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逃げられなくて

 私が彼らと学食でジャンボパフェを食べていたことは、思ったより噂になっていたようで


「あの、コイト。今日の昼に、退魔科の特別講師の2人と学食でジャンボパフェを食べていたって本当?」


 その日の放課後。私を中庭のベンチに呼び出した婚約者のマシューは不安げな顔で


「僕もチラッと2人を見たことがあるけど、これまでうちの学校で人気だった退魔科の生徒たちより、もっと綺麗で目立つ人たちだよね? コイトも彼らにドキドキした?」


 もしかすると彼の友人に「取られるぞ~」とか、冷やかされたのかもしれないけど


「別の意味では心臓が止まりそうでした。でもそれは恋のときめきではなく、捕食者を前にした恐怖のドキドキです」

「えっ? 捕食者を前にした恐怖って、どういうこと?」

「それは……」


 どう説明するか言いよどんでいると


「またコイトが俺たちの悪口言ってる~」

「僕らまだ何も悪いことをしていないのに、捕食者だなんて悲しいね」

「ひぃぃっ!? お2人ともなんでここに!?」


 またしても2人に背後を取られて絶叫する。


 反射的にベンチから立つ私の前に、2人は笑顔で回り込むと


「もっとコイトちゃんと話したくて会いに来ちゃった~」

「メランが僕以外の人を気に入るなんて初めてだから。良かったら仲良くしてって頼みに来たんだ」


 今度は偶然でもお詫びでもなく、自ら会いに来たらしい。


 その事実よりも彼らの笑顔に前世と同じ親し気な色が混じったことが、いっそう私を怯えさせた。


 まだ出会って3日目なんだけど!? なんで! いつも! 私に興味を持つの!?


「いやいやいやいや! 無理です無理です!」


 必死にフラグをキャンセルしようとするも


「あ? お前に拒否権があると思ってんのかよ、コイト~。俺はともかく司祭のブランには、庶民だろうが貴族だろうが、気に入った女を強制的にものにする権利があるんだからな~」

「えっ? 気に入った女を強制的にものにするって?」


 ポカンとする私に、ブランさんは苦笑しながら


「ものにするって言うと人聞きが悪いけど、退魔教会の幹部になるほど強い異能を持つ者は稀だから。なるべく血を残せるように、1人までなら気に入った女性を強引に妻にする権利が認められているんだ」


 いくら人々を悪魔の脅威から護る退魔教会のお偉いさんだからって、そんな無法が法的に認められているの……?


 絶望に気が遠くなる私の代わりに


「あの、でも身分問わずとは言っても、結婚を強制できるのは伯爵家以下の令嬢で、決まった相手の居ない人だけですよね?」


 なんとマシューは勇敢にも彼らから私を庇って


「それならコイトには、もう僕という婚約者が居るので。か、彼女に変なちょっかいをかけないでください……」

「ま、マシュー~!」


 震えながらも私を護ってくれる彼に感動していると


「……うん。安心して。彼の言うとおり、司祭以上の幹部が結婚を強制できるのは、伯爵家以下の令嬢で、伴侶や婚約者の居ない女性だけだから」


 ブランさんの言葉に、私は歓喜の万歳(ばんざい)をして


「やった! 良かった! 婚約者が居て!」


 更に愛する婚約者に抱き着くと


「……良かったね~、婚約者が居て。俺らコイトちゃんのこと、メッチャ気に入っちゃったし。ソイツが居なきゃ今ごろ強制結婚ですよ~」

「ほ、本当にコイトと結婚したいんですか?」


 マシューの問いに、ブランさんはニッコリと


「だってコイトさん、自発的には僕らの相手をしてくれないみたいだし。親しくなるには権力に物を言わせるしか無いんじゃない?」


 笑顔こそ保っているけど、前世のアウトローが顔を出している……。


 私はマシューの陰に隠れつつ、彼らから目を逸らして


「私みたいな女、どこにでもいますから……。私はこの人と結婚して平和な一生を送るので、どうか見逃してください……」


 力ずくで連れ去られたらどうしようと、恐れながら頼むと


「そうだね~。いくら俺たちでも法を曲げることはできないや」

「ね。婚約者が居るんじゃ仕方ない。じゃあね、コイトさん。彼と末永く幸せに」


 彼らは意外にも、あっさり去ってくれた。


 私に興味があったようだけど、まだ執着ってレベルじゃ無かったのかも。


 とにかく彼らを退けられたのはマシューのおかげだ。


「さっきは助けてくれて、ありがとう、マシュー! 私、あなたと婚約して本当に良かった!」


 手を取って感謝を告げるも、彼は微妙な顔で


「本当に? 君は今、退魔教会の司祭にプロポーズされたんだよ? この若さで司祭なら将来は大司祭。もしかしたら、法王になるかもしれない。大司祭ですら王族に並ぶ権力があると言われているのに。その話を蹴って全く惜しくないの?」

