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再会して

 男爵令嬢の私、コイト・カーマインは6歳の時。自宅の階段から落ちて頭をぶつけた拍子に前世を思い出した。


 それは悪魔や異能が存在する今世とは別の世界。馬車ではなく車が走り、塔の代わりにビルが立ち並ぶ近代都市で


『俺、お掃除だーいすき!』

『ゴミが片付くと気持ちいいね』


 弱者を食い物にする悪人や権力者を笑顔でお片付けしていたイケメン殺し屋コンビに、なんか気に入られ連れ回されて、毎日ドログチャに抱かれた末に性交死したこと。


 性交死は通常、脳や心臓が弱った中年以降の人がなりやすい。しかし私は泣く子も黙る殺し屋コンビと生活していた。


 彼らは悪魔のごとき知恵と戦闘力に物を言わせて、悪党たちを殺したついでに金品を奪う真の無法者。そういう生き方をしていたら当然、悪党からも報復がある。


 そんな彼らに連れ回される私は、一般人にもかかわらず襲撃や誘拐に怯える日々だった。


 彼らと出会ってから死までの5年間。私の心臓が休まる日は無かった。あらゆる方面から感情を揺さぶられ弱った結果、可哀想な私の心臓は26歳の若さで逝ったと思われる。


 そんな辛すぎる前世を6歳で思い出した私は


「アーッ!?」


 あまりのショックに狂ったような悲鳴を上げて


「お父様ぁ! もう無駄に力強いイケメンは嫌ぁ! 私の結婚相手は絶対に、地味で素朴で優しい人にしてください!」

「どうした、コイト!? いきなり何があった!?」


 耐え切れず叫んでしまったけど、前世の話なんかしたら頭がおかしいと思われる。


 私はとにかく


「もし婚約者を選ぶとしたら、地味で素朴で優しい人を! 絶対に悪いことも酷いこともしそうにない人をお願いします!」


 と、ことあるごとに両親に頼んだ。


 何せ今の世界には、生物や古物(こぶつ)に憑依して災いをなす悪魔と、それを退治する退魔師が居る。


 聖なる力で浄化とかならいいけど、通常の武器では歯が立たない悪魔を、異能と呼ばれる圧倒的な力で強制排除しているのだ。


 ほとんどの人たちは退魔師を、神の使いやヒーローとして崇めている。でも退魔師だって人間だ。もしうっかりトラブルになったら?


 痴情のもつれによる殺人。暴力。ストーカー。


 伴侶や恋人など身近な男にこそ、女は最も気を付けなくてはならない。


 いざという時に誰も敵わない相手ではかえって危ない。それを私は前世の苦い経験から学んだ。


 かと言って伴侶や恋人の座を空けておくのも怖い。前世はフリーだったこそ、変な男たちに捕まってしまったのだ。ちゃんとした恋人や夫が居れば、あんな目には遭わなかったと思われる。


 前世を思い出してから11年。17歳になった私は貴族や富裕層の通う学園の3年生になった。


 この学園には異能を持つ人が悪魔を退治する術を学ぶ『退魔科』があるけど、前世から平凡を極める私は今世もピカピカの無能力者。


 どのくらい平凡かと言うと、母親譲りの赤髪ボブと、それをまとめる黒地に白ラインのリボン付きカチューシャ以外は、身長も体型も顔立ちも全てが平均値。能力面に至っては勉強運動ともに平均の少し下の残念令嬢だ。


 特別な能力の無い貴族の娘は卒業したら、すぐに結婚して家庭に入る。私も幼い日に両親に頼んだとおりの地味で素朴で優しい婚約者の家に、卒業後すぐに嫁ぐことが決まっていた。


 今も穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がり。学園の中庭にあるベンチで


「でも本当にいいの? コイト。僕の家は貴族とは名ばかりのほぼ農家で、屋敷の周りは見渡す限り田園なんだけど」


 茶髪茶目に眼鏡が似合う私の婚約者・マシュー・ブラウン男爵子息が自信なさげに問う。


 ああ。その気弱で不安そうな態度が、どれだけ私を安心させるか。


 私はぽっちゃりした彼のふっくらした手を取りながら


「屋敷の周りが見渡す限り田園なんて、むしろ素敵じゃないですか。私はそういう長閑(のどか)な景色の中で、優しく穏やかなあなたと温かい家庭を築いていきたいです」


 お世辞ではなく心から理想の将来を語ると、彼は「こ、コイト」とジーンと呟いて


「ありがとう。僕なんてデブで冴えなくて、なんの取り柄も無いのに、こんなに愛してくれて」


 照れたように笑いながら「でも」と誠実な目を私に向けると


「うちは田舎だけど、農業が盛んなだけあって食べるには困らないから。家族も君との結婚を喜んでくれているし、コイトが幸せに暮らせるように一生大事にするからね」


 ああ、本当になんて優しくて素敵な人。


 両想いの婚約者なら、人目の無いところでのキスやハグくらいは親だって許す。


 それなのにシャイなマシューは


『そ、そういうことは、ちゃんと結婚してからがいいかなって……』


 こうして仲良く寄り添って話したり、手を繋いで歩いたりするだけで頬を染めて笑ってくれる。


 同じ学園の女生徒は、まさに彼が言ったように


『あんな冴えないぽっちゃり君のどこがいいんでしょう?』

『せっかくこの学園には退魔師見習いの強くて勇敢な殿方も居るのに、コイトさんは変わってらっしゃるのね』


 など言っているけど、私は彼のように争いとは完全に無縁な人がいい。


 眼鏡をかけたテディベアみたいに可愛くて癒し系のマシュー。こんな平穏そのもののような彼と後1年で結婚できる。


 きっと前世は酷い目に遭ったから、今世は羊のように穏やかで優しい彼と、末永く幸せに暮らしなさいって神様の思し召しだ。


 ありがとう、神様! 私、今度こそ幸せになります!


