114-夜へ向かう
草木も眠る丑三つ時───日にち的には、決戦の当日。アリスメアーの本拠地“淵源の夢庭園”からは遠く離れた空の空、“夢空廃城”にて。
暗闇に浮かぶ幾何学な迷路、非科学的な魔法陣。
尖塔は曇天を貫き、闘技場のような円形フィールドには闇が蠢く。
絶望が浮かぶ決戦場、廃城を取り囲む石の円環の縁に、怪人たちが腰掛ける。
「只事じゃないッスよね〜、本当」
「……んぅ…私は、悪夢の方が…いいから……ちゃんと、がんばる…」
「おう、そうしろそうしろ。戦う理由なんざ、人それぞれなんだからな」
アリスメアー三銃士。
魔法少女を辞めて、マッドハッターとなったラピスが、手ずからに選んだ特別……選ばれし者たち。今の世の中に絶望して、憎悪して、諦めて、それでもと足掻く、悪夢の尖兵たる幹部たち。
選ばれたという特別感。この人についていくと、人類の敵になっても構わないと豪語する三人組。
あるのは忠義。
あるのは恩義。
好奇心と信頼と、あらゆる全てを綯い交ぜにした混沌と心中する。
「これから最終決戦、か。あんま実感湧かねぇ〜」
地上よりも近い位置にある星々を眺めながら、ペローは半年以上にも及んだ魔法少女との戦いを振り返る。たった半年と言えばそこまでだが、それでも濃密だったと言える戦いの日々。
マッドハッターに命を救われ、利用され、それでいいと納得した男の一人。
手元の懐中時計を弄って、敵意の滲む夜空を睨む。
ペローにとって、魔法少女は憧れである。自分とは違う明るい世界を生きていながら、戦う道を選んで、死んでも結果を残し続ける英雄たち。
誰一人として、無駄死になどなかった。
その姿勢に、後から映像を見て知ったペローは、密かに憧れた。その一端を担う最強の手駒であれることは、彼が持つ自慢話の中でも最大の自慢でもある。
希望を知ってしまったからこそ、怪人は敬意を表する。敬意をもって、新世代に挑む。
「んにゅ…大丈夫……負けないから…」
眠気眼を擦りながらも、チェルシーの瞳には強い戦意が宿っていた。大恩ある保護者、親愛なる王へ捧げる忠誠と感謝。その一部を、ここで返す。
本当なら死んでいた自分を、もう一度見つけてくれた。
蒼月に戻ったあの人の為ならば、死んでもいいと思えるぐらいには、チェルシーは彼女を慕っていた。
……気付かぬ内に仲良くなってしまった友との戦いは、もう今更である。
お互いに正体がわかってしまった時点で、訣別する道は決まっていた。そこに軋轢も、後悔も、あまりない。今、あるのは……やるのだという確固たる意思のみ。
チェルシーは好きだ。
夢之宮寝子は好きだ。
アリスメアーの歪んだ環境も。実は魔法少女な友人との密かな交流も。お眠りな怪人となった、自分自身も。
嫌いなモノはあまりない。
……昔はあったかもしれないが、どうでもすぎて、もう忘れてしまった。
「ねみぃんなら寝てろよ…」
船を漕ぐ猫の背を、片手でやさしく支えてやるビルは、とうとうこの日が来たかと覚悟を決める。悪に堕ちてからずっと覚悟していたことだ。
悪夢の尖兵、偉大なる蒼月に選ばれた精鋭。
その自負をもって、彼もまた挑む。かつて掲げられた、血濡れた正義よりかはマシだろうと。
死んでも生きて、抗って。
マッドハッターに最も扱き使われた男は、日本の為に、世界の為に、悪となった魔法少女の提案を受け入れた。
真に倒すべき敵は、魔法少女ではない。
この天上にいる───あの日、伝説たちと互角の戦いを繰り広げた、あの蛇だが。
その前の前哨戦。歪な形で人類を守ると決めた蒼月に、彼は付き添い続ける。
「みんな幸福な夢って、どんな夢なんだろう…」
「さあな。そんなのわかるわけがねェ……整合性なんかもどーなんのかは知らねェが、あの人なら上手くやんだろ。俺らは、それを支えるだけだ」
「そーそー。てか、オレらが深く考えても無意味だよね。流れに身を任せるのが吉よ」
「……それもそっか」
「思考停止か」
「いーんだよ」
三銃士は、ムーンラピスの計画を肯定した。否定なんて言葉は出なかった。
幸せな悪夢の世界。字面は最悪だけど、まあいいかと。
世界に仇なす悪夢となって。魔法少女の敵となって……後ろ指を差されようとも気にしない。ユメ計画、悪意なき蒼月の最善策を、彼らは肯定する。
辛い現実なんていらない。
戦いばかりの世界など以ての外。
そも、魔法少女に頼りっきりでなんとかなる世界など、ない方がいい。
勝利後の世界で三銃士に与えられた役割は、蒼月により作り上げられた【悪夢】の管理。
リデル・アリスメアーが統括する、幸せな悪夢。
