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121-vsハット・アクゥーム


 “お茶会の魔人”マッドハッターの代名詞、最早本体だと言っても過言ではない、トレードマークの帽子頭。彼女の内なる声の代弁者でもある【悪夢】は、今日。

 計画を阻む魔法少女を、その身で必ず葬ると決意した。

 全ては創造主にして絶対者、ムーンラピスの為に怪物は暴れ出す。


【ハァァァーット、アグゥゥームッッ!!!】


───毒魔法<ベノム・ボム>

───水魔法<ウォーター・カノン>

───歪魔法<テムカセ>


 口元に浮かんだ三色の魔法陣から、凝縮された毒の玉と鉄板を抉る高圧放水、そして威力向上及び状態悪化を齎す厄災の呪詛が溢れ出て、それら三つが一つに重なり。

 致死毒と呪詛を撃ち出す死の水砲が完成。

 これはヤバいと逃げ回る、エーテ、コメット、デイズを狙って発射する。


「あれ絶対死ぬヤツ!」

「当たらなければどうってことないわ!」

「にっげろーっ!あっ、転けそう」

「デイズッッ」


 必死に回避を選択するも、疲労からか早速脱落しそうになったデイズをコメットが拾い上げ、地上を駆け、中空を飛んで逃げ惑う。

 あのムーンラピスの【悪夢】なのだ。

 下手に当たればどうなることか、想像するまでもない。故に選んだ逃げの一手。

 だが。


「全然止まんない……埒が明かない、ねっ!」


 ハット・アクゥームの砲門の勢いは、止まることなんて知らないようで。執拗に3人を追いかけ、床一面を殺意の紫色に染め上げていく。

 次第に足の踏み場もなくなって、3人は浮いて戦う道を強いられた。


 しかし空中戦闘は彼女たちも慣れている。眼下で暴れる帽子頭に、今度はこっちの番だとマジカルステッキを強く振るい、魔法を放つ。


「夢想魔法<マジカル・ドリームライト>!」

「星魔法<ブルー・シューティングスター>!」

「花魔法<ブロッサム・ピクスカノン>!」


 夢の光が、青い星の刺突が、花の輝きが毒沼を照らし、ハット・アクゥームへと叩き込まれる。

 三重の痛みに悶絶の声が漏れ、魔法陣が霧散する。


【ハァッツ───…ハァッ!!】


───月魔法<ルナティック・ドーン>


 月の輝きを爆発させ、自身の周囲に爆煙を撒き散らす。それは己の居場所を欺くのと同時に、魔法少女の姿形をも煙に隠してしまうが……最早気にも留めない。

 煙の中、ハット・アクゥームは新たに魔法陣を形成。

 視界を使わぬ第六感、“魔力探知”で3人の居場所を常に把握したまま、発動。


───空間魔法<ワールドシフト・チェンジ>


 瞬間、魔法の対象───リリーエーテの視界が、一瞬で爆煙へと変化する。


「うわっ!?なっ、げほっ、ごほっ!」


