129-魔術工房
「いったぁ…」
蒼き魔光によって、廃城の一角は崩壊した。見た目だけ時間経過で脆いような様相になっていたが……今や、城を改築した主の手によって、この有り様。
その破壊を真っ先に浴びた勇者、リリーライト。
見てくれは怪我だらけだが、まだ活動は可能。見蕩れて無防備に攻撃を浴びてしまったのは、素直に反省だが……まだなんとかなる。自分がいる足元以外の床全てが無惨に吹き飛ばされて、底の見えない虚空が広がっている破壊痕の真ん中に佇んでいることを除いても、あまりに楽観視な思考だが。
「余裕そうでムカつくなぁ」
「私って頑丈さが売りなんだよ。二年前はリデルの一撃で吹き飛んだけど」
真空に浮かぶラピスが、呆れたようにボロボロの親友を見下ろしている。
その手に握られた銃剣は、未だ青い光を灯していた。
月魄魔法。
“蒼月”のムーンラピスの月魔法、その進化形態であり、魔法使いとしては最高位の位階にある大魔法。他の魔法と一線を画す威力を誇り、単純火力で比べれば極光に一切の引けを取らない。最強格と豪語される光魔法、重力魔法を遥かに凌駕する月の力を、ラピスは何の代償もなく万全に行使することができる。
だが、この月魄魔法は過去のモノとは既に程遠い。
今の月魄魔法と、かつての魔法とでの相違点を上げるとすれば。破壊箇所に漂う、青い魔力痕に混ざる黒紫の粒子───魔法そのものに、悪夢の残滓が滲んでいること。
これは、月魄魔法が悪夢に侵蝕された上で、悪夢という悪性因子を望んで受け入れた証拠。
適応し、同化し、共存し、進化した悪夢の月魄魔法。
更に凶悪な魔法へ昇華された月魄魔法をもって、魔王は勇者を潰しにかかる。
「まずは時間を稼ぐ」
───月魄魔法<ネオ・サテライトレーザー>
銃口から放たれた魔光が、幾重にも別れて壁や床やらを跳ね返って、予測不可能な軌跡を描き、高速で空間全体を埋め尽くしていく。
軌道は読めず、弾速は目で追えず。ライトはその隙間を直感で見つけては掻い潜る。
放水のように延々と射出される魔光は、何度も屈折してライトの行き場を奪う。
「邪魔だなぁ!」
───極光魔法<ブレイブ・ライトクロス>
斜め十字の斬撃が、視界を阻害する光線を斬り裂いて、ライトの進む道を作り出す。それでも位置的に斬り損ねた弾幕が迫ってくるが、追いつくには遅く。
一息で、ライトがラピスの懐に入る。
聖剣を腹に突き刺さんと、素早く身体を捻って、剣先を障壁に突き立てる。
「無駄」
そんな状況でも、ラピスは動揺をおくびにも出さない。
バカかこいつはと呆れた顔で嘆息しながら、至近距離で牽制の魔法を発動。
───爆弾魔法<スーサイドボンバ>
───耐全装甲<ゴエティアテクト>
身体の表面に展開している七十二層の障壁の内、八枚の起爆装甲を魔法と誘発させ、至近距離にいたライトを炎に叩き込む。
自分は無傷の自爆をもって、突き放す算段だったが……
どうやら、ラピスは元相棒の粘り強さを、甘く見ていたようで。
「残念」
「チッ」
爆炎を耐え切ったライトが、余裕の笑顔を浮かべたまま煙から這い出る。無傷ではないが五体満足、戦闘に一切の支障のないダメージで爆発を退け、ラピスから離れない。
聖剣は、依然障壁に突き立てたまま───四十六層まで貫いている。
そのまま聖剣を唸らせて、極光をただぶち込む。
自分をも巻き込んだ極光によって、ラピスを守っていた全ての障壁が破壊された。
しかし。
「───無駄だって、言ってるだろ?」
極光を浴びて尚傷一つないラピスが、爆煙の中ライトに強烈な蹴りを入れる。腹部を正確に狙った蹴撃で、肺の中の空気が全部吐き出たが……ライトから笑みは消えない。
再び突き放された距離を、縮めんと。
その背中に、光の粒子を掻き集め───大きな光翼を、顕現させる。
「無駄でもいい」
───極光魔法<ディスティニー・ウィング>
「だから行くね」
「来ないで」
極光で成形した翼を羽ばたかせ、ライトは勢いをつけて空を翔ける。飛行形態に入ったライトの素早さは、今までのとは比べ物にならない。
動体視力を常に魔力で強化しているラピスでさえ、油断すれば命取りになりかねない。
故に。
「“糸”+“切断”───魔加合一:<斬蛛断刀>」
