100-宇宙人とのエンカウンター
「おぉ〜」
「うわー、今度はちゃんとした宇宙戦艦だよ」
「カッケェ」
「鹵獲しようよ」
「邪魔」
───“逢魔が時の夜会”の後日、お昼前。
雲を突き破って降りてきたそれを見上げて、魔法少女は呑気な声色で語らう。都心に大きな影を落とす、地球上の物質では説明のつかない光沢を持つ、それを見ながら。
異形の方舟───宇宙戦艦への危機感は、特にない。
生宙金属と呼ばれる生きた物質により造られた戦艦は、空間の裂け目を開くように地球へ飛来。
太陽系を捕捉して、空間を接続できる距離まで近付いて一気に跳んできた。
まさか、辺境の少女戦士たちに待ち構えられているとは思ってもいなかったようだが。地上から突き刺さる奇異の目線と、好戦的な視線を浴びながら、宇宙戦艦は蠢動。
下部のハッチから、大量の宇宙人が……武装した兵隊が降りてくる。
同時に、艦隊のスピーカーから、魔法で自動翻訳された男の声が響く。
『───チキュウの原生人に告げる』
幾重にも重なる声が、魔法を通し地球全土に響き渡る。
『我々は、暗黒王域軍───この惑星より、ユメを奪いに降り立つモノ。我々は諸君に対し降伏を求める。諸君らのあらゆる抵抗は無意味であり、無駄であり、数多の犠牲を積み重ねるだけである。速やかに降伏せよ───…』
「なんか言ってる」
「ウザってぇな。ナメてんのか」
「彼らのお仲間、ラピスにフルボッコにされてなかった?つまりその程度ってことでしょ」
「……そのラピスは何処行ったんだよ」
「幼女監禁行ったよ。一応来るって」
「あとライトは。後輩たちも」
「地上は任せたって言ってどっか行った。なんなら3人は連れてかれてた」
「成程なぁ……そんじゃあ、あのうっせぇの、邪魔だから撃ち落とすか」
「ね」
降伏勧告を無視し、戦車砲を担いだカドックバンカーが宇宙戦艦に照準を合わせる。
躊躇いなんて、二年以上も前に浜で死んでいる。
その行動に気付いた兵士たちが、近未来的な銃を向けて食い止めようとするが……間に合うわけもなく。
戦争屋の引き金は、軽い。
「魔法強化、威力調整───はい、発射ァ!!」
撃ち出された魔法の砲弾が、勢いよく天へと突き進む。
『───そうか、それが貴様らの選択か。ならば、我々も武力をもって貴様らを侵略す───ッ、なっ、なんだ!?魔法障壁がッ……ぐああああああああああ!?』
「いい悲鳴」
「貫通☆爆散」
「全壊やめてね。鹵獲するんだから。艦隊にある情報全部掠め取らないと」
「こそ泥〜」
艦隊を守っていた魔法障壁をガラスのように叩き割り、生体金属の装甲を突き破り、そのまま内部で魔法の砲弾を破裂させれば。
宇宙戦艦は大きく振動し、爆煙を上げて沈黙する。
破壊されるわけがないと高を括っていた母艦が、初手で半壊させられ、地上に降り立った兵士たちに動揺が走る。そして、その隙を、地獄より蘇った魔法少女たちが見逃すわけもなく。
「鏖殺じゃー!」
「侵略しに来たのが悪い───呪え」
「ぶん殴るよー!」
「血の気多っ…」
銃火器の雨嵐が、呪いの濁流が、重力を纏った大拳が、宇宙兵士たちを容赦なく破壊していく。色とりどりの鮮血を撒き散らす様は、魔法少女の練度の高さと、雑兵程度は近付くことも許さない圧を感じさせる。
殺意の高い先輩たちを横目に、魔鏡を浮かせて観戦するミロロノワールは、これは出番ないかな〜と嘆息。
超物理で轢き殺す2人と永続スリップダメージを与える先輩に全てを任せるつもりである。
そして。
「みんな元気だねー!それじゃ、私はバックコーラス……歌って踊って支援するね〜」
「ありがとうなのです!」
歌で後方支援できるマーチプリズが、ウタユメドームを召喚して搭乗。配信魔法を通して、全世界に歌って踊る、支援の輪を魔法少女たちに届けていく。
