120-ボスラッシュ
「あっちだ!」
「ライト先輩、絶対先走ったわね」
「あたし達も行こう!」
「うん!」
三銃士を下したエーテは、部屋の外を暫く彷徨った後、仲間たちとの合流に成功。傷だらけのコメットと、目元がちょっと赤いデイズの2人に、回復の魔法をかけてから、また駆け出す。
場所は夢空廃城の中腹。
皆既日食で真っ暗のまま、時間の進まない黒空に面した天廊から、凄まじい戦闘音が鳴り響く頂上の建造物まで、飛んで移動する。
だが。
「ッ、なに!?」
「壁がっ……ぽふるん危ない!」
「あわわ!つっ、潰されるとこだったぽふ〜!!怖いっ!なんなのあれ〜!!」
「わかんない!」
「壁がっ…」
突然壁が迫り出して、天高く伸び始める。新世代たちが飛んでいる方向まで伸びて、いつの間にか追い越して……エーテたちを再び閉じ込める。
困惑している間に、建物が大きく変動する。
ぐわんぐわんと、壁が揺れ始め、内部の空間が勢いよく歪んでいく。
いつの間にか、3人とぽふるんは足をついていて。
「んなっ…」
「……これは、一体」
「わぁ〜ヤバそ」
「ぽふ…」
四方を壁に囲まれたエーテたちの前に、一つだけ開けた道があって。そっとその道に入れば、また小部屋があり、暗い通路があって。
時には、行き止まりもあり。
何処までも続く壁と道───巨大な迷路に、彼女たちは閉じ込められた。
「ダンジョンだぁ!」
「バカデイズ!感心してる場合じゃないでしょ!私たち、足止め食らってるのよ!?」
「私、迷路苦手なんだけど…」
「頑張って抜け出そうぽふ!大丈夫、マッピングはボクがするぽふよ!」
「ありがと」
:ヤバそう
:リリライ視点もヤバいけど、こっちもヤバい…
:……なんか既視感あるな
:どっかで見たな、この迷宮…
:そんなバナナ…
騒ぎながらも前進する魔法少女たちと、なにかを察するコメントたち。その様子を魔法で観測しながら、挑戦者を迷宮に取り込んだ下手人はコンタクトを図る。
マイクを繋げて、音声を届ける。
『───あっあっー。マイクテスマイクテス。こんにちは魔法少女の皆様。メイドのメードでございます。ご気分は如何程でしょうか』
その正体は、アリスメアー幹部補佐、“残夢”のメード。普段から残念極まりないと豪語される召使いが、迷宮内を彷徨い歩く魔法少女たちに声を飛ばす。
与えられた使命、リリーライトとムーンラピスの戦闘に新世代を巻き込ませない為に。
足止め役を全うする。
「っ、これメードさんの仕業!?」
『はい。正確に申しますと、ゴナー・アクゥーム……先日蒼月様が作り上げた、完全にオリジナルを再現した傀儡に造らせた、天空の迷宮でございます』
「迷宮……まさか、“迷宮憎悪”?」
『正解です』
“迷宮憎悪”。かつて、13魔法によって滅ぼされた最悪の幹部怪人。その気味悪い存在を幹部と言って良いのかは、正直に言えば不確かだが。
兎に角。
ゴナー・アクゥームとして復活した彼らの、迷宮を作る特異能力をもって、この空間を形成。
メードは3人と一匹の隔離に成功した。
内部からの脱出は不可能。脱出するには、迷宮の最奥に鎮座するコアを破壊しなければならない。
そう告げるメードの説明に、魔法少女はやる気に満ちた表情で叫ぶ。
「こんなので閉じ込めた気にならないでよね!絶ッ対に、すぐに脱出してあげる!」
「突破可能なら、私たちに不可能はないわ!」
「みんな、行こっ!早く行って、もう!?って、先輩たちびっくりさせちゃお!」
「賛成!」
「えぇ!」
勝利宣言した3人が、意気揚々と駆け出した、その時。
今までとは違う、大部屋───まるで、これから戦いが始まると言わんばかりの空間が、そこに広がっていた。
思わず固まった一同に、メードの声が天より響く。
『申し訳ありません。システムの説明を忘れていました』
空間に亀裂が入る。
悪夢の魔力が、裂けた世界の穴から、ゆっくりと迷路に溢れ出す。
『某人気横スクロールゲームなどでは、最終局面の手前で今まで戦った経験のある中ボスや大ボスと、強制連戦するコースがあるのは、ご存知だと思うのですが』
「……まさか、だけど」
『はい、そのまさかです───みんな大好き、RTA殺しのボスラッシュでございます』
「嫌いだぁ!!」
「素直に迷わせなさいよッッ」
「うそって言って」
「ひん…」
そうして現れたのは───複数の人形の頭と腕を持つ、極めて不気味な傀儡の集合体。
マリオネット・アクゥームの本体が、顕現する。