二つの魔法を組み合わせるラピスの術法、“魔加合一”。固有魔法が持つ複雑な構造式に干渉して、噛み合うように上手く結合させ、昇華させる。汎用魔法の作成に手掛けた経験を糧に実現した、二つを一つにする魔法技術。
マペットプリマーレの糸魔法と、アカツキの切断魔法。
年代も世代も異なる魔法を組み合わせ、ラピスは手から蜘蛛の糸を生成して、それを格子状に展開。
前方へ放てば、全てをサイコロ状に斬る切断属性を纏う糸が広がる。
あまりの魔法への造詣の深さから、“魔術工房”と妖精に恐れられた、怪物の力が。
「それはキツいって!」
通常時でも切断が得意な糸に、更に切断の魔法を上乗せ加工したその魔法。
光魔法でも斬るのに時間がかかる斬糸は、糸と糸の間の隙間にも可視化できない糸を張り巡らせている。つまり、隙間を掻い潜るのは不可能。横に飛んで回避しようにも、糸が広がる展開速度の方がライトより速い。
斬糸の網を前に、ライトは極光を高速順転。
光魔法では切断できずとも───極光魔法ならば、まだ光明があると。
「極光魔法───ッ!!」
叫びと共に光を走らせ、極光を纏った聖剣を蜘蛛の巣に叩き付ける。
拮抗は一瞬。見事、聖剣は斬糸を切断。ライトの天路を阻害する壁を切り刻む。代償として、糸と触れた面の刃は刃こぼれしてしまったが……その太刀筋をもってライトが打ち勝ったのは紛れもない事実。
その自信を糧に、ライトの光翼は空気を圧縮して後方に吹き出し、ブースターの代わりを担う。
一気に再加速、直進する。
「なにをされたって、私は乗り越える!!」
声高らかに宣言して、ライトはラピスの上を取った。
「何度乗り越えられようと、変わらない」
───“歪”+“炎”
───“雷”+“水”+“風”
───“光”+“闇”
「<獄炎大公>
<征雲天覇>
<黒恒陽滅>」
天井に向けて放たれた、三つの複合魔法。喚び出された地獄の業火、モクモクと立ち込める雷雲、漆黒に染まった太陽が同時にライトに襲いかかる。
呪いに満ちた黒炎には回避を選び、暗雲は斬り払って、反転した太陽には最大火力の極光を突き刺す。
それでもラピスの魔法は止まらない。
下から天井全体を覆い隠す暗雲と業火に、いつの間にか進路を塞がれ、視界は常に不明瞭に。そして、斬られた筈の死の太陽はそこにあり続ける。
聖なる輝きは、届かない。
「はぁ〜、ほんと……ラピちゃんってば、時間稼ぎが得意なんだから」
だが。
一見対処不可能で、全てが遅いと言える、手遅れの段階だとしても。リリーライトは止まらない。
歩みをとめず、飛ぶのもやめず───聖剣を振るう。
「待っててね!」
───“聖剣解放”
魔法武器、聖剣サン・エーテライト。実は普段、聖剣は威力を制限する枷に繋がれており、全力の一撃を出すのは不可能になっている。だが、その枷、封印している機構を解除すれば、聖剣は秘められた本領を発揮する。
通常時でも、最強の魔法武器とされているが……
その真価は、あのムーンラピスでさえ、死力を尽くして防御しなければならない程、威力の高い大技をポンポンと打ち出せるほど。
その力を、裁きの極光を、再び漆黒の太陽に突き付け、魔力を解き放つ。
「極光魔法ッ!<リヒト・エクスカリバー>!!」
騎士王の剣の名を冠する技をもって、全てを破壊する。
太陽は光を取り戻し、流し込まれた極光によって膨張、破裂。霧散する闇の粒子は光に呑まれ、周囲に展開されていた雷雲をも極光は蒸発させた。
その雷雲を焼き焦がしていた業火さえも、特大の極光に掻き消された。
たった一手で、ラピスの魔加合一は、光塵に帰した。
「たでーま!」
「鬱陶しいッ」
雷雲と業火の層の下、着々と準備を進めていたラピスは苛立ちながらライトの聖剣直下を防御。無手の左腕を渋々犠牲にして、脅威度が跳ね上がった聖剣を受け止める。
予想通り腕は串刺しになったが、まだ許容範囲内。
ブチブチと、極光に筋繊維が千切れていく感覚に苛まれながらも、耐える。
「時間をかけ過ぎたね」
「えぇ、そうかな?私の目には、十分間に合ってるように見えるけど?」
事実、時間稼ぎをしてまで完成を急いだ魔法とやらは、まだできていない。無防備な右手には、未完成の魔法陣がゆっくりと回転しているだけ。
