にはそれなりに染まっているゾンビたち。
此の度、蒼月の死霊術モドキの支配下から逃れ、晴れて自由の身になった。
「でも正直、よくここまで漕ぎ着けられたよねぇ……よくバレなかったよ」
「見逃されてたんかね?」
「……そいつはブチ切れるから違ぇな。見ろよ、真っ先にオレらのこと消そうとしてたぜ」
「怖っ」
そう、この6人。実は前もって……それこそ、この世に蘇ってすぐ、自分たちがムーンラピスの支配下にある操り人形であると知った時から、この計画を考えていた。
主体は、呪いに精通した魔法少女。
……否、死霊術のモデルとなった、云わばオリジナルの術式を持つ呪い師。
マレディフルーフ。ラピスよりも手の込んだ呪いを扱う彼女だからこそ、この支配を逆に乗っ取り、破棄する手を使うことができた。
その為に、細々と細工をして、わざわざ意識を奪われる機会を求めたのだが。
「今回が最善のタイミングだった、とは言えないけど……逆に、ここで意識を奪ってもらえないと、こっちの術式も使えるタイミングがなかった。危ない橋渡りだったよ」
「てか、一回お人形になんないと隙ができないとかさぁ、ラピピもラピピでおかしいよねぇ」
「どっちもおかしいでいいだろ」
「は?おい。頑張ってやったのになんだその発言。今すぐ術式戻してやろうか」
「処罰重くね?」
呪術の熟練度がラピスを上回っていなければ、そもそも成功しなかった。歪魔法の仕組み、糸魔法による不可視、そして異次元に繋がる糸を把握できなければ、なにをどうやっても解放には繋がらなかった。
一番の功労者であるフルーフが作業に没頭している間、他の面々はラピスの気を逸らすことを意識していた。
思考の読み取りを常にしていないのはわかっていた。
それを利用して、フルーフの暗躍に勘づかれないようにラピスに絡んだ。
……マーチプリズが盗撮配信を数回敢行していたのも、これの一環だったりする。
理由はあったのだ。
「あの時普通にいたじゃん…」
「でもその後、あいつは裏に引っ込んで不貞寝したろう?あのお陰で、これの仕上げが第二段階まで進んだんだ……怪我の功名だな」
「そうだけどさぁ!あたしの制裁回数パなかったじゃん。分散しようよ…」
「炎上商法はセンパイの専売特許だから、適任だったし。ワタシとかじゃ、ダル絡みしかできないしー?」
「その手に詳しいのはオマエだったしな」
「雑談しかできなくてごめんね……私とラピスちゃんってそこまで共通の話題が……ライトちゃんを挟めば、もっと喋れる自信があるんだけどさ」
「月お姉様とお話できて大満足なのです!」
「よかったねッ!」
配信魔法で気を逸らしまくっていたマーチが、一番割を食っていたのは言うまでもない。
適任すぎたのが悪い。
無計画で配信をやりそうという先入、もとい経験談から誤魔化すことができたのも、生前のマーチの自業自得……仕方ない。
妨害行為を一番楽しんでいたのは、何気にピッドだ。
理由はたくさん話せて嬉しかったから……なんともまあ純粋な気持ちの塊である。
……ラピス自身、めちゃくちゃ話しかけられるな、とは思っていたのだが……内心、話せることへの喜びの比重が天秤を傾けまくっていたせいで気付けなかった。
バレなかった理由を辿れば、6人は項垂れるしかない。
置いていった自覚があるので。
……そして、今。ある意味またしても裏切っている為、口を噤む。
「今どんな感じ?」
「ラピスが月魄解放した。こいつ、手札どんだけあんだよ意味わかんねぇ」
「それな」
「わかる」
カドックが開いた配信画面で、コメントを打てない画を見て確認する。どうやらあの2人、いつも以上に殺意やら勝利欲求やらを込めて戦っているようだ。
あの状態で勝負判定つけないのはどうかしている。
どんだけ戦いたいんだと全員でドン引きしながら、柱の陰で会議する。
「で、どうする?」
「……一先ず、あの子たちを探そう。結果的には利用する形になっちゃったしね。さっきはああ言ったけど、他にもタイミングはあっただろうし」
「後輩覚醒案件は一番優先度高かったから、仕方ねェよ。オレらの自由は二の次の予定だったし」
「ラピピがキレる方が早かったね」
「怖かったのです」
彼女たちが選ぶ行動は、自分たちの犠牲になった後輩、リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズの捜索。
