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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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【番外編】ペンタス〜願いを叶える場所

王宮の庭には、美しい花々が咲いている。冬咲きの花を集めた庭園には、ガーデンテーブルと椅子が用意されていて、いつでもお茶を楽しめる。天音秀事アスレット・レグザとその婚約者與田理人事リズリー・アデレードは、小さなヒョンチキと一緒に午後のひと時を楽しんでいた。


ふたりと一匹を持て成しているのは、この国の第二王子リゼル・ステファニアとその婚約者アナイス・レガーである。


『つまり‥来たか』


「どなたかいらっしゃるのですか?」


『ふむ‥そうなるだろうな』


小さな鼻をヒクヒクと動かしたピョンチキが、伝えるべき言葉をそれぞれの脳に直接送る。野生の小動物ピョンチキに擬態した精霊王ピッピの言葉に目を丸くしたのは、天音秀事アスレットである。此処は王宮であり、事前の許しなく登城はできない。彼の問いに答えるようにピョンチキは、両前足で顔を洗って目を閉じた。


その頃合いを見計らうように姿を見せたひとりの衛兵が、リゼルを見つけて小走り近づいてきた。彼は、リゼルの前で片膝を突くと、小声で何かを伝えた。


「プリムス家の馬車が?」


不思議そうに目を丸くして尋ねたリゼルを衛兵の男性は、真っ直ぐに見詰めて指示を待つ。リゼルが視線を向けたのは、隣に座るアナイス・レガーである。しかし、彼女にも尋ねてきた理由は分からないようで、その視線に首を振るう。


「如何しましょうか?」


「いいよ。こちらに案内して」


リゼルの指示を受けて衛兵の男性は、駆け足で城門へと向かう。その後、少しの間を置いて一台の馬車が、王宮の庭に停車した。馬車から降りてきたのは、アルメリア・プリムスとアルフェルト・レガー。そして、ローブを纏う細身の人物だ。


「リゼル王子殿下、アスレット王子殿下。レガー嬢、アデレード嬢、突然の訪問をお許しください」


ドレスを掴んで淑女の礼をしたアルメリアに、リズリー・アデレードが小首を傾げて眉を下げた。


「堅苦しい挨拶はいいよ。それで、その人は?」


「魔女のミデル・ウェルシナ。祖母のフィカスに茶葉の秘術を伝授された方です」


「魔女?」


不思議そうに呟いたのはリゼルだった。この世界では、魔女はお伽話の中で語られる悪役であり、その存在自体が夢物語なのだ。

紹介を受けたミデル・ウェルシナが、白いローブのフードを片手で外し微笑んだ。


「久しぶりとも初めましてとも言えるだろうか。精霊王ピッピ。また、願いを叶えてもらうよ?」


『ふむ。久しいとも言えるだろうな。しかし、この時空で会うのは初めてだ。礼儀は弁えるべきと言えるだろうな、ミデル・ウェルシナ』


「彼女のことを知ってはいらっしゃるのですね?」


『ふむ』


ふたりの会話を不思議がる天音秀事アスレットが、机の上に立つピョンチキに尋ねると、頷くような返事をした。


稚児ややこしいふたりが揃って更に稚児ややこしくなったって感じね)


