115-最終決戦!魔法少女vsアリスメアー
───幕が上がる。
日本の空が闇に染まる。あまねく世界を照らす陽光は、夜の象徴たる満月によって隠された。日輪を残さず、月に全てを食われる。
真っ白な円環が世界を見下ろす、その現象。
皆既日食。
日本どころか、世界が、地球全てが月の闇に覆われて、光を奪われる。暗闇から逃れようと、ポツポツ灯る地上の明かりは心許なく。
【悪夢】が、世界の底より這い寄って───待ち望んだ運命の日を迎える。
「───…始めるよ」
玉座に坐した魔王の号令で、なにもない空が震撼する。空間から溶け出すように、再建された城が、魔力を伴って現出する。
破滅を齎す悪夢の決戦場───夢空廃城、顕現。
地球に生きる人類の命運を決める、魔法少女と交わる、最後の決戦。その戦いの狼煙が、今上がる。
午前の夜に浮かぶ廃城の門が開き、閉じ込められていた怪物たちの咆哮が、気配が、魔力が世界を震わせる。
狂気を伴って、無数の夢魔が地上へ降りる。
悲鳴が、怒声が、辺りに響き。アスファルトの街並みが無惨にも瓦礫へ変わり、逃げ遅れた人々が犠牲になる……その前に。
「やめなさーいっ!」
「一般人に、迷惑かけんじゃないわよ!!」
「決ッ、戦!じゃー!!」
リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズの3人、新世代の魔法少女が躍り出る。各々の魔法を使い、地上へ進出するアクゥームとトランプ兵を蹴散らす。
最速の浄化、鎧袖一触の速討伐、ハイスピードな戦いが繰り広げられる。
:がんばえー!!
:すごい、強くなってる…成長したね……!
:これだから魔法少女を推すのを止められないんだ!
:がんばれ!勝て!
:応援してるぞーっ!!
「みんなーっ!頑張れーっ、ぽふ!!」
戦いの後方で、サポートに回ったぽふるんは配信魔法のコメント欄を通して送られる、視聴者の応援の声を魔力に変えて、魔法少女たちを強化する。
時折魔法少女たちを掻い潜ったアクゥームに見つかぬて襲いかかられるが、危なげなく避けて対処。
契約者たちの邪魔にならないよう、精一杯体を動かしてサポートに入る。
強くなった新世代に皆が抱くのは、安心感。たった半年程度の戦いだが……着実に、戦いに出る度に成長している魔法少女たちに、応援の声が止まらない。
……そして。
あらかたアクゥームを蹴散らした魔法少女たちの元に、新たな敵影が近寄る。
「年貢の納め時ッスよっ!!」
「ん。終わり」
「ハッ、仕舞いと行こうじゃねェか!えェ?魔法少女さんよぉ!!」
中空に浮かび、立ちはだかるのはアリスメアー三銃士。これまでの戦いを通して、幾度も正義と死闘を繰り広げた悪夢の尖兵たちは、熱烈歓迎で魔法少女を迎え撃つ。
三者三様に魔法を放ち、魔法少女の進路を妨害する。
「そうだね……決着、つけよっか!」
いの一番にエーテが飛び立ち、夢想魔法で悪夢の弾幕を消し飛ばして、まず因縁の、初めての敵であったペローに向けて、マジカルステッキを振り上げた……
その時。
真っ先に攻撃を向けられたペローが、ニヤリと笑って。指をパチンと弾き───…
魔法少女たちの視界が、一変する。
「ッ、転移魔法……、みんな!?」
「ぽふ!?」
気がついた時には、自分一人で。石畳の広い大部屋……扉も窓もない廃城の一室に、一人一人、個別で、魔法少女たちは閉じ込められる。ついでに、ぽふるんも転移魔法に巻き込まれて、エーテと同じ部屋に飛ばされていた。
そうして対峙するのは……勿論、三銃士。
「悪いッスね〜。最初から、こーするつもりだったんス。各個撃破で、美味しいとこは全部取り!」