 動揺はあったものの、すぐに自身の置かれた状況を外へ報告する。同時に煙を突破しようと、未だ立ち込める煙に魔法を放とうとして、ふと気付く。

 何故、爆煙の中にいる筈の帽子頭がいないのだろう。

 何故、煙の外の状況がわからないのだろう。

 何故、何故───何故、自分は。空間置換で敵と位置が入れ替わっている可能性を思いつかなかったのか。

 疑問は確信へ。

 慌ててエーテは煙を晴らそうとするが……一向に晴れず煙は立ちこめたまま。


「なんでっ…いや、これも魔法か!」


───煙魔法<シックスモーク・ジェイル>


 魔法で操られた、永遠に晴れない濃煙の中に、エーテは閉じ込められてしまった。


 一方その頃、煙の外では。


「!」

【アアアクゥームッ!!】

「えっ、えっ!?」

「ちっ!」


 数秒前までエーテがいた場所に、ハット・アクゥームが突如現れ、彼女を挟んで浮いていた2人は強襲される。

 巨大な図体に身体を押し出され、足の旋回で吹き飛ぶ。

 唯一コメットが気配の変化、異様さを察知できたが……対処が遅れてしまった。


 対象の入れ替え、なんらかの魔法で場所を入れ替えたと即座に推理できたコメットは、てんやわんやするデイズを引っ張って煙の方へ。

 どうも魔法で延々と立ち込めているようだが……外から攻撃すれば、活路はある。

 ただし。


【ハァァァーットッ!!】


 蜘蛛の脚を刺して邪魔してくる、ハット・アクゥームがいなければの話だが。


「邪魔よ!」

「どいて!」


───星魔法<ティンクル・スターボンバ>

───花魔法<ブロッサム・ピクスカノン>


 二種類の破壊光線を放射状に放ち、多角的に攻撃する。その巨体故に躱しきれないハット・アクゥームは、何発か被弾するのを諦めて特攻を仕掛ける。

 分断できた今、最も厄介なエーテよりも先に、目の前の食べこぼしを葬らんと。

 あの煙は何れ破られる。そう確信しているからこその、短期決戦。

 肉体という武器で、主から引き継いだ、魔法の力で。

 対して、コメットとデイズも肉弾戦を追加。元よりそうするつもりだった2人は、勢いよくハット・アクゥームと激突する。


【アアアッ、クゥームッ!!】

「あんたの思惑は!見え見えなのよっ!」

「エーテちゃんがいないからって、あたしたちが弱くなるわけじゃないんだからっ!!」

「みんなー!応援パワーいっぱい集まったぽふー!急いで送るぽふ!」

「助かるわ!!」

「やりぃ!」


 星槍と花斧、機械多脚が火花を散らしてぶつかり合う。絶対に勝つという強い意志をぶつけて、思うがままに技を繰り出し合って。

 熾烈を極める戦いが、両者に傷を増やしていく。

 ……だが、不利なのは依然として2人の方。そもそも、迷宮踏破でかなりの体力を削られている上、連戦に連戦でダメージは蓄積されている。だんだん2人の動きが精彩を欠いていく。今までの戦闘で耐えれた分、まだ大丈夫だと足掻くが……


