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89-○○には勝てなかったよ…


 “剛鉄貫牛”のタウロス。将星随一の硬さを誇る武人を、たった一手で殺害してみせたムーンラピス。夢の中という非現実的な空間ではあるが、ここで死ねば現実でも死ぬ。

 そもそも、彼は“夢渡り”の為に、現実にあるべき肉体を夢の世界へ持ってきていた。

 それがあっさりと吹き飛べば、どうなるかは明白で。

 意図も容易く銀河の強者を絶命させたムーンラピスは、次の標的を目線で探す。


 そうして捉えたのは───青ざめた顔のメーデリア。


「ッ───!」


 同格の突然の死に硬直していたメーデリアは、なんとか気を取り直して攻勢に出る。ここで動かなければ無意味に死ぬ。殺される。なにかしなければ。実行しなければ。

 未だに現実を掴めていないのか、茫然とするアリエスも守らなければいけない。

 否、夢の世界から出る為には彼女の存在が必要不可欠。

 生き残る為に彼女は動く。最悪、地球への潜伏は諦め、撤退する為に。


 保険はかけてあるが───成功するかは未知数なので。メーデリアは、逃げる為に魔力を振るう。


「“大いなる海よ”ッ!!」


 どこからともなく、大量の水が噴き出す。夢の空間を、敵の視界を遮るように、埋め尽くす。触れれば魔力を奪う特別な水が、メーデリアの指揮によって大きく波打つ。

 高波に視界を奪われ、ムーンラピスは不満気だ。

 その隙にタウロスの四肢を回収して、アリエスも大水で抱えて逃亡を図る。


 兎に角、この女の夢から逃げなければいけないと。


 そう思って───一歩、踏み出した。その時。身体が、傾いた。


「ぇ?」


 瞬きの内に、手足の感覚がなくなった。


 否、それだけではなく───首から下の、全ての感覚が消えていた。


「うわぁ、接続部切ったら液体化した……怖いから身動き制限しちゃおうね」

「……ッ、あがっ!?」

「ダメだよ、逃げちゃ」

「な、ぁ…」


 気付けば、頭を掴まれていて。


 首を斬られたのだとわかった。首から下は、種族柄水に変化して床に落ちたらしい。その状態でも、落ちた身体を操作することはできる。実態のない、生きる水である故にそれは可能だ。

