Side:逆夢 -崖っぷち夢生-
三銃士の軽い深掘り(矛盾)
───オレの悪夢は、███の形をしている。
なんも面白くない人生。大学まで適当に生きて、なんかいい具合に合格した職場で営業して、それなりに汗流して生きていく。それがオレの、過去の道程。
ニコニコ笑顔と弁舌で相手を煽てて価値を売る。
顔立ちの良さには自覚があったから、最大限にその顔を利用した。コミュ力なんかにも自信があったから、相手が隙を見せたらマシンガンのように言葉を重ねた。
人付き合いを真面目にやって、上手く生きてきた。
真っ当に、そこら辺の一社会人として、真面目に生きたつもりだった。
「……解雇、スか?」
突然のクビ宣告。なんでも、アリスメアーとかいう変な殺人集団のせいで景気が悪化して、うちの企業にも影響が出ちまって。人員削減とかそういうのにオレは選ばれた。
屈辱だった。ふざけるなって吠えた。
でも、聞き届けてくれるわけもなく。オレは路頭に迷う羽目になった。
晴れて無職になった後に家がアクゥームに潰されるわ、本当に酷い目に遭うことが多くなった。
……そんなオレの次の新天地は、裏町のホストクラブ。
素質があるとかなんとかでオレはホストに仕立てられ、衣食住の面倒を見てくれるオーナーに問答無用で雇用され働かされた。
びっくりしたし困りやしたが、生きる為には仕方ない。
数ヶ月で変わった日本の情勢にビクビクしながら、でもオレには関係ないと目を逸らして……ホスト業務に汗水を流した。
こういう時勢の時程、現実逃避に励む女の子は多いこと多いこと。かわいい子も多かったし、お金にもなるから、必死に口説いて、甘い言葉を耳元で囁いて、喜ばせて。
営業で築いた力を、女の子を虜にする為だけに使った。
そうすれば売上は右肩上がり。オレの評価は益々上がり大絶頂。
ここで新たな人生を謳歌するのも悪くないかも、なんて思っていたのも束の間。
「うっそだろあいつらッ……裏切るとかありえねー!」
特に悪どいことはせず、ただ求められるがまま女の子を可愛がる毎日。それが一変したのは、本当に突然で。突然怒声を浴びせられ、オレは、いきなり地獄へ真っ逆さまに叩き落とされた。
なんでかしらないが、同僚がパチッた金とやらがオレのせいになってた。
借金の肩代わりとかそんなんじゃないとか意味不明。
謂れのない罪を擦り付けられて、やったことにされて、追われることになった。
店もオレを損切りやがったし、頼れる味方は誰一人。
……ちなみにもう追われてない。全力で撒いてやった。我ながらよくやったと思う。
「はァ〜……どうすっかなぁ」
路地裏の日陰、あんまゴミとか汚れがない比較的綺麗な場所で一人立ち竦む。壁に寄りかかって、ズルズルと下に崩れ落ちる。
あーあ、あれでも頑張った方なのに。無駄になった。
あんなんでも充足感とかはあったんだ。店長には恩義があったから、少しでも借りを返せればと思ってたのに。
あの人、あっさり切りやがった。冤罪だっつーの。
なーにが店の為だ。評判ばっか見やがって……切るならやらかした本人切れよ。オレの方が営業成績よかっただろナメんな。
前職に続いて二度の裏切り。人間不信になりそうだ。
それから暫くは裏町の怖いおにーさんたちの監視の目を掻い潜りながら、夜闇に潜んでこそこそと生きた。
日雇いの仕事をこなして路銀を稼いで。
浮浪者の見た目だからって薬を売ってくるやべーのとか喧嘩売ってくるあぶねーのから逃げて、避けて、なんとか生き延びて。
ただただ無心に、生きる為に泥沼を這いずった。
……んまぁ、無理だったんだけど。まさか罪着せてきたヤツが執念深く追ってきて、グサッと刺してくるとか。
回避は無理だった。真正面から腹に、こう。
「げほっ、オェッ…はァ、はァ……クソ、あんにゃろ……キモいんだよマジで……」
クソ野郎をなんとか伸して、気絶させて。殺しちまえばあいつらと同じ底まで落ちると思えば、殺す勇気なんかは湧かなくて。
殺意と怒り、憎しみを押し殺して、生存を模索する。
なんか、なんかないのか?まだ死にたくない。生きて、生きなきゃいけない。ジジイになって、高額納税を逆手に豪遊するのが、夢だったんだから。
……そう、夢だ。オレには夢があった。ガキの頃、もう忘れちまった小さな夢が。
こんなとこで死んだら、夢もクソもない。
「死にたく、ねェ……!」
正義のヒーローになりたかった。そういうのに憧れた。最後の魔法少女が悪いヤツの首魁を討って……行方不明になってから、半年ほど時が経った秋の夜。
真ん丸お月様に照らされて、オレは壁にズルズル背中を押しつける。
視界が霞を帯びていく。憧れた現代のヒーローに脳みそ焼かれて、オレでも頑張れるんだと、軽いコメント一つで元気づけてくれた蒼い月に想いを馳せる。
お礼を言いたくなった。潰された家から逃げる時、あの悪夢からオレを守ってくれた人に。
結局言えなかったあの後悔が、今更胸に爪を立てる。
ありがとう、ごめんなさい。生きろって言ってくれて、本当にありがとう。
もういない人がいるであろう場所に、そう言紡いで。
───こいつでいいか。
そんな死にゆくオレにその手を伸ばしたのが、帽子頭の変な女だった。
気付いたらベッドの上で。なんか頭に生えてる兎の耳に戸惑ったオレは、自分が生きていることの驚愕と、なにが起きているのかという疑問、恐怖に脳を停止させた。
カーテンを開けて現れた帽子の女に告げられた言葉で、オレの頭は更に真っ白になった。
───おはよう。我々は新生アリスメアー……そうだな、残党だとでも思ってくれて構わない。
───瀕死の君に怪人細胞を植え付け生還させた。
───君には悪いが吾輩たちの手駒として生きてもらう。無論拒否権は与えない。
───なに、怖いことなんてないさ。
───あるのは悪夢。死にたくないと願って、無意識にも悪魔の手を取った君が悪い。そうだろう?
