98-目を背けさせた真実
「魔法少女が狙われる、って言っても……もう純粋なのはそこの4人だけだけどね」
「……復活した、ラピちゃんたちは?」
「うーん、混ざり物かな。【悪夢】の力を取り込む邪道で完成した……新しい形態の魔法少女とでも言おうか。まあ褒められる存在ではないことは確かだ」
「うへぇ」
“逢魔が時の夜会”……中盤戦。悪夢の先駆者、前時代の英雄にして救世主であるムーンラピスが語る、宇宙全体が恐怖する【悪夢】の力。
本来ならば、浄化の力を持つ魔法少女とは両立しない、闇の根源を。
「狙われてるから、戦闘に出さないって?」
「いいや?純粋に邪魔だからさ。それに、【悪夢】のないか弱い同胞が、星喰いの餌になるのは非常に忍びない……まさか、率先して敵の親玉に食われたいとでも?」
「【悪夢】がなくても、私たちは戦えるよ」
「そりゃそうだかもだけど……ま、不確定事項は少しでも減らすべきだ。必要なら兎も角、無駄な犠牲を増やすのは僕も望まない」
意見は平行線。魔法少女と、力のない地球人を夢の中に閉じ込める算段のラピスにとって、戦えるからと安心して戦場に送り出すことはできない。
【悪夢】の力は、一種の予防線。
“星喰い”たちの毒になる力を持てば、ある種の優位性を確保できる。
……存在するだけで毒にはならないのは、アリエスとの交流で判明した、がっかりな真実であったが。
その時の落胆を胸にしまって、ラピスは話を続ける。
「真っ先に命を狙われるのは、君たちだろうね。まさか、みすみす死なせろって言うわけ?」
「そんなわけ。逆に、私たちが信頼できないの?」
「うん!」
「わぁいい笑顔。ぶん殴るね」
「暴力は御法度なんだよね〜!!ブランちゃん止めて!!得意でしょ!!」
「怪力女扱いは酷くない?やるけど」
「痛い痛い痛い」
「死ぬ死ぬ死ぬ」
「ギブ?」
「ミッ」
幸い死にはしなかったが、ブランジェのアームクロウを警戒しながら、ライトとラピスは不毛な言葉の投げ合いを再開する。
「……それじゃあ、折衷案を出すね。私たち魔法少女も、他のみんなみたいに【悪夢】の力を取り入れられないの?そこんとこどうなの」
「無理。絶対に無理っていうか、不可能」
「なんで!」
「……ねぇ、ライト。ここにいるみんな、そして視聴者のみんなに問いたい」
:なに?
:どんとこーい
:なにかな
「───君たちは、魔法少女がアクゥームの素材になった最悪な結末を、見たことがあるかな?」
魔法少女を知り尽くした魔人の問に、誰もが口を噤む。
「……ない、かな」
「ないぜ」
「聞いたこともないかな」
「……考えてみれば、そんな最悪、起きててもおかしくはないのに……」
:ない
:考えたこともなかった
:…絵師さんのIF妄想ではあるけど
:シッ!
:性癖は隠せ!!!魔法少女に見られて気不味くなるのはこっちなんだぞ!!!
