116-vs“逆夢”のペロー
「はァッ!!」
『無駄無駄無駄ァ!!やっちまえ!!』
【ララビーッ!!】
三銃士、ペローの搭乗するマーダーラビットの斬撃を、リリーエーテは必死に躱す。当たれば即死、肉切り包丁の鋭利な刃を飛んで避けて、魔法で攻撃を邪魔して防御。
飛んで跳ねて大暴れ。マーダーラビットの高速戦闘に、魔法少女は振り回される。
『ラビットキック!』
「あわわ!ちょ、蹴り強すぎ!!」
『なーに言ってんだか!ウサギの蹴りはアスファルトをも蹴り砕くんスよ!!』
「そうなの!?」
床をも砕く蹴りも駆使して、エーテに回避ばかりを選択させる。
高速戦闘を前提としてマッドハッターに製造されたのがこのZ・アクゥームだ。ペローが持つ時間魔法の発展系を活かすことで、その強みを最大限に引き出す。
並の魔法少女の目では追いつけない、奇跡の高速機動をご覧あれ。
「ッ、速すぎ!!」
目の前に捉えていたマーダーラビットが、目を離してもいないのに姿を消して。気付けば背後に、既に肉切り包丁を振り下ろす体勢で大振りの攻撃を仕掛けてくる。
エーテはなんとか察知して横に転がるが、追撃によって吹き飛ばされる。
幸い、怪我は少ないが……焦れば最後、その速さに終始翻弄されることとなる。だからこそ、エーテは己の視界と魔力検知を使って、マーダーラビットの位置を、存在を、常に捉え続ける。
絶対に逃さない為に。
『無駄ッスよぉ!!』
───時間魔法<アクセル・プリテンダー>
ペローは時を加速させる。正確にはマーダーラビットの体表面を魔力で覆い、世界の時間軸よりも速く、逆らい、ありえない速度での行動を可能とさせる。
加速された時間の中を、ペローは正確に把握する。
歪む時間内に取り残されれば、死んでしまうのはペロー自身。
だからこそ、最大限の警戒を。注意を払って、加速する時間を制御する。
その加速をもって、目の前の魔法少女を討つ為に。
「ッ、危ない!?」
いつの間にかそこにいる。気付けばいなくなって、己の命を刈り取らんと這い寄っている。
漠然と湧き上がる恐怖を、エーテは意地で抑え込む。
『負けたっていーんスよ?あんたが頑張ってんのは、もうみーんな知ってる!だれも責めやしない!責めてくんのは心のないバケモノだけッス!』
「ッ、そんなの関係ない!負けたくないから、勝つの!」
───夢想魔法<ドリーミーストライク>
───兎殺曲芸<ミート・スラッシャー>
ピンク色の光弾と、肉を切り裂き骨を断つ一撃が空中で激突する。覚醒当時は、殺傷力が高すぎだと調整していた消滅を使うことには、もう躊躇いはない。
夢と殺意が拮抗する。
本来ならば悪夢を消し去り浄化する夢の力に、ウサギの殺意は怯まない。
「くっ、ぅ……!」
『あんたの魔法対策はしてある……当然ッスよねぇ!!』
「だからってぇ……私がっ!リリーライトの、妹がっ!!負けるわけ、ないじゃん!!!」
力強く吠える。エーテには自信がある。どんな苦境も、困難も、何だろうと乗り越えられる自信が。最強だなんて持て囃される姉の背を、ずっと見てきて。追いつきたい、追い抜きたい、そんな思いで駆け続け。
未だに届かずとも。
己の信念が。あの日の情景が。魔法少女になって、前に進む以外の道を手放した、あの奇跡の日から……ずっと、ずっと走り続けてきた。
その経験を、想いの強さを、エーテは魔力に乗せて力を送る。
「うりゃー!!」
『ッ、魔力装甲がっ…マーダーラビット!!回避!』
【ラビッ!?っ、ビビっ!!】
「くっ」
悪夢の包丁を覆った魔力装甲に、夢の崩弾がぐりぐりと押し込まれて……遂に、風穴を開ける。そのまま勢いで、肉切り包丁はユメの力に呑まれて消える。
得物を失ったペローは一瞬動揺するも、すぐ建て直す。
この程度で怯むわけもない。嫌な話だが、一番の武器を失うのも想定の範囲内だ。
身軽になったマーダーラビットが、勢いよく飛び跳ねてエーテから距離をとる。
ボタンの瞳から滲む殺意は、収まらない。
『本当、殺意高いッスよねぇ……まぁ、そーゆーとこが、気に入られてるんでしょうけど』
「なにか言った?」
『なんでも?』
ムカつくのだ。自分を必要として、手元に置いてくれたラスボスが、自分たち以外を見ていることを。くだらない嫉妬心ではあるが、嫌なのだ。
あんたの一番じゃなくてもいい。
