102-勇者凱旋
───希望とはなにか。
───勇気とはなにか。
───正義とはなにか。
勇者の三元素。英雄を構成するのは、この三つの要素と幼き日の彼女は定義し、そうであると決めつけた。他者の意見や否定には耳を貸さず、この“なにか”を深堀し、真に自分のモノにすることが、勝利の第一歩であり。
英雄譚の始まりであると───魔法少女の名に恥じぬ、人類の光の道標なのだと。
信じた。
望んだ。
選んだ。
願って、祈って、縋って、待って、抗って、一欠片でも手に取って。
そうして、彼女は完成した。
人類の希望。勇気の旗導。日の下の正義───遍く光を束ねる、“極光”を冠する英雄へ。
“勇者”へと。
「───光魔法<リヒトライト・カタスター>!!」
聖剣の輝きが、一筋の光へと束ねられ、世界を照らす。
「ガニッ、ぐっ……オォォッ!!」
宇宙戦艦を崩壊へと導く斬撃を、放たれた巨蟹の将星、カンセール・サレタは必死の形相で受け止める。持ち前の巨大なカニバサミは、甲殻の一族の中でも最高硬度を誇る自慢の得物。
空から降り注ぐ流星すらも掴み砕き。
刃向かう障害全てから、その硬さをもって守り、貫き、勝利を齎してきた。
そう、それこそ───最強伝説の“斬撃を帯びた光”を、防ぎきってしまうぐらいには。
「危ねェかにッ!」
「……マジかぁ。宇宙人ってすごいなぁ。あはっ、やっぱ生半可な気持ちで、挑んじゃダメだね!!」
掠り傷すら付けられないことに、リリーライトは笑い、戦意を研ぎ澄ませる。二年間の療養で弱体化した、身体の調整は既に済ましてある。
来る日に備えて、心構えも済ませてある。
潤沢な魔力は余すことなく。自分の生命線すら無視して描く未来模様に向けて。
故に、故に……リリーライトは、強者を求める。
そう、全ては前座。アリスメアーも、ゾンビマギアも、十二将星も、星喰いすらも。
───倒す順番が前後する?それがどうした。
彼女にとって、真に決着をつけるべき存在は、この世にたった一人。一人しかいない。それ以外の有象無象など、途中で切り捨てるか、最後に薙ぎ払うかの二択しかない。それ以外の選択肢など必要ない。
見るべき者は、仰ぐべき者は、尊ぶべき者は。
たった一つ、己の傍らに浮かぶ───青く澄んだ神秘、夜空を牛耳る満月のみ。
それ以外でまだ該当するとすれば……己の手を取った、あの陽だまりと、キラキラ輝く妹星と、彗星と、お花畑の四つぐらいで。
今を生きる者たちだけの、狭い世界で自己完結させて。
リリーライトは、己の勘を取り戻す為に。聖剣の輝きを鈍らせない為に。その太刀筋を、力を、想いを、余所者に譲らぬ為に。
愛すべき隣人を、この手で止める───その力を、必ず手放さないようにする為に。
強者を、求める。
「極砕魔法───ッ!!」
「ッ、こなくそ!まだまだァ!!」
「ぐぅぅ!!」
万物を砕く神の拳を、強靭なハサミの攻撃を乗り越え、斬撃をお返しする。
その繰り返し。
「ハァァァッ!!」
「カニの防御に勝るモノナシッ!全てを掴み砕いてこそ、我が覇道ッ!!」
久しくいなかった、聖剣の輝きについていける部外者。埒外からの確かな強者に、期待していなかった魔法少女は胸を躍らせる。
これならば───脆弱なアクゥームには試せなかった、大技の連発ができるかもしれない。
今まで以上の鍛錬が。
湧き上がる渇望に、その身を任せて。希望に浸した心は浮上させず。研ぎ澄ませた戦意を、漲る殺意を、剣として世界に出力する。
「最高だよ!あなた!!」
───光魔法<シャインフォース>
───光魔法<ソレイユブレイカー>
───光魔法<ネオ・フラッシュ>
