避けようとして
しかし翌日。友人たちと教室で昼食を食べていると
「ああ、ブラン様もメラン様もなんて素敵なのかしら」
「お2人と出会ってから、今まであんなに恋焦がれていた退魔科で人気の殿方たちが、すっかり色あせて見えますわ」
もともと普通科の私たちに、退魔科で人気の殿方たちとの接点はほとんど無い。
麗しい外見と評判に惹かれていたのだから、その上位互換が現れれば気になって当然だ。
「わたくしたちの心を一瞬で塗り替えながら、お2人は1か月で去ってしまわれるのね……」
「神様は残酷ですわ……」
残酷どころか慈悲だよ。関わらないほうがいいよと思いながら聞いていると
「この世にあんな極上男子が存在すると知りながら、普通の男と結婚なんてできませんわ!」
「なんとかして、お近づきになれないかしら?」
「取りあえずまたブラン様たちを捜して、なんとか目に留まる努力を」
自ら猛獣に近づこうとする彼女たちに
「やめなよ! そんな危険なこと!」
思わず声を荒げると、友人たちはビクッとして
「こ、コイトさん?」
「なんですの、急に? 危険なことって?」
「確かにメラン様は危険な雰囲気ですが、ブラン様なんて常に物腰柔らかで微笑みを絶やさない理想の王子様でいらっしゃるのに」
確かにブランさんこと白さんは、前世でも常に物腰柔らかで微笑みを絶やさない人物だったが
「常に微笑みを絶やさない人間なんて、かえって怖いですよ。そりゃ私たちだって愛想笑いくらいしますけど、人間だから絶対に不快とか退屈とかあるのに、その感情の機微を完ぺきに隠しているんですから。本音を見せてない証拠と言うか、何を考えているか分からなくて怖いですよ」
今世のブランさんはどうか知らないが、前世の白さんは
『自分は絶対に安全だと高をくくっている人間を、絶望させるのが好きなんだ』
と穏やかな笑顔で語り、何度となく実践した究極のサディストだ。
前世の人格だけで決めつけるのはいけないかもしれないけど、絶対に友人に勧めたい相手じゃない。
しかし脅かし過ぎたのか、友人たちは青ざめながら
「こ、コイトさん。後ろ」
「えっ?」
彼女たちの言葉に後ろを振り返ると
「いやああっ!? なんでここに!?」
いつの間にか背後にメランさんが立っていて
「わざとじゃなくても痛い思いをさせたんだから、何かお詫びして来いってブランに言われたんだ~。でも、そんな優しいアイツを赤髪ちゃんは何を考えているか分からない胡散臭い男だって思うんだね~?」
ニヤニヤと見下ろされた私は
「あばばばば……」
「こ、コイトさん! 白目で泡を吹いている場合じゃありませんわ!」
恐怖で意識を飛ばす私の代わりに優しい友人たちが
「すみません、メラン様! コイトさんはちょっと普通の女性とは感性が違うんですの! 人気の無い男性にときめき、人気のある男性を警戒してしまうんですわ!」
ありがとう……。皆、いつも似非令嬢の私と仲良くしてくれて大好き……。
彼女たちの友情パワーのおかげか、メランさんは私の失言を「ま~、いいや」と流したものの
「お詫びしてやるから、ついて来なよ」
当初の用事を果たそうとする彼に、私は無言で首を振り続ける人形と化したが
「来いっつってんだよ」
「はいぃぃ……」
大きな手でガッと頭を掴まれて、一緒に行くことになった。
放すと逃げると思ったのか、メランさんは私の手首を掴んだままブラブラと廊下を歩いて
「てか赤髪ちゃん、コイトって言うんだね。変な名前~。どんな意味?」
私は前世もコイトだった。ロマンチストな母が「この子が必ず運命の人と出会えますように」と赤い糸をイメージして『恋糸』と名付けたらしい。
しかしこの世界では特に意味の無い響きなので
「特に意味は無いそうです。私の顔を見てパッと浮かんだとか」
その返答に、メランさんは「へ~」と私の顔を見ながら
「まぁ、確かにコイトって顔してるかも?」
どんな顔だよ。
ついツッコみそうになる口をギュッと閉じていると、彼は私を見ながら眉根を寄せて
「……コイトなんて変な名前、聞くのもはじめてなのに、どこかで口にしたことがあるような……」
分かりやすい前兆に私は慌てて
「あーっ!? ところで学食のアレは、もう食べましたー!?」
「声デカくね? てか学食のアレって?」
ノープランだったので、メランさんの追及に焦りつつ
「えっと、学食にスペシャルジャンボパフェがあって……我が校のちょっとした名物で、知っているかなって……」
もにょもにょと続けると、メランさんは「え~?」と目を輝かせて
