103-爆発オチなんてサイテー!
スピカ・ウィル・ゴー。“星喰い”の忠実な臣下であり、恋慕を抱く色の僕。二対四翼の天使の姿は、暗黒銀河では裁きの使いとして畏敬の念を向けられている。
恋に生き、愛に従う天の将星。
皇帝の命に絶対従順、裏切る思考など一片もない白翼の戦乙女は、辺境地球へとやってきた。
───スピカ。地球へ行け。我の代わりに、見定めよ。
地元から離れるのは、少し嫌だったが……皇帝の命は、絶対故に。
「あぁ、陛下。この程度の相手なら、私が出ずとも……」
飛翔するスピカの足元で、対峙する3人の魔法少女……リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズは、空から降り注ぐ“青”の天幕の対処に追われていた。
空を切り取った、青空の歪み。
布帯のように伸ばされ、広げられ、操られ。槍のように細められた“空”が、3人の頭上より次々と飛来する。
その傍から見ずとも意味不明な、空間を面として捉えるスピカの異能に振り回される。
敵は、“空”全てだ。
「景色ぐにゃーって、ヤバい!!」
「規則性が読めないのが厄介、ねっ!?」
「攻撃が当たんないよぅ!」
「ぽふー!?」
甲板に突き刺さる“空”を、飛んだり跳ねたり駆けたりと必死に回避して、攻撃魔法を挟み込んで対処を試みるが、壁のように広がった“空”に防がれる。
空を飛ぶことはできない。空間を面と捉えるスピカが、飛翔する“空”を歪めて人体破壊を実行しに迫るから。
身振り手振りはなく、視線すらもなく。
スピカの意思一つで、彼女の支配下にある“空”は世界に牙を剥く。
「残念ですが、“空”がある限り、私には勝てませんよ」
周囲の空間を捻じ曲げて、あらゆる攻撃が歪曲し逸れる防御壁を作ったスピカは、眼下で歯噛みする3人を静かに見下ろす。
ただ、そこにいるだけで。“空”は剣にも盾にもなる。
攻撃が通じない、届かない、放てない───スピカとの戦いの土俵に立てない三重苦に、魔法少女たちは強制的に晒される。
「どうすれば……」
夢想魔法すら、空間を歪められて届かない。全てを夢に浄化していく消滅も、軌道を書き換えられては届くモノも届かない。空を飛んで近接しようにも、高く飛ぼうとした瞬間空間が捻じ曲がって足が捩じ切れる。
医療魔法で簡易処置し、麻酔で感覚のない欠けた片足を意識しながら、エーテは考える。
スピカの突破方法。宇宙人に勝つ方法を。
この程度の敵で立ち止まっていては、大本命である月を落とせないから。
(考えろ。思考を絶やすな。柔軟に、突破口を探せ!)
甲板を駆け抜け、低空飛行しながら思考を続ける。
一度でも立ち止まれば、そこを歪められて、身体を歪に破壊されてしまうから。
甲板は、もう見る影もない。浮き上がった鉄板、大きく花咲いた砲台、“空”と溶け合う生宙金属。徐々に踏み場がなくなっていき、逃げ場もなくなっていく。
それでも。3人は諦めない。
片足のエーテも、脇を抉られたコメットも、肩の外れたデイズも。重傷の身でありながら、魔法で無視して勝利を目指す。
:グロテスクッ
:応援パワーで突然生えたりせん?
:魔法ってすげーって思え!なんとかなる!
:治れ〜、治れ〜
:がんばれー!
傷ついたまま戦う子どもたちに、視聴者も必死に魔力を応援で送る。稀に“空”に巻き込まれて霧散する配信魔法の画面だが、すぐ何事もなかったかのように復活する。
常に、エーテの視界には配信画面が映る。
戦場を俯瞰して、状況を精査して、同時並行で鍵になるヒントを探す。
こういう時こそ、口出しばかりの視聴者に頼れ。それが姉の教え故に。
「……思い込み?」
ふと、エーテは顎に手を添える。魔法という、脳からの情報出力から形を作る、魔力があればなんでもできる力。その根源は、想像力や妄想といった、イマジネーション。
かつて、イマジネーションについての講座を、エーテは潤空より受けていた。
その過去を、今思い返す。
あの日、私はなにを言われた?光魔法の真価を引き出す工程の一つとして、あらゆる魔法に精通した潤空が穂希の脳みそに叩き込んでいた、その想像力。
想像で創造する。魔法を作る。
固有魔法をどう発展させるかは、魔法の持ち主の想い、それ次第だと。
───感情的に、衝動的に、奇跡をもって持ち前の魔法を進化させるのは普通だ。自発的に、魔法を新たな領域へと踏み込ませるのは、自分次第。
───考えるんだよ。突拍子のないことでも、妄想でも。
───あれこれはそうである。たったそれだけで、見える世界は変わるんだぜ?
