Side:禍夢 -血濡れの夢魂-
───俺の悪夢は、███の形をしている。
夢貌の災厄と魔法少女が戦争をしていた、その裏の裏。日刊日本の危機と煽られようと、裏社会は変わることなく栄えていた。それどころか、景気悪化やアクゥーム化等の悪夢問題によって、その規模は更に拡大していった。
警察の介入も虚しく、闇の住人たちは掃き溜めの奥底で幅を利かせていた。激動の渦に誰も彼もが呑み込まれて、決して抜け出せやしない。そんな絶望しかない悪循環に、俺は身を寄せていた。
……魔法少女でも手が出せない人類の汚点で、ヤクザの特攻玉をしていた俺、だったのだが。
気付いた時には。
「ここが君の寝床だ。改造也は好きにするといい。要望はこちらで叶えよう」
「……すげぇな。至れり尽くせりじゃねェーか」
世界の敵、アリスメアーの幹部として登用されていた。
帽子頭の女怪異。青と紫、灰色が混ざったスモッグ色の霞雲に覆われた夜空の下、庭園を案内する傍ら帽子屋から伝えられた言葉を反芻する。
なにをどうしてほしいのか、求められた己の役目。
血塗れの世界から連れてこられた破壊者に、一体なにを望むというのか。
「なにも戦争するつもりはない。ユメエネルギー、君なら知っているだろうが……あれを集めてもらいたいのだよ。今はまだ雌伏の時であるから、慣れてもらう方が先だな」
「成程な。チッ、拒否権はねェーんだろ?」
「ここにいる時点でな。いやならば記憶操作できるが……どうする?」
気軽な感じで西洋ステッキを額に押し付けられ、魔法でどうとでもなることを思い知らされる。手ェ出すのが早い気がするんだが。一先ず言葉を撤回して謝罪する。
記憶を消されては困るからな。
身体もこんなんにされちまったが……仕方ない。命には変えられねぇ。
「気になるか」
「まぁな。鱗なんざ今まで無かったしな……痒かねェから別にいいが」
それはそれとして気になって搔くが。
本業から離れて悪の幹部になったわけだが、福利厚生も職場環境も悪くはない。本格的に動く前とはいえ、かなり高待遇だとは思う。労働よりも戦闘訓練に重きをおいて、後は悪夢の知識や対魔法少女戦のイロハを教わる……
勧誘されてから一年半は、そうやって一時を過ごした。
魔法の使い方はマッドハッター直々に教わった。流石は最高幹部と言ったところか、非常にわかりやすかった。
同僚となった2人との関係も悪くないと思える。
必要以上にお互いの過去を詮索することはなかったが、かなり見過ごせない要素が多すぎて困る。見てられなくて学習を手伝ったり、格闘の基礎を教えたりと、あの2人の面倒を見ることが多くなって、無視して行動するのがほぼ不可能になった。
……昔取った杵柄、そういうのは無視できねェタチなんだよ。
それから組織が再始動して、何日か経って。既に幾度か出撃している2人を他所に、俺はまだ裏方としてこそこそユメエネルギーを掻き集める日々を送っていた。
なにもサボっているわけじゃない。
俺が成すべきことを探る為に、時間をかけていただけ。その成果は、ここで意味あるモノに変えられる。
マッドハッターとふたりっきりになったタイミングで、話を切り出す。
「おい、ボス」
「……なんだその呼び名は」
「この組織を牛耳ってのは、アンタだろ。あの女王サマは言わば傀儡。なにがあったかは知らねェが、今の支配者は確実にアンタだ」
「根拠は?」
「ねェよ」
言ってしまえば直感だった。それでも、今までの人生を経験に裏打ちされた俺の勘はよく当たる……いやなぐらい当たるから、ここまで生き繋いでこれたんだ。
あの2人の様子を見ていれば自ずとわかる。
あの女王サマにはもう力がない。力がないから俺たちに集めさせてるんだ。
今の指揮系統も、あの庭園の魔法システムも、俺たちの認識阻害も、対███兵器開発も、ありあらゆる維持管理統制、それら全てをこの女がやっているのは自明の理。
女王サマは服だけメイドとままごとか動画鑑賞ばっかでなにもしてないのは既に把握済み。
忙しなく動いているのはこのマッドハッターだ。最初は最高幹部なのに小間使いかと疑問に思ったが、組織運営ができるのがコイツしかいない以上、それは違うとわかる。
……余人が入れない“アクゥーム製造工場”で話すのは、憶測ばかりを他のヤツらに聴かれたくねェから、ってのもあるが、人目がない方がヒトは口を開きやすいからだ。
粗製濫造される夢魔を背景に、黙りこくった最高幹部を睨みつける。
……なにも敵意を向けているわけじゃねェんだが、これ傍目から見れは糾弾してるように見えるのか?