かつての魔法少女後援会での苦い思い出を思い出して、3人は顔を強ばらせて。それでも、戦わなければならないと知って、武器を構える。
目指すは出口。
勝利は、絶対。
『順路によって、多くのアクゥームと会敵するでしょう。是非、最短距離を通って、少ない連戦で生還できるよう、皆様の奮闘を、心からお祈り申し上げます』
「ごめんなさい最低でも何体出会します???」
『さぁ…?』
期待を込めた新世代への試練が、今、幕を上げる。
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“迷宮憎悪”───またの名をモックスープ。迷宮創造と迷宮内の生き物への干渉、云わば人々をダンジョンの敵に作り替えて利用する、人類が恐れる脅威の一つ。
その正体は、悪夢に沈んだ罪なき子どもたちの悲鳴。
現実に戻れず死んでしまった幼子が、悪夢の底から延々泣き喚き、絶叫して、苦しんで。そうして集まった思念が悪夢に汚染され、歪められ、最悪な形で具現化した。
助けてくれなかった現世の人々を陥れる、怨嗟の怪物。
まるで水子の怪異のように、悪魔の底から新たな犠牲を招き込む。
かつて、その根底にあった想いを忘れた、死んだ幼子の模造品。あまねく命を母胎をイメージして作り上げられた死の迷宮に誘い込み、喰らい、同化する。
意思なき偶像として蘇った絶望に、魔法少女は挑む。
「うおりゃー!!」
「邪魔よ!どきな、さいっ!!」
「夢想魔法───っ!」
迷った先に待ち構える、半年間で戦ったアクゥームとの連続勝負。マリオネット・アクゥームから始まった戦いに終わりは見えない。
エーテがドリームスタイルを獲得するに至った、ビルの手勢として立ちはだかったソードキーホルダー。
大海原を我がモノにしたクラーケン・アクゥーム。
重機混成アクゥームの試作機。
量産型でありながら、数で勝負するアクゥームの軍勢とその指揮官。
彼らと魔法少女は再び戦って、また勝ち進んできた。
苦戦を強いられたモノから、仲間がいたから、果てには単独だったからこそ勝てたアクゥームまで、多くの強敵と出会った、その軌跡。
過去を振り返りながら、強くなった理由を、その過程を思い出す。
成長した今では楽に倒せる敵から、今でもまだ苦戦する敵まで。選り取り見取りの戦場を、魔法少女たちは連続で駆け抜ける。
迷路の先は、まだ見えない。
永遠と、囲まれた世界を駆け抜ける……途中途中休憩を挟んでいるとはいえ、疲労は溜まる。
それでも。
「多分こっち!」
「それさっきも聞いたわ!全っ然違ったじゃない!」
「うぐぐ、早く出ないとなのにっ…」
「待ってぽふ〜!」
外に出て、やるべきことを成すた為に───諦めない。
どれだけ迷路に迷おうが、アクゥームに襲われようが、放送でメードに煽られようが……
魔法少女は、一度決めた道を振り返らない。
荒い呼吸を何度も整えて、汗を拭って、不安をなんとか押し殺しながら。
そうして、新たな大部屋に魔法少女は迷い込む。
「またね…」
「……? ここ、いつものと違うね。雰囲気っていうか、なんて言うんだろ…」
「確かに、そうかも?」
「うーん」
華美な装飾などなにもない、ただ石造りの空間が広がる戦闘フィールド。等間隔に壁に設置された松明が、薄らと暗がりの部屋を照らしている。
恐る恐る、部屋の奥へと足を運ぶ。
待ち構えているであろう、覚えのある敵。今度は一体、なにが出てくるのだろうと警戒して。
奥にある、円形の台座が視界に入れて───硬直する。
見覚えがあった。
何度も何度も、その異容を見た。
最初は、最高幹部として。
次は、頭部に被さった別個体として。
そして、最近では。あの伝説の魔法少女の【悪夢】から生まれたと知った、“最強”のアクゥームとして。特別製の最強、浄化できない特異個体。成長する帽子頭の怪物は、主の元を離れて牙を研ぐ。
蜘蛛のような機械の多脚を隠さず。
ツリ目の三白眼には過去最大の敵意を滲ませ、鋭い牙をカチカチと鳴らす。
いつの日かのように、ヘッドマネキンに被さって。
【ハットス!ハーッ、トッ!!】
それは、“蒼月”の反英雄、ムーンラピスの絶望の具現。帽子の形をしているからとて侮るなかれ。全てを果てなく食い尽くす怪物は、並大抵の希望ならば容易く屠る。
臨戦態勢の【悪夢】は、一息で頭を膨らませて巨体へと転身する。
「……いいよ、あの日の雪辱、ここで晴らす!」
「私たちだって、成長するのよ。ご主人様に、泣いて謝る準備は済んでるかしら?」
「勝負っ!」
天空迷宮、第一の最終関門───ハット・アクゥームが現れた。