そして、歌魔法で超強化されたもう一人の魔法少女……ゴーゴーピッドが、列車魔法を空へ射出。
煙を吐き出す宇宙戦艦に、暴走列車を突っ込ませる。
質量的に、押し負けてぺしゃんこになるのは魔法列車の方だが……
「行っけー、なのです!」
物理法則を無視する暴走機関車が、艦隊に当たる───その直前に。
「ったく……危ねェガキ共だなァ」
戦艦から飛び出た青年───真っ直ぐ伸びた山羊の角が特徴的な、獣人の宇宙人が列車を拳で受け止め、持ち前の膂力で破壊した。
火花を散らして粉砕された、哀れな列車の姿にピッドはギャン泣き。
「あ゛あ゛あ゛〜!!!」
「……そ、そんな泣くなよ。まるで俺が悪ぃみたいな……いや実際悪いんだが……侵略者だし……あーほらッ、俺が悪かったから!泣きやめって!なっ!?」
「めっちゃ兄貴分みたいな人でウケる」
「笑うなガキ!!」
軽装の黒山羊は、その場で天を仰ぐピッドをあわあわと必死に宥める。なんとも締まらないし、割と甘いところがあるなと思いながら、マーチは男の正体を見抜く。
つい数刻前、後輩が持ってきた情報の中にいた、十二の最強たちの一人。
「あなた、将星?」
「んあ?あー、そうだぜ。なんだ知ってんのか……つか、あの黒い泥……呪いか……まさか」
「免罪ッ!魔法は私のだけど使ったのは違う人!!」
「そうか。疑って悪かったな。ちなみにだが、それで惑星滅んだんだぜ」
「マ?」
黒山羊がガン見する先にいたマレディフルーフが全力で誤解だと主張すれば、男は真偽を見抜く目でもあるのか、あっさりそれを信じた上で、その惨状を伝えた。
あまりの規模に戦慄すると共に……夜会での口振りから本当なんだろうと納得した。
信頼と実績である。
「ふぅ〜……調子狂うぜ。つーか、こんなガキ共がここの防衛ラインなのか?正気かよ……いや、いいか。俺は俺の仕事をやるだけだしなァ…」
「帰ってくれてもいーんだよ?」
「俺の首が飛ぶから無理だなァ……さて、形式なんでな。名乗らせてくれ」
首をコキコキと鳴らして、黒山羊の将星は笑う。
「十二将星が一座、“亡羊黒堊”のカリプス・ブラーエ……今回の目的は、テメェら地球人の実力を図るのと、ユメの根源の捜索、上手く行けば回収……そんで」
好戦的な笑みを一旦沈めて、カリプスは、研ぎ澄ました冷たい殺意を見せる。
目的を達する為、手段を選ばない───漆黒の将星が。
両手に魔力を帯びさせ、強大な鉤爪を作り……流れ弾の砲弾を、全て切り裂く。
「この星に囚われた、と思われる……“妹”の奪還に来た」
兄、襲来。
꧁:✦✧✦:꧂
母艦内部───半壊した船内を慌ただしく走る整備士と衛生兵たちの騒音をBGMに、司令室の艦長席で檄を飛ばしながらふんぞり返る、一人の異形がいた。
赤い甲殻を全身に纏う猫背の男。頭の上の触角は、常に忙しなく動いていて。
関節の多い変形可能な手を鳴らして、カニの将星は頭を悩ませる。
「くっそぉ〜!原住民め、礼儀もなく攻撃しおってぇ……カニの偉大な母艦が台無しかに!!」
「艦長!たった今右翼が大破しました!」
「さっさと直せぇ〜!!」
「はっ!」
たった一撃で沈黙した戦艦は、奇跡的にまだ空に浮いているが……今や、いつ墜落してもおかしくない状態。最早一刻の猶予もないのだが……母艦の主であるこの将星は、技術肌の宇宙人ではなく。
できることは部下に任せて、艦長として指示を飛ばす。
自分以外、全員持ち場から離れた司令室で、一人。
戦場に飛び出た黒山羊の将星と、部隊長クラスの配下の戦況を画面で確認しながら……何度も舌打ちを返す。
侮ってはいなかった。
最大限の警戒を、絶対主に命令されるまでもない程に、徹底的に。
だが。
だが。
だが!