【ハットスッ!!】

「っ、うぁっ!?」


 案の定、一瞬走った腹部の痛みで、コメットが反射的に硬直してしまい。

 その隙を突かれて、頭を殴られて吹き飛ばされた。


「コメちゃ、ッ、あぶっ!!」


 動揺したデイズは、腹への刺突を紙一重で躱したが……陣形が大きく崩れた上、不利な状況へと追い込まれたのは言うまでもなく。

 逆に、ハット・アクゥームの猛攻は過激化。

 戦線復帰して攻撃を仕掛け直すコメットだったが、その顔色は悪く。


「っ、回復!」


───花魔法<ピュア・フローラ>


 もう気休め程度の効果しかないが、騙し騙し身体を癒し戦闘を続行する。魔法少女のあまりに悲惨な戦いぶりに、さっさと楽にしてやろうとハット・アクゥームは決意。

 慈悲をもって、終わらせんと暴威を振るう、が……

 目の前の2人は中々折れず。

 それどころか、逆境に追い込めば追い込むほど……逆に奮起して、立ち上がる始末。

 不屈の心で、抗う。


 その仕草が、抵抗が───過去の主のそれと、不愉快に思うほど似通っていて。


【ア゛ア゛ア゛ッ、アックゥゥームッ!!】


 苛立ちと共に、魔法を放つ。


───炎魔法<瞋恚>

───氷魔法<フローズン・ギフト>

───土魔法<獅威し・逆鉾>

───雷魔法<サンダーバード・ストライク>

───糸魔法<マーダーホワイト>

───音魔法<デスボイス・メロディー>

───菌魔法<ノコノコッシュ>

───影魔法<シャドウアート>

───月魔法…

───…

───…


 情け容赦のない、あらゆる固有魔法を2人へ一斉掃射。我武者羅に、しっちゃかめっちゃかに、悪夢の道を執拗に阻む魔法少女を攻撃する。

 当たっているか否かは関係ない。

 次々と魔法を撃ち込み、青色と黄色が鮮血に塗れるのを夢想して。


 その時、漸く。煙が晴れる。


「夢想魔法───<ハピネス・ドリーマー>!!」


 一筋の夢の光が、濃煙の檻を突き破って、直線上にいたハット・アクゥームの側頭部を抉って。

 攻撃を止めさせたエーテが、ボロボロの2人を庇う。


「エーテっ!」

「っ、遅いわよバカっ!」

「ごめんなさい!結構手こずって……煙が魔法消しちゃう仕様だったから、大変でさ。でも、あれの意識がみんなに向いたから、かな……一瞬だけ、術式が綻んでさ」

「そこを突いて、強行突破したのね…でも、助かったわ。ありがとう」

「うんっ!」


 危うく一酸化炭素中毒になりかけた事実には蓋をして、エーテは危なげなく2人を救出。残存する魔法の残滓から距離を取って、息を整える。

 ハット・アクゥームもまた、エーテの脱出に振り出しに戻ったと悪態をついた。

 そう、やり直し。


「2人とも、行ける?」

「えぇ、こんなの、どうってことないわ…ッ」

「へへーん、ヘッチャラだもんね」

「エーテこそ大丈夫ぽふ?」

「まだね」


 額から滴る汗を拭って、気力を振り絞る。

 3人揃えば、底の尽きたように見えたパワーも際限なく湧き上がる。この程度の苦境、もう何度も味わってきた。ならば、まだ動ける。


 戦意を滾らせる魔法少女に、ハット・アクゥームもまた覚悟を決める。


【ハーーーッツ…】


 二番煎じかもしれないが───大量の闇を吐き出して、主を模した球体人形、マッドハッターの兵隊を創造。

 毒の沼を進軍する傀儡と共に、魔法少女に襲いかかる。


「懐かしいね」

「慰霊式典の日ぶり、かしら」

「それじゃあ、やろっか」


 かつてボロボロになりながらも辛勝した大軍へ、3人は再び挑む。


───月魔法<ムーン・スコイル>

───月魔法<ルナティック・ドーン>

───月魔法<サテライトビーム>

───月魔法<クレセントエッジ>

───月魔法<シャドウムーン・クラッシュ>

───月魔法<デスムーン・ショット>

───月魔法<モント・イル>


 最早隠す必要もなく、オリジナルと同じ魔法を連発して魔法少女を狙い撃つ。避けて、斬って、弾いて、浴びて、それでも3人は耐えて、魔力を練り続ける。

 乱回転する月の光、輝きの爆発、月光を収束させた青い破壊光線、三日月の斬撃、破壊の新月、幹部怪人程度なら貫通する月の魔弾、その身を蝕む月の呪い。

 数多の魔法に傷つけられながら、血反吐を吐きながら、3人は魔法を作り上げる。


 ハット・アクゥームもまた、魔法少女を仕留めんと力を練り始める。


「いくよっ!」

「えぇっ……私の魔法を、核に!」

「花で形作って……えいっ!」

「自己流で、半端かもだけど───私たちがあの時よりも強くなったってとこ、見せてあげる!」

【アクゥゥームッ!!】


