127-神のまにまに
満月は見ている。
この世の全てを。
未来の果てまで。
秘された心の裡までも。
魔王は見ている。
ずっと見ている。
あなたを見ている。
決して、その目は欺けず。
逃れることは許されず。
常に、月下の魔力に支配されていることを、その脅威を忘れるべからず。
恐怖は。
絶望は。
憎悪は。
悪夢に染まった激情に、思考の全てを塗りたくられて。二度と覚めない、主の為だけの人形劇、その舞台で荒ぶる役者に。術に縛られた魂の容れ物の、腐乱人形の兵隊へと成り下がるだろう。
故に。
故に。
夢忘れるな。
“夢貌の災神”を取り込み、神に一歩近付いた魔王から。否、神となった魔王から。
逃げられないことを。
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夢空廃城、外縁部の空。旧世代の六花、死体人形たちが独断で始めた、稽古も同然の決戦より。
覚醒までして繰り広げられた、戦いの熱は未だ冷めず。
激戦は終わらない。
「この程度かァ!?」
───兵仗魔法<ブラストファイヤー>
「まだまだ、いけるよね?」
───重力魔法<ヘブンズ・トランペッター>
「さぁ、元気よく!」
───歌魔法<ルナティック・ドリームツアー>
「激情で、目的を見失わないように」
───歪魔法<ザルゴ>
「前を進んで!」
───列車魔法<ミュータント・トレイン>
「勝ってみな?」
───鏡魔法<ミラードジャマード>
途絶えることのない魔法攻撃。後輩相手故に、仕留める気こそないとはいえ、その熱量は本気も本気。彼女たちに一切の手抜きは存在せず、本気の本気で牙を剥く。
勝ってみせろと。
登ってみせろと。
遥か高みの一歩手前、そこまでやってこれた後輩たちに聳え立つ。
自分たちが最後の試練だと。
希望を掴む為、悪夢の世界から逃れる為の、最初にして最後の試練であると。
そう意気込む心に、彼女たちも立ち上がる。
「乗り越えて、みせます!」
───夢想魔法<ハッピーウェーブ>
「っ、どんなことでも!諦めはしない!!」
───星魔法<シューティング・ブレイクスター>
「勝つよ、先輩っ!」
───花魔法<ワンダー・ホープフラワー>
悪夢を切り裂き、星で撃ち抜き、花で全てを浄化する。ただの魔法ではない、悪夢の因子を取り込んだ六花の力に対抗する。魔法と魔法の相殺、武器の激突。互いに先手を譲らない激突が繰り広げられる。
言葉と言葉、意思のぶつかり合いも。
眠れる獅子を叩き起こすように、芽吹いた力が開花するように。
抑制の柵を折る。
魔力の殻を破る。
もっと強くなれと、無意識に課す制限を解けと、六花は更なる覚醒を促す。
魔法少女の進化。
通常時が第一形態だとするならば、ドリームスタイルは第二形態。魔法少女の更なる高みであるこの位階に、何故その先がないと決めつけるのか。もっと、もっと上の力の進化がないとは言いきれないのではないか。
もう成長できないブランジェたちは、代わりに願う。
自分たちに、もうその資格がないとしても。
蘇った後から見た───あの決戦の日の、愛しき後輩の勇ましい威容を。自分たちが生きていた時にはなかった、名前も知らないあの覚醒を。
あの魔法を。
───真・極光魔法ッ!