でも、せめて。少しぐらいは見ていてほしい。あんたの人選が間違っていないことを。ユメエネルギーの回収要員だけではなく、有用な駒であることを。
改めて、ここで証明する。
無駄飯喰らいのウサギになるなど、ペローの薄い矜恃が許さない。
『さぁ!ここが正念場ッスよ!マーダーラビット!!』
勝つ為の策はまだある。肉切り包丁で切られて終わるで済む相手ではないことなど、百も承知。故に、新たな策で魔法少女を追い詰める。
もふもふの手に埋めれた爪を伸ばして、研ぎ澄ませ。
再び時間加速で追いかけながら、第二幕は爪による斬撃増加で追い立てる。
「キッつい…なぁ!」
『なんスか、弱音ッスか?』
「違うから!っと、本当油断も隙もない……でも、やっぱこうでなくっちゃ!」
『はぁ?』
爪撃の乱舞を必死に掻い潜るエーテは、口論しながらの戦闘に、少しばかり懐かしさを覚える。まだ一人で悪夢と戦っていたとき、よく前線に出ていたペローと、言い合いながら争っていたのを思い出す。
まだそんなに時間は経っていないのに、今思えば全てが懐かしい。
「夢想魔法<マジカル・ドリームライト>!!」
夢の光を収束させた極光を、マジカルステッキから放つエーテの攻撃は、なんと回避を選んだマーダーラビットの左足に直撃する。
よく見れば、真っ直ぐ突き進んだかと思われた極光は、カーブを描いて脚を撃ち抜いていた。
『んなっ!?』
避けた筈なのに、避けきれなかった。たたらを踏んで、なんとか片足でバランスを保とうとするペローだったが、身体の比重からすぐに無理だと判断。
左手を床について、転倒するのをギリギリ回避。
そして、顔を上げて、片足を奪ってみせたエーテを強く睨みつける。
『その技に曲線を描く機能はなかった筈!まさか、魔法を改変したんスか!?』
「ん?んーん。違うよ。どうせ避けられるって思って……追いかけろって指示を足したんだ」
『……後からできるもんなんスか?それ』
「追尾機能の後付けのやり方は、お姉さん……現役の頃のムーンラピス先輩に、教えてもらってるからね!それに、できないって思ったら、魔法は魔法じゃないんだよ?」
『あの人さぁ』
今の今まで、その能力を隠していた───エーテなりの奥の手が、ここに炸裂する。
魔法は想像力でどうにでもなる。
例え、今までは直進するだけの魔法であっても、それがこれからもずっとそうだとは限らない。エーテの魔法に、限界はない。
警戒すべき夢の力が更にヤバくなったことに、ペローは顔を歪めるも……すぐに好戦的な笑みを浮かべる。
どんなに警戒しようとも、いつだって、魔法少女たちは自分たちの想像を上回るのだから。
軽視していた己を恥じて、ペローは更なる猛攻に移る。
『そんならッ!その追尾もッ!想像力もッ!こっちから、超えてやるだけッス!!』
【ラッ、ビィィィィ───!!】
両手を支えに、右足を地面に突き当て……クレーターを作りながら、一気に跳躍。ユメエネルギーが漏れる片足があった傷痕は、推進力を作る為のブースターに変えて。
閉じられた密室の中を、縦横無尽に跳ねては飛び回る。
片足での跳躍だが、その動きはやはり目では追えず……幾つものクレーターと、風切り音のみが、ペローの存在を証明する。
「逆に速くなった!? くっ!!」
緊急回避は間に合わず、爪撃を肩に食らってしまう。
迸る鮮血に顔を顰めながら、それでも、絶対に勝つ為に思考を回す。
『そこぉ!!』
───兎殺曲芸<ヘッド・スラッシャー>
そうして放たれる、頭部を狙った殺意ある攻撃。エーテならば避けられるだろうと信じて。この爪撃を次の攻撃の起点にする。
連続攻撃の始点を、狙われたエーテは……避けるのではなく。
「ふん!!」
マジカルステッキを横に構えて、爪撃を直に防いだ。
『ッ、お前、死にたいんスか!!』
ギシギシと拮抗する爪と杖の押し合い。上から攻撃するペローの方が、まだ分がある。そして、片足ブースターの推進力で、エーテの足元にクレーターができあがる。
それでも、エーテは負けじと攻撃を受け止める。
マーダーラビットの重さが、ブースターの勢いがのっているのにも関わらず、エーテは潰れず、それどころか杖で押し出す始末。
「エーテ〜!?」
ぽふるんの悲鳴も、今は聞こえないふり。
そんなエーテの捨て身の防衛に、ペローは汗を垂らして吠える。
『バカなんスか!?』
「バカじゃないもん!」
『はァ〜?』