───さぁ、想像してご覧?最強になった自分を。誰にも負けない、みんなのヒーローを。
自己満足の、完全無欠の主人公の姿を!
かつての教えを、間接的に魔法の極意を教授してくれた姉の言葉を思い出す。
そうして。
「……そうだ!」
閃いた。そのまま、思い付いた希望的観測を、エーテは頼みの綱に大声で伝える。
「コメット!」
「なに!打開策でも見つかった!?」
「うん、あのねあのね!」
今回頼りにするのは、併走するブルーコメット。かつて実の姉と一緒に受けた講義の内容を、イマジネーションで成長する魔法の話を。
自分の想像、妄想が確かなら。
コメットなら、この“空”を。概念には概念を、無理には無理を押し通せると。
「……いいわ。やってみる」
「よくわかんないけど、露払いは任せてー!」
「ヤケクソで攻撃だ!」
決心するコメットが、思考を巡らせている隣で、2人でスピカからの攻撃を防ぐ。歪められた“空”が、棘となって降り注ぐのを魔法で受け止め、時間を稼ぐ。
抉られて凶器となった甲板を魔法で叩き直し、逃げ道を確保しながら。
駆けるコメットは想像する。星の魔法が、将星の“空”に打ち勝つ未来を。
「…青い、星…空は星を受け止められない……そうよね、隕石がそうなんだし……空如きが、私の星を、止められるわけないわよね?」
「そうだよそうだよ!多分そうだよ!!」
「ただ真上で広がってる空も、そこにいるだけの空間も、流星を受け止められないわよね」
「そうだそうだー!コメちゃんの星が、あんなのの魔法に負けるわけないじゃん!!」
取り敢えず同調して、おだてて、褒めて、一縷の望みを星魔法に賭ける。自分たちの脅威となる“空”は、星魔法を受け止められるのか。
そもそも、星は重力に従って地上に落ちる。
空はただの通過点。空はなにも阻まない。そう考えて、コメットは決める。
イマジネーションで、“空”を打ち破る魔法を思い描く。
「ふぅ……皆、できたわ……これで勝つわよ。一か八か、行こうじゃない!」
「うん!サポートは任せて!」
「お願いね、コメット!」
「えぇ!」
勝気に笑うコメットをエーテとデイズは信じて、魔法の発動をサポートする。飛んでくる“空”を防ぎ、スピカへの目眩しもして。
同時に、ぽふるんの耳打ちを聞いて、作戦を決める。
勝つ為に、魔法少女の底力を見せつける為に。宇宙人へ挑む。
「一体なにを……いえ、全ては無意味。そろそろ遊ぶのもやめて、本気で潰しにかかりましょうか」
「ふーん、お遊びねぇ。でも、ちょっと遅いかな!」
「ほう?」
訝しむスピカが、“空”の猛攻を更に過激化させ。丁寧に隙間なく、魔法少女に“空”を打ち込んでいく。槍のように尖らせて射出、甲板を抉り、紙のように丸めたり。
逃げ場も生還する方法もない、空間がある限りスピカの独壇場であることに変わりはなく。
遂に……漸く捉えた、魔法少女のいる空間そのものを、歪めようとして。
「───みんな、防御!」
艦内の戦闘状況を把握していたぽふるんが、大きな声で呼び掛けた、その時。
───宇宙戦艦が、爆発的な光と共に崩壊する。
「なにがッ───うぐっ!?」
突然乗ってきた船が爆散する光景に、爆風を防ぎながら驚愕するスピカが、目を見開いていると……崩壊した船の隙間から、“極光”の余波が方方へと飛び込んできて。
極光は、スピカの操る“空”を貫き、初めてのダメージを与えた。
弾ける閃光に、脇腹と左羽に風穴を空けられ、スピカは悶絶する。
「そっ、“空”が破られた……いや、今のは攻撃の余波……カンセールと相手していた人、ですね……ッ、ぐ…まさかここまでやれるニンゲンがいるなんて!」
「ふふん!お姉ちゃんすごいでしょ!」
「血縁でしたか。ッ、カンセールの生命反応が……いや、まだ生きてはいますか」
驚愕に目を見開き、直線上に走る爆炎の向こうを見る。共に地球に降り立った同胞の無事を祈って、呼吸の有無を魔力反応で確認する。
そして、自分はまず、眼下の弱者……成長途中の脅威の芽を摘まんと、振り向いて。
「なっ!?」
いつの間にか。スピカの背後にいたエーテとデイズが、天女に勢いよく飛びついた。
