106-世界で最も濃い三十秒
たった三十秒の攻防戦。地球最強の2人と、宇宙最強が激突するだけの……それでも地球が悲鳴を上げる三十秒。
夢ヶ丘の上空で、二対一の構図で三者は激突する。
「極光魔法っ!」
「月魔法」
「“星の骸”・“七つ子の呪い”・“終天の宙”───<クラン・ディザスター>」
魔法が激突する。曇り空を引き裂く極光が、月の魔力の連鎖爆発が、“星喰い”ニフラクトゥに襲いかかる。対してニフラクトゥが放ったのは、星を創る魔法。
世界が震撼する。
地球が泣き喚く。
星一つが歪んでしまうほどの質量、存在が、地球の空に形成される。
生まれたのは、惣闇色の禍ツ星───存在するだけで、宇宙の全てを喰らい尽くすモノ。
放たれた魔法を消滅させ、余波で地球を滅ぼす力の塊。
対面するだけで吐き気を催す精神汚染に、見た者全てが悲鳴を上げる。
小手調べと言うには程遠い、あまりに殺意の高い力に、真正面に立った少女は……笑って応える。
マジカルステッキを変形させた聖剣をもって、斬る。
「“聖剣解放”───<リヒト・エクスカリバー>ッ!!」
聖剣に内蔵された魔力が、暴風のように吹き荒れ始め。
光の輝きが、蠢動する岩の塊を過ぎ去って───破滅の衛星を両断する。浄化の極光が残骸を消し飛ばし、残滓の悉くを消滅させる。
魔法をも呑み込む概念を、更に強い概念で斬り捨てる。
リリーライトの想像設定により、“ありとあらゆる脅威を乗り越える”属性を付与されて、本当にどんな相手だろうと一歩先を、勝てる未来を切り開く聖剣となった、魔法。
イマジネーションによって成立する奇跡の剣に、敗北は許されない。
「ほぅ───!」
一刀両断された禍ツ星に、感嘆とする声を上げ、皇帝は心の中で喝采する。並大抵の強者であれば、初撃の顕現で撃沈していた。
それを、たったの一手で破壊してみせた。
衛星を壊すことで生じる副産物、繁殖する呪いまでもを浄化して。
驚嘆するニフラクトゥは、残り24秒を有意義に使う。
「次だッ!!」
「───月魔法<シャドウムーン・クラッシュ>」
「ッ!」
追撃に転じようとしたその背中を、ムーンラピスの手が無造作に触れて。ニフラクトゥの身体を覆う防護結界に、月の輝きが炸裂する。浸透する破壊の力は、彼の身を守る防護結界を、瞬く間に粉砕。
ガラスのように砕け散った結界片を無視して、ラピスは同魔法を連続発動。
ニフラクトゥの無防備な背中に、殺意が突き刺さる。
咄嗟に身体を捩ってラピスを突き放し、ニフラクトゥは内から魔力を爆発させることで対処。
「よくやる、なっ!」
───■■魔法<コズミックストーム>
この程度では殺られやしないと、ニフラクトゥは反撃。その身に纏う暗黒星雲を掴み、雑に大きく振り回して……宇宙嵐を発生させる。
濁った虹色が、2人に襲いかかる。
「うわヤバそ」
「どうでもいい───たかが嵐、それがどうした」
「えっ」
軌道上の星嵐を切り裂いたライトの隣で、ラピスは天に手を伸ばす。
いつの間にか、その手には悪夢の力が渦巻いていて。
「《夢崩閉心》───来い、ゴナー・アクゥーム」
異空間の裂け目が開き、ラピスの……マッドハッターの呼び声に従って、三体の夢魔が顕現する。
それは、かつて魔法少女に弑され、浄化されたもの。
残骸を繋ぎ合わせて、中身のない空っぽの人形として、再び常世に産声を上げるもの。
悪夢が蘇る。
───“暴食婦人”マルガレーテ
───“卵の王”ハンプティダンプティ
───“怪竜壊夢”コーカスドムス
再誕。
「こやつらは…」
「やれ、マルガレーテ」
「━━━っ!」
ツギハギの意思なき怪物、口だらけの暴食婦人が、顎を大きく開いて───宇宙嵐を吸い込む。全てを飲み込み、食い尽くす胃袋は、この程度の災害で怯むわけもなく。
空を脅かしていた宇宙嵐は、全て捕食された。
「なんてことだ……ククッ、すごいな!地球の生命は!」
まさか食べられるとは思っていなかったのか、動揺したニフラクトゥだが……すぐに立ち直り、星嵐を新たな形で出現させ魔法を行使。
悪夢の怪物を屠らんと、宇宙嵐の斬撃が吹き荒ぶ。
「壁」
「ギギィィィ───ッ!!」
「うわぁ」
それをコーカスドムスが壁となって防ぎ、逆に捕食……取り込んだ宇宙嵐を、自分の力へと変換。
星喰いの魔法を、怪竜が掠め取って変換する。
殺意の塊がお返しされて、防御したニフラクトゥの腕が少し傷つく。
「我の魔法を……む?」
「「Hello!」」
「邪魔だ」
何度目かの感嘆に目を見開いていると───目の前に、貴族服を着た卵が現れる。無言で飛びついてくるそれを、ニフラクトゥは乱雑に手で払う。
