107-休める時に休もう
将星side
ちなみに主人公、アクゥーム召喚以外では【悪夢】の力をまだ使ってないです。
魔法少女の力だけで戦ってます。
───暗黒銀河、“極黒恒星”・某所
薬草院───宇宙を股に掛ける医療機関の廊下を、傷の手当てを終えた黒山羊の将星、カリプス・ブラーエが顔を顰めて一人歩く。
魔法少女と戦い、生還した……否、見逃された彼。
明らかに死んでいるのに動いている、不気味さが勝ったその女たち。己の異能が効かず、死んでも尚曇りない眼でこちらを追い込んだ、6人の怪物に、敗北した。
……正確には、突然現れた彼女たち以上に不気味な女に負けたのだが。
「魔法少女、か…」
聴けば全員未成年。徴兵するには若く、戦争倫理的にもあまり推奨できるモノではない。それが自分に通じる……否、軽々と越えていく程の実力を会得している。
死の森を克服、それどころか破壊できるその特異性。
自分でさえ、何十年と森の中に閉じ込められて、運良く適合できたから今があるのに。それを短時間で……ものの数秒で除去してみせた。
思わず魅了されてしまう程、卓越した術士の手腕。
欲しいと思った。師事を乞いたいと思った。それだけ、呪毒で孤独を強いられていたカリプスは、他者との関係に飢えていた。
……その呪いで、相手の星を少し蝕もうとしてたのは、侵略戦争だから仕方ないと無理矢理飲み込んで。
ついでに、自分を足蹴にした“青”を思い出す。
「……あの青いのが一番ヤベぇな。この惨状も、アイツの仕業らしいし」
窓から見える景色───たった三十秒で引き起こされた破壊の痕に、目を奪われる。“星喰い”に献上されて以降、暗黒銀河の象徴として、権威そのものとして君臨し続けたニフラクトゥの帝国。
その帝都が、魔城の一部が、瓦礫の山と化していた。
彼を含めた帰還組は、すぐに薬草院で治療を受けていたせいで、なにもできなかったのだが。
弾痕のないナニカ───聴けば、“光”に貫かれたという帝国の要所。皇帝が留守にした僅かな時間、皇帝が使った通り道を利用して侵入し、破壊を齎した“災害”。
そもそも、王に気付かれずにあの道を、「星の回廊」を通るなど、不可能なのだが。
ムーンラピスと名乗った、あの怪物。
皇帝と三十秒も渡り合い、三回も殺害に成功している、前代未聞の超越者。
もう一人の、“光”の出処だと思われる魔法少女もまた、最重要危険人物に認定されている。
「大変だったな?」
「本当だかに……死ぬかと思ったかに…」
「うぅ…」
同星がいる病室の扉を開けて、開口一番労ってやれば、漸く目が覚めたカニ、カンセールが苦虫を千匹潰した顔でそう呟いた。最後は虚無の目で空も見上げた。
リリーライトなる魔法少女に破壊された右拳を掲げて、自嘲気味に笑う。
その隣のベッドで、未だ痛みに呻くスピカにも、同情の視線が向けられる。
「テメェの“空”が破られるとはな」
「……概念勝負に持ち込まれまして。確かに、空では星は受け止められません。空間では、星を止めることも、星を遮ることもできません…」
「随分と殊勝な態度だな。お前ならもっとヒステリックになると思ってたぜ」
「お二人方、私のことどう思ってるんです?」
「異形差別女」
「陛下ラブチュッチュ」
「殺します」
垂直な答えを告げれば容赦なくへし折ろうとする、その野蛮な乙女から距離を取っていると……また別のベッドで呻き声を上げていた同星が声を荒らげる。
月の魔人の襲撃に抵抗して、そして負けた者たちが。
「あぁ〜!!あの青いの!次会ったら絶対殺す!あの目、あの目がウザい!!なんとしてでも!なにがなんでもッ、絶対にアイツを殺してやる!!」
「お兄様、落ち着いて……傷が開いちゃう」
「落ち着けるかァ!!この、この僕が!僕がぁ〜、あッ、死ぬッッッ」
「言わんこっちゃない」
「情緒不安定だなおい」
「ごめんなさい」
金髪碧眼の少年少女が、隣り合わせのベッドで騒ぐ。