「何、スペシャルジャンボパフェって? 学食には行ったけど、メニューには載って無くね?」
どうやらメランさんは今世でも甘党のようだ。
そもそもこの学校で初めて会った時も、棒付きキャンディを咥えていたし、甘いものが嫌いなはずは無いけど。
「情報通だけが知っている裏メニューと言うか、完食を誓った者だけが頼める幻のパフェなんです」
なんとか話を逸らせてホッとするも、メランさんは子どものように二パッと笑って
「何それメッチャ気になる~。今から行こうよ」
「へ?」
「ちょうどコイトちゃんに、お詫びしなきゃだったし。スペシャルジャンボパフェ、奢ってやるから一緒に食おうよ」
「ええっ!?」
15分後。学食。
スペシャルジャンボパフェを挟んで向かい合う私とメランさんに、様子を見に来たブランさんは目を丸くして
「すごい。一緒に大食いメニューにチャレンジするなんて、ずいぶん仲良くなったんだね?」
「断れなかっただけです」とは言えず虚ろに微笑む私をよそに、メランさんはパーッと笑って
「でしょ~? なんか気に入っちゃった。コイトちゃん」
「ええっ!? どうして!? どこを!?」
驚きのあまりガタッと椅子から立ち上がる私を、メランさんはニッコニコで見上げて
「出会ってからずーっと挙動不審で、女なのにすぐ白目で泡を吹いて、メッチャ面白いじゃ~ん」
挙動不審だけならまだしも、白目で泡吹きは普通ならドン引きか体調を心配するレベルだ。
現に話を聞いていたブランさんも気づかわし気な顔で
「また白目で泡を吹いたの? そんな激しい発作を何度も起こして大丈夫?」
こっちは病気扱いだけど実際、前世の死因を考えると早くも寿命が削れ始めているのかもしれない。
その可能性に私は涙目で
「大丈夫じゃないかもしれません……。もう今日は早退して休んだほうがいいかも……」
立ったついでに寮に帰ろうとしたが
「あ? まだパフェ残ってんだろ、食えよ」
言葉で恫喝するだけじゃなくガッと椅子を蹴るメランさん。
「無邪気とヤカラが交互に来るのなんなんですかぁ……」
半泣きで椅子に腰かけると、ブランさんも同じテーブルについて
「……でもメランが気に入るのも少し分かるな」
「えっ?」
彼は頬杖を突きながらこちらを見て
「青ざめて震えて、逃げたいのに逃げられない感じが可愛いね」
上品で穏やかな微笑みに恍惚とした色が混ざる。
前世、何度も見た表情。獲物を前にした捕食者の目。
恐怖で固まる私に、メランさんがニヤニヤと
「ブラ~ン。コイトちゃん、ただでさえお前にビビってんだから、絡むのやめてやんなよ~」
「僕にビビっているって?」
「なんかお前の嘘笑いが何を考えてるか分かんなくて怖いんだって。女でブランが怖いってヤツ、初めてじゃね? コイトちゃん、馬鹿なのに勘はいいんだ。面白れ~」
流してくれたと思いきや、最悪のタイミングで蒸し返して来た。
相棒の告げ口にブランさんは
「……そうなの、コイトさん? 本当に僕の笑顔が嘘っぽくて怖いと言ったの?」
彼は笑顔が嘘くさいと言われたくらいで怒る人じゃない。単に心から人の恐怖と動揺を愉しんでいるだけだ。
彼の嗜虐趣味が自分に向くのを恐れて、反射的にブンブンと首を振ると
「あ? 俺が嘘を吐いたってのかよ? コイト~」
前方に虎! 側面に狼!
絶体絶命の状況に「もう許して!」と泣き叫ぶ寸前。
「はぁっ、チャイムだ! 解散しましょう、皆さん! 急いでパフェを食べて!」
「え~? 別に授業とか、どうでもよくな~い?」
「どうでもよくはないね。僕も手伝うから、早くパフェを片付けて授業に行こう」
今世のブランさんが前世ほど無法者じゃなくて良かった。
ゴングならぬチャイムに救われて自分の教室に戻ると
「聞きましたわよ、コイトさん! メラン様たちと学食でジャンボパフェを食べていたって!」
「いったいどんな奇跡が起きたら、あんなハイクラスな殿方たちとパフェを突けるんです!?」
学食でも噂の退魔師コンビと同席する私に、生徒たちの好奇と嫉妬の視線が痛いほど刺さっていたけど
「ゴメンなさい、本当に何も覚えてないんです……。自分がどうしてあんなことになってしまったのか、緊張し過ぎて全く記憶が無いんです……」
追及を避けるための言い訳じゃなくて、自分でも本当にいつもいつも、なんでこんなに何もかも裏目に出るのか分からなくて死にそうだった。
その様子に友人たちも心配そうな顔で
「顔色が悪いですわ、コイトさん。浮かれるならともかく、なんでそんな死相を浮かべているんですの……?」