救いの手
「イザベラをお嬢様の侍女になさりたいと言うことでしょうか?」
エルフィーの問い掛けにアナイスが頷いた。もう直ぐ豪華な昼食会が開かれる。そんな時にアルメリアたちは大人たちにお強請りを開始した。
中庭にはいい匂いが漂っている。とても食欲を誘う。そんな誘惑に抗ってなんとか交渉を続ける。
「アナイスはそれでいいの?」
「はい。おかあさま」
大人しい娘がイザベラたちにも意地悪をされていたと知ったあとなので余計に心配なのだろう。レガー夫妻は弱り顔で互いを見合う。
「はくしゃくしゃま、エルマしゃま。イじゃベラにごりょうちんが近付かないようにみはってくだしゃい」
「イザベラもそれでいいのかしら?」
「‥‥は、はい。いままでいじょうにがんばります。おやしきにおいてくださいっ」
頭を下げて懸命に懇願するイザベラに眉を下げたエルマは、頬に片手を当てて目を閉じた悩ましげな表情をにするアナベルへと視線を向けた。
「ニーナはうちで預かるということなのね?」
「とつぜんですが、よろしくおねがいしますっ」
きつく目を閉じたニーナも頭を下げて懇願する。
「おとしゃま、おかしゃまっおねがいしましゅっイじゃベラもニーナもわるいこじゃないわ。やりなおすチャンしゅをあげてちょーだいっ」
「ニーナの紹介状の準備をしてやってくれ」
アルメリアの言葉に頷いたレガー伯爵は、弱り顔の執事のエルフィーに指示を出してくれた。問題行動を伴っていたニーナとイザベラが離れるなら不安も減ると判断したのだろう。そこら辺は予想通りである。
一番の問題はプリムス家が問題行動を起こしていたニーナをわざわざ引き受けるかどうかなのだ。
互いに視線を交わし合う両親に懸命に視線を向けていた。そんな時、頬に片手を当てていたアナベルが、悩ましげな吐息を吐き出してから微笑んだ。
「いいわ。でもこれが最初で最後の機会よ?」
「ありがとうございましゅっ」
「はいっありがとうございます奥様」
その答えを聞いていたエルマも小さく頷いてくれる。
「ありがとうございますっ」
ホッと息を吐いたイザベラが涙目でお礼の言葉を告げるとアナイスも微笑んだ。
その頃合いを見計らうように調理場から振鈴の音が響いてきた。料理が運ばれてくる合図だ。
両手で涙を拭いながらその場をニーナと離れていくイザベラが調理場の方へと向かう。ふたりが一緒に働ける最後のお仕事である。
アナイスと並んで座ったアルメリアは、料理を運んできた女中のヨハンナに茶葉を差し出した。
「これでおこうちゃをおねがいしましゅ」
「この茶葉はアルメリアが祖母と配合した茶葉なのです。お口に合うか分かりませんがお召し上がりください」
アナベルの言葉にレガー夫妻も安心した様子でお茶の指示を出していた。賑やかな昼食会が終わると帰宅の時間である。
「とてもおいしいこうちゃをありがとうアルメリア。おたんじょうびにもきてくれる?」
「わたち、ふゆうまれだけどいいのでしゅか?」
春生まれのアナイスの五歳の誕生日にはまだ、四歳であろう。アルメリアの言葉にエルマへと視線を移した。そんな可愛らしい娘のアナイスに彼女は微笑んだ。
「勿論よ?是非いらしてね?」
「良かったわね、アメリア?」
母アナベルの声が背中を押してくれる。
「ありがとうございましゅっ」
エルマとアナベルが幸せそうに微笑み合う。
大人になる頃にはこんな風に大切な友達になれているだろうか。今のアルメリアは羨ましいと思ってしまう。
(わたしたちもこれからだわっ)
アルフェルトに熱い視線を向けると不機嫌な顔でプイッと逸らされてしまう。涙ぐむアルメリアにアナイスが苦笑いを浮かべていた。
「なんか増えてるっ⁉︎」
クレマチスと翌日から勉強に参加したのは、同じくアルメリアの専属の侍女として働くニーナである。その場から手を振り去って行くアルメリアは、祖母の別館へと急いだ。
「今日は随分と遅かったのねぇ?」