悪夢に閉じ込められ、鏡に封印された後輩たち。
多目に見てもらえるかなと思っていたが、やはりそうは甘くなかった。
「ノワール、鏡の位置はわかるか?」
「んーん、無理。完全に独立しちゃってる。ラピピってば用意周到だよ……支配下から逃げた瞬間、ワタシの魔法の接続全部切りやがった」
「そりゃ仕方ねぇ」
「地道に探すしかないね。うん、私の重力でここら辺一帯潰しちゃう?」
「バカ?」
今はまだ、城内にいるであろうこと以外、わからない。だが、それでも。探しに行って、悪夢の世界から無理矢理引き摺り出してでも、助け出して。
戦線に復帰してもらわねばならない。
そうじゃないと……あの頂上決戦は終わらない。後輩の介入がなければ、きっと。
あの戦闘狂コンビは、永遠と、それこそ、宇宙の脅威がまたやってくるまで、不毛な殺し合いを続けるから。
魔力量、戦闘力、耐久性、全てにおいて高水準な2人。
二年前より戦線復帰が早くなり、最早手につけられない化け物と化した最強たち。
あれを止められるのは、最早、彼女たちの後継たちしかできない。
「頑張ろっか……そうだ。ねっ、そこで隠れてないでさ。私たちと一緒に探そうよ!私たちなら、ついででもあなたのことも守れるよ?」
「? センパイなに言って……ありゃ」
「う?」
今から動こうかと、足並みを揃えて歩き出したその時、自分たちがいたのとは違う柱の陰に、ブランジェが小声で呼び掛ける。
その声に反応して。
こそこそと、石柱の陰から……エーテたちの契約妖精、ぽふるんが顔を覗かせた。その顔には、疑念と焦燥、まだ拭い切れない涙の痕があった。
どうやらあの後、突然素に戻った6人を警戒しながら、こそこそついて行ったらしい。当人たちにも気付かれずに隠密できたのは、元相棒の教育の賜物か。
警戒したまま、妖精は六花に近付く。
ブランジェがしゃがんで、視線を合わせてやれば。その瞳と目が合う。
「ぽふ……ねぇ、本当に……みんなは、ラピスの支配下から逃れられたぽふか?」
「そこはフルーフちゃんを信用してほしい、かなぁ」
「君の元相棒を信じたい気持ちはわかるけど……ここは、私の呪術の腕を信じてほしい。というか、あいつに“歪”を教えたのは、私だしな」
「うんうん」
自分たちはもう大丈夫だと、安心させるように微笑んで声をかける。その反応にぽふるんも納得したのか、渋々と動いて前に出る。
そして力強く目を瞑り、決心を込めて目を見開く。
覚悟を決めた青目で、かつての強敵たちに、ぽふるんは頭を下げる。
「お願いします!みんなを助けるの、手伝ってぽふ!」
改めて、今契約している魔法少女たちを助ける為に……手を取り合う。無言で頷いた先輩契約者たちと共に、6人と一匹は廃城内を探索する。
予想は、上層の激戦区から離れた下層と中層の何処か。
攻撃の余波で鏡が割れて、封印が解かれるのを、蒼月は嫌がるだろうから。
目星をつけて、柱が立ち並ぶ、外に面した空間を全員で駆ける、が。
その思惑は、初手で潰されることとなる。
「───あかんなぁ、本当。勝手がすぎるのも、考えものやで?」
ずるり、ずるり…
ナニカが這う音が、耳に残る。音の方向、天井へと目をやれば、石の柱にナニカが……いや、芋虫の身体が、柱に巻きついていた。
「蛇かよ…」
「失礼な。うちは青虫やで。まぁ、虫の割にはやわっこい身体だと思うけどな」
“夢喰い”のルイユ・ピラーが、煙管を吹かせながら敵を見下ろしていた。上層でライトが太陽に挑んでいる間に、ラピスから念話で事情を伝えられ……六花確保の為に遥々下層までやってきたのだ。
裏切りの真意を問い質すのと、妨害を妨害させるのも、彼女たちの仕事。
後輩たちを助けようとする六花に、先に蘇った占い師が立ちはだかる。
「そこどいてくれない?」
「ムリやろ。つーか、これは離反したってことでいいな?うちのボスの支配下からも抜け出しちゃって……かんかんむりやったで?」
「うへ、そりゃそっかぁ……まぁ、その答えには、是!と返そっかな」
自分たちを必要として、蘇らせた蒼月の手から離れる。それ即ち、ムーンラピスを裏切ることに他ならない。その事実を、6人はあっさり肯定する。
恩を忘れてはいない。嫌いになったわけでも、最初から裏切るつもりだったわけでもない。
でも。それでも。
