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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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【番外編】ペンタス〜神々の加護

慌ただしい朝だった。鶏のような大きな青い小鳥たちの鳴き声で目を覚ましたアルメリア・プリムスは、ベットからずり落ちた。そこで、ドアを叩く音に気が付いたのだ。


「はーいっ!」


と、ドアに向かって返事をすると、その時を待っていたかのようにドアが開いて数人の侍女が入室してきた。アスレット事アルフェルトが、ドアを叩いて起こしてくれたことは分かっているが、彼は部屋の中を覗かない。前世で王子だったアスレット事アルフェルトは、とても紳士なのだ。


「直ぐにお着替えの準備をいたします」


厳しい顔をした侍女が、銀のボールをナイトテーブルの上に乗せて、そこに水差しの水を注ぎ込む。そのぬるま湯で顔を洗ったアルメリアは、渡されたふかふかのタオルで顔を拭きながら、化粧台の前まで歩いた。


「手前のベージュ色のドレスを着るわ」


「髪飾りは、真珠が付いたものにいたしましょう?」


前世では此処で暮らしていたのだ。侍女たちの扱いにまごついたりしない。持ち込んだ宝石箱を開いた侍女の意見に異論はない。「ええ」と、返事をしたアルメリアは、侍女達に着付けてもらう。化粧台の前で薄化粧を施すと、廊下で待つアスレット事アルフェルトのもとへ駆け足で向かう。懐中時計の蓋を開いて時刻を確認していたアスレットの腕に手を添えて歩き出す。


食堂には、両国の外交官達が揃っていた。広々とした食堂は、内装も凝った作りをしている。縁取りの金色が目立つ真っ白な長机に金と赤いのテーブルクロスが敷かれ、入り口近くには、大きな花飾りとピアノが設置されていた。若い男性が、見事な演奏を披露すると会場は華やぐ。けれど、どんなに豪華でも常に、にこやかに笑みを絶やさず、姿勢の維持にも神経を張り巡らせながらの食事だ。楽しい筈はない。


「今日の夜は、アデレード家の晩餐会ね。胃もたれしそうだわ」


普段通りの会話を楽しめるのは馬車の中だけだ。


「アマネ達は、先に妖精の森に行ってピッピの手伝いをしているそうだ」


「そうだったの。‥‥ピッピは、自然の管理者だものね。代理人を必要としているのかしら?」


精霊王の代理人探しをしているのなら、かなり大変な事態だ。


「数年眠るだけだ。代理人は必要としないだろう」


「数年家を空けるとなるとやる事は山積みよ?」


(天音くんは、ピッピが大好きだし、別れ難いんじゃないかしら?)


森に入り速度を上げていた馬車が、突然停車してしまうので、体が大きく揺れた。引き馬も驚いたようにいななく。


「こんなところでどうした?」


「それが‥ヒッチハイクのようです。如何しましょうか?」


聖女は、慈悲深いと考える人は多い。乱暴な振る舞いを避けてこちらに判断を委ねるのは、信仰心が強い証拠でもある。眉を顰めたアルフェルトと言葉に悩んで見詰め合う。


(でも、普通‥乗せないわよね‥)


身元の分からない人物を同席させるリスクを考えれば当然躊躇う。危険回避を試みるのが、護衛の心得の一つだ。しかし、此処は、聖域と言われる妖精の森だ。アルメリアは、窓に顔を寄せて前方を確認した。前方には、腰を曲げて杖を突く老婆が、ニコニコと笑っていた。あまりにも不自然である。


「もうっミデルさんなのっ?」


ドアを開けて声を張ると、彼女はもの凄い速さで近づいてきた。森の中で佇む老婆が、颯爽と駆けてくるのだから、もう怪奇現象だ。前々世なら山姥やまんばというところだろう。屈強な護衛の騎士達が目を見開き愕然としている。


「精霊王のやつめ。近づけないように幻の結界を張っているんだよ。私もこの馬車に乗せておくれ」


「成る程‥強い結果を張ることで家を守ろうとしているのね」


「森だろう?」


「洞窟の中に家があるのよ?」


「ささ、場所を譲っておくれ」


乗車を拒否するつもりはないが、ひとり足りない。


「ミデルさんのお弟子さんは?」


「アレは宿に籠もっているよ。聖なる森に行くより古くて黴臭かびくさい宿の方が良いんだってさ。変な奴だよね」


(あの人を弟子にしているのはミデルさんなのに‥)


随分な物言いである。アスレットと対座していた席を老婆に譲り、アルメリアも向かいの席に座り直す。


「彼女は危険人物ではないわ。目的の場所まで馬車を出して頂戴」


外からドアが閉じられるのを待って指示を出す。アルメリアの声を合図に馬車は、ゆっくりと走り出した。


「ミデルさん、ケーキは好きですか?」


「私は甘いものは控えているんだよ。直ぐに太るからね」


「次の願いは体質改善でしょう?」


「はははは。それはいいね」


「このカステラ、本当に美味しいの。帰りにお弟子さんの分をお渡しします。持って帰ってくださいね?」


「アレも甘いものは食べないよ。師匠が食べないものは弟子も食べないものなんだ」


そういうミデルは、目を閉じて箱を見ようとしなかった。


(‥‥本当はミデルさん甘いものが大好きなのね)