双子の将星、2人で一つの座を共有する少年少女───カストル・ジェミニスターとポルクス・ジェミニスターの双星児。一番重傷の兄・カストルが騒いで、また血飛沫を身体から吹き出す惨劇を、妹・ポルクスが謝って止める。
普段はもっと理性的で……子供っぽいところはあれど、物静かなカストルなのだが。
今回ばかりは、敵への殺意が上回ったようだ。
そして普段からストッパーのポルクスも、これには少々参ってしまった様子。
「いやぁ、派手にやられたね。ハッハッハッ」
双子と違い快活に笑うのは、下半身が茶色い馬の将星。胴体の膨れ上がる筋肉に包帯を巻いた、比較的軽傷の男は仕方ないと頷く。
ベッドには横にならず、無事な馬脚で双子に近付く。
「サジタリウス!ヘラヘラすんな!」
「仕方ないでしょー?負けちゃったもんは仕方ないし……いやぁ、狙撃のその字もできなかったね。弓を構えた瞬間捕捉されて攻撃されたよ」
「嘘だろ?構えただけでか?」
「そ」
銀河一の狙撃手、サジタリウスは、困ったように笑って頭を掻く。カリプスたちにとって、狙撃を初手で潰された報告は青天の霹靂だった。
星一つ分離れた距離であろうと、百発百中の弓矢を放つこの男が。
なにもできず、得意の狙撃を放つ前に察知されたと。
死角なのに。魔力もなにも発していない、ただの動作で居所を発見されてしまったと。
そんな現実味のないボヤきに、否定したい気持ちばかり芽生えてくる。
「信じたくねぇかに」
「僕としては、君の拳が負けた方が問題さ。カンセール。君が打ち砕かれるなんて、前代未聞だよ」
「お互い様かに……本当に、両利きで助かったかに…」
「左拳で打てるの?」
「再生しないのか?」
「左右で威力は変わらんかに。再生は、何回か脱皮すれば問題ないかに」
「へー」
───これ程までに、将星が大敗を喫したのは初である。将星の内半分が、たった数分で壊滅するなど。本来ならば極刑もの、処分は免れない、が。
気分を良くした皇帝ニフラクトゥは、相手が悪かったと笑って赦した。
それほど、魔法少女という脅威に感動したらしい。
銀河全体で見ても上位に君臨できる戦乙女。何故今まで噂にならなかったのか……
これも全て【悪夢】のせいか。
結局、地球で過去現在なにがあったのか、情報収集すらできていない。
皇帝直々に身体を休めるよう、次の戦いに備えるように命じられた将星たちは、口勝手に敵への不満と、強者への敬意と、その対抗策を言い合う。
今度こそは。次こそは。
負けてなるものかと戦意を滾らせ、療養期間の内に次の一手を研ぎ澄ませる。
戦士ばかりの将星たちに、トラウマなんてものはない。勝利を渇望して、何度負けようが、這い蹲ろうが、心臓が悲鳴を上げようが、立ち上がる。
永遠に終わらぬ戦士蠱毒を生き残った者が、将星として名を馳せる。
皇帝に従い、時に逆らい、そうして歴史を紡いできた。
そんな宇宙の歴史の生き証人でもある将星たちの元に、2人の闖入者が現れる。
「こりゃあ壮観だ。随分と手酷くやられたもんだなぁ……我らが同星諸君」
「ふひっ、いやヤバすんぎ。魔法少女怖っ!すごっ!」
現れたのは、獅子の王レオードと、蠍の機械王タレス。正反対の2人は、病室に犇めく同星たちへ心配の文字など一欠片もない言葉を投げた。
見舞いのつもりはない。ただの見物である。
……タレスに限っては、伝聞でしか聞けていない推しの痕跡を見に来たのだが。
どちらにせよタチが悪い。
「レオードッ、テメェ……よく、俺の前に出れたな。この大ボケ野郎」
「ハッ、なんのことだかわからねェなぁ、ガキ」
レオードとの対面にカリプスが怒鳴るが、何処吹く風と軽く跳ね除けられる。
カリプスにとってレオードは敵である。
義妹であるアリエスが行方不明になった直接の原因だと勘づいているカリプスは、唆した、いや、計画した獅子を敵視する。
同時に3人もの将星を失う損失をしでかした男に、何故皇帝は裁きを下さないのか。
そんな鬱憤を、レオードは笑って無視する。
くだらない。
暴力と呪詛しかない男に、政治力を持つ金獅子が負けるものかと。圧倒的暴力の矢面に立たされても、その余裕は崩せないのだから。
