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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
人外魔境悪夢決戦
131/234

118-vs“歪夢”のチェルシー


 “歪夢”のチェルシー。アリスメアー三銃士の紅一点で、いつだって睡魔に微睡む夢みる猫。幹部たちの中で、最も世界を悪夢に閉ざす計画に肯定的な、悪夢を求む狂信者。

 不幸の煮凝りの中で、魔王に命を拾われて。

 新生した、作られた天才は。大恩ある蒼月の首領の為、悪道を成さんと計略を練る。

 自分の役割は、目の前の魔法少女───大事な親友を、黙らせること。


『正しさも、間違いも。全部どうでもいい!』


───万魔猫手<パンデモニャーム>


 (ズット)・アクゥーム、サイコキャットが繰り出す、極彩色の二連撃。魔法少女の想いを否定する殴打は、殴った標的を悪夢に閉じ込める虚ろな檻。

 そして、絶望を齎す猫の魔拳は、もう一体添えることで更に脅威度を増す。

 ショッキングピンクの怪猫と、シアンカラーの怪猫。

 二体のサイコキャットが、笑顔でハニーデイズの明日を摘む。 


「うぐぐ…!」

『ねぇ、一緒に堕ちよ?悪夢の中も、悪くないよ』

【ニャーオッ!!】

【キシャー!】

「……魅力的な、提案だけど。ごめんね。あたしは、皆と生きるこの世界が、大好きだから…手放せない!だから、ごめんね!チェルちゃん!!」

『チッ』


 一向に頷かないハニーデイズに、サイコキャットの中でチェルシーは毒づく。思い通りにならない友に、ならばと猛攻を食らわせる。

 言って聞かないなら、無理矢理殴って聞かせるのみ。

 戦いに勝てば、そこにあるのは勝者の理。敗者に自由は存在しない。


「花魔法<ハニーディバイド>!!」

『無駄。そんなの、当たらなければ、どうってことない』

『───サブマスターより外部入力を確認。デストロイを起動します』

「っ、うぁ!?」

【ニャー!!】


 戦斧を振り下ろすも、怪猫たちには回避され。

 シアンカラーのサイコキャットに搭載された人工知能(ATMくん)の攻撃表示がより過激になり、抵抗する獲物を素早く叩き、勢いよく吹き飛ばす。

 壁に激突するデイズに、二体の怪猫は追撃を打ち込む。

 極彩色の閃光、この世に生きる全ての命を悪夢へと誘う闇の光を。


───万魔猫手<ロスト・サイコメアー>


 逃がさない。

 行かせない。

 チェルシーは望む。永遠の悪夢を。甘美な響きの夢を、我がモノとする為に……その為に、初めて欲しいと思った獲物を欲する。

 それさえ捕まえれば、後はどうとでもなる。

 自分の力で、自分の意思で、この魔法少女を……無二の親友を確保すれば。


「ッ……チェル、ちゃん…!」


 怪猫の手で壁に押さえ付けられたデイズに、目前に迫る悪夢の誘いを避けることはできず。

 極彩色の光が、やさしく、ハニーデイズを包む。


 瞬間、ガクンっとデイズの首が倒れ、意識を夢の中へと手放した。


『ふふっ…たわいもない、ね』


 あっさりと手中に収まったデイズを、サイコキャットのモフモフの手の中に閉じ込める。二度と覚めない悪夢に、永遠と浸らせる。

 仮に夢から覚めても、その時には全てが終わっている。

 三銃士が負けても、復活怪人が負けても、ゾンビたちが負けても。


 あの蒼月には、本気になった魔王には、誰も敵わない。


 欲しいモノを手に入れられて、らしくもなく悦に浸ったチェルシーは、それだけ主を信じている。

 自分を外の世界へ連れ出してくれた、あの人を。

 自分と同じく、今の世界に、現実の世界よりも、悪夢の世界を選択した憧れの、勝利を。

 だが。


「んんぅ…」

『───は?』

【ニャ?】


 怪猫に握られたデイズが、小さく唸り……目を開く。


『な、なんで…』

「……あっ、ここ現実か。ふふーん!どう、すごいでしょチェルちゃん!」


 自力で悪夢の世界から目覚めたデイズは、自信満々に、動揺するチェルシーにドヤ顔を披露する。

 その内心では、ギリギリセーフと震えていたが。

 茫然と、どうしてと呟く親友に、チェルシーは夢の中の出来事を語る。


───ここ、は…?