「なんなんだこいつら……雑兵でも、別に弱かねェのに。圧殺圧勝してやがるかに。くぅ〜、こんな理不尽なの……すっげぇ昔に、皇帝様に挑んで以来だかに…」
将星は知らない。地上制圧部隊を蹂躙する魔法少女が、蘇った死人であることを。言い方を間違えれば……旧式の敗残兵であることを。
ほんのひと握りの覚醒者。そのうちの6人が、戦の為に掻き集めた選りすぐりの兵隊を圧倒する。
武闘派の将星と、拮抗状態を作れている。
……生憎、これまた勝手に出ていったもう一人の将星は行方知らずだが。
想定よりも強者であるチキュウの守護者たちに、将星は疲れたように笑う。
「やってらんね〜かにッ!!!」
そう嘆く彼の耳元に───明るい女の声が囁かれる。
「嫌なら逃げたら?」
「世知辛い世の中でその選択したら、カニの進退含めて、命が危ういかに……ん?」
答えて、すぐ。こんなにも澄んだ声に、聞き覚えがないことに気付き。
ギリギリと。ブリキの人形のように、首を回す。
「……ん?」
「こんにちは!初めまして!」
「……どちら様で…」
「魔法少女です」
キラキラ笑顔で、やる気満々、殺意十全の魔法少女……リリーライトが、背後に立っていた。
見るからにヤバい女の存在に、将星はただたじろぐ。
いつ、船内に入ったのか。警報は機能せず、衛兵たちはどうしたのか。
そういった疑問がグルグルと脳を巡るが……彼女の手で燦々と輝く、聖剣に滴る体液を見て、全てを悟る。
理解する。
背後の女が、ただ一直線───あらゆる障害を、将星が感知するよりも早く切り伏せて、正面突破してきたということを。
「魔法少女……なんとも、ファンシーな名称かにねぇ……これは、カニには荷が重い相手になりそうかに…」
「わぁ〜……語尾も一人称も特徴的だね」
「種族柄そうなっちゃうかに。嫌なら、頑張って標準語、降伏勧告みたいに喋るかによ」
「あっ、できるんだね……いーよ別に、あなたの好きで。今際の際なんだから」
「怖い怖い」
静寂に包まれた司令室で、聖剣を突き付けられた男は、絶体絶命でありながら、笑みを深める。好戦的に、そして自暴自棄するかのように。
身動ぎ一つで死ぬ───その恐怖に晒されながら、ただ笑う。
「かにかにかに……でも、そんなやっすい死に方、戦士に求められちゃいない」
「ありゃ?」
聖剣が一閃するよりも早く、将星の姿が掻き消える。
ライトは薄く目を見開いて、気配の移動先……前方へと視線を送る。
いつの間にか、戦闘態勢に入ったカニの将星が、無数のコンソールが張り巡らされた机を足蹴にして、好戦的に、露悪的に笑う。
思考を切り替えれば……もうそこには、戦意しかない。
「戦争して、勝って、奪って。それがカニらの歴史故……勝ったモノが正義たる真の弱肉強食。格上の大物喰らい、ここで成し遂げてこそ、将星だかに!!」
「あはっ!意外と楽しめそう!いいね、やろっか!」
両手を巨大なカニバサミに変形させて───十二将星の艦隊指揮官が、吼える。
「十二将星が一座、“烈征蟹虚”、カンセール・サレタ!」
「希望の13魔法、序列一位。“極光”のリリーライト……最後まで楽しもうねっ!」
神鉄破断の拳と、悪夢絶殺の聖剣が、かち合った。
꧁:✦✧✦:꧂
「行かせない!!」
「地球には降ろさないわよ!!」
「おりゃりゃーっ!!」
同時刻、宇宙戦艦の屋上───光の姉、リリーライトにここまで連れてこられ、待機を命じられた新世代の3人。
ただ、なにも黙って突っ立っているわけではない。
屋上から出撃する、指揮官クラスの星人や、兵隊たちを相手取っていた。
「怯むな!数で押し潰せェ!!」
サメを擬人化させたような指揮官は、光線両手に駆ける兵士たちに命令する。たった3人、それもひと目で若いとわかる、地上の敵戦力よりも弱いとわかる少女たち。
この場で、戦乙女たちが将星たちの邪魔をしないよう、抗えないように。
数の暴力で、迎え撃つ。
「夢想魔法───ッ!」
ユメという際限のない想いを力に変える、浄化の魔法。万物を清め、夢の世界へ旅立たせる……行き過ぎた奇跡を引き起こす魔法を、リリーエーテは、もう躊躇わない。
