必死に自分を励まして
次に意識を取り戻した時。私は誰かに横抱きにされて、どこかに運ばれていた。
反射的に目を開けると
「なんで、そんな女を運んでやんの~? 勝手に倒れたんだから放っときゃいいのに~」
「人込みから離れられて、ちょうどいいじゃない。女の子1人運ぶくらい大した手間じゃ無いよ」
と言い合う白黒コンビの白いほうに抱かれていることに気付いて
「はぎゃああっ!?」
「わっ!?」
急にもがいたせいで、私は彼の腕から落ちた。
「ゴメンね、落として。大丈夫?」
派手に床に体を打ち付けた私を心配して、白さんが声をかけるも
「だだだ、大丈夫です……。こちらこそ、ご迷惑をおかけして、すみません……」
ダメだ。平静を装いたいのに全然動揺が隠せない。
案の定、黒さんは不審がって
「なんで、そんな青くなって震えてんの~? さっきも急にぶっ倒れたし、俺らまだろくにしゃべってないのに、そんな怖い~?」
「べべべ、別に怖がっているわけじゃ……」
全力で目を逸らす私に、黒さんは顔を近づけて
「目を合わせねーのは疚しいことがある証拠だろ。何? 初対面のはずだけど、俺らに隠し事でもある?」
なんでそんなに勘がいいかな~!? それとも私が分かりやすすぎるのか。
これ以上ボロが出るのが怖くて何も言えずにいると
「こら。調子の悪い子に絡んだらダメだよ」
白さんは相棒に注意すると、私に目を向けて
「よく分からないけど、怖がらせてゴメンね。僕らは居ないほうがいいみたいだから行くけど、急に倒れるなんて心配だから、医務室に行ったほうがいいよ」
「あ、ありがとうございます!」
体調への気遣いよりも、黒さんを連れて退散してくれたことに、私は心からお礼を言った。
前世の彼らと出会った時、2人は23で私は21だった。当時と比べると少し幼いけど、あの口ぶりや雰囲気は間違いなく彼らだ。
でも今はメランと言うらしい黒さんは、私とは初対面だと言った。だったら向こうは私を覚えてないんだ!
もともと容姿、能力、性格ともに、これと言って取り柄の無い私を、非凡な彼らがどうして気に入ったのか分からない。
前世の縁さえなければ、今世でも無個性を極める残念令嬢の私が目を付けられる理由は無いはず。
それに確か友人が、多忙な彼らがこの学園で特別講師をするのは1か月だと言っていた。
じゃあ、きっと大丈夫!
普通科の私が退魔科の特別講師と関わる機会なんて少しも無い。
両者は教室も離れているから、わざわざこっちから近づかなければ、もう会うことは無いだろう。
ところが翌日の放課後。1人で校内を歩いていたら
「学校って、どこ行っても人ばっかでウゼー。どっか落ち着けるとこ無いかな~?」
「メラン。ちゃんと前を見て歩きなよ。眼帯のせいでただでさえ視野が狭いんだから、気を付けないとぶつかるよ」
「大丈夫、大丈夫。この辺は人が居ないし~……って、あっ」
白さん……友人によると今世の名前をブランさんと歩いていたメランさんが、階段を踏み外す瞬間を目撃した。
私は誰かが事故りそうになったからって、身を挺して助けるようなヒロイン気質じゃない。
しかし私が前世を思い出したのは、階段から落ちて頭を打ったせいだった。
頭を打たせたらヤバい。その危機感が私を走らせた。
「危なーい!」
滑り込むように下敷きになった私に、メランさんはギョッとして
「えっ!? 何この女!? なんで自分から潰されに来たの!?」
「何って君を助けようとしたんじゃないの? ちょっと君。大丈夫?」
2人に声をかけられた私は、すぐにその場を離れたかったが
「だ、大丈……ぐ……」
小顔で長身のメランさんは一見スラッとしているが、前世も今世も鍛え上げられた体をしている。
筋肉は脂肪よりも硬くて重い。そこに落下の衝撃も加わり、まるで冷蔵庫に潰されたようだった。
ひ弱な私は立ち上がろうとして、かえって目を回すと