遥か高みにある領域に、彼女たちは魅せられた。
あれを会得すれば、もしかすれば。どんな敵だろうと、どんな悪夢であろうと。乗り越えることが……進むことができるだろうと。
そして、その力を。今試練として立ちはだかっている、彼女たちならば、手に入れることができるのでは、と。
信じている。
前例があったからこそ、期待する。後継である彼女たちならば。
できると。
「おおおお───!!」
先達の期待を一心に背負った若草が、暗天に吠える。
尊敬する英霊たちに、自分たちの強さを、想いの力を、その成長を見せつける為に。
光が交差する。
星が炸裂する。
花が抱擁する。
本来なら、疲労でもう戦うのも億劫で。何度も何度も、身体が悲鳴を上げて、限界が来ているというのに。一切の余裕がなくとも。
立ち止まらない。
諦めない。
今までの苦痛が嘘だったかのように、エーテたち3人は底無しの力を振り絞る。
その身をもって、己の強さを証明する。
「やるじゃねェか!!だが!!」
「魔法だけじゃ、私の呪いは消えやしない!」
「その威勢、何処まで続くかな〜?さっさと負けちゃえ、楽になれ!」
幾万もの砲撃も、怨嗟の毒も、その身を囲む封印も。
「負け星なんていらないのです!」
「歌は何処までも届く!空の果て、地の果て、海の果て!あたしの歌は、途絶えない!」
「天の裁きを!」
止まらない鉄の塊も、永遠と奏でられる希望の歌声も、天より下る裁決も。
全てを浴びて、受け止めて。
負けじと立ち向かう。
「例え、なにがあったって───負けないって言ったら、負けないのっ!」
「終わりだなんて、知ったことじゃないわ!!」
「いつだって全力で!みんなの為に、頑張りまくるのが!あたしたち、魔法少女なんだから!」
「だから、負けてあげない!」
高らかに声を荒らげて、奇跡をその手に掴んで。3人の手が重ねられる。
「みんな、行くよ!」
「えぇ!ガツンとやっちゃいましょう!」
「決めちゃおう!」
エーテの潤沢な魔力に、己の色も乗せて、力を重ねる。
「ッ、やる気だね!それなら!」
負けじと迎撃に出る六花も、筆頭のブランジェを中心に集まって、力を合わせる。
現状出せる最高火力で、迎え撃つ。
「“蒼天に坐す光よ”!」
「“あまねく希望をその手に束ね”!」
「“世界を照らせ”!」
「「「───夢幻三重奏!<シン・マギアトリコロール・ハイドリーミーライト>っ!!!」」
満ち足りた希望が、奇跡が、極光となって放たれる。
「“天の祈り”」
「“王の咆哮”」
「“緋の玉座”」
「“歌い束ねて奇跡と成し”」
「“絶望を乗り越え”」
「“光あれ”」
「「「───夢幻光<ヘブンズ・オールカノン>」」」
万物一切を破壊する究極の魔力砲が、【悪夢】を伴って夢の極光を穿つ。
二つの異なる極光が、皆既日食の闇の下で激突する。
「はああああ!!」
「うおおおお!!」
勢いに負けては押し返して、何度も拮抗し、破壊光線を必死に維持し続ける。どちらかが飲み込まれるまで、一切諦めることなく、魔力を注ぎ続ける。
威力が勝っているのは、人数差で六花の方だが。
それでも、押し返すことはできる。
勝敗は、魔力量だけで決まるわけではない───全て、想いの力で決まるのである。
「負け、ないっ!」
「この程度ッ、気合いでッ…!!」
「うっ、おおおおー!!」
人類の守り手。最後の防衛戦。最強には一歩劣るが……多くの人々に認められた、最後の魔法少女たち。
明るい希望を司り、奇跡を起こす、不退転の三重奏。
無限に湧き上がる想いの力を燃料に、不屈の精神を持つ少女たちは抗う。
無限の力で、悪夢を打ち砕かんと───命をかける。
「ッ、おいおいマジかよ…!」
「わーお、こんなに、力押しが強いなんてね……!」
「……これじゃあ勝てないな。おい、もっと出力上げちゃダメなのか?」
「これ以上は後輩ちゃん殺しちゃうでしょーがっ!!もう最大値設定しちゃってる!これが限界!ここから頑張って押し返してこそでしょーがっ!!」
「諦める?」
「やー!」
いつの間にか、エーテたちの出力は、先輩たちの想定を大きく上回り。
絶望を乗り越える。
「ああああああああああ───!!」
腹の底から声を出して、魔力を振り絞って、想いの力をぶつけて。
遂に、希望を摘む破壊の光を、夢の光が凌駕する。
暖かなやさしい光に、“死せる夢染めの六花”と称された彼女たちは包まれる。
「ッ……こういう感覚なのか」
「うーん、抜けちゃいけない成分が抜けてる感じ」
「負けなのです?」
「負けだろう」
「あ〜っ、でも、いいとこまではやったんじゃない?もうお役御免でしょ」
「そうかー?」
敗北を悟り、大人しく光に身を委ねる。