我慢している人の前で見せびらかすように食べるのは良くない。アルメリアは、膝に抱えていた白い箱をそっと横に置いた。このカステラは、時空を越えてこの世界にやってきた。ルーカスやシリウス達為政者が、興味本位で食べた残りを如何に美味しかったのか力説のあとで出発前に返してくれたのだ。だから、アルメリアもまだ食べてはいない。


(みんなでワイワイ食べたかったな)


「ミデルさん、精霊王が長い眠りに就くと、どうなるのですか?」


「精霊王の守護する森が眠り就くことになるね」


「森が眠りに就くことで何か弊害は生じるのですか?」


「森に自生する作物の実りが悪くなるだけさ」


「森で暮らす動物たちはどうなるのでしょうか?」


「野生の生き物は、自分達が生きる方法を熟知しているものさ。数年程度なら人間が手を貸す必要もないだろう」


「そうなのですね」


今から引き返すことはできない。アルメリアは、窓の外の緑の生い茂る森へと視線を移す。この森が眠りに就くことで、棲家を失う動物がいないことを願うしかない。




(せめて、これから眠りに就くピッピには、しっかり食べさせてあげないと)


精霊王も甘党なのだ。


精霊王の居住空間となる洞窟の前には、天音秀事アスレットと與田理人事リズリー。そして、クレマチスと護衛騎士のエリオットが佇んでいた。


ゆっくりと停車した馬車のドアを開け放ち颯爽と降りた老婆が、小さなピョンチキに駆け寄ると、大きく杖を振り上げる。しかし、勢いよく振り下ろした杖の先は、ビョンチキの真横に落ちた。


「あんたは、いつも私に嫌がらせをしないと気が済まないんだね?」


『はて‥何のことだ?』


恐らく、精霊王の力で攻撃を防いだのだろう。


「ミデルさん、森の中で困っていたのよ?此処に近づけないって私たちの馬車をヒッチハイクしたの」


偶然、ミデルの前に馬車が通りかかったのか。俊足のミデルが、馬車を追いかけてきたのか。それは、分からない。しかし、ミデルが結界に阻まれたままでは、願いを叶えることはできないのだ。


「意地悪しちゃ駄目よ、ピッピ」


『ふむ‥巣篭もりの準備を手伝っていれば結界などに阻まれはしなかったものを。自業自得だな』


にっこり笑ったピョンチキには、悪びれる素振りがない。全力で揶揄いたかったのだろう。


「‥‥巣篭もりの前にカステラ食べない?次、会う時は数年後でしょう。みんなでお茶会をしましょう?」


『カステラとな?よかろう』


嬉しそうにピョンピョンと近づいてきたピョンチキの前に白い箱を置いて、開いてみせた。地面には、背の低い青々とした草が芝生のように生えている。傾くことはないだろう。

箱を開ければ食べかけのホールケーキのような黄色い生地が確認できた。ケーキのように綺麗に切り分けてられているが、カステラで間違いない。鼻先をヒクヒク動かして覗き込むピョンチキの仕草が可愛らしい。


「みんなも食べましょう?」


一切れのカステラを両手で抱えて食べるビョンチキを囲ってみんなでカステラを頂く。最後の時間のように思えて少し淋しい。


『アスレット、このカステラを次、目が覚めた時にも食べたい。用意してくれ』


「はい。この味に近づけるように努力します。だから、目が覚めたら一番で宮殿に遊びに来てくださいね?」


前世で料理人だった天音秀が、再現するカステラなら期待できそうだ。


「さあ、そろそろ始めようか?」


ミデルの声に振り向くと、洞窟の入り口の岩に腰を下ろしていた老婆が立ち上がっていた。アルメリアは、小さく頷いてから、ピョンチキの前に膝を突いて両手を組み合わせる。その両隣に胸に片手を添えた天音秀事アスレットと顔を伏せて両手を組んだクレマチスが目を閉じて膝を突く。


「私たちの願いを叶えてください」


『願いを申せ』


「初代聖女リシュリーの願いを書き換えてください。我々聖女と聖人は、国の平和の為に生涯奉仕することを誓います。どうか、長きに続く平和が守られますようにお力添えください」


『其方達の願いを聞き届けよう』


辺りを暴風が吹き荒れて木々が悲鳴を上げる。アルメリア達の体を温かくな光が包み込む。その光が溢れ出るように森を照らし、森を抜けて強烈な閃光となり、近くの町まで届いた。