 だが、できない。

 月の魔人に鷲掴みにされた頭に流される、微量な魔力に阻まれる。


「さて、と。そこのモコモコ羊はなんか固まってるし……聴きたいことは、君に聞こうか。知的な見た目してるし、いい情報の一つや二つは持ってるでしょ」

「ッ、申し訳ないですが、黙秘を貫かせてもらいます」

「大丈夫。頭に直接聞くから」

「は?なにを───ッ、ぁ!?が、あぐっ、ぃ、ああああああああああああ!?」

「うるさ」


 ラピスが取った手段は、単純明快。メーデリアの記憶を読み取る、ただそれだけのこと。

 だが、どうにも脳に酷いダメージが走るようで。

 絶叫するメーデリアに、ラピスは心底呆れた顔をして、それでも魔法を使うのは止めずに。

 容赦も、躊躇いもなく。

 対話のない尋問を。人様の夢に土足で入った不届き者の記憶を読む。 


「へぇ。暗黒王域の十二将星……なにそれかっこいい」


 厨二心を刺激されながら、ラピスはメーデリアの記憶を深くまで見ていく。


 現在の宇宙の情勢も、構成も、配下も、その頂点も。


 抵抗は無意味。地球で最も平和に貢献し、宇宙勢力にも通用する怪人たちを葬った女の前では、為す術なく。ただひたすらに、無情に、記憶の領域を踏み荒らされる。

 絶え間ない苦痛に泣き叫ぶメーデリアを、アリエスは、茫然と見つめる。


 あっさり負けてしまった同格の、戦闘力だけで見れば、絶対に敵わない2人。それが、こうもあっさりと。一切の反撃も許されず、呆気なく無力化された。

 一人は瞬殺され、もう一人は脳に尋問され。

 へたり込むアリエスは、なにもできず、思考もできずにそこにいた。


 ……そうして、一通り脳を漁り、記憶を見終えたのか。ラピスの手が、メーデリアの頭を離した。

 落下する頭は、パシャンと音を立てて水に浸る。


「はァ、はァ、はァ……」

「うーん、参ったな。内部分裂しそーな未来が沸々と……あのライオン丸は上手く丸めこめないかなぁ。いい感じにできたりしないものか」

「ぅ、ぐ…」


 思案するラピスを仰ぎ見て、解放されたメーデリアは、最後の抵抗を見せる。

 魔力の煌めきが、青い目に迸る。


「お?」


 なにをするのかな、と余裕の構えで見ていたラピスは、起きた魔法に顔を顰める。

 彼女の足元には、大量の水が残されていて。

 肝心のメーデリアの頭は、気配は、夢の領域のどこにもなかった。


「……あ、逃げたのか。そーいや、保険があるとかどうの記憶で言ってたな」


 アリエス無しでどうやって夢の世界から離脱したのか、その手品を記憶から読み取っていたラピスは、あまり深く考え込まず。

 後で幾らでも対処できると───記憶を読み取る途中で埋め込んだ罠を作動させる。

 その結果を確かめることもなく、ラピスは次の行動を。

 未だに現実を受け入れられていない……か弱い子羊へと目を向けた。


「さぁ、君が最後だ。って言っても……おーい。ちょっと正気に戻ってくれたりしない?」

「……ぅ、ぁ…」

「そのままだと殺しづらいんだけど」

「っ……ひっ、ひぁ…や、やだぁ……死にたくないぃ……来ないで、来ないでぇ……」

「ギャン泣き」


 目の前に近付いたムーンラピスに、アリエスはすぐさま恐慌状態に陥る。

 なにせ、この場に残されたのは自分だけ。

 命惜しさに逃亡したメーデリアは、正しい判断をしたとわかっている。わかってはいるが、どうにかこうにか自分も助け出して欲しかった。

 そう思うのは、ただの現実逃避。

 腰の力が抜けて、逃げることもできない。動くことも、叶わない。


───だが、その混乱は。また別の混乱によって、大きく上書きされる。


「よいしょ、と」

「ふぇ…」


 なにせ見下ろしていたラピスが、しゃがんでアリエスと目を合わせに来たのだ。


 恐怖からプルプルと震えるアリエス。涙目で、なんとか彼女の姿を捉える。至近距離、間近に迫るヤバい強敵に、抗議する余裕もなくて。

 胸を渦巻く恐怖と後悔。獅子の言いなりな過去の自分を百数回罵倒して、どうにか生き残ろうと必死に考える。

 渦巻く蒼い瞳が、自分を見つめている。

 殺意と敵意に満ちた、圧倒的強者の蒼い瞳───いや、なにかおかしい。


 茫然と、アリエスは信じられずに天敵と目を合わせる。


「? なぁに?」


 そこには、先程までの戦意が欠片もない……やさしさのこもった目を此方に送る、一人の少女がいた。

 完全に、戦闘態勢は解いていて。

 不自然な、まるで親しいモノ、大切なモノを見るようなおかしな目で、アリエスを見ていた。


 その異常な反応に、アリエスの挙動もおかしくなる。


「やっ、やばっ……これ絶対不味いやつぅ……」

「どうしたの」

「あ、いやその……えっと、その……なな、なんて言えばいいんだろ……!?」


 アリエスのような動物と人の特徴を持つズーマー星人。その中でも特異的な力を持つ幻羊一族には、“夢渡り”とはまた異なる、その名に相応しい力がある。

 それは、魅了。

 個のあらゆる遺伝子情報を媒体に、一族以外の生命体に影響を与え、無力化する力。血や涙といった体液、匂いや目線などで発動する脅威的な力を、アリエスは普段抑えているのだが。