「惜しいはずが無いですよ。私が求めるのは権力でもイケメンでもなく、あなたと言う大いなる安らぎだけです」


 真剣さが伝わったのか、彼は「そ、そっか」と納得して


「君が僕を選んでくれるなら、誰にも渡さないから大丈夫。またあの2人が何か言って来ても、ちゃんと護るからね」

「ああっ、マシュー!」


 どうしてやり直しのはずの人生で、前世の天敵と再会してしまったのか、ずっと不思議だった。


 どうやら彼らに目を付けられたと分かった時は、前世の繰り返しになるんじゃないかと絶望したけど、今世の私には護ってくれる人が居る。


 きっと前世の敵と再会したのは、今世の私の夫となる人の愛と勇気に気付かせるためだったんだ。


 全てに納得した私はその夜、満ち足りた気持ちで眠りについた。


 しかし翌日。


「コ・イ・トちゃ~ん」

「いぎゃああっ!?」


 放課後。1人で学園の廊下を歩いていたら、メランさんに後ろから抱き着かれた。


「なななな、なんで!? 私のことは諦めたんじゃ……」


 激しく恐怖する私に、メランさんは笑顔で首を傾げて


「諦めたって、なんで? 恋人か婚約者が居るならともかく、フリーの女に抱き着くくらい別に良くね?」


 フリーだろうが、相手の許可なく抱き着くのがまず良くないけど


「ふ、フリーの女って? 私には婚約者が居るって、昨日紹介したのに……」


 戸惑う私に、今度はブランさんが


「あれから男子寮で彼と話したんだ。コイトさんがあんまり僕らを嫌がるから、もしかしたら婚約は嘘って可能性もあるんじゃないかって」

「いや、正真正銘、親公認の婚約者ですけど!?」


 ところが私の反応に、メランさんはかえってニヤニヤと


「え~? 本当~? あの豚君はコイトちゃんを助けるための嘘だって言ってたよ~?」

「えっ!?」

「嘘だと思うなら一緒に会いに行く?」


 すでに男子寮に戻っていたマシューを、ブランさんたちに呼び出してもらう。


 人目を避けて建物の裏に回ると


「ま、マシュー。この方たちに、私との婚約は嘘だなんて言っていませんよね? 昨日は彼らに何を言われても、私を護るって言ってくれましたもんね?」


 祈るように問うも、マシューはワッと叫んで


「ゴメンね、コイト! でも悪魔の脅威から僕たちを護ってくれる退魔教会の方に逆らってまで、そんな嘘は貫けないから!」


 彼の言う『嘘』が私の中で『愛』に変換される。


 恐らくマシューは彼らになんらかの圧力をかけられたのだろう。退魔教会に逆らったり寄付を怠ったりすると、いざという時、悪魔から護ってもらえないとも聞く。


 私がどうでもいいと思っている権力ないし武力によって彼の『愛』はへし折られた。


「あっ、ああ……」


 愕然とする私に、マシューも泣きそうな顔で


「僕も君との嘘を守りたかったけど……ゴメンね! こんな裏切り者のことは忘れて!」


 彼はキラキラと光る涙を残して走り去った。


 絶望のあまり、その場にへたり込んだ私の背に


「……婚約者、居なくなっちゃったね? コイトちゃん」

「ひぃっ!?」


 メランさんに続き、ブランさんも私の前に(かが)み込んで


「誤解しないで? 結婚は一生のことだから、僕だって軽々しく権利を行使するつもりは無い。ただコイトさんのそういう色んな表情がもっと見たいだけ」


 私の顎に指をかけて顔を上げさせながら


「それが叶わないなら、結婚もやむないと思うだけ」


 一瞬恐ろしいほどの無表情になると、フレンドリーに笑って


「それでコイトさんはどうする? 僕らと友人になるか、いきなりそれ以上の関係になるか?」

「友人で……友人でお願いします……」

「やった~。俺、女友だちなんて初めて。仲良くしてね、コイトちゃん!」

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