地震のような大きな揺れが大地を鳴らす。

森の動物達が忙しなく動き回るのをやめた時、恐ろしいほどの静寂が辺りを包んだ。


(まるで呪いから解放される前の妖精の丘みたい)


目の前のピョンチキが地面に溶けるように消えていく。


「ピッピ様っ」


目を開いて瞬時に声を張ったのは天音秀事アスレットだった。ミデル・ウェルシナに視線を向けると、彼女の周りは地面が剥き出しになっていた。地面に顔を覗かせながら緑の葉を広げていた小さな花々が、根こそぎ消えてしまったように見える。


「やれやれ‥堪えるね」


「ミデルさん大丈夫ですかっ?」


崩れたミデルに駆け寄ろうとして体が重いことに気が付いた。何かを背負っているようにも全身の力が抜けているようにも感じる。しかし、構ってはいられない。強引に足を前に出してミデルのもとへ辿り着いたアルメリアは、急いで手を貸す。


「ああ、暫くは寝て過ごすさ。アルメリア、悪いけど宿まで送ってもらえるかな?」


「はいっアスレット、手を貸して頂戴」


「ああ」と返事をしたアスレット事アルフェルトが、老婆へ近づくと彼女に肩を貸し体を支えて歩き出す。アルメリアは、近くに停車している馬車まで駆けて行くと、御者に合図を出した。


「近くの宿まで送り届けたい人がいます」


「はっはい。聖女様っこちらへどうぞ」


微睡まどろみから覚めたばかりのような顔した御者が正気付く。彼らは、奇跡を間近で見たのだ。そうなっても仕方ない。

ミデルが指定した宿は、貧困街の外れに位置する古びた民家だった。民泊というやつだろ。宿へ向かう途中で弟子の男性を見かけたアルメリアは、彼にも乗車を促し宿まで送り届けた。恐らく、ミデルを迎えに来たのだろう。彼に任せておけば、ミデルは安心して休める。念の為、宿に食料を届けたアルメリアとアスレットは、その足でアデレード家を目指す。


アデレード家の一室を借りてドレスに着替え、パーティに望むしかない。体は怠いし足元はふらつく。それでも盛大な音楽に乗せてダンスが始まれば踊るしかない。完璧なダンスを見せたアスレットとリズリーの後でダンスホールへと向かう。ふらつくアルメリアをリードするアルフェルトは、令嬢たちの視線を釘付けにした。


正直、その場に座り込んでしまいたい。そんな気持ちと戦いながら、代わる代わる話し掛けてくる貴族たちの相手をした。


帰りの馬車の中でアルメリアは、目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。アルメリアに肩を貸しているアスレット事アルフェルトは、窓の外を眺めていた。この国の王子だったアスレットにとってこの街並みは、感慨深いものだろう。


「アスレット、レガー家の当主になるの?」


「いいや、レガー家の当主は、リデル・レガーだろう?」


「そうなの?」


アルメリアの知らない未来だ。前世ではきっとそうだったのだろう。


「近々、保護される筈だ。俺は、自分の力でピジョンを大きくしていこうと考えている」


ピジョンは、アスレット事アルフェルトの立ち上げた会社である。最近、従業員を増やしたばかりだ。事業も軌道に乗っているし、商品の品質もよく評価も高い。り甲斐を感じているのだろう。


「私も協力するわっ‥でも、何か忘れていないかしら‥何か引っ掛かるのよねぇ〜」


ふたりで考え込んで暫しで‥ハッと息を呑む。


「リデルって非食症を患っているのよねっ?」


「前世では、魔女が治した筈だ。‥‥厄介だな」


「これから専門医を探さないと‥」


非食症は稀な病だ。それを専門に治療する医師は聞いたことがない。しかし、何処かに名医は隠れている。そう信じるしかない。


「一難去ってまた一難ね」


この時のアルメリアとアスレットは知らない。青い小鳥達が、幼いリデルの救出に向けて既に動いていることを。そして、秘伝の茶葉を改良したアルメリアとアスレットが、いずれ世界の非食症の子供たちを救うことを。


アスレット事アルフェルトは、その功績を認められ叙爵される。大聖女として更に名を馳せたアルメリアは、その後も新たな茶葉を作り人々に幸せを与えていく。


「これからもよろしくね」


「ああ」


アルメリアの差し出した手をアスレットは握り返した。困難の多い人生だ。しかし、アルメリア・プリムスは言った。此処が一番まともな世界だと。困難を物ともしない彼女だから神々は、興味を引かれて加護を与えるのだろう。

【番外編】ペンタス〜神々の加護が最終話になります。今まで読んでくださった方々に感謝申し上げます。「悪役令嬢の弟です」から応援してくださった方々もいらっしゃるのでしょうか?もし、そうなら嬉しく思います。是非最後に評価をよろしくお願いします。皆さんの貴重なご意見もいただけると嬉しいです。皆さんにとって楽しい時間でありますように。

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