110-決起集会とは名ばかりの宴会
───PM 3:00
魔法少女の配信サイトに、何の予告もなく一本の動画が開設された。編集済みの録画ではなく、生配信。いつもの戦いの動画か、いつも通り応援しようと興味を持っていた人々の手が、放送の出処を見て、止まる。
あの奇跡の日から、沈黙を貫いていた彼女の配信枠。
遂に、“お茶会”とは名ばかりのR18-G指定必須の激ヤバチャンネルが動き出す。
:ktkr
:なになになにするの
:ちょっと今地上波大混乱なんですわ
:地球の命運は如何に!!
:国会も大混乱
:魔法少女と会談を!アリスメアーと接触を!ってすごい紛糾しまくってるからな…
:多分この人気にしないと思うよ
:知ってる
:草
一気に群がる視聴者たち。彼らは理解している。世間の騒がしさも、混乱も、このチャンネルの主は一切気にせず放置するだろうと。
無視して、あっそうと切り捨てることを。
だからといって、言論統制はされていないので、全員がコメント欄を通して口々に文句を言うのだが。ちなみに、今まで視聴者及び偉い人たちの悲痛な思いが通じたことは一度もない。
蒼い月の下、デフォルメされた燕尾服の小さな少女が、ティーテーブルに座って紅茶を啜り、偶にこちらを見ては軽く手を振る……そんな待機画面。
数十秒、同じ映像が流れて……遂に。
画面が切り替わる。
「───こんにちは。僕だよ」
顰めっ面の、納得のいってない表情のムーンラピスが、画面いっぱいに映った。
:あっ顔がいい…
:突然のガチ恋距離
:心臓に悪い
:対岸に死んだ嫁さん見えた…
:茶化し辛いわ
:南無
「ん?あぁ、近すぎたか……失礼。ごめんね、ツギハギのゾンビ面見せちゃって」
:気にしないで
:そんな卑下しないで
:大変お綺麗ですよ
:これ以上ない“ 美 ”だと思う
:平気だよ
「ごめんキショい」
:酷くね?
画角を調整し直したラピスは、一方的に己を褒め称えるコメント欄に本気で気色悪さを感じてから、まあいつもと同じかとすぐにシャットアウト。
ラピピの上半身が収まった画面は、庭園を映している。
そこが何処かと視聴者たちが疑問に思う前に、第三者の声が飛んできた。
「ラピピーっ!準備終わったー?」
「……今、ちょうど始めたとこ。そっちは」
「万事オッケーモーマンタイ!」
「それ古いって先輩のこと煽ってなかった?よりによってオマエが使っちゃうわけ?」
「移っちゃった☆」
「可哀想…」
駆け寄ってきたのは、ゾンビ仲間のミロロノワール。
突発的にやると決まったそれの準備も終わったようで、少し離れた位置でLIVE配信を準備していたラピスも、もう逃げようがないなと腹を括って足を進める。
彼女の背を追従する配信カメラは、ラピピの手によって綺麗に整えられた庭園と、庭のあちこちに飾り付けられたガーランドや風船を視聴者に見せる。
どれもこれも百均で購入したパーティ道具だが、たった百円でこれ程賑やかな演出ができるのならば、一切問題はないだろう。
:なにするの?
:パーティ、でつか?
:このタイミンで?
「決起集会だってさ。多分、ただのどんちゃん騒ぎになる気がするけど。発案者は勿論あの先輩ね」
「ぶっちゃけ最初に言う人ってセンパイだけだよね」
リリーエーテ
:なんで私たちのこと呼んでくれないんですか?
ブルーコメット
:仲間外れはよくないと思います
ハニーデイズ
:まーぜーてっ!
