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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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【番外編】ペンタス〜時を越える魔女

「はぁ〜ミデル・ウェルシナ。あいつと二人きりにしていいものか‥」


それぞれに考えることがある晩餐は、予想していたものより遥かに静か時間だった。メイン料理として出されたアスレットの好きな鶏肉ときのこのクリーム煮は、味さえ曖昧だ。


いつも使わせてもらう客間は、前世でも使っていた部屋だ。内装にも気配りが感じられる。温室があるプリムス家では、冬でも美しい花が花瓶に生けられて窓辺の飾り机に置かれている。しかし、気持ちが晴れない。ベットで上体を起こしたアスレット事アルフェルトは、昨夜の会話を思い出していた。


『私に付いてくる?』


そう尋ねたミデルの瞳は、獲物を狙う獰猛な獣のように見えて危機感を煽った。


「まさかとは思うけど‥」


背中に羽が生えたようなアルメリアだ。誘惑に絡め取られてしまう可能性もある。前髪を片手で掻き上げたアスレットは、眉間に皺を寄せていた。




「え?今日も泊まるの?」


「駄目か?」


「ううん。良いけど。明日が大変じゃない?」


明日は平日だ。学舎の門が開かれる。制服のないアスレット事アルフェルトは、早朝に帰宅するか、執事見習いのアルバートに取りに行かせるしかない。


(あっラムダスの制服を着ればいいかな‥?)


問題はサイズが合うかどうかだ。


「何か手伝えることがあるかもしれないだろう?」


「そうね。ミデル・ウェルシナの願いは、そう複雑なものではなさそうだし‥伝授してもらうレシピもアスレットに手伝ってもらえることがあるかしら?」


花壇の手入れの手を止めて考えてみるが、茶葉の専門知識がないアスレットに頼めるお手伝いが浮かばない。茶葉ではなく薬草の採取ならお願いできるだろうか。


「素直に私と話がしてみたいと言えばいいのにね」


「おはようございます」


声がした方向に顔を向けると、別館の玄関前に佇むミデル・ウェルシナが、楽しげな表情で目を細めていた。


「さあ、アルメリア、茶葉作りを教えるから付いておいで」


ミデルは、小さな子を呼ぶように手招きする。


「はいっよろしくお願いします」


外した手袋を叩いて砂を落とし、エプロンのポケットに仕舞うと、中途半端に水の入ったジョウロとスコップを花壇の端に寄せて駆けて行く。


「あんたは元気があっていいね。一緒に旅をしても退屈しなそうだ」


「俺も行く」


「うん」


少し不機嫌な物言いが気に掛かり、振り向いて確認するが、アスレットの視線の先は、自分の背後。ミデル・ウェルシナである。アスレットに刺すような眼差しを向けられていても彼女は、動じることなく含み笑いを浮かべていた。その表情は、少し意地悪そうに見えた。


「ミデル様、私もお尋ねしたいことがあります」


「なんだい?」


「ミデル様は、ご自分の師匠も看取られたのですよね?」


「‥‥そうよ。あの方がそう望んだからね」


(普通なら精神が崩壊するわよね)


終わりの見えない人生。愛する人がどんどん消えていく世界は、とても寂しいものに感じる。不老不死では、自分で自分の人生を終えることもできない。


「何故、不老不死なのですか?」


「作業をしながら話そうか?」


「はい。別館の一室が作業場になっています。今、ご案内します」


別館の玄関の扉を開いてミデルを促すと、微笑みを浮かべた彼女は、ゆっくりと屋敷の中に入って行く。険しい表情のアスレット事アルフェルトが、入るのを待ってから別館の東の端にある作業部屋へと、早足に向かう。