 私はマシューとの結婚を心待ちにしていた。


 ところが新学期。


「ねぇ、聞いてください! なんと退魔科に特別講師として、現役の司祭様とS級退魔師様が来られたんですって!」


 司祭とは退魔師たちを束ねる『退魔教会』の幹部だ。


 極端な話、退魔師は悪魔を倒せるほど強ければ、学や身分が無くてもなれる。しかし彼らを管理する幹部たちには教養と身分が必要。


 ちなみに司祭たちの上は大司祭。いちばん上は法王となっており、退魔教会の権力は世界全土に及んでいるので、下手すると一国の王より偉い。


 それより気になるのは


「S級退魔師って? 退魔師のランクは確かCからAまでじゃありませんでした?」


 退魔師のランクは、強さや悪魔の討伐数で変わるそうだ。


 A級を越える能力を持つ退魔師は、それまでどんな身分でも貴族と同等の地位を得て、管理者側である司祭になる。


 だから退魔師はA級までしか居ないと聞いていたけど


「その方は司祭の仕事が面倒だからと、昇格を断っているそうですわ。でもA級に留めておけないほどの強さと討伐数を誇っているので、その方のためだけに新たにS級が設けられたんですって!」

「退魔師になるだけでもすごいのに、A級を通り越してS級!? いったいどれほど、お強い方なのかしら!?」


 もともと退魔師に憧れている友人たちは、さらに興奮して


「しかもしかも! そんなにすごい肩書きを持ちながら、その方たちはわたくしたちと同学年らしいんですの!」


 つまり17、8の若さで司祭やS級退魔師ってこと?


 いったいどんなモンスターなんだ……。


 加えて友人たちによれば、彼らはタイプの違うものすごい美形だそうだ。


 私は前世の殺し屋コンビを思い出しながら、この世界の神もイケメンに二物も三物も与えるタイプなのかなと密かにげんなりした。


 容姿、身分、実力の三拍子揃った男が来たとなれば、当然女の子は気になるので


「絶対に見に行かなきゃ!」

「コイトさんも行きましょうよ!」


 イケメンは苦手だけど、彼女たちが好きなのでついて行く。


 噂の彼らは校内の休憩スペースに居た。


「キャーッ! 本当に素敵!」

「白い髪に青い瞳の方! 見るからに上品で慈悲深くて、まるで王子様みたい!」


 小声ではしゃぐ友人たちの言うとおり。


 肩に触れるくらいの白髪を後ろで1つに括った白づくめの彼は、穏やかな気品に満ちていた。


「黒髪に眼帯の方も不良っぽくてカッコいいわ!」


 無造作に跳ねた黒の短髪に赤い瞳の彼は、片目を眼帯で隠している。


 黒髪の彼はだらしなく椅子に座りながら、悪魔のようにギザギザの歯で、棒付きキャンディを噛んでいた。


 その2人を見た瞬間、私は全身が総毛立(そうけだ)った。


 なぜなら彼らは前世、私を死に追いやった殺し屋コンビに瓜二つだったから。


 いやでも、そんなことありえない。だって、ここは前世とは別の世界だし。


 前世、私の平穏を壊した犯人たちに今世でも遭遇するなんて、あるはずない。


 あり得ないでください!


 神様がそんな酷なことをするはずが無いと、必死に言い聞かせる私の前で


「あのさ~。さっきから視線がウゼーんだけど。こっちは見世物になりに来たわけじゃねぇんだから、用もねーのに寄って来んなよ~」


 グデッと椅子に座ったまま苦情を言う黒髪に、退魔科の男子がおずおずと


「あの、用が無いわけじゃ。僕も退魔師を目指す身なので、お2人が今までどんな活躍をして来たのか、お話を伺いたくて……」


 彼らに興味があるのは女子だけじゃない。


 退魔科の男子たちも、自分と同年代ながら第一線で活躍する彼らに憧れがあるようだ。


 まるでメジャーリーガーを前にした野球少年のように、頬を上気させて話しかけたが


「は? やだ。ただでさえ雑魚を鍛えるなんて面倒なのに、休み時間まで奪われたくね~」


 黒髪の暴言に、白髪の彼がすかさず


「メラン、そんな言い方は可哀想だよ。それといくらS級だからって、真剣に退魔師を目指している人を雑魚呼ばわりはどうかと思うな」


 上司であるはずの司祭にたしなめられるも、黒髪の彼はかえってふざけた態度で


「退魔師になりたきゃ人間同士でじゃれてないで、さっさと悪魔と戦えばいいじゃ~ん。「なるべく危なく無いように」なんて悠長に学校に通ってるヤツは、どうせすぐ辞めるか死ぬから教えるだけ無駄~」


 的外れならいいが、その言葉は退魔科の生徒たちのプライドを傷つけたようだった。


 その気まずい沈黙に


「ゴメンね、彼は少し極端で。下手に関わると君たちが不快な想いをするから、訓練の時以外は無視したほうがいいよ」


 一見、仲裁しているようで実はメランさんを理由に、自分にも話しかけないように仕向けている。


 分かりやすく性悪な黒と、分かりにくく性悪な白。


 見た目や雰囲気だけじゃない。聞けば聞くほど彼らでしか無いのが分かって


「こ、コイトさん!? どうしたんですの!?」


 前世の刺激的すぎるあれこれがフラッシュバックした私は、泡を吹いてバターンと倒れた。

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