「敵やん」
アリスメアー決起集会。配信主である月がいつも以上に独断専行しまくって、現代を生きる魔法少女たちと敵対。それどころか、人類の敵、地球の敵となって、悪夢として星の未来に立ち塞がる始末。
そんな思想犯とその賛同者たちが、決起集会を始めると宣言する。
「───いい?やることなすこと全部、楽しんだ人が勝ちなんだよ!!つまり!こーゆー時は楽しまなきゃ!!てかあたしがやってられない!ってなわけで〜、どぞ」
「丸投げかよ。まあいいいけど……はい、決起集会ってのやりまーす」
「雑ぅ」
ティーテーブルに腰掛けたラピスに群がる元魔法少女とアリスメアーの幹部たち。テーブルにはお茶会に相応しいティーセットから、場にそぐわない古今東西様々な地方の料理まで、色々な食べ物が雑多に配膳されている。
それら全て、参加者の要望を全部叶えてあげたラピスの制作である。
いらんことをさせられた苛立ちと、息抜きにはなったと嘆息したい気持ちに当人は苛まれているが。
閑話休題、かくして、アリスメアーとゾンビマギアの、楽しい決起集会が幕を上げる。
「勝つぞー!乾杯!」
「グビっ……おいこれ酒じゃねェか。誰だ持ってきたヤツ名乗り出ろ」
「私だが」
「えっ美味。これどこ産ッスか」
「それはだね…」
「はァ…」
オーガスタスとビル、ペローのコップには、赤ワインが並々と注がれていた。完全に酒盛りの体勢……比率的には未成年の方が圧倒的に多いのに。
まるでダメな大人略してマダオの成人組に、未成年組は冷ややかな目を向けた。
その様子も、ちゃんとLIVE配信されている。
ちなみに、視聴者の一部も晩酌を始めていた。どいつもこいつも気が早い。
「おいそのピザはオレ様のだぞ!!」
「いーや私のだね。バカ殿はそっちのマカロニサラダでも食ってろバーカ」
「えっ、ごめんってまだ怒ってる?ちな何に対して?」
「胸に手を当てて考え……ごめん、詰め物あって無理か。悪いことをした」
「テメェ!!」
カドックバンカーとマレディフルーフの一欠コンビは、昔のように啀み合って、貶し合って。
それでも、笑顔は絶えなくて。
「ゴリラのお姉様!」
「───ピッちゃんなんでそーゆーこと言うの?さしもの私も心がズタズタだよ?やめよ?そろそろ心のやわいとこ穴空いちゃうよ?」
「? でも鏡お姉様がそう言えって。喜ぶって前に囁いてくれたのです!」
「ノワちゃ〜ん???」
「やべっ」
ゴーゴーピッドの失言……その元凶を知ることとなったエスト・ブランジェが、憤怒の形相で遁走を図ったミロロノワールを羽交い締めにする。
きっと、和解するのは早いだろう。
すぐに音を上げるノワールのことだ。そう笑って、また視線を動かす。
「あーん」
「あむっ……うむ、美味い。流石は我が共犯者」
「これは中々…」
「タバコ吸ってきていいかえ?」
「Kill…」
「えっ」
リデルの口にスープを運ぶチェルシーと、お皿に大量の食材を盛って豪遊するメード。煙管を咥えて席を外そうとするルイユ・ピラーに、衝動的に死神の狩鎌を突きつけるクイーンズメアリー。
いつもと変わらずまとまりながなく、物騒な怪人たちにまたかと溜息を吐く。
「うぅ……私、場違いすぎでは…?」
【ハッツ!】
「あっ、えっと……ハット・アクゥーム、ちゃん?えと、どうしたの……?」
【ハッーっ!!】
「???」
一人静かにしていたアリエスの元に、ラピスの片割れでペットやマスコットとしての謎の人気が出てきたハット・アクゥームが近寄り、なにかを訴える。
どうやら、机の上の食べ物が食べたいのに、届かなくて困っていたら、暇そうなアリエスを見つけたようだ。
帽子頭の必死な訴えは、アクゥーム語を履修していない異星人には届かない。哀れに思ったラピスが、アリエスの代わりに御所望のプチシューを口元に運んでやった。
満足そうである。
「……ふん」
歓談の輪から一人離れ、マカロンを齧るラピスは、その楽しそうな光景に目を細める。
眩しそうに、辛ほうに、歯痒そうに。
昔のような敵対構図であれば、絶対に適わなかった……ラピスがいたからこそできあがった、奇跡。かつての敵が一つの意志の元、自分の周りに集う光景。
不可解とも言えるその有り様に自分が関わっていて。
これからそれを、ある意味で壊そうと、【悪夢】の中へ諸共沈めてやろうと考えている自分に、漠然とだが嫌気が差してくる。
「ラピスちゃーん……ありゃ、元気ないね」
配信を乗っ取って遊んでいたマーチプリズが、ラピスにどうかしたのかと話しかける。
その心配に、ラピスは大丈夫と手を振ってやる。
多分、考え過ぎなのだ。責務とか使命とか、そんなのに振り回されすぎている……ただ、それだけなのだ。後悔も絶望も、十分してきた。
その延長線なのだろうと、ざわめく心に蓋をする。
今はそれよりも、この楽しさを……決起集会という体の宴会に挑むのみ。
「では意気込みをどうぞ」
「今〜?えーっと……ユメ計画は決定事項です。オマエら外野に選択肢なんて高尚なモノはありません。全て黙って受け入れなさい。以上」
「それ宣戦布告とか脅迫じゃない?」
「えぇ?」
:酷くて草
:もっと手心というものを…
:意気込みをください
:脅迫やんけぇ
非難轟々、文句ばかりのコメントにそりゃそうかと一旦受け入れてから、急かすマーチに従って言い直す。
堂々と、悪辣に、世界の敵として。
「僕が勝つ。正義が悪に打ち勝つ物語、英雄譚は、みんなもう見飽きたでしょ?ここからは、勇者が魔王に負ける、そんな物語になる……リリーライトの対比として、魔王と僕を呼んだのは、他ならぬ君たちだ」
「魔王凱旋、勝つのは僕だ───現実社会に別れを告げる準備は済ませといてね」
「以上」
どうしても宣戦布告になった。
:ラピスちゃん様さぁ
:変わんなくて受ける
:言ってること物騒になっただけやん…
:応援してます
:ははーっ!
:魔王様万歳!魔王陛下万歳!!
:平服せよ…した
:殺さないで
「茶化すな馬鹿ども…」
いつも通りである。