老眼鏡の眼鏡を持ち上げて尋ねてくるフィカスにアルメリアは小さなバスケットを向けて見せた。
「ありゃ、怪我をしたのかい?」
「えぇ、しょうなの」
そう言いながら窓を開け放つと香色の小鳥が飛んできてバスケットの中の藍色の小鳥に赤い木の実を届けてから去って行く。藤色の小鳥と交互に飛んできては餌を届けてくれる小鳥は一回り大きく貫禄がある。
「きっと、おとーしゃんかおかーしゃんなんだとおもうの。でも、きのみばかりでたいじょうぶかちら?むちはこわがるの」
「ふふふ、青い鳥は木の実を主食にしているから問題ないと思いますよ?」
「しょうなのね」
「今日は鈴雪の紅茶を作ろうかね」
ステファニアでは鈴蘭に似た花を鈴雪と呼んでいる。特に花や根に毒がある鈴雪は、観賞用の花であるが祖母は、その毒を薬にしてしまうのだ。
「ずっと、のんでみちゃかったのっ」
両手をぽんっと合わせて目を輝かせたアルメリアにフィカスは優しげに目を細める。
「貴女は本当に変わった子ね。私にそっくりよ」
毎日毎日紅茶や茶葉の勉強をしているアルメリアを誰も叱ろうとはしない。だから伸び伸びと勉強が続けられていた。
毒を無効化にして薬に変える作業には専門の知識が必要になる。その途中で毒を吸い込んでしまうこともあるので命懸けの作業でもあるのだ。
「なかなか上手くなってきたじゃないか?」
厳しい祖母に褒められるととても嬉しい。一日の終わりには祖母と調合した茶葉で紅茶を淹れて楽しむご褒美がある。
「赤いアリストロメリアの花は咲きそうにないのかい?」
「えぇ、でもしゃかしゅわっ」
そして、茶葉にして多くの人に届けたいのだ。呪いにどれほどの効果があるかは分からない。けれど、何もしないよりいい筈だ。
赤い花の球根を購入しても希望通りの花が咲かないのが今世のアリストロメリアなのだ。娘の望みを叶えようと集めてくれている母のアナベルが苦労していることは知っている。
「みじゅがいけないのかしら?」
土や肥料は色々試しているのだ。
「赤い紅茶を与えると赤く染まるかもしれないね」
揶揄うような祖母の言葉にアルフェルトは、目を輝かせてしまう。
「しょうねっ」
白いアリストロメリアの花に赤い紅茶を与えたらその花は赤く染まるかもしれない。前世では切花に着色した色水を与えて花の色を変える実験もあった。
(どの球根が白い花を咲かせるか分からないから全てのアリストロメリアに与える必要があるわね。でも、赤い紅茶ってなにがあるだろう?)
「アントニシアの花がいいかもしれないね」
(アントニシア?)
「着色なんかに使われている花ですよ。種は圧搾して油を作るのよ」
そう言いながらフィカスは、近くの本棚から一冊の本をアルメリアに手渡してくれた。図鑑を見ると紅花に似た花だと理解できる。
「わたちのんでみたいわっ」
翌日、祖母と馬車で出掛けたアルメリアは、紅花に似たアントニシアの花畑に声を上げる。
「うぁ〜っ!」
(綺麗っ!いい香り。全面真っ赤だわっ)
「棘があるからね。花だけを摘んで千切るんですよ?」
「はーいっ」
駆け出したアルメリアにフィカスが声を掛けてくれる。
「いつもありがとうございます」
「いいえ、大奥様。お好きなだけどうぞ」
声を掛けたフィカスに花畑の管理をしている若い農夫が目尻を下げて頭を軽く下げた。この花畑の持ち主はフィカスだ。土地を貸している見返りに栽培するアントニシアを分けてもらう契約をしているらしい。
(手が赤く染まるわ。紅花は生食でも食べらる花なのよね。ピョン吉にもお土産になるかしら?)
「おばあしゃま、アントニシアはそのままでもたべられましゅか?」
「えぇ、毒はないわ」
「あっいて」
何度か総苞片の周辺の棘に刺さりながらも小さな籠を赤い花びらでいっぱいにしたアルメリアは、花畑を管理している農夫にお礼を伝えて夕方には帰宅した。
自室の窓辺で帰りを待っていた藍色の小鳥にアントニシアの花を差し出すと美味しそうに啄んだ。
「これではなをあかくそめてみせゆわ」