そう、無防備な右手には。
「ッ───!?」
ラピスの青い瞳を見て、それに気付く。瞳の向こう側、自分の後ろに───念入りに隠蔽魔法まで施し、先んじて潜伏していた魔銃が、己に照準を合わせているのを。
蒼い輝きが、暴発寸前まで、込められている。
その脅威を認識した時には、もう遅く。銃剣の銃口は、火を噴いた。
───月魄魔法<ケイオス・ムーンハザード>
全てを巻き込んだ月の大破壊が、ラピス諸共、ライトを強襲する。聖剣は左腕に縫い付けられたように動かせず、身体を掴まれ逃げることも叶わず。
ラピスの奸計、ミスディレクション、策略勝ちにより、背中から焼かれてしまう。
視界が、蒼く染まる。
「あああっ!?」
「ぐっ、ぅ───!」
くぐもった悲鳴は、蒼き極光と爆風の中に掻き消えて。
そして。
「───ごほっ、ごほっ……ほぼ自傷ダメージとはいえ、ここまで傷を負ったのは久しぶりだ……いや、違うか……それだけの要求が必要なオマエ相手じゃ、無理もないか」
両腕を失い、顔の大部分を自分の作った極光に焼かれたムーンラピスが、爆煙から顔を出す。明らかな重傷の身でありながら、痛みに悶える様子はやはりなく。
勝ち誇った笑みも、悔しそうな顔も、そこにはない。
いつも通りの平然さで、足元に転がった焼死体……否、焼け焦げて倒れ伏すリリーライトを見下ろす。
ただ、勝利の余韻に浸ってはいない。
油断も隙もなく、驕ることもなく、静かに焼けた親友を見守っていた。
「ぅ、ぐっ……はァ……これでも死なないとか、自分でもドン引きだぁ…」
なにせ、相手はまだ生きているので。
それも、この状態でありながら戦えると。全盛期の傷と比較しても、まだこいつなら動けると、ラピスは経験から知っている。
事実その通りで、手も足も首も繋がっているライトは、五体満足で表面が焼けているだけ。そこは、ラピスの既に死んでいてツギハギの身体とは違い、頑丈だった。
黒と赤で彩られた美貌が、やってくれたなと下手人を、立ちながら睨み返す。
「お互い様でしょ」
「そっから治せるじゃん自分…」
「おや、君は違うわけ?」
「え?」
そう問われて、ライトは暫く本当にわかっていない顔で首を傾げて……
「あっ、あー……忘れてた」
脳筋戦法に付け足した小細工の存在を、今更思い出す。
「そうじゃんあるじゃん……ハハ、バカじゃん私。一応、お礼言っとくね。ありがとう」
「相変わらずだよねぇ。変わってなくてなにより」
「なにおぅ」
───光魔法<リザレクト・ライト>
───月魔法<アコライト・ムーン>
欠損部位を再生させ、火傷も全て無かったことにして、2人は全快する。
何故、彼女たちの戦いは長く続くのか。
それは、偏に2人の耐久力がエグいと称せる程度に硬く丈夫なこと、そして、すぐに終わってはつまらないと回復する時間を許し合っているからである。
これで限界だと宣うなら、そこでお別れと殺す程度には馴れ合っている。
決定打が欠けたなら、またやり直せばいい。
試合を持ち越しにすることは、もうできないのなら……満足いくまで、殺し合うのみ。
それが2人の友情の形だ。
……殺伐としていて、狂気的なのは、今に始まったことではない為、全力で目を逸らす。
戦闘狂は伊達じゃない。
「オマエは突撃以外の手札が少ないけど、僕は違う。まだ引き出しはあるんだ。せめて……八割は出させてくれると嬉しいかなぁ?」
「生意気なネコちゃんだな…」
「その枠はうちのお眠で埋まってるから。そこは違うのに喩えて欲しいんだけど」
「い・や・だ♡」
アイスブレイクも早々に終え、爆破の衝撃で奈落の底に落ちていった武器を魔法で喚び戻して、再び聖剣と銃剣を勢いよく交差させる。
幾度目かの鍔迫り合い。
いつも以上に殺意を込めて、勢いよく。緩急の激しさでコメント機能をオフにされた視聴者たちをドン引きさせる工程を挟んでから、再び。
───極光魔法<サンライト・レイ>
───月魄魔法<ルナダーク・レイ>
2人の魔法が、世界を揺らした。
どうしても極光突撃と蒼月迎撃のワンパターンになるの、本当どうかしてる。
助けて。
Q.なんでドリームスタイルにならないの?
A.まだ序盤だから
一週間は待って(予約投稿済み)