そう身構えていると、マッドハッターはせせら笑い。
───パチパチパチ
暗い廃工場に、帽子屋の拍手が虚しく響く。
「ククッ……肯定も否定もしない。だが、君の観察眼には目を見張るモノがある」
「そうかよ」
「他言無用で頼むぞ?外部の連中に悟られては、なァ?」
「ふん。構わねェよ。それで困るのは俺もだからなァ……で、だ」
マッドハッターの言葉に重ねるように、俺は俺の要望を直球に伝える。
これを言う為に、俺はこの場を用意させたのだから。
「アンタ個人のやることに、俺を使え」
「……それは何故?」
「適任だからだ。他の2人よりも、あのメイドよりも……使える駒が一つでも多い方が、物事は進ませやすいだろ。あいつらと違って潜ってきた修羅場の数はダントツ。なら慣れてるヤツを使った方がアンタにも得な筈だ」
「ふむ……つまり、血腥いことは自分にやらせろ、と」
「そういうことだ……どうだよ、アンタのお眼鏡に、俺は適ってるか?」
売り込む。俺が有利に動けるように。少しでも俺たちにメリットがあるように。受動的でいてはなにも掴めない。なにかを得るには、相応の犠牲が必要だ。
ならば。犠牲になるのは、俺一人でいい。
仲間意識とは違う。もう枯れ果てちまった、心の奥底の錆びつきを胸に抱いて。
それが俺の償いになると、自己満足で勝手に決めて。
マッドハッターが裏でなにかを企んでいるのは、俺も、恐らくだが他の面々も勘づいている。それを言わないのは今の関係が崩れるのを恐れているから。境遇を聴いたが、確かに今のこれは捨て難い。
その点俺はアイツらと違う。捨てるのも捨てられるのも構わない。
甘ったるい夢に浸りたがってるヤツらの代わりになる。
「それが君の正義とでも言うのかね?」
感心したように放たれたその言葉に、身体が硬直する。なにもやましかねェが……成程、こいつはキツいな。昔の同僚がボヤいていたのを今更思い出す。
だが、そうか。バレちまってるのなら、話は早い。
「ッ、ハハッ……なんだ、心の裡まで把握済みってか?」
「懐に入れた者の個人情報は裏まで隅々探るサガでな……勿論だが、君のことは、君を見つける前から知っていた。知っていた上で、吾輩は勧誘したのだ───正義に準じ、正義に裏切られた君を」
「……アンタは、俺の正義は間違ってたと思うか?」
「さて。正義の形は人それぞれだ。吾輩が己の正義の為に今の世界を台無しにしようとしているように、君にだって確固たるそれがある。その形を否定できる程の人生経験は吾輩にはない」
血濡れた正義を掲げた。それが俺の役目だと、務めだと理解したあの日から。
だが、その正義は他ならぬ、別の正義に裏切られた。
……まぁ、過去は過去だ。今更思っても、意味はねェ。いつだって俺は前を向くと決めている。前進、突き進むと決まっている。
「で?どうだ。俺は合格か?」
「───いいだろう。吾輩の手駒として君を使おう。別に血腥い任務はそこまで多くはない、が……あぁ、いや……そうだな、あれがあったな」
「ん?」
認められた。これでより上手く立ち回れる。俺は、俺の役目っつーのを果たせる。なにもせず停滞するよりかは、俺の性に合っている。
この手を赤く染めることであろうと、俺は構わない。
今のアリスメアーの方針からは逸れるのだろうが、まぁ必要な時は必ず来る。
……魔法少女を殺す、ってのは承諾しかねるんだが。
「旧時代の魔法少女を狩る仕事は、如何かな?」
ちょっと待て。
───あの密談から少し経って、俺は今。アリスメアーが再稼働してから、初めての出撃の機会を得た。
順番が回ってきたとも言う。2人だけ行かせすぎたし。
魔法少女狩り、というモノは渋々やっている。なんでもいい歳いってる元魔法少女を悪夢に落として、求める形に再利用したいんだとか。
並々ならぬ怒りを感じたが……ま、殺すんじゃねェなら別にいい。
魔法少女なんざいつ命を狙われてもおかしくねェんだ。自己防衛できてねェ方が悪いだろう?
確かに良心は痛むが……大義の為には致し方ない。
恨むんなら、栄華にいつまでもしがみついていた自分を恨むこった。
「……こんだけやりぁ、犯罪者のレッテルっつーのも……そう間違っちゃねェもんになるだろ」
かつての同胞に付けられた不名誉極まりない言い方に、わざと添わせてその身につける。
そこまで言われるなら、なってやるよ。その通りにな。
「いざ……幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢も。欠片も残さず、禍いの悪夢に飲まれろ。
───《夢放閉心》、来いッ、アクゥームッ!!」
俺はビル。三銃士が一人、“禍夢”のビル。
正義の捨て犬が、一時の平和を享受する間違った世界に仇をなす。
そう、全ては血濡れた正義の……悪夢の名の元に。
要約:
ビル「動いてねェと生きた心地がしねェ。この際なんでもいいから仕事くれ。本物の犯罪者ってのになりてェから、血腥いノでも可だ」
全てを壊された正義は、そのレッテルを受け入れた。