113-もう登れない、大人の階段
お蔵入りにするのも勿体ないから出します
結局主人公は悪い子なのだ
「いやぁ、悪いね。ついてきてもらってしまって」
「……別に。まるでダメなおっさんをサポートするのも、上司の務めだもん」
「耳が痛いな」
決戦二日前。僕は、無理を言って怪人になってもらったこの男、オーガスタスことオリヴァー・トラウトと共に、欧米のとある人工島を訪れていた。
目的は、とある人物との……歓談?顔見せ?
ぶっちゃけた通り、別にやんなくてもいいんたけど……それじゃあ気持ちの収まりがよくなくて。今回も出資者に無理を言ってついて来た。
いや、連行しに行ってるが正しいのかな?
……この前、一応お詫びも込めて、彼だけ返した時に、結構なたんこぶができてたのを思い出す。うーん、流石に僕まで殴られることは、ないよね?
暴力に訴えかけられないといいなぁ。
痛いのやだもん。
「ここ?」
「ここだねぇ…」
連れてかれたのは、大豪邸。財閥連合のお偉いさんたるオリヴァーが所有する、トラウト家の別荘の一つ……この閑静な人工島に建てられた、最愛への高い贈り物。
正直言って、萎縮してしまう。
だってそうでしょ。魔法少女だって普通の女の子だぞ。こんな大豪邸、住まんし立ち寄らんし……一応、こいつの豪邸とは何回か縁があったけど、慣れるもんじゃないし。小市民で悪かったな。
……ねぇ、なに固まってるの。早く開けろよ。鍵もってるんでしょ?
「いや、だって怖いじゃん…」
「それでも一家の大黒柱かオマエ」
「……女の君に言ってもわかんないかもだけど、ねぇ……いや、サンシャインに喩えよう。今の私を君だと思って、相手を彼女だと思たまえ」
「……」
成程、既にお話済みとはいえ、確かに気不味い。でも、ドアホンに指を添えたまま固まってるのはさ。本当に邪魔でしかないからさ。
ここは心を鬼にして……いつものことか。
情けないオリヴァーの代わりに、その指を押して住民に来訪を報せる。
「あちょ」
『───はい』
「……ぁ〜、私だ。今、帰った」
「僕もいるよ」
聴こえてきた女の人の声に、白旗を上げたオリヴァーが帰りを告げる。それに続いて僕も存在感をアピールして、開けてとお願いする。
別に鍵は持ってたとしてもね。扉の向こうにいる彼女に開けてもらうのが、なんかいいらしい。
愛だね。よくわかんないけど。
わかんなくていーや。
そう顔を逸らしていると、重厚な扉が音を立てて開き。姿を一目見るだけで、息を飲むような……比喩表現なんて言葉の羅列じゃ足りないぐらい、美を称えたくなっちゃう金髪の女性が現れる。
「あら、帰ってきたのねダーリン。ブルームーンちゃんもいらっしゃい」
“美”の塊。生きる芸術品。透き通る声に呼ばれてしまう幸福に、溶けるように身体が多幸感と全能感で支配されるというとんでもない現象を引き起こす、金髪の美女。
魅了魔法でも持ってるのかと疑わしく思ってしまう程、完成された存在。
ティファリエ・トラウト。オリヴァーの、たった一人の美人妻だ。
「こんちゃ」
「こーら、挨拶はちゃんとしなさい?」
「こんにちは」
「いい子」
ちょっと怒られたから、言う通りにしたらやさしく頭を撫でられた。
えへへ。
マフィアの妻なのに、なんでこんな母性あるんだろね。生きてたのが広まってから、こうやって撫でられるようになったんだけど……悪くない。
あっ、そもそもマフィアだって知らないで付き合って、マフィアだって知ってからは言えよこんちくしょう!って英語で叫んでぶん殴ったんだっけ?その後もオリヴァーの熱烈な好き好きアピール食らって、あっさり堕ちたみたいだけど。
……現役マフィアをぶん殴って、報復に来た鉄砲玉にも勝つとか、この人見掛けによらず強いよね。極道妻って、こういうのなの?
うん、魔法少女になってたら絶対ドリームスタイル獲得できてたぞこの人。僕が言うんだからそうなんだ。かなりすごいと思う。
「決戦?だかが近いんじゃなかったの?」
「大丈夫。準備はもう終わってるし、各々やりたいことを好き勝手にやるだけだから……これでも二年間、ずーっと身体の調整やってたんだ。今更鍛えるとか、そーゆーのはやんないよ」
「自信満々ねぇ〜。流石だわ……でも、喧嘩はダメ。早く仲直りしさいね?」
「……ん」
なんだろ、二年経ってから母性爆発というか、親として真っ当になってるって言うか……すごい真面目なこと直に言われて、こっちがタジタジになる。
……あと、ティファさん?そろそろ、所在無さげな男に言及してあげて?
