99-孤独の盈月
「───みんなが悪夢の中に入ったら。お姉さん、一人で戦うつもりでしょ」
リリーエーテが突きつける、もう一人の姉の本懐。
何処までも己の幸福を度外視する、他者優先の思考に、誰もが気付く。
「!」
「あっ…」
「なーる」
「……有り得なくはねェな」
「ひゅ〜♪」
:ヒュ
:はわわ
:うわ
:……そんなこと、全然考えてなかった
:ラピ様…
その可能性に至っていなかった外野の声を、不安視する意思の伝達を。
当事者であるムーンラピスは、ウザったげに振り払う。
死色の頬を伝う冷や汗は、核心を突かれたからなのか、油断からなのか。
歯軋りをするラピスには、もう。平静を装う余裕も……暴かれた嘘も、隠せない。
「なにを、言って」
「昔っからそうだもん……お姉さんは、他人を信じない。自分で全部解決するタイプ。信じないっていうより、人に任せたくない、かな。自分でやって、どうにかしたい……どうにかするしかないって、思い込んでる」
「ッ…」
「三銃士も、そこの先輩たちも、お姉さんのことだから。どうせ悪夢の世界に叩き込むんでしょ……戦いのことすら思い出せない、夢の世界に」
「はァ?」
「おい、どういうことだ」
「……」
問い詰める視線には見向きもせず。
たった少しの情報で。何年と一緒に生きた、擬似家族の思い出から。熟考の末に真実に辿り着いた、本当の意味で目に入れても怖くない妹を、見る。
覚悟を決めた、そのやさしい瞳を。
姉とは毛色の違う、その力強さに、心が、一歩後退る。無意識に、本人も気付かぬ内に。
……何処までも、とことん自分と相性の悪い姉妹だと、半ば現実逃避を挟んで。
ムーンラピスとリリーエーテは、見つめ合う。
そう、ラピスは、復活させた魔法少女たちを、最終的に悪夢に閉じ込めるつもりだった。成仏させるのではなく、幸せな悪夢の中で、戦いを忘れて生きることを……平和を生きるよう、強制するつもりだった。
死んで蘇った仲間だからこそ、それが一番だと。
自分の手で作り上げた、永遠の平和の中で、愛する者と生きればいい。
それだけで、自分は満足だと。そう、強く思い込んで、刷り込んで。
なんとかなると、信じていたかったから。
「すごいね、君は」
「……傷ついてほしくないって、思ってもらえてるのは、すっごい嬉しいけど。私は、嫌だよ」
「……そう」
妹の成長を喜ぶべきか、悲しむべきか、恐れるべきか。判断のつかない感情に振り回されて、どうにかしないとと思考を回す。
やがて、その意志をへし折るのは無理だと気付いて。
もう嫌だと、無性に溜息を吐きたくなって。なけなしの姉の意地で、食い下がる。
扱き下ろすつもりで、悪態をつく。
「それで?君の推理は全て正解だ。確かに、僕は一人で、宙の虫ケラ共を相手するつもりだったよ。【悪夢】の力と魔法少女の力で、蹂躙も、虐殺も、全てやる気だった」
「……相変わらず、物騒だよね」
「そうかな。でも、それのなにが悪いの?僕が頑張って、なにが悪い」
「頼って。頼ってよ……もう、私、お家でみんなの帰りをずっと待ってる、あの頃の私とは違うんだよ。一緒に……戦わせてよ!!」
「ッ」
力強く叩きつけられた円卓。彼女の拳は、震えていて。その目尻からは、悔しさからか、悲しさからか……彼女のやさしさを意味する、一筋の涙が伝う。