 そこは、心地の良い原風景が広がった、無窮の草原。

 青空には一切の汚れがなく、草原には花々が咲き乱れ、所々に座りやすそうな岩が置いてある……長閑で、何処か温かみのある、穏やかな気持ちになれる世界。

 春の風が頬に当たり、微かに眠気を誘ってくる。

 思わず、草原の上に寝転びたくなって。そこが夢だと、わかっていながら。デイズは、柔らかい草の上に大の字で横になった。


 晴れやかな気持ちがした。辛いことも、苦しいことも、なにもない。緩急のない平和が、何人たりとも邪魔しない平穏が、そこにはあった。


 活気あるのが大好きで、比較的人気のあるところを好むハニーデイズさえ、その空間を好むぐらいには。

 悪夢とも言えない、幸せが広がっていた。


───きらら

───ねこちゃん おあよ

───うん


 いつの間にか、敵でありながら仲良くなったあの子が、隣で寝転んでいて。

 お互いに顔を見合わせて、クスクスと笑う。

 

 幸福だった。

 平和だった。

 朧気だった。

 安穏だった。

 心の奥がポカポカと、やさしさに触れるように、悪夢がするりと入り込む。


 2人だけの、部外者のいない幸せな悪夢を堪能させる。余人のいない幸福を、隔絶した世界で、チェルシーが望む平穏の一つを、理想の一つを、デイズは垣間見る。

 いつの間にか、そこが夢の中だと認識できなくなって。

 戦いに疲れた身体が、心が、悪夢に浸って、ドロドロと溶けていく。


 悪夢の底へ、落ちていく───筈だったのに。


「ごめんね……最後の最後に、あたしは、あなたの夢を、否定した。チェルちゃんと寝んねする世界も、嫌いじゃあないんだけど……その温もりに、やるべきことを忘れて、なんにもしないのは……ちょっと、解釈違いだった」

『……ふざけてるの?』

「んーん。夢は夢だよ。幸せだったし、あったかかった。でも、違うんだよ」


 自力で目覚められたのは、奇跡に近い。心の何処かで、今、自分はここにいるべきではないと。まだ、やることがあるのだと、言い聞かせてくれる声がなければ。

 まだ、デイズは夢の中にいた。

 ……その声の主を、彼女は知っている。遊んでばかりで自由を尊んでいた自分に、いつだって声をかけて、一緒にいてくれた友の声を。

 忘れるわけも。勘違いするわけもない。そう、デイズが悪夢を悪夢だと気付けたのは。


「チェルちゃんの声に、導かれて、あたしはここにいる」


 生真面目で、やるべきことをやれと諭す、友の声で。


「なにも終わってない時だから、多分、聴こえた声。もし全部終わった後にかけられてたら、やるべきことをやった後だからって、起こしてもらえなかったと思う」

『……あなたの中の、私?変なの…真相意識に、そんなの作らないで』

「ぐっ、偶然だもん!」

『どうだか…』


 不確定要素によって、チェルシーの悪夢は暴かれた。

 力づくで怪猫の手から飛び出て、デイズは再度、戦闘の意志を見せる。

 それでも。


『なら、今度は……もっと強く…もっと深く。悪夢の底に落とすだけ!』

「何回やったって、起きちゃうもんね!」


 睡魔や眠気とは、回数を重ねれば重ねる程、耐えるのがキツくなる。その特性を利用して、チェルシーは何度も、何度も何度も悪夢の光をデイズに放つ。

 諦めない。

 魔法少女がそうであるように、チェルシーも不屈の心で希望に挑む。


「うっ、くっ……うぉりゃー!!」


 悪夢に心を苛まれながら、デイズは必死に意識を保って食らいつく。負けてたまるかと、意地で勝利を掴まんと、花の戦斧を振り回す。

 二体の怪猫から逃げ回り、魔法を避けて、反撃の魔法を放って。


「花魔法<フラワースラッシュ>!!」


 戦斧を放り投げ、魔法で修正しながら的確に投擲する。


 到底当たりそうにないが、割と運のいいデイズの投げはシアンカラーのサイコキャットの移動先に、本当に運良く奇跡的にヒット。

 戦斧が、怪猫の胴体に突き刺さ───らない。


「えっ!?」


 身体が透けて、するりと斧が素通りした。悪夢の猫は、ふてぶてしく笑っている。


『夢幻と現実の狭間にいるのが、私のサイコキャット……あなたの攻撃は、あやふやで不確かな存在になることで、無効化される。物理攻撃は無駄だよ』

「んもー!さっきまで当たんないから、頑張ったのに!」

『“彗星”じゃないんだし……諦めたら?似合ってないよ、斧ブンブン』

「うぅ〜!!」


 サイコキャットの特性は、どこにもいてどこにもいない不確かな存在、という存在証明の概念。チェルシーからの攻撃は存在しているので当たるが、デイズの攻撃はそこに存在しなくなっているので当たらない。