 緊急事態故にか、本能で発動してしまっていて。


 将星2人を蹂躙した、目の前の強敵に、通用した。

 羊の毛そのものと言ってもいい、腰まで伸びる白い髪を鷲掴みにして、手慰みに触る。触り心地のいい、アリエス自慢のふわふわ髪を、堪能している始末。

 完全に隙である。


 本来ならば、常に状態異常軽減の結界魔法を纏っているラピスだが、夢の世界だと言う普段とは勝手の違う環境とちょっとした油断で、僅かに魅了状態に陥っていた。

 ただ能力にかかっているだけで、無力化できているとは口が裂けても言えないが。

 魅了にかかって、アリエスをすぐさま害す気をなくしたラピスに、アリエスはただ戸惑うばかり。

 ……ここで攻撃すれば、若しくは逃げれば、わんちゃんあるのかもしれない。一瞬そう思うが、すぐに頭を振って否定する。


「あ、あの……ですね。おち、落ち着いて聞いて欲しいんですけど……」

「うん。先ずは君が落ち着こうか」

「あ、はい。えっと、その……今、あなたには私の魅了がかかっちゃってまして」

「……魅了?この、僕が?」

「ごめんなさい。なんとか自力で解いてもらえますか……早く正気に戻って交渉させて……まだ死にたくないんですお願いします……」


 こてんと首を傾げるラピスに、必死に弁明して、自力で復活することを求める。こんな対応をするのは、将としておかしいのは百も承知だが。

 こうまでしないと無理だと、生きるのは難しいのだと、本能でわかってしまった。

 だからこそ、こんな悪手を取る。

 死んでしまった同僚を殺害した強者に、思わないことがないわけではないが。なによりも大切なのは、自分の命。例え良くしてくれた同胞でも、戦場に出たのなら死んでも殺されても文句は言えない。

 故に。敗戦兵として、生き延びる道を。従順に、強者に取り入る。


 ……まぁ、捕まってもどうこうしようがないことぐらいわかっているが。


 大事なアリエスの言葉を暫く疑っていたラピスも、漸く己の異常を理解できたのか、すぐに魔力を……体の内から爆発させて、魅了効果を霧散させた。

 多少身体が傷ついたが、その程度で怯む女ではなく。

 正気に戻ったラピスは、懇切丁寧に非礼を詫びる敵を、ジッと見つめる。


「……なにを考えてるの?言わなきゃ気付かないぐらい、精度の高い魅了だったのに。あの時に待ってるなり言えば逃げれた可能性は高かったんだよ?」

「いや、その……昔、姉がそうした結果、魅了状態の人に泣き別れにされちゃったことがあって……」

「なにそれ怖っ。宇宙物騒だな」

「そもそも、あんまり魅了を信用してなくて……」

「ふーん」


 経験談から、逃げても逃げれなかった=絶対死の未来が見えてしまった。

 取り敢えず話を聞いてもらえると思って、言葉を紡ぐ。


「あ、あの。夢の中に勝手に入ったのは謝ります。本当にごめんなさい……殺さないでください…」

「切実だなぁ。なんで将星になれてるの、君」

「が、頑張りました。こ、こう見えて、強いんですよ私!将星の中では弱い方ですけど……」

「えぇ…」


 アリエスが夢に来た理由も、メーデリアの記憶を通してわかっているラピスは、ほんの少しだけ同情すると共に、この無抵抗な異星人をどうしようか首を捻る。

 もう逃げられないとわかっている為、腹を見せて降参の勢いであるアリエスを、どうするか。

 魅了されたという事実を無くす為に殺すか。

 将星という敵陣の最高戦力を、一匹排除できたついでに捕虜にするか。


 プルプル震えて沙汰を待つ、命乞いしかしない白羊に、ラピスは笑う。


「いいよ。オマエ、今日から捕虜ね」

「はひっ…お、お手柔らかに、お願いしますぅ……」

「僕、敵意のないヤツを殺すほど、見境ない魔法少女じゃないんだけど」

「めぇ…」


 そんな訳で。十二将星が一座、“夢幻包羊”のアリエス・ブラーエが捕虜になった。


その後


「魅了されたヤバw」

「起きた瞬間なにを言っ、て───なんだオマエどっから現れた助けて」

「ヒェッ」

「捕虜〜。“星喰い”直属の手下って言うか、全体で見れば最高幹部の捕虜ゲットした。ウケる」

「なんて?」


:???

:???

:???


「待ってなんで配信ついてんの?」


:あっ


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― 新着の感想 ―
まあ本人も一族背負ってるみたいだし"今回は"本意ではないし力の差を理解して誠実に降伏したって事で…………。  リデル終了のお知らせ。 「今日はオヤツ抜きの野菜メニューね」 猫「!?」 ???「──…
寝顔配信してたな?
もし蒼月がアリエスの魔法を学べば 敵が一人ずつ夢の中で過剰な戦力に殺される未来...
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