いつまでも、姉2人におんぶにだっこではないと。
自分だって、もう戦えるのだと。力強く主張する声に、ラピスはたじろぐ。
自分の思い通りにならない、なりたくないと宣う、妹の慟哭に。
悪夢の鎖で縛られた心が、揺れ動く。
甘露に誘われるように、心が傾きかける。だがそれを、強い自制心をもって。自分こそが正しいのだと信じ、今を選んだあの日の自分を裏切らない為に。
対立する。
己を思う気持ちを、思ってくれる気持ちを、無碍にする覚悟をもって。
「……それは、力で証明することだ。言葉で動く程、僕は甘い女じゃない」
「……わかってる。だから、頑張るよ。私は…私たちは」
その決心を揺さぶることはできないと、ラピスはもう、わかってしまった。
彼女が、誰の妹かわかっているから。
諦めの悪さを、我儘を、押し通る力強さを。エーテも、持っているのだと。
か弱いだけと侮っていた妹分が、しっかりと意志を固め立ち向かってくる。周りに流されたわけでも、漠然とした思いで決めたわけでもなく。
自分の意思で、対立を選んだ。
止めに行くと、反逆を選んだ。
姉についていくだけの妹は、もうそこにはいなかった。そのことが、ほんの少し誇らしく思えて。
ラピスは顔を歪める。
胸から湧き上がる寂寥感。後悔と、大きな敵対心。
最後のそれを隠しもせずに、大胆不敵に見えるように、ラピスは笑みを作る。
「期待してるよ───本当に、ね」
もう、後戻りはできない。
꧁:✦✧✦:꧂
「成長したねぇ〜!!」
「ちょっ、こっち来てまで抱き着かないでよ!」
「エーテちゃん偉いぞ〜!」
「……見直したわよ」
「流石リーダー!後で胴上げしよ!」
「やめて!」
……本当に、成長した。
感涙したライトに抱き締められ、マーチ先輩から強めの頭なでなでを貰い。コメットとデイズも、すごいすごいと声を弾ませる。
この僕に、嫌だと正面から啖呵を切る。
それ自体は過去に幾度かあった。マッドハッターとして暗躍していた時も、ムーンラピスと明かしてからも。
本当に、見る影もない。
昔の外に脅えていたあの幼さも。自分の好きなモノには注意が逸れるところも。
今じゃもう、あの子も立派な魔法少女だ。
……独りよがりで勝手に宣ってるのは、僕だけ……か。悲しいな。
「おいこら説明しろよ」
「なーにが一人で戦う気だ。呪うぞ本気で」
「そーゆーのよくないって、ワタシ言ったよね〜?」
「おこなのです!」
「処す?処す?今なら実家の拷問器具、持ってこれるよ。多分あるし」
「怖っ」
宗教家の娘が言うとガチで怖いんだけど……はい、今、事情を知らなかったゾンビたちに迫られてます。えへへ、だって死んでた人たちには夢の世界でぬくぬくしてほしいなぁ〜、なんて思ってただけだし……
別に他意なんてないし……
僕が頑張ればいいかな〜、って思ってただけだし。別に悪気は無いし?
だから胸ぐら掴むのやめよ?首絞めるのもやめよ?ちょそのギロチンどっから持ってきたやめて?
やめて?
「ごめんて」
「そーゆーのはやめてって言ったよね。自己犠牲っての?重力でぶん殴って磔にするよ?」
「すいませんでした」
「口に銃口を突っ込まれる気分はどうだ」
「多分効かないけど大丈夫?」
「いい度胸だなテメェ」
「えへへ」
こ〜んな愉快な先輩たちを仲間外れにするわけないじゃないですかぁ!!