:手遅れ
「んんっ……まぁ、兎も角」
「……魔法少女は、【悪夢】を宿せない」
「それが答えさ。魔法少女の浄化の力は、【悪夢】の力を跳ね除ける。故に、取り込むなら……僕たちのように一度死んで、二つの力を均等に持つしかない」
「それじゃあ、一般人は?徴兵するつもりはないけど……三銃士の人とかは、別に死んでないよね?」
「彼らは特別だよ」
そうして公に明かされる、三銃士、及びオーガスタスに取り込ませた怪人因子……
適性があったからこそ叶えられた、悪夢を宿す意味を。
アリスメアー三銃士は、心に闇を持つ者から選ばれた。それ以外の選出基準は、ムーンラピスと故郷が同じ、日本出身であることのみ。
経歴も、性格も、在り方も、基本なんだってよかった。
それでも彼らは選ばれた。
マッドハッターを名乗り暗躍する、月の魔人のお眼鏡に適った社会の犠牲者たちが。
「三銃士という枠組みで収めたかった。幹部怪人の中でも理性的な……あの害鳥は兎も角、マトモなのが理由でその名を拝命したヤツらだったし。ペローたちをその枠組みに落とし込んで、概念的に【悪夢】の使者として定義させて存在を強化させた」
「……その言い分だと、下手したら悪夢に飲まれてたってことにならない?」
「そうだよ?」
「そうなの!?」
「えぇ…」
衝撃の事実。ちなみに、オーガスタスことオリヴァーもだいぶ危ない綱渡りをしていた。ラピスが慎重に、普段は持ち得ない気遣いで人格を侵されずに怪人として成立した事実が、今漸く、怪人手術を受けた当人たちの耳に入る。
寝耳に水である彼らの反応は、以下の通り。
ペロー@三銃士
:うそでしょ
チェルシー@三銃士
:世の中に、そんな甘い話はない…
ビル@三銃士
:説明されてないが
オーガスタス@新参幹部
:なぁにそれ
:酷くて草
:これが元人間への扱いかぁ…たまげたな…
:そうゆうとこ適当よね
:やってそ…
同情と非難の目が集まるのを無視して、ラピスは会話を振り出しに戻す。
魔法少女と【悪夢】の、親和性の悪さを。
「魔法少女と【悪夢】が交わるには、宇宙共通とも言える拒絶反応をどうにかするしかない……つまり、どうしようもないんだよ」
「……闇堕ちしても無理なの」
「だから無理なんだって。諦めて。全部僕たちに任せて、夢の世界で生きてなってこと」
「嫌です」
一方通行の思いは、通じ合わず。何処までも対立する。
「みんなはどうなのさ!」
「んえ?んまー、死んでる私たちに任せろーって思いは、確かにあるよ?あるけど……」
「夢の中で生きろって強いるのはなぁ……」
「ラピピの気持ちもわからなくもないし」
「敵の数が多いのがいけないのです」
「よくわかんない」
「どっちでもいい」
「……総論は?」
「「「「「「勝った方に合わせる」」」」」」
「……納得得てたんじゃないの?」
「勝った方が正義って言うなら、別に。僕が勝ったら全員頷くってことじゃん」
「確かに」
地球に生きる無垢な人々を守るという心は、全会一致で決まっている。その方法は、今を生きている後輩たちと、強行主導する最強たちの、勝負の結果に委ねる。
なにも思考停止ではない。
何処までいっても敗戦者である彼女たちが、蘇った脳をフルに回転させた、熟考の末の結論だ。
二つの意見、どれが正しいのかなんて、言われなくてもわかっている。
否定も肯定もできなかった。ただ、頷くことしか。
「……そろそろ、決着をつけよっか」
「いいよ。日取りはいつにする?いつ殺し会う?いつでも僕は大歓迎だよ?」
「やっぱ野蛮だぁ…」
「ごめんね、うちの後輩たちが…」
「いえいえ」
また啀み合う太陽と月は、再び注がれる呆れる視線から見て見ぬふりをした。
「そもそも!全部一人で解決しようとするのがよくない!私の気持ちも考えてよね!!」
「知ったことかバーカ!大人しく従ってろ脳無し!!」
「はぁ〜!?こっちだって心配してるの!そもそも、私が悪夢の世界で生活することに納得すると思ってるわけ!?私への理解度足りなくなぁい???」
「そこは安心して欲しい。夢の世界だってことは、みんな認識できなくなるし……その記憶も消して万全を期すし」