「まーた気絶してら。別に階段から落ちたって、こっちはなんとも無いのに。勝手に挟まって勝手に倒れて、かえって迷惑だな~」
「そう言わないで。君のせいで気絶したんだから、ちゃんと医務室に運んであげなよ」
「うぇーい」
どうやらそんな会話の後。今度こそ医務室のベッドに寝かされた私は
「赤髪ちゃん、起きろ~。アンタが起きないと俺らも帰れねぇんだよ~」
「う……」
頬を突く指の感触に、薄く目を開けると
「良かった。目が覚めたんだね」
「ひぎゃああっ!?」
私の反応に、彼らは一瞬目を丸くしたのち
「……人の顔を見て絶叫するって、ずいぶんなご挨拶じゃん。初対面で気絶したことといい、俺らアンタに何かしましたっけ?」
一般人の私を数々の危険に巻き込み、毎日のように抱き潰して早死にさせた前世があるけど
「何もされてないです……。会ったこともありません……」
復讐したいとか謝らせたいとか微塵も思ってない。ただただ今世は無関係で居たい。
「じゃあ、さっきはなんでメランを助けようとしたの? 自分より大きな男の下敷きになったら、危ないって分からないはずが無いのに」
今度はブランさんにも追及されたけど
「た、助けようとなんてしてません」
「は? 「危なーい!」って突っ込んで来たじゃん」
「違う! 私はたまたま転んだんです! 自分に危ないって言ったんです!」
実際『メランさんが怪我したら危ない』ではなく『彼が記憶を取り戻したら私が危ない』という意味なので自分への言葉だ。
しかし私の言い訳に、ブランさんは顔を背けながら、ぶふっと噴き出して
「君は「危なーい!」って叫びながら転ぶんだ?」
笑いの衝動に震えるブランさん。そう言われると確かにおかしいかも。
だからって本当の理由は話せないので
「そ、それよりそちらは大丈夫でしたか? 頭とか打っていませんか?」
話を変えるついでに、記憶を取り戻すのを阻止できたか尋ねると
「けっきょく心配してんじゃん。初対面の男を身を挺して庇うって、もしかして俺に惚れちゃった? それとも気を引きたいのは、こっち?」
ナルシストみたいな質問だけど、2人とも中身を知らなければ、一目で恋に落ちるレベルの美形ではある。
しかし中身を知る私には彼らの気を引きたいなんて意思は欠片も無いので、ブンブンブンブン! と高速で首を振ると
「痛たたたた……」
「あちこち痛めているんだから、急に動かないほうがいいよ。 1人で帰れる? 寮まで送ろうか?」
「だ、大丈夫……。本当に大丈夫なので、どうかお構いなく……」
目を合わせないように断る私の視界の外で
「な~。本人がこう言っているんだから、もう帰ろうぜ~。腹減った~」
メランさんにのしかかられたブランさんは、彼を背中に張り付けたまま
「確かに余計なお節介は良くないね。じゃあ、僕らはこれで。お大事に」
「はい……」
なんとか今回もどこにあるか分からない彼らのツボを押さずに済んだ。
今のところ彼らに私を気に入る様子や、記憶を取り戻す前兆は無い。
私にとっては人生を滅茶苦茶にされた相手でも、彼らにはたくさん居るオモチャの1人でしか無かったのかも。
そうであって。そうであって。そうであってください。
あまりの恐怖に脳内で3回も願う。
ちょっと冷静になろう。
彼らは1か月しか、この学園に居ないんだ。もともと、どうして気に入られたかも分からない関係。私のような雑兵が、あの非凡な2人の関心を二度も引くほうが難しい。
仮に記憶が戻ったとしても、世界にはこんなにたくさん人間が居るんだ。前世さんざん抱き潰した女に、今さら用なんて無いはず。
そもそも私が前世の名前と記憶を引き継いで生まれ変わったのは、きっと今度こそ幸せにおなりって神様のお慈悲に違いないし。
だから絶対に大丈夫。
私は一生懸命自分を励ますと、なんとか彼らが去るまでの1か月を無難にやり過ごすと決めた。