「神々の箱庭は幾つも存在する。だってほら、大切なものを移せる場所は必要じゃないか。形あるものはいずれ壊れるからね」


「でも、この世界が一番まともじゃない?」


此処は、大切なものを移したあとの世界と言うことだろうか。


「いや‥それはお前に取ってだろう?あいつらは、鳥だぞ?」


アスレット事アルフェルトの言葉にハッとしてしまう。脳裏には、いかめしい顔をした小鳥たちが浮かんだ。真っ当な突っ込みである。


「あっそうか。天音ちゃん達、小鳥だったわね」


「俺なんか変態を引き寄せる災い体質だし‥」


小さなぼやきを聞き逃してはならない。直ぐにアルメリアは、アスレット事アルフェルトに顔を向けて尋ねた。


「何かあったのねっ?BL的な展開がっお願い聞かせてっ?」


見上げるアルメリアが懸命に強請ると、アスレット事アルフェルトは、嫌々しく表情を歪めた。


「お前な‥っ、人の不幸を喜ぶなよっ」


「ああ〜分かっていないわね。か弱い少年が、手を差し伸ばして君を守るよっ的な王道展開っ登下校の際には、危ないから送っていくよ的なお決まりエスコートっ」


「多くの乙女ゲームに出てくるか弱いナイト達。お姉さんが守ってあげるっいいや、お姉さんが送り届けてあげるっ荷物は私が運びますっ!それが胸キュンなのよっ?」


「守られるより守りたいってことなのね」


奥の生垣の間から姿を現したクレマチスが、眉を下げていた。その背後には、苦笑いを浮かべるエリオットの姿もある。


「‥‥」


「お前‥苦労してそうだな」


眉を顰めたリズリーが、気の毒そうに声を掛けてもアルフェルトは、険しい表情で黙ったままだ。同情されたくないというところだろう。


「俺たちは、対価としてこの時空を越えた宝石を渡す。アルメリアは、最後の願いを使う。これで初代聖女の願いを正すことができるのか?」


『願いは三人分必要になる。大きな力が必要だからな。宝石は、ミデルに渡してやればいい。勝手に時空を越えるだろう』


ピッピの言葉に従うしかない。説明を聞いたアスレット事アルフェルトが、ポケットから取り出した宝石をミデルへと差し向けた。


「アルメリアを連れて行く話は無しだっ」


「それを決めるのは私ではないよ?」


挑むような視線を受けたミデルは、何事もないような顔で宝石を受け取る。


「三人分の願いを使うことで、過分な願いの対価を消滅させることはできるのですか?」


不安顔で尋ねた天音秀事アスレットにピョンチキは、天に向けた鼻先をヒクヒクと動かしながら答えた。


『無理だ。何か別の対価が必要になる』


「新しい生贄ってことなの?」


弱り顔になったクレマチスが戸惑う声を出す。皆で落胆してしまう。宝石は、あくまでも協力してくれるミデルへの対価でありピッピには、関係しないのだろう。


「私が生贄になりますっ!」


「アミル・ルイーズ」


突然、現れた人物に意表を突かれてしまう。リズリーが、名前を口にすると、生垣の間から声を張っていたアミルが、決意を宿した瞳を向けてきた。


「話を聞いていました。私でもお役に立てると思います。アデレード様っ試練に耐え役目を全うできたら、私を認めてくださいますかっ?」


真剣な様子のアミルに眉を顰めたリズリーは、目を閉じて溜息混じりに口を開く。


「‥‥私はね、嫉妬深いの。初対面で私の婚約者を名前で呼んだ貴女を友達とは認められないわ」


「‥‥私は仲良くなりたくって」


悲しげに目を伏せたアミルのいじらしい言い分にもリズリーの心は動かされないようだ。


「貴女は、私を利用したいだけでしょう?」


「そうです。でも、それは私だけではない筈ですっ」


眉を吊り上げたアミルが、視線を向けた先には、アナイス・レガーがいた。矛先を向けられたアナイスは、反論せずに目を閉じてしまう。無駄な争いを避けたのだ。


「だから、アデレード様も私を利用してくださいっ」


片手を当てて胸を張るアミルに腕を組んだリズリーは、いぶかしむような眼差しを向ける。


「貴女に何ができるの?」


「‥いつか、必ずお力になってみせます。私は王太子妃になれなくてもいいです。でも、ユリアス様は‥。ユリアス様の力になりたい。ユリアス様の婚約者として恥ずかしくない女性になるって決めているんです」


「話にならないわっ出直してらっしゃい」


「せめて謝罪をっ」


尚も食い下がるアミルに外方そっぽを向いたリズリーは、冷たく遇らう。


「いいえ、今の貴女の謝罪を受け入れるつもりはないわ。先ずは、同じ立場で同じ場所に立ちなさい。話はそれからよ」


冷ややかな眼差しで突き放すように言い放ったリズリーは、とても冷たい人に見える。


(リズリーさん、結構怖いかも‥)


「先ずは、対価について考えなければいけませんね」


此処にも動じない人がいた。前世からの恋人だ。彼女の怒りの沸点や不機嫌の対応の仕方をよく理解しているのだろう。けれど、歯牙にも掛けない表情で打開策を口にする姿は、理想とかけ離れている。


(天音くんも薄情だわ‥)