邪魔だと跳ね除けた卵は、気持ちの悪い笑みを浮かべて殻を割って……
破裂。
「ごふっ、っ?」
瞬間、ニフラクトゥも吐血した。
「…これ、は……そうか、死の因果の押し付けか!!」
ハンプティダンプティの能力、手を掛けた相手を殺す、因果律の操作。どれだけ強大な存在であろうと、関係なく殺害する最強の怪人。
吐血の原因、胸が引き攣る感覚、身体から力が抜けて、冷たくなっていく。博識なのか、ニフラクトゥは死に行く原因を即座に突き止めるも、時既に遅く。
その力は、ニフラクトゥをも絶命させ───…
「面白い!!!」
一瞬の硬直の後、目をかっぴらいて笑い出す。
死んでいた細胞は再び動き出して、全身に新しい血液が送り込まれ、死を迎えた肉体は急速に稼働を再開する。
ニフラクトゥは確かに死亡した。
死亡した上で、すぐに復活───不死なのか、それとも残機を持っているのか。
久しぶりの死にニフラクトゥは狂喜乱舞。
魔法少女たちにもっと見せろ、もっとやってみせろと、何事も無かったように攻撃を再開。
死を克服しているニフラクトゥに、死という脅しは最早通用しない。
「不死かよ」
「うわっ、クソ厄介───あと何秒!?」
「9」
そうして最後に始まったのが、超至近距離での肉弾戦。拳を、足を、剣を、尾を、全てを使った殴り合い。たった九秒の戦場で、目にも止まらぬ速さで殺し合う。
魔法は無粋。最早、身体強化に使う以外の余地はなく。
純粋な物理戦闘で、お互いの命をすり減らす。
吹き飛ばされてビルが吹き飛んだ。拳圧で空が割れた。瓦礫が跳ね飛び、大地は巡れる。
土煙が天まで昇り、無人の街を破壊する。
本気の殺意。 九秒、三十秒と言うには、あまりに濃密な死闘は。
遂に幕を閉じる。
「ハッ、踊れるではないか───あぁ、だが。惜しいな。時間のようだ」
魔法少女の拳に、胸を貫かれても尚───傲慢に笑う。
平然と笑うニフラクトゥは、三十秒の死闘を名残惜しく仕舞いにする。自動再生持ちのニフラクトゥとラピスは、既に怪我らしい怪我は癒えており。唯一生身のライトは、上手く立ち回ったのか軽傷で済んでいた。
それでも血濡れで、痛みを我慢して平静を装っていた。
凄まじい惨状の街から目を逸らして、ライトはラピスの横で敵を睨む。
……ついでに、人がいる領域に流れ弾がいかないように後方で頑張っていた後輩たちの視線からも逃れるように。
化け物を見る目だった。
「残念だが、オマエたちとの座興はまたいつか。今回は、ここで引かせてもらおう。今は配下のケアをせねば───いずれまた来る。その時は、存分に楽しもうではないか」
「二度と来んな。こっちから行く」
「熱烈だな」
三十秒の約束を律儀に守って、ニフラクトゥは上機嫌で帰還を選択する。全てを破壊する皇帝では、五百年ぶりの帝都襲撃に興奮すると共に、三十秒も自身と戦える強者に喜びを感じていた。
戦闘狂の思考である。
久しぶりにワクワクさせてくれたお礼だと、暗黒星雲を侍らせて門を潜る。
「あぁ、だが……素直に帰るのも、我らしくはない、か。受け取るといい」
「嘘つき」
「三十秒ルールは?」
「許せ」
最後に、掌から拳大の暗黒球体を生み出して、ポイッと放り投げて。
「ふざけんな!!」
「ライト、斬って」
「は?逆襲撃犯のラピちゃんがやるべきでしょ!」
「できるからやった。それだけ。文句あるなら君も行けばいいじゃないか」
「確かに」
「お姉ちゃん納得しないで!!」
「すまそ」
全てを喰らう暗黒球体───ブラックホールが起動し、瓦礫となった街と廃船を飲み込んでいくのを、死んだ目でラピスは横投げした。
間近にいて吸収の影響下にいないのは、位相をズラしているからか。
対処を任せられたライトは、騒ぎながら聖剣を抜刀。
ブラックホールという小手先の技を、特異点を生み出す破滅を両断し、極光で滅殺したライトにもドン引きの目が方々から再び向くが、それは横に置いておいて。
敵の親玉が襲来するという未曾有の危機は、単独襲撃とおもてなしによって無事に終息した。
それはそれとして。
「ラピちゃん?お説教だよ」
「ラピピー?こっち見よっか」
「ラピス!そんな危ないことはメッ、ぽふ!」
「お姉さん???」
「うるるー」
勿論この後、ムーンラピスに説教と肉体言語の“お話”があったのは言うまでもない。
「侵略者を侵略し返してなにが悪い!!」
この後、めちゃくちゃ街修復した。
皇帝「互角の戦い!楽しい!」
蒼月「知ったこっちゃねぇ4ね」
極光「もっと斬らせろ」
外野「ラスボスと張り合えてるこの人たちは一体……?」