ちゃんと平等に、全員悪夢に落としますとも。
それがダメなんだって?あはは、おっしゃる通りで……まあ僕の支配下にある人たちの意見なんて聞くわけないんですけど。
……全く、厄介なことをしてくれたね。僕たちの妹は。
誇らしさもあるけど、同時にやりづらさもある。まさか穂花ちゃんに言い当てられるなんて。
だってさぁ、一人で全部できるんだよ?全部。
守るものは全部夢の中。なら、後は自由だ。好きに戦い好きに暴れて、笑っていればいい。この不死身の身体は、全てを蹂躙できる。鏖殺できる。勝ち星を、終わりのない勝利の愉悦を味わうことができる。
僕なら、全てができる。
……みんなと手を取り合って、そのみんなを失ったら、僕はどうすればいい。
嫌だから、決めたんだよ───君と、同じようにね。
対立構造は、より明確なモノになった。リリーエーテもブルーコメットも、ハニーデイズも、リリーライトにただ従うだけの、考え無しではないのだと思い知った。
ならば、こちらも本気で行かなければ。
勝たなければ。勝って、僕が正しいのだと。間違いではないのだと、証明しなければ。
ユメ計画の反発は、まあわかる。
所詮は僕の自己満足。僕が良ければ全て良し。大衆には選択肢を与えず、魔法少女の間だけで完結する……なんの力も持たずに生まれた者たちには、耳を貸さないのが僕。
当たり前でしょ。
民衆の意思とか正直どうでもいいし……聞いても大した答えは聞こえないし。
……でも、同胞の言葉には耳を傾ける価値がある。
理由がある。
意味がある。
だから、こうして対立するのをヨシとする。真っ向から刃向かってもらって、戦う方が……意見のぶつかり合いはちょうどいい。
フルーフ先輩のこめかみグリグリと、ブランジェ先輩の重力首絞めで死にかけながら、僕はそう思った。
すごい痛い。そろそろ助けて?
死んじゃう…
꧁:✦✧✦:꧂
ムーンラピスの秘め事が暴かれ、納得いかないゾンビの制裁措置があってから、暫く。
これまた別の議題へと話は移り、言い争いに発展し。
“逢魔が時の夜会”も終盤に差し掛かり。最初のように、マーチが締めの挨拶をしようとした…
その時。
『───ビーッ、ビーッ!!』
不穏を誘う警報音が、夜会会場に鳴り響く。
「なに!?」
「待って知らない───ラピスちゃん!?」
「そりゃ、僕が仕掛けたヤツだよ。この会場作ったのも、僕なんだしねぇ……ふむ」
「言って!」
「うーん…」
:あわわ
:はわわ
:耳がーッ!?
:鼓膜ないなった
:生やせ
:わかた
:人間やめてるやつおるな
:宇宙人か?
:吊るせ!
鳴り止まない警報を浴びて、ラピスは顔を顰めて熟考。周りの騒音には見向きもせずに……そもそも、音の発信源を何処に置いたのか、思い出す作業に入る。
そう、この女。
色々と罠やら装置などを起きすぎて、何処に何があるか把握できていなかった。
それから暫しの逡巡の末…
「あっ」
思い出す。
「天の川銀河に、知的生命体が侵入した時の警報音だわ」
この女、さりげなく宇宙進出していた。
「待ってなんで?」
「どうやって」
「あ〜、前に、ピッドの列車魔法で銀河鉄道して、宇宙に飛ばしたんだよ。あれ、術式を弄ると止まんない暴走破壊列車になるからそのままぶっ飛ばして、暗黒銀河の方向の銀河の端っこ着いたら、監視魔法自動セットさせる術式を組んで、そのまま宇宙のデブリにしてたんだよねぇ。まあリデルの直感に任せても良かったんだけど、それはそれ。余剰分の魔力も全部使ったけど、また溜めればいいし」
「距離の概念どうなってんの」
「魔法ってすげー!だよ。そもそも、敵本拠に攻める時は列車魔法使う予定だったし」
「力技…」
「いつものことじゃん?」
「役に立ったのです!」
「光年どこいった…」
「……多分、あれだな。先輩に距離を短くする魔法少女がいたから、そいつの魔法パクったんだろ」
「参考にしたと言え」
「はいはい」
:なんでもありか?
:もうこの人だけでいいよ
:余剰分の魔力、どんだけあったんすかね…
:聞かない方がいいよ
:おっそうだな
戦闘準備に入り、意気揚々と駆け出す魔法少女たち。
「観戦するわ」
「ラピちゃんも行くんだよー!」
「机にしがみつかないで!」
宇宙人にそこまで興味がないラピスが、後輩とゾンビに出番を譲ろうとするのを、全力で邪魔して連れ出す姉妹がいたとかいないとか。
宇宙人との戦いが、始まる。
地の文の誤字www
ウケるw
訂正しますた