太陽の加護を得た破壊の光、そして、爆発的な閃光から周囲を焼き尽くす広範囲殲滅が、カンセールごと司令室を巻き込んで破壊する。
轟音を伴い、視界を破壊する光の三連奏。
対抗するカンセールは自慢の甲殻防御で、咄嗟に衝撃を受け止めるが……
「グググッ……ン、なッ!?」
艦隊を再起不能に追い込む一撃で、カニバサミに大きくヒビが入ってしまう。防御一辺倒になってしまった結果、自慢の両手が損傷した。
その事実に歯噛みしながら、カンセールはこのままでは不味いと決死する。
攻防の入れ替わりは激しく、どちらも譲り合わない。
リリーライトの方が、確かに手を出す速度は早いが……この瞬間は、カンセールの魔法が、次の手を打とうとするライトより一歩早く発動する。
「やりおるがに!ならばッ───極砕魔法<スクラップ・ウォー・キャンサー>!!」
魔力を帯びた右拳を前方に突き出して、ハサミを力強く噛み合わせ。光を纏ったリリーライトの聖剣とぶつかり、拮抗させ……
荒ぶる魔力が、聖剣に絡みつき、干渉する。
空いた左拳を横から聖剣に叩き込んで。正面と横からの破壊衝撃で、聖剣は嫌な音を立て初め。
刀身に、亀裂が走り。
「にゅぁ!?」
ガラスが割れる音が世界に響き───ライトの聖剣が、刀身から半ば折れ、粉砕された。
滅多に起きない二年ぶりの武器破壊に、動揺が走る。
「ここォ!!」
「ッ、ぐっ───ガハッ!?」
飛び散る刃片には一切目もくれず、カンセールの魔拳が無防備な腹に突き刺さり。隙を突かれたライトは、体内の空気を吐き出して、そのまま壁まで吹き飛ばされる。
新たにクレーターを量産したライトは、殴られたお腹を擦りながら、再起。
久しぶりにマトモな大打撃を与えてきた将星に、凶悪な笑みを返す。
「……あはっ♪」
「ッ、決まった気がしないかにねェ。つーか、なんでお前起き上がれるかに?普通、内臓も一気にやられて、死ぬ程辛いはずだかに」
「えぇ?なんでって、ねぇ。私、頑丈だもん。こんなので負けてたら、話にならないよ?」
「魔境…」
それを、自分よりふた周りは年下の少女が言っていて、カンセールはドン引きする。将星になる前は、“星砕き”の異名で名を馳せていたカンセールにとって、軽いとはいえ無事に済んでいることには首を傾げる以外にない。
リリーライトからすれば、まず絶対に諦めない気持ちがなければ、魔法少女は話にならない。死んでも死なない、生きて勝つという気持ちがあるのが私たちだと。
そして。
武器を失っても尚、笑顔を絶やさないリリーライトが、残った柄に魔力を流し初めて……
凝縮された光が、青空が覗く司令室を白く塗り潰す。
「ッ───なにだと!?」
閃光から目を逸らして、再び見やれば……彼女の手に、遍く光を束ねた聖剣が。折れた刀身も、砕けた刃も、全て元通りになった極光の聖剣が、その手に握られていた。
先程の攻防など、何事もなかったかのように。
リリーライトは、復活させた愛剣の斬り心地を確かめ、微笑む。
「誇っていいよ。あなたで三人目。私の聖剣を、あんなにぶっ壊せたのは……本当に、すごい。すごいんだよ!またこんな思いを抱くなんて……全然思ってなかった!正直、ナメてたよ!訂正するね、カンセール!!」
「……スイッチを入れちまったみたいかにね。困った……やるしかないかにか」
ギラギラと、瞳の煌めきを輝かせ。殺意、戦意、熱意を滾らせて、もっともっとと敵を急かす。
そう、カンセールが三人目。
ムーンラピスと、リデル・アリスメアーに次ぐ、聖剣を破壊した強者の三番目。