 星魔法を核に、花魔法で作り、夢想魔法で顕現させる、新世代の3人が3人なりに考えて編み出した、伝説の剣の完全再現。

 まだまだ詰めが甘くて、3人一緒でなければ作れない、そんな代物だが。

 以前とは見違える程、その出来栄えはよく。

 希望の輝きが、作り上げられた「剣」の真贋を証明し、大魔法は成立する。


「聖剣兵装ッ───発射ぁーっ!!」


 エーテの合図で、姉の光が世界を照らす。

 希望の象徴を模した大剣が、群がるマッドハッターらを薙ぎ払い、打ち砕き、一瞬の拮抗の末、次々と無力化することで、その真価を発揮する。

 そして、直線上で待ち構えるハット・アクゥームにも、極光は飛来する


【ハッツ、ハーットスッ!!】


───月魔法<ムーンクリスタル・ウォール>


 透明なガラスのような障壁が、聖剣の進む先に現れて、進行を妨害する。切っ先が勢いよく突き刺さり、あまりに美しい月の輝きが火花を散らす。

 太陽と月、どちらが勝つか、代理戦争は天秤に揺られ、そうして定められる。


「うおおおおおおーっ!!」

「はああああああ!!」

「いいいいい───っ!!」


 声を張り上げ、魔力を送りまくって、後押しにして。


 新世代たちの底力が、意地が……ハット・アクゥームの想定を上回る。


【ハッ!?ッ、ハーット!!】


 月晶の障壁が砕け散り、極光を伴って、理想の勇者剣がその真価を放つ。

 悪夢を完全浄化する希望の光に、器を掻き乱される。


 負けない。

 死なない。

 負けてたまるものか。死んでたまるものか。消えて夢に存在を溶かすのは、赦されない罪だ。主を置いてくのも、先に逝くのも赦されない。終わってたまるものかと、月の片割れは滅びから懸命に抗う。

 悲鳴を上げる器には無理を強いて。

 深々と突き刺さる聖剣兵装に、傷口に流れる希望から、身を捩る。


 ハット・アクゥームは、なにも兵器として生み出されたわけではない。本当に偶然、意図せぬ方向性から生まれたムーンラピスの【悪夢】の具現なのだ。

 生まれたばかりで意思も幼いが、確かに彼ないし彼女は蒼月の代弁者。

 彼女が苦しければ涙を流し、喜べば頬を綻ばせる。

 寂しがり屋で、自慢するのが好きで、他者との関わりを求めるところも……その負けず嫌いな性質も、しっかりと受け継いでいた。


 故に、抗うが───ハット・アクゥームは、主と違ってまだか弱く。精神が幼く、成長途中の子どもでしかなく。壮絶な痛みにいつまでも耐えられる程、強くもなく。

 悲鳴を上げて、ガタガタと身体を揺らして。

 それでも、頑張って、頑張って、光に耐えて。崩壊する寸前に───…


 聖剣の力が、弱まった。


【───?】


 可視化できるほど光が収まり、そして、深々と刺さった聖剣兵装は、帽子頭からするりと抜け落ちて。

 何故と首を傾げている間に、身体が元のサイズに戻る。

 しゅるしゅると縮尺を小さくして、元のシルクハットに戻ってしまう。


 これではもう戦えないと、半泣きで項垂れていると。


「よいしょっ、と」


 ボロボロのリリーエーテに、やさしく持ち上げられて、抱き締められた。

 何故、何故と霞む目線で問えば。


「そりゃ、消せないよ。だってあなた、お姉さんの子供?みたいなもんなんでしょ?敵対してる身で言うのは、なんだけど……私、嫌われたくないもん」

「ぶっちゃけ、こっちが持たなかったのもあるけどね!」

「ぴーぴー泣く奴を痛めつける程、私たちの性根は腐ってないわ」


 力を弱めたのは、本当だ。

 あまりにも見ていられなくて、これ以上はいいと無言で頷きあって、止めた。心に余裕がある、やさしすぎるからできる暖かい対応。

 そんな甘すぎる在り方に、ハット・アクゥームは主同様溜息を吐く。


 ぐったりと頭を預けて、弛緩する。もう、戦う気力も、歯向かう気力もない。

 敗北を認めれば、ボス部屋の扉が勝手に開いていく。

 それを合図に、エーテたちは歩き出す。勿論、その腕にハット・アクゥームを抱いたまま。ボス部屋の先は、また変わらぬ景色の地下通路。

 それでも、一つだけ違うことがわかる。

 腕の中のハット・アクゥームが出てきたということは、つまり。


「こっからが正念場だよ」

「そうね。これで違かったら、あのメイドは性格最悪って酷評レビューしまくってやるわ」

「さんせーい。まったく、ヤになっちゃう」

「……でも、その前に」

「うん」

「ええ」


 一同揃って首を縦に振り、声を合わせてそれを求める。


「「「休憩させて」」」


 この後、気を利かせたハット・アクゥームが時間魔法で余裕を稼いであげた。


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