104-黒山羊包囲網
黒山羊vs屍兵6の追いかけっこPart2です
乙女座はカット!
「なんッ、なんなんだ、今の……スピカの奴まで吹き飛びやがった……あ、戻ってきた。頑丈だなあいつ……いや、そうなるとカンセールが気絶してんのおかしいだろ」
「ちょっとお兄さーん、逃げないでー」
「死の森を克服した奴らと殺り合えるかっつーの。普通に遁走するわ!」
二度に亘る衝撃、母艦の大破と打ち上がる天女に驚き、それを成し遂げた魔法少女たちにドン引くカリプス。正直言ってヤバいの一言しか出てこない。
黒く染まった空間も極光に掻き消され、フルーフの手で無いものになった。
自分なりの決戦フィールドをあっさり解除され、かなりやる気を失った状態で、カリプスはゾンビマギアたちから距離を取る。
無闇に戦いを選んで敗北すれば話にならない。ならば、そもそも戦いを成立させなければいい。そう、今のように逃げ惑って、自分の勝利条件を書き換える。
宣言済みであるもう一つの目的……いなくなった“妹”を見つけ出す方が、優先順位は高い。
……既に、魔法少女たちの反応から、探し人がこの星にいることはわかっている。口を割らないなら、勝って敵に聞けばいい。最初はそう思っていたが、あまりにしぶとい魔法少女たちにその手段は破棄。
魔力反応───記憶してあるアリエスの魔力を辿って、逃げる傍ら見つけ出すしかない。
本気でそれを成し遂げるつもりのカリプスは、なるだけ戦場から離脱する。
「おーい、離れすぎだぞ黒山羊ぃ」
「待って〜。待ってって言ってんじゃん。ねぇ!」
「執拗ぇ!!」
呪いを振り撒く余裕はない。そもそも意味がない───戦った魔法少女たちは、既に死の森の呪詛を克服、耐性を会得してしまってる。
蒼月の改造で状態異常耐性と適応力を強化されただけ。
それでも、カリプスに逃げるしかない自分の手札を一つ無効化されたのだから。これ以上戦って、情報を残すのは得策ではない。
「このまま逃げられたら大恥だな…」
「んもーっ、すばしっこい!ノワちゃん鏡は!?」
「無理ー!さっきのは運良く付けれただけで、ふっつーに追いつけない!」
「……もう面倒いから良くね?」
「そこまで敵意感じないもんね〜。でも、ここで逃がして怒られるの、私たちだよ?」
「もう轢き殺すのです!」
「方向転換できないでしょ!あと物騒!キャラデザ考えて発言して!!」
ここで困るのはゾンビマギアの6人。万が一逃がせば、蒼月から大目玉を食らうのは間違いない。故に、もう半分諦めているブランジェを引っ張って、彼女たちも奮戦。
複数の魔法を、同時に放つ。
───歪魔法<ザルゴ>
───重力魔法<エンジェル・キッス>
───兵仗魔法<ディストーション・アームズ>
───列車魔法<グラリエイト・ロコモーティブ>
───鏡魔法<ミラードジャマード・プリズム>
───歌魔法<メロディランド>
人を象る怪異、重力の圧殺、魔銃の三段撃ち、追い抜く暴走列車、乱反射する鏡の輝き、音符の乱舞……後方から襲いかかる魔法の全てを、カリプスは必死に避ける。
健脚を活かして駆け抜け、跳んで回避、躱して避けて、全力で逃げる。
「いっ、てェ……ガキ共めッ!」
それでも何発か掠るが、まだまだ動けると、軽傷寸前を維持しながら走る。
何処までも続くビル群を、永遠に、走って、走って…
「……あ?」
気付く。
いつまでもビル街を抜け出せず……景色が、いつまでも変わらないことに。
宇宙戦艦があった近辺から、離れられていないことに。
「なにが、どうなって……チッ、演技かよクソガキ共!!騙されたぜ!!」
「……気付かれたっぽい?」
「みたいね。どする?」
「そのままでいーでしょ。今更気付いたって、もう遅いんだもんねー!」
そう、なにも彼女たちは我武者羅に追いかけていたわけではない。戦闘が始まった数秒後、その時点でノワールが戦場周辺に鏡張りの結界を展開しており、変わらない景色が永遠と続く空間を作っていたのだ。
追いかけていたのは、捕まえる目的だけでなく、結界に勘づかれないようにするフェイクの意味も含まれていた。
勿論、破壊することは叶わない。
鏡張りの結界には、幾ら走り寄っても届かない。途中で中心近くに引き戻される催眠が施されている為、無意識に戻ってしまうからだ。
物理的破壊も、魔法さえも同じように戻ってしまう為、極めて困難である。
その隙を、あの魔法少女が見逃すわけもない。
「───こいつ一匹倒すのに、なに時間かけてるわけ」