いつもなら困り顔で優しく微笑み宥める人なんだと思う。そうであって欲しいのだ。


「世界の平和と釣り合う対価と言われても‥」


弱り顔のリゼルが口にした言葉に誰も答えられない。


(人身御供って訳にはいかないし‥)


『供物を捧げられても迷惑だぞ?』


「ピッピのお嫁さんを探すっていうのはどう?」


不意にひらめいた提案を人差し指を立てて口にしてみる。深く考えて口に出した言葉ではない。しかし、名案に思えた。その言葉を聞いた天音秀事アスレットは、顎に手を添えて慎重に考え込んだ。


「聖女に使命を与えるということですね?」


『嫁は要らん』


「聖女は国に貢献するものだし、世界平和に繋がる使命って言われても難しいわ」


名案をさっさと却下したピッピに不満が溢れてしまう。アルメリアには、これ以上の平和的な解決策は浮かばない。人間が、精霊王のお嫁さんになれない以上、聖女が身代わりになることもない。精霊王も家族が増えれば、幸せになれるだろう。神様だって微笑む筈だ。


「それは国の考えだろう?聖女にだって自由意志は存在する。平和を願う者だけが聖女になれる訳じゃない」


アスレット事アルフェルトの言葉に思い込みだと気付かされた。きっと、初代聖女リシュリーも同じだろう。そうであるべきという考えは、そうであって欲しいという理想であり、刷り込み以外の何者でもない。それを踏まえてもう一度冷静に考え直してみる必要がある。


「つまり、基本的な制約に立ち返るってことね?」


小さく頷いたアスレット事アルフェルトに変わって口を開いたのは、考え込んでいた天音秀事アスレットである。


「聖女は、生涯国の為に貢献する。その献身を対価にするというのはどうでしょうか?」


「そもそも、時代を越えた平和を願うことに無理があるのだろうよ。平和の維持は、その時代を生きる人間に課せられた使命だ」


ミデルの言い分は至極真っ当だろう。アルメリア達がしようとしている事は、世界のことわりを捻じ曲げるような無粋なものかもしれない。それでも、譲れないのだ。


「それでも私たちは守りたいんです。多くの犠牲の上に形づくられたこの世界の平和を」


「神の愛し子か‥。条件は揃ったようだぞ、精霊王ピッピ」


『願うに適した場所というものがある』


「どうすればいいの?」


『妖精の森に向かうしかないな』


簡単に言ってくれる。


「無理よっ私たち学生なのよっ?そう何度も国外旅行はできないわ。妖精の丘じゃだめっ?」


ミデル・ウェルシナの捜索のために国内を探し回っている。更に国外へと足を向けるのは、余程の大義名分がない限り難しい立場だ。


『我が何故、あの森に住み続けているのか‥考えたことはあるか?あの森は、嘗て妖精王が住んでいた聖なる場所なのだ』


「妖精の丘は、別荘ってことにしてみない?」


心変わりを期待するしかない。


「ガジュール領ならどうだ?古くから妖精が住む場所と言われている」


『ふむ‥ふむ‥些か手狭というか‥』


アスレット事アルフェルトの提案に視線を下げたピョンチキが考え込んだ。まるで新居の間取りでも見ているかのようだ。


「精霊王が求める神聖な場所とは、長い間守られた自然の空間を指す。ガジュール領のように一部だけを囲うように保護した森では、神の力を乞い、行使するのには、向いていないんだよ」


ミデルの説明に納得した様子の隣国の王子アスレットが、補足をしてくれる。


「妖精の森はかなり広い。広がる樹海は、人間が立ち入れない訳じゃないから切り拓くことをしなかった」


「反してガジュール領は、保護している区画が狭いのか」


元、隣国の王子であり、現在はステファニアで暮らす貴族のアルフェルトは、正しく理解したようである。肩を落とすアルメリアは、溜息しか出てこない。


「妖精の森に今世の聖女たちと聖人が揃う必要があるなら、一度正式な許可を取るしかないね。アルメリア、プリムス子爵には、僕から頼んでみようか?」


エリオットの言う通りだ。隣国へ赴くなら渡航申請や入国申請は、どうしても必要になってくる。


「ありがとう、エリオット。私からもお父様とお母様に頼んでみるわっ」


「隣国への渡航は、僕が許可します。必要な手続きは、こちらで済ませておきましょう」


「ありがとうございます、リゼル王子殿下」


お礼の言葉を聞いたリゼルが、にっこりと可愛らしく笑んだ。隣国レグザへの渡航が決まった瞬間である。国の為、未来の為。そうは言っても現実は、堅実的でなくてはいけない。アルメリアとアルフェルトは、互いの両親を説得する必要がある。よく理解している。今はまだ学生の身だ。学園が長期休暇中でもない限り、良い顔はされないだろう。しかし、前に進むしかないのだ。