「……いーよ、成長した私の実力、突きつけてあげる」
「おー、怖い怖いw」
リリーエーテには、“逆夢”のペローが。
「お願い、負けて」
「……ごめんね、それは無理。だから、戦うよ!!」
「……そう」
ハニーデイズには、“歪夢”のチェルシーが。
「ここまで来るのに、随分と時間がかかった……もうそろ負ける気になったんじゃねェか?なぁ?」
「ありえないわね。残念だけど、今日も連敗記録更新よ」
「言ってくれるッ!」
ブルーコメットには、“禍夢”のビルが。
因縁のある魔法少女と三銃士が、各々与えられた戦場で激闘を繰り広げんと、魔力を練り上げる。
今まで以上の戦いになると、魔法少女は力を込めて。
いつも以上にやる気を出した三銃士は、自分たちの力を最大限に引き出す。
その為に。
「ッ、うさぎのぬいぐるみ……?」
「ご明察。でも、こーんな戦場に持ち込むぐらいなんだ。用途はわかるッスよねぇ?」
ペローは、魔法で手元にウサギのぬいぐるみを召喚し、この三日間込め続けた魔力を解放する。禍々しい魔力の色を胎動させるその人形に、エーテは顔を顰める。
それでも、止めることはしない。
「……いいよ。使って」
「……へぇ?どんな心積りで?」
「勝てばいいもん。それに、これが最後……あなたとの、最後の戦いなんだから!!正面切って、あなたの全てを、打ち砕いてあげる!!ねっ、ぽふるん!」
「うん!魔法少女は、負けない!僕はそれを、いっちばん知ってるぽふ!!」
エーテの宣誓に、ぽふるんの自信満々な声に、ペローは笑みを浮かべて応える。
そこまで言うなら、生半可な成果は見せられないと。
その身に宿す悪夢の力を、フル稼働して───世界に、突きつける。
「いいッスねぇ!!でも、そうこなくっちゃ!そんじゃあ派手にいくッスよッ!!リリーエーテぇ!!
悪夢に逆さま落ちちまえ!!《夢放閉心》ッ!!」
詠唱を終えた瞬間、ペローの身体は光り輝き……妖しいウサギのぬいぐるみの中へと溶けていく。
そして、巨大化。
綿の身体は次第に命を帯びて、手に持った包丁は本物の金属へと変化する。ボタンの目には意思が宿って、裂けた口からはヨダレが垂れる。
折れた片耳はそのままに、何処か愛嬌のある、それでも猟奇的な夢魔が顕現する。
三銃士を内包する“Z・アクゥーム”の、決戦仕様。
『マーダーラビット!殺戮の時間ッスよ!!』
巨大な肉切り包丁を持った、殺人ウサギのアクゥームが動き出す。
───同時刻。
「こいつが秘策さ……なァ、ブルーコメット。テメェは、蛇が天に昇って龍になる、なんて逸話を知ってるか?」
「……曖昧だけど、聴いたことはあるわ」
「ならいい。そんでよぉ……トカゲって、蛇に手足つけたようなもんだよな?」
「そうかしら…?」
だだっ広いドーム状の部屋で、石トカゲのぬいぐるみを力強く握るビルが、対戦するブルーコメットに問答する。正確には、海に千年、山に千年棲みついた蛇は龍になる、という言い伝えなのだが。
その言い分で、自分にも適用されないのかと、疑問符を浮かべる。
あまりに無理があると首を振るコメットに、ビルは一応納得してみせる。
「まぁ、これからやることには関係……あるのか?いや、ねェのか?」
「どっちなのよ」
「……どっちでもいいか。取り敢えず、これで負けても、文句は言うなよ?」
「ふんっ!こっちの台詞よ!!」
勝気なコメットに、ビルは笑って───手元のトカゲ、悪夢のぬいぐるみの魔力を暴走させる。爆発的な、全てを呑み込む悪夢が、鳴動する。
深化する。
怪誕する。
「さぁ、物語の終幕を。完全勝利を、我らが首領サマに、届けてやろうじゃねェの!!