その事実に興奮すると共に、リリーライトは眼前の敵の脅威を上方修正……より力強く、より勢いをつけて、より想いを込めて戦いにいかなければならないと。
本気で打ち勝って、脅威を取り除かんと。復活した光を両手に握って、楽しさから笑みを深める。
笑う、笑う、笑う。
リリーライトに、笑顔は必要不可欠。それ以外の顔など必要ない。
重ね重ねに、カンセールを評価して───相棒に、いい報告ができるように。
切って結んで突き進んで。
猛攻を止めず、防御は捨てて、ただひたすらに敵の首へ聖剣を伸ばす。
「終わりにしよっかぁ!!」
「望むところだかにぃ!!」
無人の戦艦に幾つもの風穴を開け、船頭から船尾まで、攻撃の嵐を刻み続け。
これが最後の一撃だと、傷だらけの2人は吼える。
「極砕魔法、その真髄───邪魔する全ては、我が拳から逃れるに能わず!!万物を砕く災禍に、星諸共、その身を砕かれよッ!!」
カンセールは、力を溜めて、肥大化させた右拳に、己の全てを捧げ。
己が有する最強の一撃をもって、大神に、皇帝に逆らう敵を破砕せんと。
惑星を揺るがす崩壊を、その拳に込める。
対して。
「魔力喝采ッ!脈動せよ───絶対的勝利をここに!!」
リリーライトは、聖剣を巡る魔力を活性化させ、回路を破壊する勢いで、刃の内部機構を光で暴れさせ。
爆発させる。
ボロボロの身体が悲鳴を上げるのも無視して、勝利以外目もくれずに。
栄光も名誉もいらない。勝ちたいだけと、勇者は笑う。
「───極光魔法ッ!!」
絶対勝利を掲げて束ねられた光は、大いなる力となって勇者の背を押す。
リリーライトが誇る、力の二段階目。
悪夢も、災厄も、絶望も、破滅をも飲み込む、あらゆる悪意を、脅威を滅する勇者の輝き。リリーライトが有する最強の煌めきが。天をも揺るがす極光が、不埒な侵略者に裁きを下す。
「<ホーリーカノン>ッ!!」
「<星砕き>ィ!!」
両者の拳と刃が交叉する。
拮抗は、たったの一瞬。天から地へと振り下ろされた、世界を断絶する極光が。真正面から立ち向かう、星砕きの大拳を打ち破り。
轟音。
震撃。
崩壊。
───二つの激突は、宇宙戦艦を墜落させ、拮抗を破った極光は破壊を促進させ。
衝撃波が、曇天を貫き。青空を呼ぶ。
「ガッ、ァァッ…」
紅い甲殻が空を舞う。破片となって、砕け散った右拳がカンセールから失われる。血反吐を吐いて、苦痛に悶え、絶望に苛まれ。
大破した艦隊から大きく吹き飛ばされ、ビル群を貫き、音の障壁と死の森を過ぎ去って。
地面を削り、不時着する。
だらんと弛緩した身体には、もう意識はなく。耐え忍ぶ力すらなく……巨蟹の将星、カンセールは、白目を剥いて沈黙した。
一直線上、全てが瓦礫となった、その始発点で。
将星を打ち破った勇者、リリーライトは、残心を解いて吐息する。
「強かったぁ」
笑顔の裏で、これではダメだと危惧しながら。
天から覗く太陽を仰ぎ、いつか来る終わりを止める為。まだまだ油断はできないと、静かに決心する。この程度でボロボロになるなど、話にならないと。残り僅かな時間、鍛錬に全てを費やさなければと思うほど。
英雄を、勇者を目指した少女は、たった一度の勝負では満足しない。
「…頑張らないと…」
月の背中は、まだ遠い。
“烈征蟹虚”カンセール・サレタ
───星を砕く拳を持つ、宇宙艦隊の主。リリーライトが相手したから勝てた、とまでは言わないが。最後の大拳を打ち破れなければ、土俵にすら立てない強者である。
尚、出番はまだある。
“極光魔法”
───リリーライトの光魔法、その進化版。鍛えた結果、夢覚醒した姿に変身せずとも使用できるようになった。
もう一段階進化を残している。