「私、そんなに力はないけど……耐える気合いは、人一倍あるつもりだからっ……負けない!!」
『ッ、なら、そのまま押し潰してやるッスよぉ!!』
更に力を上乗せして、マーダーラビットの筋力を上げ。リリーエーテを仕留めんと、ペローもまた力を込める……その勢いに、身体を軋ませながらエーテは抗う。
負けたくない。
思わず受け止めてしまったのだから、これを乗り越えて勝ちたい。
「う、うっ、う〜!ぉ、りゃー!!」
そんな負けん気で、エーテは限界を超える。
唸り声と共に、杖に込めた魔力を大きく爆発させて……勢いのまま、マジカルステッキを振り上げる。代償として腕が悲鳴を上げるが、それは我慢。
力の押し合いに競り勝ち、マーダーラビットを天井まで打ち上げる。
『ッ、うぉ!?』
「はァ、はァ……どんなもんだい!私、まだまだやれるんだからッ!!」
そのまま止まらず、エーテは強烈な一撃をお見舞する。
「夢想魔法ッ!<ミラクルハート・カノン>!!」
杖の先端から迸る夢の魔力が、大きく渦巻いて……悪夢目掛けて、大いなる浄化の砲撃を放つ。
世界を呑み込む桃色の極光が、アクゥームを狙う。
『くっ、まだまだァ!!』
【ラーラー、ビーッ!!】
───時間魔法<クロノスヴォイド>
───兎殺曲芸<ナイトメア・マーダーカノン>
───時間魔法<アクセル・プリテンダー>
対して、天井に着地したマーダーラビットは、口腔から強大な出力の魔力砲を放つ。ペローの時間魔法で加速させ直撃した攻撃の時間を止める魔法も添えて、迎え撃つ。
魔法少女と三銃士の砲撃は空中で激突。
お互いに譲らない拮抗状態を、またしても作り上げ……押し合いを再開する。
『もう執拗いんスよ!!』
怒声を上げて、ペローが魔法の出力を上げるも。
「なに、言ってんの……執拗いのが、諦めが、悪いのが!魔法少女でしょう!?」
『ッ!?』
エーテの咆哮にたじろいで。彼女の強い意志が乗った、ユメ色の極光に全てを押し返される。意地汚い魔法少女の本気の砲口に、ペローの勢いが負けてしまう。
なんとか体勢を立ち直して、食い下がろうとするが…
時間の加速も、停止もものともしない、ユメ色の極光は止まらない。
【ラ〜ッ、ビーッ!!!】
マーダーラビットの必死の抵抗も、最早意味を成さず。
「悪夢よ、晴れろーっ!!」
【ラッ、ラビッ、ビィィィィ───ッ!!!】
『くっそ!これだから魔法少女は!脱出脱出……うそぉ、緊急脱出ボタン壊れてる!?』
「はァ───!!」
ユメ色の極光が、マーダーラビットを貫通して……そのおぞましい悪夢の器を、ユメの光に溶かしていく。悪夢を完全に浄化する魔力の光に、逆らえず。
ペローを乗せたZ・アクゥームは、沈黙と共に消滅。
床にコロンと、素体となった包丁ウサギのぬいぐるみが落ちた。
「……やっ、た?」
「エーテ!すごいぽふ!っ、大丈夫ぽふか!?」
「ぽふるん…うん、大丈夫だよ。ちょっと、痺れるけど。まだいける」
張り詰めていた息が乱れ、エーテは床にぺたんと座る。疲労もあるが、腕の痛みがキツい。無茶をしすぎた、敵の想いを受け止めんと、抗ったのがいけなかった。
それでも後悔はしないと、エーテは戦闘を振り返って。
ふと、いつになってもペローが出てこないことに、漸く意識を割く。
「ベロー…?」
まさか、浄化の光で木っ端微塵に消えてしまったのか。そう焦って呼び声を出すと。
後頭部を、コツン、と指で弾かれた。
「いたっ!?」
「ぽふ!?」
「だーから、ペローだって言ってんでしょ。わざとなのかマジなのか、判別つかないとこまでいってるからね?」
「……よかった、生きてた」
「死ぬか」
無傷のペローが、しゃがんでエーテを小突いていた。
この男、咄嗟に時間魔法<ユート・クロノスタシス>で時間を止めて、浄化消滅していくマーダーラビットの核をこじ開けて脱出したのだ。
危うく死にかけたのは本当である。
「っ、かぁ〜……今日こそは勝てると思ったんスけどね。大人として情けねぇわ」
「……そんなこと、ないと思うよ?」
「お世辞はいらねーッス」
「そっか…」
戦意を削がれたペローは、エーテの隣にドカッと座って溜息を吐く。もう戦う気はないようだ。
決して、敗北を見越して日和っているわけではない。
「本当なら、ここで蹴りの一発二発でもぶち込むべきなんでしょうけど……まぁ、キャラじゃないんで。ここいらで終わりにしてやるッスよ」