禍いの悪夢に、飲まれろッ!《夢放閉心》ッ!!」
詠唱と共に、ビルの身体が光り輝いて……ぬいぐるみに溶け込んでいく。
鳴動する光に従って、人形は巨大化する。
否、異形化する。
最初は、ただのトカゲだった。四足歩行の、石のような鱗を持つ怪物。だが、成長に伴って……その背に、巨大な竜翼が生えてきた。岩の尾はより強靭に、棘まで生やす。背中を伝う棘は、首まで届いて……より凶悪な化け物へと姿を作り替えていく。
蛇は竜に。なら、似ている蜥蜴も竜になるだろうと……そんな暴論の、完成系。
『リーサルドラゴン……さぁ、蹂躙だ』
咆哮が轟き、世界を震撼させ……破壊龍のアクゥームが暴れ出す。
───そして。
「本当は、こんなことしたくない……なんて、甘えたのは言わないけど……でも、あなたは私の悪夢を否定する……だから、こうするの」
「……そっ、か。でも、あたしは、現実がいい……かな。勿論、チェルちゃんと一緒に、生きたいかな」
「そう……やっぱり、平行線だね。もう幸せなあなたと、不幸な私じゃ」
そこは、子ども部屋のようだった。
パステルカラーの壁紙。積み木が床に積まれ、ボールがコロコロと転がる。落書きのような、可愛さのある絵からおぞましい絵までが、床に落ちている。
その一枚を拾いながら、チェルシーは静かに笑う。
どこまでいっても平行線。立場も、価値も、存在意義もかけ離れた友との訣別。
親に恵まれたきららと、恵まれなかった寝子。
きっと、違いはそれだけなのだろうが……その違いが、
あまりにも大きな隔たりを作っている。
「御託はいいよ。好きにやろう……正しさなんて、私にはいらない。幸せな悪夢こそが、私が苦しみなく生きられる楽園なんだって、私は信じてる!!」
「ッ、あたしだって……辛い現実だって、手を合わせればどうにかなるって、知ってる!だから、諦めない!!」
「負けないからッ……!」
「こっちこそ…!」
あのチェルシーが声を張り上げて、掴んだぬいぐるみの悪夢の魔力を蠢動させる。もう、配信魔法を通して、他の三銃士がZ・アクゥームを顕現させているのは見ている。
それに倣って、チェルシーも魔力を波立たせる。
……でも、それだけじゃあ勝てないことを。目の前の、生まれて初めて、自分に、打算も嫉妬もなにもない、ただ屈託のない笑顔を向けてくれた親友には、頭がいいだけの自分では勝てないことを、知っている。
だから。絶対勝つ為に……最高の手札を、ここで切る。
「あなたの相手は、この私。でも、私だけじゃない!!」
召喚する。この手で作り上げた、天才たる己の証明。
高性能の人工知能。自分が、自分たちが楽できるかもと設計して、監修をして、そして作り上げた……正真正銘、機械仕掛けの神様。
球体の器に秘められた、その技術を。ひけらかす。
ATO HA MAKASETA くん───ATM、だなんて、軽い識別名称を付けられた人工知能、真型自動悪夢集積機が、悪夢を練る。
「幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢もッ!もう、ぜーんぶぜんぶ、悪夢に歪んで終わっちゃえ!!
───《夢放閉心》!おいで、Z・アクゥーム!!」
全ては、幸せな悪夢の中で───傷つかず、苦しまず、永遠に幸福に浸る為に。
大好きな母親と、友達と、仲間と、生きる為に。
願いを込めて、草臥れたネコのぬいぐるみを改造する。光に身を溶かしたチェルシーと人工知能に呼応し、ネコのぬいぐるみも光と共に二つに別れ……
凶悪な笑みを浮かべて、膨れ上がる。
丸かった爪は伸び、細く尖って床を傷つける。ボタンの魔瞳は、本物のように爛々と輝いて。ピンク色の怪物と、シアン色の怪物が、嗤う。
もう、止まらない。
悪夢の中を緩く闊歩する、何処までも自由で不自由な、幸せな化け猫たち。
『サイコキャット・ツインズ───バイバイ、親友』
二対の化け猫は、主の命に従って……大好きな友達に、爪を立てる。
魔法少女と三銃士の最後の戦いが、遂に幕を上げた。
꧁:✦✧✦:꧂
───もし、魔法少女が3人だけならば。足止め役など、三銃士だけでよかった。それ以上の戦力なんて、わざわざ用意する必要なんてなかった。
だが、ここに。
もう一人の魔法少女が……伝説と謳われ、蘇り、世界に君臨した英雄がいる。
一足遅く、わざと足並みをズラした勇者が、空を翔ぶ。
光の軌跡を黒空に残して、勇者───リリーライトは、戦場を突き進む。
アクゥームの壁も、包囲網も、妨害もものともせずに。進路を邪魔するモノは鎧袖一触で切り刻み、必要最低限の接触で押し通る。
後のことなんて考えずに、ただ愚直に突き進む。