勿論、“空”に阻まれるが……2人は気にしない。
「こんにちは!」
「どこ見てるのー!」
「ッ!」
一瞬の硬直の後、すぐさま“空”を捻じ曲げ、魔法少女を破壊しようとするが……それよりも早く、エーテの夢想が空と空の隙間に割り込む。
息吹を吹き込む花魔法も、隙間を縫って花咲いて。
対処に追われるスピカが慌てているうちに、折角距離を縮めていた2人は飛び降りる。
このままいては身が危ないから───それに、邪魔役の務めは果たせた。
「小癪な…!」
「夢の力は歪められないでしょ!」
「花は無理っぽーい!でも、すごい邪魔でしょ?んじゃ、あとはよろしく!」
「やっちゃえコメット!!」
「えぇ!」
「くッ」
幾ら空間を捻じ曲げれば、夢想魔法を別方向へ逸らして回避できるとしても。魔法の軌跡を自分から遠ざけるなりできたとしても。
生まれた隙を突かれて、対処する間もなく攻撃されて。
“空”を纏うことで、身を守ることはすぐにできたが……連続攻撃の対処に精一杯で、それ以上先に踏み込んだ妨害ができない。
そして、花魔法は既の所で掻き消せたが……そのロスを魔法少女たちは見逃さない。
当初の予定通り、地上に降りたコメットは、星の魔法をスピカにぶつけんと魔力を練る。
杖の照準を真上に合わせる。青色の魔力を収束させて、一纏めにしてから星の形を象らせる。
その間、エーテとデイズはコメットを魔法で警護。
慌ててスピカが“空”を操ろうとするのを、極光によって生まれた空間操作の綻び目掛けて、差し込むように魔法を連打。
「天掌魔法───ッ!?」
やっとのこさ、意志の力で掴んだ“空”を、艦の残骸ごと丸め込んでぐしゃぐしゃにしようとする、が。
それよりも早く、コメットの星が、曇り空に咲く。
「星魔法ッ!<シューティング・ブレイクスター>!!」
地上から放たれる流星が、上空で身を守る選択を取ったスピカ目掛けて空を駆け抜ける。真っ直ぐと、寸分違わず空を突き抜け。
青い星は輝く。
「先程の光には参りましたが……あなた達の悪足掻きは、通用しませんッ!!」
“空”を折る。引き伸ばした“空”を折り重ね、流星を阻む壁にする。警戒は最大限に。油断も慢心も、先程の極光でなくなった。
決して、自分は無敵ではない。
けれど、この星に───“空”に対抗し得る者がいるなど思ってもいなかった。
だが、その認識は既に改められた。例え、今まで真下の魔法少女たちの攻撃が、スピカには一切通じていなかったとしても。
なにかあると警戒して、確実な防御を選ぶ。
勿論、“空”を捻じ曲げて攻撃が逸れるように仕組むのも忘れない。
そう、最大限の注意を払っていた───星が、空の壁を突き破るまでは。
「はっ?」
不壊の“空”が、ガラスのようにヒビ割れ、穴を空ける。燃え尽きない流星の勢いは止まらず、折り重なった“空”を次々と突き破る。
一直線に、逸れることも曲がることもなく。
コメットのイマジナリー、星は“空”に勝つという概念の押し付けが、スピカの魔法を無力化する。天より降り注ぐ流星だからこそ、彗星の魔法少女だからこそできる奇跡の芸当。
「空をッ……ですが、その程度で!!」
「悪いけど、無駄な抵抗よッ!私の彗星は───誰にも、止められない!!」
空間の面を突き破って、地から天へと昇る星は輝き。
「いっけー!!」
「負けるなーっ!!」
:やっちまえ!
:コメットがんばれー!
:彗星最強!
:空がなんぼのもんじゃい!!
:いけー!
たくさんの応援を受けて、魔力に変えて、彗星の軌跡を後押しする。
青い星の輝きは、“空”を穿ち、“恋情乙女”を射貫く。
「なっ、あぁ!?」
「はあああああああああ───っ!!!」
「ガハッ!?」
腹部への強烈なアタック───彗星の一撃に、スピカは血を吐いて。“空”を操る魔法の制御が切れて、ぐにゃりと歪んでいた景色が元に戻っていく。
炸裂する青星は、スピカを空高く打ち上げて。
「あああああああ!?」
爆発した。
今日も、空は快晴である───プスプス煙を吹き上げ、五体満足ではあるが怒髪衝天のスピカが、3人の元へ垂直落下していることに目を背ければ。
その裏に忍び寄る、月の影からも。