「用意周到すぎて怖い!なんなのこの子!」
「みんなを思っての決断ですが?」
「それは知ってるけど!知ってるけどもッ!納得できるかできないかは別じゃんッ!!」
「納得しろ!!」
「いやだ!」
最終的に取っ組み合いの喧嘩に発展するが、止める者は誰一人としておらず。
「第一!ユメ計画の代替案はあるわけ?まさか、ないのに文句言ってるわけないよなぁ?」
「ないけど」
「はぁ?」
「あるわけないよね。私がそんな難しいこと、考えるわけないでしょ?」
「なんなのオマエ」
「負けたラピが一生懸命新しい案考えればいいと思う!」
「バッカじゃねぇの???」
「……ごめんラピピに同意。ラトトバカなの?」
「そこまで考え無しとは……恐れ入ったぜ」
「困った後輩だこと」
「あはー、ウケる」
「お姉ちゃんさぁ……」
「先輩…」
「バカでごめんねぇ!!」
「ホントだよッ!」
:決定
:相変わらずだなぁ…
:逆に安心する
:これぞライトクォリティ
:ちゃんと対抗して
:知ってた
考え無しのライトを、全員でフルボッコにする……最早見慣れたその光景に、視聴者一同が懐かしさからほんのり涙ぐむが……
それを遮るように、マーチがビシッと指を差す。
ぽけ〜っとしていた新世代3人……エーテ、コメット、デイズを呼ぶ。
「そうだ!後輩ちゃんたち!君たちはどう思う?」
「……えっ?」
「ポカンとしてないで。ラピスちゃんの計画に対しての、改めて思うこととか……どう?」
「どうって…」
「……難しいですね」
「う〜ん」
先輩たちに萎縮して沈黙するか頷くかしていた3人は、改めて熟考する。
親愛なる、偉大なる、尊敬する先輩の決断。
大手を振って喜びたくはない、そんな危うさの計画に、彼女たちはどう思うか。既に再三告げているとしても……またここで、決意表明をするべきと。
マーチのバトンを受け取り、息を吸って、堂々と思いを伝える。
「正直、お姉さんの……幸せな悪夢だけを見て、脅威からみんなを守るっていうのは、すごい魅力的、なのかもって思ってる。思ってるけど……なんか違うんだ。私は、その違うって言う違和感を、大事にしたいの」
「……そうね、私も。納得できないことを押さえ付けて、無理矢理飲み込むなんて……できっこないわ」
「チェルちゃんは、すっごい共感してて。あぁ、これが、あの子の救いなんだなぁ、って気付いてからは……大声で否定するのはやめた、けど。それでも、あたしは……今を諦めたくないなぁ、って思います」
「……私は、自分が生きたい世界の為に、抗います」
「あたしも!みんなで頑張って、宇宙のこわーい人たちと戦えば……きっと、違う未来もあると、思うんだ」
「私も、そんな感じ、かな」
コメットの決意表明も、デイズの希望的観測も。
二つの思いを受けて、ムーンラピスはなにを思うか……その青い双眸に秘められた漆黒の輝きは、悪夢の虚ろは、なにも写さない。
真剣に、子どもたちの思いを汲み取ろうと。
夢見やがってと罵倒したい気持ちを押し殺して、自分も大人になろうと、口を噤む。
だが。その秘め事を裏切るように、エーテは、心の裡を義姉に告げる。
「……死んだ人もいる世界。そう聞くと、私だって、少し嬉しいなって、思うとこはある。アクゥームに殺された、お母さんとお父さんに、会えるなら。他のみんなだって、そんな人が多いと思うの」
「……エーテ」
「でも、ね……よく、考えてみたらさ……私たちだけが、幸福になるのは……違うじゃん」
私たちだけ。その言葉に力を込めて、妹は深呼吸。
「? なにを」
「! あはっ」
対照的な反応を見せる姉たち。血の繋がった光の姉は、エーテが、明園穂花が言いたいことに気付いたらしい。
まだ言葉は紡ぎ終わっていない。
ちゃんと想いが通じるように。もう一人の姉に、大事なあの人に伝わるように。
「───みんなが悪夢の中に入ったら。お姉さん、一人で戦うつもりでしょ」
孤独を受け入れかねない、その真実に気付いていると。
リリーエーテは、目を逸らさずに。動揺する姉の蒼瞳を見続けた。