 理不尽を押し付けて、一方的に嬲る為の機能。

 チェルシーの固有魔法、夢幻を活かしたアクゥームに、デイズはまたしても翻弄される。


 うぐぐと唸るデイズは、こうなったらと物理攻撃以外の魔法攻撃で責め立てる。


「花よ、咲けっ!」


───花魔法<ワンダーアレンジメント>


 魔法の杖を振るって、花の息吹をアクゥームに咲かす。その魔法は、魔力を当てた対象の表面に、花々を咲かせて動きを阻害する概念的な魔法。

 実在非実在を司るサイコキャットならば、容易に回避が可能だが……

 概念には概念を。

 咲かない場所に花を咲かせる魔法で、サイコキャットの身体を縛り付ける。


『むっ』

「概念には概念を!だもんね!」

『……概念…?』

「? だって、ネコちゃんに花は咲かないでしょ?なら、概念でどーこーすれば、咲くじゃん?」

『……イマジネーションの、ゴリ押しじゃん…』

「え?」


 文句ありげなチェルシーの疑問符を無視して、デイズは花の蔓の中で藻掻くサイコキャットたちに、追撃の魔法を連続で放つ。

 花の魔法は全弾命中、サイコキャットを大きく傷つけ、疲弊させることに成功する、が。

 その程度で連撃を許してやるほど、チェルシーもまた、甘くない。


『ふんっ……今のは、足りない頭で頑張ったみたいだし、当たってあげたけど…』

【ゴロニャーゴッ!】

『無駄なの、全部』

「ッ」


───夢幻魔法<ガット・ヴィジオーネ>


 サイコキャットを封じていた草花が、夢幻の光に晒され虚無へと帰していく。自由になったサイコキャットたちのボタンの瞳が、本物のネコの瞳へと変化していく。

 獰猛な、野生味溢れる獣の目を会得した二体は、夢幻を纏いながら突進。

 花の防壁など無視して、その強靭な爪をもってあらゆる妨害を切り裂く。咄嗟に戦斧でガードするデイズも、その爪には耐えきれない。


 2Pカラーの怪猫のコンビネーション攻撃が、またしてもデイズを追い立てる。


「あぁっ!?」

『無駄。無駄。無意味。全部諦めて。悪夢の底の底まで、落ちきって……!』

【ニ゛ャーッ】


 徹底的に、執拗に。ハニーデイズの心を折るように。


 もう二度と、立ち上がってきて、抵抗されないように。チェルシーは力を込める。


『もう!いい加減にッ……しろッ!!』

 