「ユリアス王子殿下、ありがとうございました」


「‥‥」


第一王子ユリアス・ステファニア。彼が、庭園の生垣に隠れるように背を向けているのは、気が付いていた。


「ユリアス王子殿下が、捜索にご協力くださったことは知っています」


振り向くことなく小さく頷いた彼は、肩に力が入るほどに拳を握り締めていた。何か伝えたい言葉があるのだろうか。ユリアスのもとへ駆けて行ったアミルが、案じ顔を向けている。おずおずと伸ばされた手が、払われることはなかった。王宮へと歩き出したユリアスを追いかけてアミル・ルイーズも去っていく。ふたりの未来は、前途多難だろう。今はもがくしかない。ふたりでどんな未来を見つけていくのか。ふたりが幸せと感じられる明るい未来が待っていることをアルメリアは、そっと祈ることしかできない。




「必ずレグザに来てよね?」


「ええ、クレマチス元気でね?」


一足先に隣国へ帰国するクレマチスを埠頭に見送りに来ていたアルメリアが、「またね」と別れの挨拶を口にすると、渡り板の前で足を止めた彼女は、振り向き念押しするように告げた。


「アルメリア、貴女を恨みながら生きていくのは嫌なのよ。必ず成功させましょう?」


「ええ、必ずっ」


前世と立場が逆転しているから分かる。恨まない方が難しいのだ。


「恨む?」


不可解そうに首を傾げるのはニーナだ。此処だけ聞けば、戸惑うのも無理はない。


「こちらの話よ。ニーナも元気でね?」


「クレマチス‥また、会えるわよね?」


「貴女の結婚式に招待してくれるならね?」


小さく頷いて返事をしたニーナは、目いっぱいに涙を湛えていた。別れの日に涙はよくない。だから、懸命に堪えているのだろう。暫く、出港した船を見送っていたアルメリアに声を掛けてきたのは、ミデル・ウェルシナであった。


「それじゃ、行こうかアルメリア?」


断る理由もない。促すミデルもとへ足を向けたアルメリアを呼び止める声があった。


「アルメリアっ?」


「アスレット」


「‥‥どうしても今のままじゃ駄目なのか?」


苦しそうな表情で訴えるアスレット事アルフェルトの伝えようとしている言葉の意味が分からない。


「え?」


『ふむ‥』


「若いねぇ〜」


『若いのぅ〜』


「ん?」


茶化すようなピッピとミデルの声に困惑した様子のアスレット事アルフェルトに取り敢えず説明してみることにした。アルメリアは、引き留められるようなことをしようとしている訳じゃない。


「ミデルさんは、この近くで占い師をしているんですって」


「働かないと食えないからね」


「お小遣い二ヶ月分だからかなり迷っていたのだけど、恋占いは捨てられてないわ。一緒に行って占ってもらいましょうよっ」


「‥‥はあ〜〜〜〜っ」


渋い顔から頭を抱えて大きな溜息を吐き出したアルフェルトが、その場にしゃがみ込む。


「ん?アスレットっほら、行くわよっ」


しゃがみ込んだアスレット事アルフェルトと視線を合わせるために屈んだアルメリアは、膝に手を当てて片手を伸ばす。


「此処で占ってもらえばいいだろう?」


不満そうなアスレット事アルフェルトは、動こうとしない。


「私はね、手相より水晶の方が得意なんだよ」


「見えちゃうんですねっ?」


期待以上の占いをしてもらえそうだ。ワクワクと胸が弾む。ふふふと愉快そうに笑ったミデルが、町に向かって歩き出す。問答無用でアスレット事アルフェルトの手を握ったアルメリアは、迷うことなく、その背中を追いかけた。

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