声に気付いた時には、もう遅く。
カリプスは地面に横たわっていた。背中を、誰かの足が踏み付けていた。
氷のように冷えきった殺意が、頭上から降り注ぐ。
「なっ…」
茫然とした心持ちのまま、なんとか頭を持ち上げれば。聴こえた言葉の、声色の通りに───一切の感情が灯っていない、冷たい表情の奇術師がいた。
情のない青色が、自分を見下ろしていた。
「ラピピ!ごめーん!でも仕方なくない?」
「うんうん。だってさ、その人、あの羊ちゃんのお兄さんなんでしょ?」
「流石に殺すわけにはなぁ〜。関係性悪くなんだろ」
「別に手加減するつもりはなかったんだけど……その人も全然本気出してくれなくってさ。なんか、ここで頑張るの違くない?って」
「違くないだろ。本気出てない間にやるのが最適解だろ。脳みそどこやった」
「腐った☆」
「んね♪」
事情という名の言い訳を重ねる阿呆たちに冷たい視線を送りながら、戦場に降り立った魔人……ムーンラピスは、足蹴にしたカリプスを睨む。
地球にやってきた侵略者の、三体の頭目。
どう料理してやろうかと思っていたら、まさかの兄……まあ血縁ではないだろうが、自己申告が本当ならば確かに留意すべき相手である。
他の二体と比べて、殺す優先順位は低くなる。
……別に、アリエスの為にわざわざ生かす必要もないのだが。
「抱き枕がいなくなるのは、困ったちゃんになるじゃん?流石にどうかなー、ってね?」
「いらないけど」
「俺の妹を枕扱い…」
「なんかごめんね?でも、アリエスちゃんのお陰で安眠、できてるよね?」
「……」
否定できない不眠事情に歯噛みしながら、ラピスは渋々カリプスの生存を認める。捕虜収容当初は処分する気満々だったが、今やこの有り様。
マーチたちの説得を泣く泣く受け入れ、黒山羊を冷たく睨みながら足を離す。
……解放され、逃げるのが可能になったカリプスだが、動かない。本能が、ここで動けば死ぬと。下手に歯向かうリスクを取るわけにはいかないと。
警戒を隠さない将星を余所に、自他全てに呆れた蒼月はカリプスと語る。
「……アリエス・ブラーエは、僕の監視下にいる。身体的苦痛も精神的苦痛も与えてないから、安心するといいよ。まあ、会わせるつもりはないけど」
「……そうかよ。悪ぃが、無理にでも会いに行くぜ?」
「いい度胸」
警戒心と危機感はあれど、妹思いの心に嘘をつくことはできなかったらしい。敵愾心を忘れぬその反応に、合格と満足気に頷く。
このまま命乞いをされたら殺していた。
そう内心豪語するラピスは、未だ戦闘音が鳴り止まない空を仰ぐ。
開通した青空、雲に囲まれたその空間で、エーテたちと将星スピカ、そして、暇になったライトが乱入した戦いが行われていた。
観戦している間に、聖剣と夢想、星、花の連撃が乙女に打ち勝っていた。
「……あの子たちも頑張ってるね」
「……なぁ、一個聴いていいか?簡単な質問なんだが」
「どうぞ」
「あの光ってんのと、飛んでる3人。魔法少女?ってのになって何年目なんだ?」
「二年と半年ぐらい?」
「……練度どうなってんだ。その程度の年数で負ける程、あいつら弱くねェぞ」
「そこの鬼ごっこ連中は最高で四年だよ。あの軍服ね」
「嘘だろ」
バグってやがる……降参したカリプスは、砕けた地面で胡座をかいて嘆息した。百年単位で将星の座に座り、今の今まで維持してきた彼らにとって、その若さは異常としか言えない内容だったようだ。
子どもを戦場に立たせる辺境に顰めっ面のカリプスに、わかるわかるとラピスは頷いて……
「!」
バッ!と勢いよく空を振り向く。
ラピスだけが気付いた、濃い魔力反応。地球に差し込む異様な気配に、目を細めて。
杖をトンッと叩き、姿を消した。
「? ラピス?」
「何処行っ───っ!?」
「なにこれ気持ち悪ッ」
「……こいつは…」
「ッ!」
少しして、遅れて気付いた少女たちが、淀む空気の先、戦いが続いていた天空を睨む。警戒心を強めて、マジカルステッキを握り締める。
戦いは、まだ終わっていないと。
カリプスもまた、覚えのある高濃度の魔力……その圧に目を見開く。
そして、世界全体に───血の気を引かせる、恐ろしい存在の声が響く。
───ご機嫌よう、星の戦士たち。
我は“星喰い”。宙の王、ニフラクトゥ・オピュークス。オマエ達を支配せんとする、暗黒銀河の支配者。この世の遍く全てを食む、皇帝である。
汝ら地球の民に告ぐ。
傾聴せよ、ニンゲン。
遍く全ての星を喰らう、絶対的王が───来たる。