「上から目線やめてよ。負けたんでしょ」
「第二ラウンドがご所望で」
「私はいいよ?」
「……これから連戦確定なのに?」
「うぐっ」
ペローの指摘に、エーテはまた苦しそうに顔を歪める。なにせ言われた通り。三銃士との戦いを経れば、これ以降他の幹部との連戦が待っているのは自明の理。
手足の痺れも残ってる中、肉弾戦を繰り広げるのは……甘いことを言うが、避けたいところ。
負けたくはなかったペローだったが、Z・アクゥームの浄化で自分は負けたと認めた。
ここで殺り合うのは、ビルの担当だと思っているので。
……後は、このタイミングでリリーエーテと対話したい気持ちもあって。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「ん?なに?」
「……なんで諦めねぇの?魔法少女云々とかは、ちょっと横に置いてさ。オレらのボスが、どれだけ強いか、頭ではわかってくる癖に……なんで抗うわけ?」
「えぇ…今更?」
「るっせ」
ペローはわからない。負けるかもしれないのに、最悪、死ぬかもしれないのに……二代目首領と戦う選択を選んだその理由を。その想いの根源を。
幸せな悪夢という、手っ取り早い選択を捨てたわけを。
そう問われたエーテは、難しそうに顎に手を添え、暫く考えて…
「……やっぱり、一人で突っ走ってほしくない……から、かなぁ」
脳裏に過ぎるのは、一人で全てを解決した、あの背中。
「お姉さんが提示した悪夢の世界の方がいいって言う人が多いことも、知ってる。そっちの方が幸せに生きれる人もいることだって、頭ではわかってる。でも……お姉さんのそれは、間違いだって、一度でも思っちゃったなら、さ。もう、戦うしかないじゃん?頑張って抵抗して、私たちの想いを受け取ってもらうしか、ないじゃん?」
「……まぁ、あの人がそういう気質なのは、今に始まったことじゃないッスけど」
「ね」
要は、気持ちのぶつけ合いなのだ。エーテたちの想いとアリスメアーの想い、ムーンラピスの願いが、真正面からぶつかり合って、最後まで立っていた方が勝ちなだけ。
エーテはなにも、全て姉に任せるつもりはない。
リリーライトだけで本気のムーンラピスに勝てるなど、楽観視するわけがない。
戦うのだ。
最後まで。
「諦めたら、置いてかれちゃうじゃん?だから、私たちは追いかけるの。あの人の手を、ちゃんと、掴めるように」
「……そっスか。随分と健気なことで。感動したッス」
「嘘つけ!」
その理由にペローは納得した。誰だって、置いてかれてそのままなのは、会話もなく終わりなのは嫌だろう。その気持ちは、ペローにも当て嵌る。
自分の上司になった憧れを、少し羨ましく思う。
こんなにも健気に背中を追ってくれて、その綺麗な手を掴もうとしてくれる後輩が、3人もいるのだから。
本当に、羨ましい。
「……ったく、青春ッスねぇ」
負けたら見限られる、なんてことはないだろうけど。
足止め役をちゃんとしたことぐらいは、褒めてもらえるだろうか。
そう締め括って、ペローは立ち上がる。そのついでに、エーテの両腕に回復魔法をかけてやりながら。
敗者は、大人しく去るのみ。
「えっ…」
「激励だよ。精々頑張って、現実を見て、やっぱ無理って絶望してきな」
更に指を弾けば、秘匿されていた扉が音を立てて開き、外への出口が現れる。
座り込んだエーテを無理矢理立たせて、背中を押す。
「ペロー……うん。大丈夫。私、絶望から立ち直るのは、もう慣れてるから!」
「ハハッ、そいつは誇ることじゃないでしょうに…」
最後に笑顔を見せて、エーテは駆け出す。道中、静かに会話の終わりを待っていたぽふるんも拾って、廃城の外を目指す。
「今度、一緒に戦お!宇宙人相手に、ね!」
最後に約束を取り付けて、魔法少女は扉を潜った。
「……まったく、本当に未来ばっか見て……負けること、ちょっとは考えといた方がいーんじゃないんスかねぇ……まぁ、オレっちには関係ないか。
かぁ〜……最後ぐらいは、勝っていいとこ、旦那たちに見せたかったなぁ」
ほんのちょっぴり悔しがって、床に落ちたぬいぐるみを拾って。そうしてペローは、勝者を見送った。
心の内の闇は、多少は晴れた。
素直に、自陣営の勝利と、魔法少女たちの祈りが通じることを祈って。
幕を引く。
───“祝福”のリリーエーテvs“逆夢”のペロー
勝者、リリーエーテ。