92-棚から牡丹餅、獅子の享楽
宇宙sideです
主人公でません
男しかでません
なんてこった
“獅子宮”───ズーマー星人の中でも、屈強な肉食系の血族が従う将星の本拠地。獅子の頭を模した石像が、星を咥えている、そんな自己主張強めの形状の惑星で、今。
全ての頂点に立たんとする獅子が、頭を悩ませていた。
「ガルル……面倒なことになったな…」
十二将星が一座、“金色獅子”レオード・ズーマキング。同星たちと比べて一段と支配者としての自覚があり、また皇帝への叛逆精神を忘れていない、獅子身中の王。
幾つもの計略を巡らせ、必ず王手を取る銀河の策略家。
そんな彼は、今。自分が撒いたと思われる種で、かなり大規模な損害を被っていた。
一週間程前、未知の辺境である地球に送り込んだ、己に弱味を握られた同星たち。
物理最強と搦手最強、そして特殊技特化の将星。
その全員との連絡が取れなくなった上に、該当する星の支配下が陥落した。
時系列を考えれば、確実になにかあって、メーデリアの身に不幸が起きたのだろう。想像するに、夢の中で大きな問題に直面して、這う這うの体でなんとか逃げ帰ったが、逃げきれなかった、といったところか。
呪詛といういやらしい手も、その凶暴性も。
レオードとしても想定外にも程があり、まさかここまでニンゲンとやらがやれるとは思ってもいなかった。そこは自身の見通しが悪かったと、彼は素直に認める。
……羊は兎も角、牛と水霊の武力が通じていないとは、まだ思っていないが。
だが、レオードにとっての最悪は、戦力2人の生死不明などではない。
「タウロスとメーデリアの死は、まあ想定内だ。そもそもアイツらは、アリエスを守る為の肉盾。奴の能力の関係上優先順位は低くなるからなぁ……
……最大の誤算は、連絡もつかないこと。草食動物め、しくじったな」
死んだとは思っていない。他の同星は、最初から死なすつもりであった。“夢渡り”で、なんらかの障害が起きると想定していたレオードは、アリエスの壁役として、死んだ2人を選んだ。流石に、そう易々と死ぬような将星だとは思っていなかったが……恐らく、戦って負けたのだろう。
皇帝贔屓である潜在的な敵を葬るには最適だった。
謀略の最中に手に入れた脅し文句で簡単に受け入れた、思考不足なのが悪い。死んでいてくれた方が、彼にとって逆に都合がいい。
そう、レオードにとって重要なピースはアリエスだけ。
夢というあやふやで不確かな空間を、ほぼ無事に通れる替えのきかない逸材。失うには痛すぎる駒なのだ。
それなのに、連絡が来ない。
希望的観測を述べるなら、生きてさえいればいい。例え捕まっていても、生きているならやりようはある。だが、最悪なのは。死んだと思われる武闘派と共に、夢の世界で塵になっている可能性。
ありえないわけではない。それだけ、レオードの想定を遥かに超える強者が、地球にいるのならば。
……見るからに非力で、消極的な生きたがりに、どうか手加減してくれないかと祈りながら。
レオードは策を練る。
アリエスの生存確認、あと一応、死にに行かせた将星の死亡確認、地球の強者をどう取り込み、目的を果たすか。
場合によっては仕方ないと、最悪な未来も想定する。
……数日前、わざわざ自分の城に転移して、確認をしに現れた“怪物”との記憶が、脳裏を過ぎる。
───息災であるな、レオード。
───これはこれは。偉大なる我らが皇帝陛下。それで?このオレに、何の御用でしょうか。
───ふむ。一つ聞こう。
───なんでもお答えしますよ、陛下。
───……先日、将星の座が減った。レオード、オマエ、なにか知っているな?
───ほぉ。
確信を持って己を見下ろした、あの紫紺の魔瞳に映る、金獅子の顔はどんなものだったか。
好戦的に笑えていたか。冷や汗は垂れていなかったか。
武力ではどうしても勝てない、知略でも、圧倒的武力で捩じ伏せられかねない、そんな相手に。
殺意を、隠せていたか。
───なにも?