───夢幻魔法<ファントム・ペイン>


 殺意を込めて、デイズが今まで浴びてきたダメージを、想起させる魔法をかける。

 そう、魔法少女になってからの戦いでの、全てを。


「ッ、あっ、あがっ……」


 あまりの痛みに悶絶して、声にならない悲鳴をあげて、白目を剥く。なんとか意識を保とうと唇を噛んで、全身を駆け巡る激痛から逃れようと、デイズは必死になる。

 その悲鳴に、チェルシーは一瞬怯んで、怖くなるが……もう止まらないと、隙を穿つ。

 サイコキャットの爪撃が、痛みにお腹を抑えるデイズを狙い撃ち。


「きゃぁッ!!」


 ゴロゴロと床を転がって、深手を負ったデイズは幻痛と現実の痛みに苛まれる。

 ……それでも、デイズは倒れ伏したままではなく。

 しっかりと、その足で。フラフラと立ち上がる。力強く床を踏み締めて、立ち向かう。

 どれだけ転がろうと、倒れようと。

 諦めない。


『なんでっ…』

「はァ、はァ……だって、頑張んなきゃ……あたしだって魔法少女だもんっ…」

『そんなの、他の2人に任せればいい!!』

「嫌だっ!!」

『ッ』


 理解できない不屈の精神を前にして、アクゥームの中でチェルシーはたじろぐ。

 今更、目の前の花使いが、恐ろしく思い始めてくる。


「……チェルちゃん。もう一度、言うよ。ううん。いや、何度だって、言うから…」

『いや、いやだ。聴きたくない。聴きたくない!!』

「あたしは……みんなの為にっ、チェルちゃんの為にッ!絶対に、諦めないんだからッ!!」

『〜〜〜ッ!!うるさい!黙って、寝ててッ!!』

「やっ!!」


 激情を、本音を、魔法に変えて。お互いにぶつけ合う。


───花魔法<ブロッサム・ピクスカノン>


───夢幻魔法<ガット・ヴィジオーネ>


 空中に咲いた大輪の花から放たれる破壊光線の数々を、夢幻の波で泡沫へ消す。そんな抵抗こそ無意味なのだと、デイズはもっともっとと花を咲かせ、魔法を撃つ。

 花の光は、幾重にも重なって。

 遂には、シアンカラーのサイコキャットの胴体を、複数撃ち抜いた。


【ニ゛ャッ!?】

「そのままッ!ごめんだけど、もう一回!そのエーアイ、直してね!」


───花魔法<ミラクル・フラワーライト>


 まずは、チェルシーを守る怪猫から。

 魔法の向日葵から放たれる浄化の極光が、チェルシーの作った人工知能を、容赦なく貫いた。

 風船が弾けるように、バラバラに千切れる青い猫。

 だが。


 浄化の光に当てられたサイコキャットは、瞬く間に姿を元に戻していく。


【ニャ〜ゴッ】

「ッ、うそ、再生……まさか、同時に倒さなきゃ、なんて言わないよねっ!?」

『なんのことだかっ!』

「〜っ!」


 更に難易度を上げてきたチェルシーには、デイズからも怒号が飛び交う始末。

 二体同時討伐。同位体である怪猫は、止まらない。


 だが、その程度の障害で諦める程、デイズが弱気になるわけもなく。


「ここで、決める!

───花魔法!<ワンダーアレンジメント>!!」

『ッ、またこの雑草ッ……無駄だって、学習しろッ!』

「無駄じゃないもん!」

『!?』


 激しい攻防の末、デイズはサイコキャット二体を草花で一纏めに拘束することに成功。幻となることで逃れようと必死なチェルシーだが、藻掻くことしかできず。

 動けば動く程蔦が絡まり、キツく縛り上げてくる。

 生き物のように蠢く花に封じ込まれたのを、夢幻魔法で破壊しようと試みて。


 ハニーデイズの手に、眩く光る花の輝きを見る。


『あっ…』

「全身全霊っ……っ、うぅ〜!!これが、あたしのっ……全ッ力、だーっ!」


───花魔法<マジカル・ホープフラワー>


 光り輝く魔法の花を背に添えて、ハニーデイズの光が、拘束されたサイコキャットに放たれる。その輝きに、花の輝きに込められた魔力を見るだけで、とてつもないユメの魔力が渦巻いているのがわかる。