「あのさぁ、私たちがただで操られて、いいなりなの……あなたたちは想像できるの?」
「───ハハッ、確かに。それは無理な妄想だな」
「!」
新たな声の主は、“棺”のオーガスタス。金鎧をうるさく鳴らす彼の後ろには、“崩政薨去”のクイーンズメアリーが無言で付き添い歩いていた。
オーガスタスの肯定には、魔法少女への期待と、真逆の安心が込められているのは言うまでもなく。
これでこそ魔法少女だと、彼は笑顔で肯定する。
その横で、呆れたように無言の抗議を見せるメアリーがいるが。
とはいえ、素直にそこ反逆を許してしまうのは、流石にできやしない。
「それでもやめたまえ。君たちの存在が、ブルームーンの壊れかけの精神を、どれだけ保つことができていたか……彼女の安寧が壊れることは、とても悲しい」
「嘘こけ。この程度でどうにかなる程、あの子の精神力は弱くないもん……戦いの最中は平気でも、終わった後は、保証しないけど」
「おーい、君たちも君たちで酷いじゃないか」
「……まぁ、そこは終わった後にケアすればいいし。今は今のことを考えなきゃ」
「ll.ill…」
宇宙人相手にどうこうする話なら、喜んでラピスの手で操られていた。
だが、魔法少女相手とやりあうのは。
決して本意ではない。望むものではない。外面でも渋々肯定していたが。内心では、あまり好ましく思わずに……今に至るまで、反逆の瞬間を狙っていた。
ラピスの暴走を、内側からなんとかしようと頑張って。
無理だったから、一番嫌がるようなこと……悪夢の中に閉じ込めてまで遠ざけた後輩たちを復活させ、戦いの場を混沌とさせる。
あの時同意はしたが。ユメ計画なる見せかけの幸福に、心から賛同したことはない。死者の自分たちが、なにかを言う権利はないのもあったが。
かつてのエーテの指摘通り、ラピスが一人で頑張る道に賛成するのは、無理な話。
だから手を離す。
今の彼女たちは、マレディフルーフの死霊術の支配下にある。だが、それも不安定なモノ。魔法少女同士の不毛な争いが終わった時には、また支配されてやってもいいと、不遜な押しつけを考えているのは事実だ。
今操られるのが嫌なだけ。
魔法少女という、世界の為に、人類の為に、誰かの為に胸を張って頑張る自分たちが、頑張りを押しつけるなど。決して褒められたことではない。
裏切る理由は、そんなもの。
ただ。
「あとさぁ、よく考えてみてほしーんだけど」
ノワールが指を立て、大変悪意に満ちた……それはもう性格の悪い笑みを浮かべて。
総意を、全員のもう一つの本音を告げる。
「裏切るのって、なんか……かっこよくない?」
それも答えである。
「お子様め〜」
「かぁ〜、これだから魔法少女は……たく、無事に済むと思わんといてな?」
「Kill…」
裏切り、謀反、反逆、寝返り。ここぞというところで、悪い意味のそれらをやってみる……夢にまで見たなんだかかっこいいことを、実現する。
どこまで言っても、彼女たちはお子様で。
最終的には、自分たちが楽しいことを。
やりたくない?それならやらなきゃいい話。一度でも、やりたいと思ったなら、やればいい。正直に言うそれらに嘘はない。
運命に逆らうのは、形式美だ。
「そんじゃ、初めよっか」
「ごめんねぽふちゃん!一人で頑張れる!?あたしたち、この人たちを止めなきゃだからさ!」
「うんっ!頑張るぽふ!だからみんなも、頑張って!」
「お任せなのです!」
「おう!」
臨戦態勢を整えて、魔法少女たちは道を阻む幹部怪人に矛を向ける。培った全てを、与えられた全てを使って……六花は妖精の時間を稼ぐ。
急いで、後輩たちを探しに行ったぽふるんの為にも。
そして、裏切った自分たちでも納得できる……悪くない終わりを夢見て。
「リベンジだよ、メアリー!」
「あの時から、やり返したいなって思ってました!」
「轢き殺すのです!!」
「Killl…!!」
かつて魔法少女狩りにその命を奪われた、王国と廻廊、汽笛が声を弾ませて……いの一番に切り込んでいったのを合図に。
戦車、力天使、虚雫が、悪夢の住人に反旗を翻す。
「決闘じゃ!」
「もう、負けないよ───まぁ、負ける運命は、最初から見えないけど、ね?」
「ふふっ、呪いの幕引き、ご覧あれ」
「うーん……少なくとも、非戦闘職の私は端っこにいちゃダメかな?」
「ダメや」
復活魔法少女と復活怪人+αの戦いが、陰で始まった。