暴力も権威も全て持っている男に、カリプスは悔しげに歯噛みするしかない。
その横で、空気を読まないタレスが怪我人たちに突撃。開口一番叫ぶ。
「ねぇねぇ、魔法少女と戦ったんでしょ?教えてよ。是非情報共有を!!」
「却下」
「嫌ですよ気持ち悪い」
「こっち来んな」
「帰って」
「死ね」
会話のテーブルにすら乗せてもらえず、撃沈。あまりの口の悪さと連携プレーにタレスはしおしおになり、遂には床と仲良しになった。
将星のコミュニティの中でも、レオードと並んで嫌いと揶揄されるだけはある。
……そんなサソリの異星人の情けない姿を見て、一人の男が疑問を抱く。
「……おい、変態野郎。テメェ、なんで魔法少女を知ってやがる」
「へ」
侵略と襲撃があってから、まだ時間は経っておらず……情報共有はできていないというのに。
何故知っているのかと、カリプスは首を傾げる。
「確かに。僕だって知ったのは、陛下から労いのお言葉を頂いてからなのに……タレス、何故だい?」
「エッ、いや〜、その」
それに追従するように、サジタリウスも疑問を呈する。突然問い詰められたタレスは、やっべ口漏らしたと慌てて目を右往左往させ……
頼みの綱であるレオードが、私知りませんとコーヒーに口をつけているのを見て絶望する。
味方はいなかった。
「……」
「……かっ、風の噂で耳にして?」
「おい野郎共かかれ。こいつの情報源を吐かず。ついでにそこの獅子もだどうせ通じてる」
「ハッ、なんのことだか知らねェな。だが、俺もそいつの情報源は気になる。好きにしろ」
「だとよ」
「この薄情者───ッ!!」
「おい」
「ハッ」
見捨てられたタレスが、スピカの異能で箱にされたまま尋問されるのを横目に、カリプスは窓を見る。消しかけた上で、あとは同星たちの制裁に任せた。
透明なガラスに隔たれた、暗い宙の遥か遠くを。
最早、隣の惨状など気にならず。尋問は適任に任せると放棄する。
「……アリエス」
今も何処かで閉じ込められている、妹分を想う。こんな呪いに塗れた己を見つけ、匿い、たった数週間の生活で、己を兄だと慕うようになってくれた少女を。
温かさをくれた少女を。
守るべき羊の妹───将星にはなるべきではなかった、か弱い子を。
「ククッ、心配か?」
「……何様のつもりだよ、レオード」
「おいおい、こっちは兄様を思って情報をくれてやろうと思ってんのに」
「あん?」
その背に嘲笑を投げ掛ける無神経男に怒りを向けるが、レオードは何処吹く風。知らんと笑いながら、カリプスが求める情報をボソッと告げる。
それは贖罪か、はたまた計略の内か。
背後の喧騒には気付かれないよう、小声で2人は言葉を交わす。
「この惨状を引き起こした女が、将星を2人討ち取って、オマエの妹を手駒にしたんだぜ?」
「ッ! おいおい、不安要素しかねェんだが」
「皇帝サマもざまぁねェな……安心しろ。あの魔法少女の監視下にはいるが、だいぶ丁重に扱われているみてぇだ。命に別状はない、らしい」
「……星間通信か」
「御明答」
ついでとばかりに報告書を渡され、カリプスは妹直筆の生存報告に漸く安堵する。相手が相手、油断は禁物だが。最早それ以上言ってはいられない。
自分を足蹴にした上、将星を何人も下した怪物の手元にいるのは困ったものだが。
生きているのなら、まだ。
取り返すのは難しいかもしれないが───接触する隙は作れるか。
「ちなみに今、アイツはその“蒼月”様お気に入りの枕だ。奪還は当分無理だろうよ」
「嘘だろ…?」
現実は非情である。
「不眠症改善を自分のことのように喜んでたぜ。ほら」
「……アリエスぅ……君は、なんで呑気なんだ……もっと危機感を持ってくれ…」
「本当にな」
妹分のあんまりな慣れ具合に頭を抱えながら、黒山羊は天を仰いだ。
お兄様、現実はもっと酷いです。
蒼月「枕」
夢羊「はぁい。オプションで頭なでなでと背中トントンもつけます?」
蒼月「寝具の分際で…んん…」
女王「おい私にもやれ」
眠猫「私も」
前 向 き