先達として、後輩たちの成長に大きく貢献できた、とは思っていいだろうか。結局、あの夢見た覚醒までは、促すことはできなかったが。
十分ではなかろうか。
死から蘇った先人として、導くような立場には、なれただろうか。
そう、思っていると───…
【 ───やっぱり、自我があると困るね。こっちの計画と大幅にズレたことをされるのは、本当に迷惑だ 】
「ッ!?」
六花全員の脳裏に、声が響く。
世界の時間が、歩みを止める。
「ラピスッ…!」
【 流石だよ、先輩。あなた達の行いは、確かに先達として見習うぐらい素晴らしいモノだ。そこを否定するつもりは欠片もない。どうせ、悩みに悩んだ結果だろうしね 】
「なら、見逃してくれてもよくない?」
【 ダメに決まってるじゃん? 】
「っ…」
声の主は、彼女たちを蘇らせた、もう一人の魔法少女。アリスメアーの二代目首領、悪夢の王として世界に仇なす蒼月の魔法少女が、苦言を呈する。
予定とは違うことをした、問題児たちへ。
己の死霊術の支配下にある、“死せる夢染めの六花”に、沙汰を告げる。
気持ちのいい敗北など、彼女は許さない。
【 ───set、<ネクロ・セプタル> 】
全てを支配する。
「月、お姉様…っ」
「あーあ。ラピピってばごーいん」
「成程、これは……抗えないね」
「やっぱ無理かァ!見逃せよなかわいくねェ!」
「ごめんね、ラピスちゃん」
「っ、意識が…」
「……」
「……」
意識が落ちる。闇の底、何処までも深い奈落まで、魂の自我は沈められる。逆らえない。支配権は完全にラピスの手にあり、反発することは叶わない。
辺りを包んでいた夢の光は、一瞬にして悪夢に染まり。
悪夢に蝕まれた極光が、支配者の遠隔操作によって無に帰した。
「ッ、先輩…、?」
なにが起きているのかわからない。
何事もなく、再び動き出した時間の中で。
動揺しているエーテたちを差し置いて、その身の全てを乗っ取られた六花の屍兵が、虚無を頌える光のない瞳で、生気のない無表情で、敵を見据える。
その手には、しっかりと、各々の武器が握られていて。
雰囲気が変わった、否、思考を奪われたのだと、一目でわかるその様子に、コメットが真っ先に警戒を示し、槍を構えた、その時。
絶望が、空を切り裂く。
【 ───終わりだよ 】
蒼月の号令の元、今までにない加速度で、ブランジェがコメットの頭を掴んで。
カドックの魔銃が、デイズの後頭部に突き付けられ。
フルーフの呪縛、生成された赤黒い鎖が、エーテの首に巻き付けられた。
「ッ!?」
「いつの、間にッ……!」
「あぐっ…」
身動きを封じられた3人の周りを、マーチの音の爆弾、ノワールの鏡、ピッドのレールが漂い、万が一を狙っても不可能だと見せつける。
それでも、なんとか逃れようとして。
各々で魔法を使おうとすれば。
───悪夢魔法<フォビドゥン・ナイトメアホール>
“夢貌の災神”、リデル・アリスメアーの魔法が、一切の前触れなく世界に現れ。人形から逃れようとする新世代の魔法少女を、容赦なく闇に包む。
それは悪夢の世界を創り、閉じ込める魔法。
魔法少女如きでは、決して逃れられない───悪夢へと誘う厄災の力。
「あっ…」
「っ、くっ、 ぁ…」
「やっ、だ…」
抗えず、耐えられず。なんとも呆気なく、エーテたちは悪夢に沈んだ。
まだ、余裕があればなんとかできたかもしれないが……この状況では詰みだった。項垂れた身体を人形たちの腕で支えられ、少女たちは眠る。
決して覚めない夢の中、幸せな悪夢の世界で。
その有様を人形の瞳越しに確認してから、ラピスは更に命令を送信。
───鏡魔法<ミラードジャマード・コフィン>
魔法少女の辺りを漂う悪夢の力ごと、3人を無数の鏡で取り囲み、覆い隠して……更に鏡の世界へと閉じ込める。絶望という悪夢と共に、リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズは封印された。
彼女たちを映した三枚の魔鏡が、暗い空に浮かぶ。
永遠の眠りに、終わりのない悪夢の中に、誰よりも早く閉じ込められてしまった。
彼女たちの快進撃は、ここで終わり。
蒼月の魔王の無粋な介入で、ゲームオーバーを強制的に強いられた。
「みんなッ!!」
元相棒の妨害で、助けの手が間に合わなかった妖精には一切目もくれず。
【 ヨシ 】
満足気に封印を見届けたラピスは、魔鏡を一斉に廃城へ転移させ、それぞれバラバラに何処かへ隠す。もし仮に、現在戦っている相手が見つけようとしても、すぐに見つけられないように。
秘匿する。
隠匿する。
もう二度と、うるさい弱者が調子に乗って、自分の前に立とうと思わないように。
全ては魔王の思うがまま。悪夢の神の御心のままに。
必死に叫ぶぽふるんの声は届かず。絶望だけが、そこに残った。