地球を守る為。
覚悟を示す為。
異星人には躊躇わないと決めた。希望の力で、迫り来る宇宙兵士と激突する。
【悪夢】を消すと同時に、出力をミスれば夢をも食らう魔法の威力に、宇宙人たちは敵わない。
「あの小娘を最大限に警戒ッ!魔法を撃たせるなッ───チィッ、邪魔をするな、青い小娘!!」
「サメはサメらしく、海でも泳いでなさい!!」
防衛線を薙ぎ払い、ブルーコメットは一直線に、星槍を指揮官へと突き付ける。飛んで咄嗟の回避が間に合うも、誰一人として油断ならない相手にサメ星人は歯噛みする。
星の力を、ユメエネルギーとはまた違う奇跡を振るう、青い輝きに苦戦する。
そして。
「これがっ!頑張って、鍛えた!私のッ、筋肉!だー!」
力任せに、身体ごと大斧を横回転させて敵兵を斬り殺すハニーデイズが、目も回しながら大振りに、然し、確かに敵戦力を減らしていく。
その力強い回転は、やがて風を伴って……
一陣の、強大な竜巻となって、群がる近接兵たちを空へ打ち上げる。
その代償で三半規管が死んだが……今の一撃で、敵兵の大部分が再起不能となり。
「夢想魔法ッ!」
「星魔法───ッ!!」
「花魔法!」
激戦の末───3人の魔法が、最後に残った指揮官へと炸裂する。
「ぐあああああああああああああぁぁぁ───ッ!?」
魔法で吹き飛ばされたサメの指揮官が、甲板を転がり、そのまま停止する。最早意識を保つこともできず、白目を剥いて沈黙した。
「よっし!」
「ふぅ……意外と強かったわね」
「ヤバかったぁ…」
汗を拭う3人は、戦闘を終えた余韻で……気付かない。
ふわりと空から舞い降りて───敗北者の傍に降り立つ天使の存在に。
「あらら。負けてしまわれましたか……残念です」
白いローブを身体に纏わせた、ピンク髪の美しき乙女。背中から生えた二対四翼の白翼を小さく羽ばたかせ、眼前に伏すサメを見下ろす。
黒白目の不気味な瞳には、一切の情はなく。
戦艦から勝手に降りて、ふらふらと放浪していた将星の魔の手が───…
サメの身体を触れることなく。翳すだけで、殺した。
まるで、折り紙を折り畳むかのように。サメの身体が、ただの肉塊と化す。
「なっ、なに!?」
「ッ……あなた、将星ってやつ?」
「……正直驚きました。この星の原住民……ニンゲンは、こんなにも強かだったとは。ああ、失礼致しました。この異形の不始末は、我が王の命令でして……不本意ですが、将星以下の敗北者は、殺害処分の決定なのです」
「……結構酷いんだね、そっちの王様は」
「まさか。弱さは罪ですから。無論、この私も。負ければそこまでなので」
魔法少女たちの詰問に、快く返答してから。新たな敵はうっそりと微笑み、対峙する。
四枚の羽を大きく広げ、役目を果たさんと。
「手始めに、自己紹介を。十二将星が一座、“恋情乙女”。スピカ・ウィル・ゴー。
───よろしくお願いします」
地球に降り立った最後の将星、おとめ座の怪物が、天を連れて来る。
夢ヶ丘を舞台に、怪物たちの宴が……今、幕を上げる。
꧁:✦✧✦:꧂
「うるるー」
「なぁに」
「───なんで私の身体、鎖で雁字搦めなのだ。動き辛いどうにかしろ」
「脱走防止と見物防止と誘拐対策だから」
「最後のは無抵抗で連れ去られるぞ。無理だぞ」
「その為の護衛がいる。入ってー」
「侵入者ヲ呪エマス」
「侵入者ヲ轢ケマス」
「侵入者ヲ隠セマス」
「万が一奪われても呪えるのと、最悪追いかけられるのを用意しました。ちなみに、ドッペルゲンガーの怪人因子を改悪して作った護衛人形だよ」
「怖い」
「喜べ」
呪い師と車掌と鏡使いに囲まれたリデルを、防犯対策で寝室に閉じ込めて、逃げれないように、奪われないように聖剣でも壊すのに時間がかかる結界も張って、準備万端。
結局、やりすぎだった上に杞憂だったけど……
やりすぎなくらいがちょうどいいもんね?大事なモノは奥にしまっとかなきゃ。
ニコニコ笑顔のやべーのに囲まれて、プルプルしている女王様に手を振って、僕は曇り空の下へと躍り出る。
さぁ、行こっか。
宇宙人狩り。