可哀想。
「……なによそんなとこに突っ立ってて。邪魔じゃない」
「えぇ、すごい辛辣……そこはこう、おかえりなさいとかないの……?」
「……あぁ」
「ナチュラルに忘れられてた!?」
「ごめんなさいね。あと、お金稼ぎだけのあなたには別に言わなくてもいいかなって……ねー?」
「ねー?」
「オワァ…」
同意したら泣いちゃった!でも仕方ないよね。そもそも家を蔑ろにしてたヤツが悪いし。全面的にティファさんの味方だからさ、僕は…
そんなふうに玄関で楽しく騒いでいれば、人が来るのは当然で。
「───あっ!パパー!」
明朗快活、明るく陽気な美声が、とてとてと足音立てて廊下を駆ける。元気に笑うその女の子は、きゃっきゃっと声を弾ませて父親、オリヴァーに抱き着く。
一週間ぶりの父の帰宅に、娘、エヴァンジェリンは心底嬉しそう。
「おお、エヴァ!今日は一段と可愛いな!っと、こーら、それは危ないぞ〜」
「きゃー♪」
お腹に攀じ登る愛娘に、オリヴァーの顔面はデロデロ。うわぁキモい。でも、あれが典型的な父親像なのだろう。僕は知らないから、よくわかんないけど。
……あっ、エヴァちゃんが僕に気付いた。
うわぁ、頬っぺたぷくぅ〜ってなった。そうだよねぇ、そうなるよねぇ。
「ちらい!」
「うーん、嫌われてる」
「パパをかえして!」
「いーよ。もういらないから」
「いらなくないもん!!」
「……愛されてるね」
「ね」
ご覧の有様である。この子視点だと、僕はオリヴァーを誑かす悪女なのだ。大変不愉快だが、面白いので訂正してない。そうだね、僕がいるとこのマダオ、僕に付きっきり厄介ファンになっちゃうもんね、そりゃ嫌だよね。
申し訳ないから返送しようかなって思っても、返送物がすごい首振るんだよね。
オマエの優先順位どうなってんの?
ファンとかオタクって、趣味一直線だと捨てられちゃう可能性考えてないの?僕たちのグッズ集めに必死になって誕生日プレゼントを忘れるところだったんだって涼しげに言われた時は、本当どうしてやろうかと思ったぐらいだ。
マジでどうしようもないな。愛情はあるのに、出力具合おかしいのどうにかしろ。
「はい賄賂。これで許してちょーだいな」
「! ちゅーくりーむ!ゆるす!たべたい!!」
「おやつに食べな」
「ありがとうね。ほら、上がって上がって。今日は一緒にディナーにしましょ?」
「家族団欒に異物混入を…?」
「なに言ってるのよ……あなたも、サンシャインも、私のもう一人の娘のようなものなのよ?」
「……そう」
何故か歓迎ムードの親子、特にデザートで機嫌を治したエヴァちゃんに手を引かれて、豪邸の中へと引き摺られていく。おかしい。さっきまでの警戒は何処へ。
……ティファさんの家族云々は無視だ。
僕には似合わない。
「……おかえりなさい」
「……あぁ、ただいま」
今更小っ恥ずかしいのか、僕たちには聴こえない距離で伝え合う声には、気づかないフリをした。
あ、ちゃんとディナーは美味しかったです。まる。
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「飲むかい?」
「……一応、肉体年齢は未成年なんだけど」
「おや、悪役になったのだろう?ならば、今更法の番人に怯えるものかね」
「むぅ…」
晩酌に誘われた。それも、月がよく見えるテラスで。
普通に断ろうと思ったけど、オリヴァーは平気な顔して嘯いてくる。まあ確かに、と思える内容だったから、渋々丸め込まれてやる。
……お酒かぁ。飲めるかな。一杯とか、ちょびっとでもいいかな。
「ワインはどうだ。ボジョレーヌーボーに選ばれたのを、先日献上されてね」
「やっぱマフィアだよねオマエ」
「気の所為ダヨ」
なんかヘンテコ名称の賞が多いって話じゃなかったっけそれって。あんま知らないけど……興味がある。ちょっとだけだけどね。
そのまま、誘われるがまま椅子に座らされる。
グラスに注がれたワインは、血のように鮮やかで、少し目を奪われる。
目線で促されたので、受け取って、一口。
「どうかね」
……うーん。
「よくわかんない」
「ハッハッハッ!!そうかそうか、ブルームーンにはまだ早かったか!」
「うるせ」
独特の苦味?甘み?成程、とは思うけど……好き好んで飲みたいとは思わないなぁ……大人になったら、また違う感想が出せるのかな?
取り敢えず、出されたモノは全部飲む。
? イッキ飲みはダメ?ツマミを挟め?わかったよ……あっこのチーズ美味しい。
センスいいな…
そうやってチビチビと赤ワインを飲んで、オリヴァーの晩酌に付き合う。
深い味わいってヤツだった。
「……本当は、成長した君と飲みたかったのだけどね」
寂しそうに告げるオリヴァーからは目を逸らす。そりゃ死んでんだから、成長もなにもない。歳を重ねるなんて、もうない。僕はずっと、子どものままなんだから。
そうちょっと早い大人の階段を登っていると、ガラリと窓が開いた。
「パパー…?」
寝惚け眼のエヴァちゃんだった。
「あーっ!いけないんだー!ママー!!パパ、ラピちゃとおしゃけのんでるー!!」
「ちょ待っ、エヴァ?エヴァ!?」
「───あ〜な〜た〜?」
「帰るね。ご馳走様」
「置いてかないでッッ」
「あなたの居場所はここよ」
「はい」
巻き添えでバチくそ怒られた。後から知ったんだけど、この男、黙って悪の幹部になった制裁で禁酒命令出てたんだってさ。ふざけてるよね。
巻き込まないでほしい。
でも、まぁ……こうやって怒ってくれる奥さんがいて、オリヴァーは幸せだね。
お幸せにと思いながら、まだ説教されてるオリヴァーを置いて帰った。
「ブルームーン、気を付けてね。お友達のこと、ちゃんと大事にするのよ?」
「……うん。わかった」
やさしい忠告は、心の引き出しに入れておく。
大丈夫。わかってるから。ちゃんとぶつかりあって……勝って言い聞かせるよ。穂希と僕の関係は、暴力があってこそだもん。
……物騒だな?