───歓迎するよ。ようこそ、アリスメアーへ。
問答無用、容赦の欠片もない勧誘に、オレは気付いたら首を縦に振っていた。命あっての物種とか、流されたとかそういうのじゃなくて……本当に、気付いたら。
見た目も所属も怪しいし、普通は拒絶するんだけど。
だってオレの家ぶっ壊したり、職場追い出される原因がそいつらだし……そう頭ではわかっていたのに、何故か。
……なんでかな。あの帽子頭に抱いたのは、恐怖とか、憎悪とかじゃなくて……意味のわからない安心だった。
わけがわからぬまま、命を与えられたオレはあの人らの傘下に入った。
兎の耳と尻尾が生えてたのは、本当どうかと思うけど。
「なーなー?帽子屋の旦那はなんでここにいるんだ?」
状況を飲み込んで、お得意の順応性で環境に慣れて……魔法少女の敵になったんだなぁ、なんて思うようになったある日。城の廊下ですれ違った上司に声をかけた。
帽子頭の異形、“お茶会の魔人”マッドハッター。
そう名乗る彼女に、揶揄いを込めて旦那呼び。普通なら首を刎ねられる不敬発言だけど……そこそこの付き合いで距離感は掴めた。
この程度ならこの人は怒らない。というか、女王サマも配信画面で見た時よりも穏やかで……その、ガキンチョになっちまってたその人から、画面越しに感じた殺意とか、怒りとかを向けられることもなかった。
思っていたより悪くない雰囲気の新天地で、オレの素の歯に衣着せぬポジティブさで話しかける。
縫い付けられた半月の目に睨まれるが、それだけ。
……女性相手に旦那呼びはまずい?うるせー見た目でも行動でもイケメンなんだよこの人。
「何故、何故か……何故だろうな。君達と違い、気付けばここにいた。あとは流れだ。特にこれといった理由も……崇高な想いも、吾輩にはない」
「……なんか意外。オレらとそんな変わんねーじゃん」
「ククッ、とはいえそれは過去の話……今の吾輩になら、確かに野望と言えるモノがある」
「え」
勿体ぶって言葉を遮って、そこから出た彼女の言葉に、オレは目を瞬かせた。
───吾輩の夢見る先は、この青い星を悪夢に閉ざした、その先にある。
君がその光景を見れるかは、今後の働き次第だがな。
……ちょっと気になって根掘り葉掘り聞こうとしたのは悪くないよな?
だから、まぁ、なんだ。マッドハッターが語るそれを、この世界が悪夢に閉ざされた後の物語ってのを、なんだか見たくなったんだ。
悪いことをしている自覚はある。でも、嫌いじゃない。
同僚たちも、以前の職場と比べて大分良くって。彼らが裏切ることはないだろうな、なんて漠然とした思いが胸に落ちてきて。
そのままズルズル一年半、オレはアリスメアーの幹部、三銃士として魔法少女と戦う道を歩んでいる。
恩知らずの行動だけど、そこはまぁ寛大な心で、な?
なーに、オレも同僚も、マッドハッターも、女王サマも世界を滅ぼすつもりはないんだ。楽観的に考えてるけど、そう悪いことにはならないと、オレの直感が言っている。
だから信じてみることにしたんだ。オレは、あの人を。
「そんじゃー、その夢、悪夢にならないように、今の内に願掛けしときますね」
「……成程、最後は神頼みか」
「たりめーでしょ!」
願えば叶う。今のオレは生き生きしているのだから。
ヒーローじゃなくて魔法少女の敵になっちまったけど、それも悪くない。だって、敵であれどかっこいいキャラに憧れるのは、男のサガだろ?
……本当の夢はヒーローと敵対する悪役だった、なんて口が裂けても言えねぇや。
や、ほら。死ぬ時ぐらい見栄張りたいじゃん?それよ。
さて。
「おし……幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢も。全部全部全部、悪夢に逆さま落ちちまえ!
───《夢放閉心》、いでよ、アクゥーム!!」
オレはペロー。三銃士が一人、“逆夢”のペロー。
この世界を悪夢に閉ざす、新たな敵。今ばかりは、その配信画面に載ってやるよ。
魔法少女の敵とか、オタク心にぶっ刺さるしなー!!
要約:
ベロー「だからペローだってば……んんっ、命を救われた恩を返す為に、一先ずアンタらの言いなりになるぜ。あと魔法少女の敵とかウマ味だから、頑張るぜ!」
人を信じたいエンジョイ勢は、壊れた心に夢を見る。