その補佐として、夢を夢だと認識して、理解しながら、女王の手足として働くこと。
そこに異議は無い。異論もない。与えられた職務ならば真っ当に熟す、そういった人間ばかりを、ラピスは主観で選んだのだから。
「本気でやっていいだとさ」
「本気以外にねェだろ……逆に手ぇ抜けって言われたら、本物か疑うぜ」
「だね」
チェルシー達は、徐に異空間からあるモノを取り出す。それは、魔法少女たちとの最後の対立である決戦に向けて用意した、三銃士の手札。
その見た目は───各々の怪人要素をモチーフとした、ぬいぐるみ。
包丁を持つウサギ、草臥れたネコ、石のようなトカゲ。
何処か猟奇的な人形に、三銃士は夜な夜な魔力を込めて準備をする。魔法少女に勝つ為、魔法少女を負かす為に。絶対的勝利を、首領に捧げる為に。
その下準備は、既に完成している。
「そんじゃ、勝つぞ」
「うゅ……デイズなんかには、負けない…」
「あっ、指名制なのね?そんじゃあオレっちは……んー、誰にしよっかな〜」
「エーテだろ」
「エーテ一択」
「選択権ないの?」
「ない」
対戦相手は既に決まっている。3人で同時にやるのは、互いの攻撃が大きすぎて連携が崩れてしまう。首領からの戦闘命令は、各自でやりたいようにやれというあんまりなお達しのみ。
故に選んだのは、分断作戦。
魔法少女たちを妨害する、いや、討伐する役目は、敵を各個撃破することで果たすのだ。
別に、後に控える6人の最強たちに、戦果を譲る必要はないのだから。
「城の構造の把握もできた。段取りも完璧……後は実戦で証明するだけだ」
「負けて見限られるのだけは、勘弁ッス」
「……あの人が、そうそう手放すとは…思えないけど……いらないって思われるのは、嫌だから」
三銃士は誓う。
アリスメアーに。
ムーンラピスに。
同胞たちに。
勝利を。
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「よろしいのですか?」
アリスメアーの幹部補佐、メードは思う。
幸せな【悪夢】の世界。きっとそれは、素晴らしい程の安寧に満ち足りた、不足のない世界なのだろう。けれど、その悪夢の中に、彼女が仰ぐ唯一の“人”の幸福は、あるのだろうか。
「私は、うるるーに全てを委ねた……あやつがそうすると決めたのならば、その意思に付き合うのみ。それが、私の残された存在意義であり、共犯者、ムーンラピスに負けた女王のやるべきことだ」
「殊勝なことで…」
「なんだ、メード。オマエは嫌なのか?」
「……そういうわけでは」
「ふむ」
リデルの意思は揺らがない。かつて、世界を悪夢の力で滅ぼそうとしたのは、紛れもなく本人の意思。魂の隅まで悪夢に染められていようと、決めたのはリデル自身。
そこで敵対した蒼月は、今や彼女の共犯者。
かつての行いを責めるのではなく、渋々とではあるが、受け入れてくれた元宿敵。
お互いに、思うところはある。
それでも利害は一致した。共通の敵をもって、魔王達は手を組んだ。
これは、その最初の一手であり、人類への最後の慈悲。
女王は反対しない。何故なら、リデルは根本的に人類を軽視しているから。どうでもいいと、悪夢から解放されたその日から、眼中に無いから。
あるのは、星喰いという自分を殺せる脅威への恐怖と、強烈な殺意のみ。それを出力するのは、今ここにはいない魔法少女だが。
地球を放棄して悪夢の世界に逃げるのは、別にいい。
蒼月から押し付けられた夢を、自分は新たに統治して、人類を管理するだけ。
億劫なのは、それぐらい。
……もし仮に、ムーンラピスが破られたとしても。別に構わないと思うぐらい、リデルは達観している。どちらの結末でもいいと、受け入れていた。
逆説的に言えば、相棒の勝利は信じてはいない。
どちらに転んでも悪い結果にはならないと考えていて、ある意味信じている。
「嫌な信頼ですね」
「そうでもない……私はな、これでもうるるーの“幸せ”を祈ってるんだぞ?」
「左様で」
勝っても負けても、ムーンラピスは、宵戸潤空ならば、必ず希望を掴み取るだろうと。
信じている。
故に。
自分は、リデル・アリスメアーは、悪夢の終わりまで、後釜を支えてやるだけ。
それが、どうしようもない世界を何とかしようとする、健気な魔法少女への“愛”である。
「ククッ……さぁ、決着と行こうか。魔法少女」
ムーンラピスの意地と、リリーライトたちの意地の……そのぶつかり合い。それを一番近い場所で見届け、相棒の手助けとなるのが、今のリデルの使命。
幸せな【悪夢】こそが最善だと信じる子どもを、王威で支えて、守るのだ。
運命の日は、すぐそこに。
次回、決戦