挑発気味に笑ったのは、せめてもの意表返しだ。
“皇帝”もわかった上で、「程々にしろよ」とありがたいお言葉を授けてくれた。
やりすぎなければ黙認すると、下克上上等な姿勢で全て受け入れたのだ。
相変わらずの懐の深さと、絶対的自信には溜息が出る。
「ククッ、寛容なことでなにより……人様の寝室に勝手に押し入る常識の無さは、そろそろどうにかしてもらいたいもんだがなぁ…」
考える。
考える。
考える。
あの景色を見るには、あの頂点から見る光景を見るにはどうするべきか。
レオードは考えを巡らす。
全ては勝つ為に。
最後に笑っているのは、自分であると。圧倒的な勝利を手に入れる為に。
そう計略を巡らせていた、その時。レオードの執務室のタイプライターが、音を立てる。
原始的な、アナログな機械から、紙が吐き出される。
「! アリエスか!」
慌てて席を立ち、黒文字が滲む羊皮紙を雑に手に取る。
書かれた文字の筆跡は、確かにアリエスのもの。この前無理を言って書かせた誓約書───私はレオード様の枕に抜けた髪の毛を詰め込みませんの旨を書かせた───のと同じ筆跡であった。
確かに安眠できるぐらい優れた枕になっていたが、まあ獅子の尊厳の為に泣く泣く廃棄した。
飼育動物なら兎も角、将星の抜けた髪で作ったものなど溜まったものではない。
「……ククッ、成程なァ。辺境も捨てたもんじゃねェな」
書かれている内容に、レオードは思わずほくそ笑む。
アリエスからの調査報告書。そこには、“夢渡り”により地球の最高戦力である“魔法少女”の夢と運悪く接続して、その場でタウロスが魔法反転で瞬殺。メーデリアは頭だけ残された状態で記憶を読み取られ、その後逃走。一週間の捕虜生活で、下手人の性格から確実に罠を張って大惨事を引き起こしていると推測。アリエスを捕虜という形で星に残留することを認め、現在彼女の監視下で調査自体も一応許されている、とのこと。
そして、地球という星の技術レベルや、文化レベル。
【悪夢】を擁する勢力と、【悪夢】を浄化できる勢力。その二つが激突する、擬似的な内紛状態にある世界。また複数の国家が乱立しており、惑星一つで一国の定義からは外れた惑星であること。
そして、元は正義に属していたが、【悪夢】に転属した魔法少女に捕まり、現在丁重()に扱われていることも。
そういった文面が、丁寧に、時折愚痴も混じった文体で書かれていた。
……文末に、内容は後ろから見られながら書いていると記載されていなければ、百点満点だったが。
「死んでねェだけマシか。ククッ、それにしても……あのタウロスを一撃たァ、やるじゃねェか」
「───盗み聞きして悪いけど、何の話してるわけ?」
「!」
突如、レオードの執務室に、第三者の───ねちっこい美声が響く。
胡乱げに背後を見れば、窓枠になにか張り付いていた。
「……なにをやってやがる、タレス」
「いやー、デイリー消化の寄り道遊びに来たんですけど。ぽきが思ってたよりも難しい顔してて登場しづらくて……ついネタに走りました」
「閉めていいか」
「せめて入れて!!」
「帰れ」
「ヤー!」
全力で窓枠にしがみつくのは、褐色肌の陰気な美青年。手入れしていないボサボサの銀髪は足元まで伸び、途中でサソリの尾のように変形している。
ヨレヨレの青ジャージを着て、胸元を大胆に開けているその男は、タブレットを小脇に挟んだまま部屋の中へ。
首元にかけた眼鏡の位置が気になるのか、少しズラして満足してからソファを占領する。
彼はサソリの異星人。レオードと同じ将星の一人であるエンジニア。
タレス・スコルピオーネ。“魔蠍狠妖”の名を冠する将星である。
「チッ、他言無用だぞ」
「嫌々でもぽきには教えてくれるとか、レオード氏ったらやっさし〜!それで?えぇっと、なになに………ぶふっ、ちょっ、はァ!!?」
「うるせぇ」
「いやいやいや!これ、これっ!完っ全に謀反してんじゃないか!!」
「おう」
「おう???」
「うるせぇ」
「君さぁ」
現在進行形で行方不明の羊の同星からの調査報告書に、青い目を飛び出させる。書いている内容を読めば、全てが将星としても見逃せない情報ばかり。
……物理最強と搦手最強が瞬殺されているというヤバい描写からは目を逸らして。
なにその怪物。
「えぇ……つーか原因レオード氏じゃん。反省して?」
「はいはい。仕方ねェだろ。こっちも想定外だったんだ。アイツらの死は予定通りとはいえ、思ったより魔法少女、だかなんかが強すぎた」
「性格悪ぅ。一先ずタウロス氏とメーデリア氏のご冥福をお祈りします、と」
「代わりに口封じしてくれやがったのは僥倖だったな……菓子折りでも渡すべきか」
「外交始まっとる…」
死なせる予定だった将星の処分をしないで済んだのは、彼にとってはメリットしかなく。皇帝よりもレオードよりであるタレスにとっても、利点しかなかった。
70年振りに空席ができた将星の座に、次は誰が座るのか考えてから、タレスは笑う。
報告書に記載された、とある一文───将星を、単独で蹂躙できる存在を指差して。
「いやぁ〜、それにしても」
「うん?」
「この魔法少女!ヨキ響きですぞ!なにそれかわいい!!すっごい癖に刺さりますぞ!欲しい!是非ともぽきの娯楽コレクションに加わってほしい!」
「……具体的には?」
「なんか媒体とかないの!?鑑賞したい!あとアニメとかマンガとかも発展してる感じ?全部見たい!ヤバっ、これ皇帝陛下に滅ぼされたら溜まったもんじゃないよ!!!」
「平常運転でなによりだ」
「ヨシ、決めた!ぽきは地球に行きます!」
「バカ言ってんじゃねぇよ。行動力あるニートは黙ってろ暴れんじゃねェ!!」
「行きたい〜!!」
自他ともに認めるオタクである彼は、新たな強敵よりも地球の文化に興味津々。
魔法少女という存在にも興味を示して大暴れ。
腐れ縁であるサソリオタクの行動力に辟易としてから、レオードは幾度目かの溜息を零す。いい加減にしろと拳を頭に叩き込んで、黙らせてから。
煙を上げて絨毯に倒れるタレスを無視して、レオードは棚からワインを取り出す。
「おい、付き合え」
「えぇ〜?午前中なんでスけど……まぁいいや。一先ず、魔法少女ちゃん様とコンタクト取る時があったら、ぽきも絶対に呼んでね」
「考えとく」
「呼べよ〜。呼ばなかったらぽきが融通してる電子機器は撤退させちゃうよん」
「死にてェならそう言えよ」
「うっそ〜☆」
いつものように軽口を叩き合いながら、紅星ブドウから作られたワインを酌み交わす。
予定通り、タレスの存在も計画に組み込んで。
下克上の時を待つ。いつの日か、忌々しい怪物が見る、宇宙の果てを見る為に。
悪巧みと暗躍ならば右に出る者はいない、獅子の親友を横目に見ながら、蠍も笑う。
自由な宙を、大いなる神より解放された希望を夢見て。
オタクにやさしいヤンキー