そうしていれば、より強力な妨害にあうと、心の隅ではわかっている。
「幽閉魔法───!」
「夢煙魔法…」
見兼ねた幹部陣の魔法が、リリーライトを閉じ込める。透明な四角い箱に格納されて、苛立ちから衝動的に聖剣を叩きつけようとすると、牢屋の中が煙に満ちる。
それは、夢を見せる魔法。
それは、幻を見せる呪い。
“棺”のオーガスタスと、“夢喰い”のルイユ・ピラーによる巧みな連携妨害。
……だが、その檻は。リリーライトを、たった三秒しか封じれない。
「嘘やろ?」
「うーん、足止めは無理そう」
「───本当、邪魔するのだけは得意だよねぇ…雑魚は、下がって?」
極光の一閃が、黒空を引き裂き。邪魔に入った怪人をも軽々と退けて、リリーライトは進軍する。
オーガスタスの悲鳴も、ルイユの叫びも聞こえない。
歯向かう敵を死なない程度に切り捨てて、アクゥームは浄化殲滅する。
目指すは廃城、その最奥───無論、その道を阻むのは彼らだけにあらず。
石の塔を飛び跳ねて、魔法少女の死神が狂気に呻く。
「Urrrr───…r、リリ、rrrrrッ!!!」
魔法少女狩り、“崩政薨去”クイーンズメアリーの大鎌が天より振り下ろされる。
だが。
「邪魔」
容赦のないリリーライトが、それを許すわけもなく。
あらゆる希望を背負った極光が、クイーンズメアリーの胴体に血花を咲かす。
「───!?」
「あなたとの死合は、また今度」
「ッ」
落下していくメアリーを更に踏み台にして、更に高く、廃城の奥へと跳躍する。目的地まで一直線。一息で跳んだ彼女を邪魔できるモノは、もうなく。
光の煌めきが、彼女の軌跡を描いて。
あらゆる障害を乗り越えて、斬り捨てて。光の勇者が、玉座の間に降り立つ。
「ようこそ」
「歓迎する」
無骨でありながら荘厳である、悪夢の城の最奥に坐す、二つの頂点。
玉座に腰掛けるは、裏切りの魔王。蒼月の魔法少女。
その膝の上に乗るのは、かつて世界を滅びに近付けた、もう一人の魔王。
ムーンラピスとリデル・アリスメアーが、話を聞かない侵入者を迎え入れる。
「悪いけど、時間をかけるつもりはないんだぁ……すぐに終わりにしよっか」
「残念。でも、それは無理だよ」
短期決戦を望むライトに、ラピスは影の差す笑みを返し否定する。だって、そんなのつまらないから。それこそ、自分が敵として、悪役として立つ舞台が、飴を舐めるより早く終わってしまうなんて、耐えられないから。
決戦の意味は、世界を悪夢に閉ざすか否か。
その運命をわざわざ委ねてやったのだから、ゆっくりと遊んでいけと、蒼月は嗤う。
「本当は、出す予定はなかったんだけど……折角なんだ。是非とも味わってほしい。というか……出し惜しみなんてよくないし、ね?」
「へぇ……一体どんなの…か、…は?」
「ふふっ」
自分との勝負を焦るリリーライトに、最後の防壁が五つ立ち塞がる。その異物を見て、彼女の赤色の目は、動揺で見開かれ……
それを従える元相棒を、信じられないモノを見る目で、見つめる。
「っ……そっか。それだけ、追い詰めちゃってたんだ」
わかっていたことだ。
わかっていたはずだ。
あの存外寂しがり屋の片割れが、真の同胞と言っていい彼女たちに、希望を見出さないわけがないと。前例が六つあるのだから、もしかしたらを切望するかもしれないと。ライトは、気付くべきだったのだ。
例え、手遅れだったとしても。
「実験は失敗した」
「魂は、降りなかった」
「でも」
愛でるように、並べられた五体の人形を、中身を失った空っぽの入れ物に、期待を込める。
どうか、踊ってくれと。
祈りを捧げる。
「形だけはできたのだから……愛でるより、使った方が、気持ちがいい」
一体目は、青い髪の木偶人形。眼鏡をかけ、その手には二つに別れたハサミを持った正義執行人。
二体目は、刀を持ったポニーテールの侍。
三体目は、鬼の角を持つ、雷太鼓を背負う狂戦士。
四体目は、ゴシックロリータに、ヘッドドレスをつけた幼子の人形使い。
五体目は、絵筆とパレットを愛用する、若き芸術家。
その全ての人形に、見覚えのある面影がある。見た目は生身のニンゲンのようで、その実、心のないただの人形、兵器である模造品。
「マギア・マリオネット───その邪魔者をぶっ飛ばせ。君たちの勝利を、また、この僕に見せてくれ」
「本っ当……油断も隙もないよねっ、ラピちゃんは!!」
───“正義”のキルシュナイダー
───“斬魔”のモロハ
───“雷精”のオルドドンナ
───“傀儡”のマペットプリマーレ
───“色彩”のイリスミリエ
精巧な複製たちが、アリスメアーの戦場に、奏者の糸で動き出す。
リリーライトvsムーンラピスの前哨戦、ここに開幕。