 当たれば確実に浄化され、(ズット)・アクゥームは消滅する。

 そう確信したチェルシーは、迫り来る極光に歯軋りして反撃を選択する。


 その花の輝き諸共、全てを夢と幻に変えてやると。


『私の幸せを…希望を……幸福の中で生きるあなたが……否定するなぁッ!!』

『ERROR!ERROR!残存悪夢、全放出ッ───!!』


───夢幻魔法<アンチドリーム・マスター>

───万魔猫手<サイコキャッツ・ハングリーナイト>

───仮想機神<デアエクスシズ・ディザスター>


 夢も希望も否定する悪夢が、怪猫の万物を消し炭にする概念咆哮が、人造の試作による破壊の極光が。

 ハニーデイズを迎え撃ち、殺傷せんと放たれる。


 ぶつかり合う二律背反の想い。幸せな悪夢か、幸せだけではない現実か。


「っ、ぐぅっ……チェル、ちゃんっ……大丈夫、だから…なにが、あっても……あたしが!あなたの、手をっ、絶対掴んでみせるからっ!!」

「辛いことも、苦しいことも!いっぱいあるけど!!」

「そーゆーのは……一人で抱えないでっ、みんなでっ……支え合うから!どんなことがあっても!あたしは、絶対にこの手を離さないからっ!!」

「だからっ───あたしと、一緒に!生きてっ!!」


 わからない。

 なにが正しいのかなど。まだ14年しか生きていない、ひよっこもひよっこだけれど。それでも、辛いことばかりであったとしても。

 苦しむ友達の手を、ハニーデイズは……晴蜜きららは、掴んで離さない。

 手を繋いで、一緒に苦しんで。そうして次は、楽しいを見つけ出す。


 その宣誓に、嘘偽りは無い───全て、本心から出た、愛に溢れた真言葉。


『っ…』


 真正面から浴びるやさしさは、些かチェルシーには……夢之宮寝子には、まだ重くて。

 全然実感がなくて、理解ができなくて。

 そうしてもらったことなど、一度もなくて。

 猜疑心が芽生えてくるよりも、先に。彼女の言葉なら、信じてもいいのかな、と。


 心を開く。


『ぁ───…』


 いつの間にか───目前まで迫った暖かい花の輝きに、チェルシーの悪夢は、全て飲み込まれて。

 欠片も痛くないやさしさに、全てを打ち砕かれる。

 この日の為に用意した、あらゆる策が……未使用のまま終わった策も、理不尽な計略も、ハニーデイズのやさしさなら絶対に乗り越えられない悪略も、全て。

 最初からなにもなかったかのように、消えていく。

 視界いっぱいに広がるのは、嫌いではない黄色の輝き。その色に、目を細めて。


 三銃士のチェルシーは、ハニーデイズの明るい花園に、その身を委ねた。


「んっ…」

「チェルちゃん…」

「……ふんっ」


 床に落ちる前に、デイズにその身体を抱き締められる。浄化の魔法を浴びて弛緩した身体に、力は入らない。もう戦えるだけの気力は、ない。

 やさしく、それでいて力強く抱き締められて。

 ぽかぽかと、胸から湧き上がる心地良さに……今までの苦悩も、憧憬も、嫉妬も……最早、全てどうでもいいかと

受け入れる。


 うじうじと悩んでいるのも、もう馬鹿らしくなった。


「……ねぇ」

「うん?なーに」

「肩…借りる、ね」

「……いーよ」


 先んじて許可を取って。デイズの肩に顔を埋めて。


「ひぐっ…っ、あぁ……ああ───っ!」


 湧き上がる衝動を、どうしても止まらない感情の渦を、ぶちまけた。


 嗚咽を漏らす友の背中を、デイズはやさしく撫でる。

 初めてここまで感情を露にする親友を、肌身で感じて。今まで無理してきたんだな、と。忠義とか恩義とか、色々理由をつけて……自分と戦ってくれたんだな、と、改めて理解する。


 そのやさしさを、友情を、思いを背負って。デイズは、新たな戦場に行かなければならない。


 泣き止んだのに、一向に離れない猫の背を、撫でる。


「チェルちゃん」

「……いっちゃダメ…」

「えぇ〜…」


 いやいやと拒否する幼さに、和んで緩む感情には、今は蓋をして。ギュッと、パーカーに包まれた身体を、程よい力加減でデイズは抱き締める。

 また、一緒に、楽しい日々を謳歌する為に。

 幸せな悪夢なんて、不確定で、不鮮明で、怖さの色濃い逃避を、食い止める為に。

 チェルシーの頬に手を添えて、顔を持ち上げて。


 2人は見つめ合う。


「勝ってきちゃうね?」

「……身の程を知った方がいい。デイズじゃ逆立ちしても無理だから」

「そんなことないもーん……あっ、でも逆立ちできない」

「はい終わり終わり」

「そんなことないもん!!」

「解散」


 それでもチェルシーは、主人の勝利を疑わない。親友の勝利を想像できない。でも、きっと。なんとかなるかも、なんて期待して。

 どっちも信じきれない自分を、恥じながら。

 敗者のチェルシーは、勝者のデイズを、これからも戦う親友に、祈る。


「───いってらっしゃい」

「───いってきますっ!」


 その一言に、全ての想いを乗せて。破片が散らばる床に大の字になって、目を瞑る。


 悪夢の底から、駆け出す親友を見送った。

 

───“花園”のハニーデイズvs“歪夢”のチェルシー

 勝者、ハニーデイズ。


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― 新着の感想 ―
シュティンレガー系能力は強いよぉ
シュレーディンガーの猫?!
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