毎日使う作業部屋だ。掃除は、行き届いている。乾燥させた薬草をドライフラワーのようにして壁に掛けてあるので、殺風景とも思われないだろう。

部屋に入室して直ぐに行うことは換気だ。カーテンを纏めて、窓を開け自然光と風を取り入れる。


「私はね、師匠に助けられたの。目も見えない。声も出せない。体も動かせなくなっていく。絶望でしかなかった世界から彼女は救ってくれた」


何も聞かずとも何が何処にあるのか知っているようなミデルは、火打石でオーブンに火をつけて薪をべる。作業部屋の薬草や茶葉を慣れた手つきで計量し、小さな皿に移すと燻していく。無駄のない動きだ。ついつい見入ってしまう。彼女は、丁寧にひとつひとつ教えるタイプではないようだ。説明が一切ない。見て覚えろということだろう。アルメリアは、近くにあったノートに必要なことを書き込んでいく。


「‥凄腕のお医者様だったんですね?」


「いいや、魔女さ」


「魔女っ⁉︎魔女がこの世界にいるのですかっ?」


「ふふふ、この世界に‥ね?」


「え?」


不思議な言い方だ。


「あんたも転生者か?」


声に振り向くと、窓辺にいたアスレットが、鋭い視線を向けていた。


「私は時空を生き来できるのよ」


「え?」


「条件さえ揃えば、そうできるように過去に願いを叶えてもらったの」


「それって‥」


そんな、とんでもない願いを叶えられる人間はいない。そうなると、その相手は限られてくる。


「私には運命がない。不老不死だからね。世界から逸脱した存在なのよ。だから、私は何処かに割り込むしかないの」


「本来の運命を断ち切るためには、不老不死になるしかなかったのですね?」


生死の境を彷徨うミデルに救いの手を差し伸べたのは、人間ではなかったのか。危機的状況から脱するためにもがいたミデルは、人間であることを諦めなくてはいけなかったのだろうか。


「そうかもしれない。私は、いつでも私の望みの為に生きている。人ってそうじゃない?幾ら綺麗事を並べても結局は自分の為なのよ」


ミデル・ウェルシナは、掴みどころのない人だと感じる。今を悲観しているわけでも、現状に満足しているわけでもなさそうだ。


「何故、お祖母様に茶葉の秘術を伝授されたのですか?」


不老不死と関係があるのだろうか。


「それも私の為よ」


答えを聞けてもアルメリアには分からないことだらけである。


「時空を越える条件ってなんなんだ?」


ふふふと小さく笑ったミデルが、不敵な表情を浮かべていぶかしむアスレット事アルフェルトに人差し指を向けた。正確には、ズボンのポケットである。


ズボンのポケットからハンカチを取り出したアスレットは、そこに包んである青と赤い宝石を広げて見せた。アスレットが、難しい表情で宝石を見詰める。


此処でアルメリアは、以前リラが等価交換として時を越えた宝石が必要になると言っていたことを思い出す。


初代聖女リシュリーが、精霊王に願った長きに続く平和。それにも対価を必要とした。その理由が、人の身で願うには大きすぎる夢だったからだ。

時空を越える条件に時を越えた宝石が必要なら、似たような原理が働いているとも言える。彼女の証言に嘘はなさそうだ。


「過去を塗り替えることも可能ってことですか?‥それなら」


「成し遂げたいことがあるなら自分で動がなくてはね?」


アルメリアの脳裏に過るのは、過去の後悔である。北郷小春の時代まで遡れたら新田光一は死なずに済んだのだろうか。リシュリー王女の時代に遡れたらレイノルド・アズール・ピショップの死を防げるのではないか。せめて、前世の世界に戻れたらアスレットの人生を奪わずにいられる。


(もう一度やり直せたら‥)


「ほらね。人生ってそんなものだろう?私の旅に同行する人間は、稀にいるんだよ。でも、みんな精神をり減らして立ち止まる。先に進めなくなるんだ」


途方もない道のりのように感じる。未来なんで呼べない。闇の中に取り残されたようにすら感じてしまう。


「あんたはどうだろうね、アルメリア?」


「‥私は‥」


「いい加減にしろよっ!危険な旅にアルメリアを巻き込むなっ」


苛立つようなアスレットの声で現実に引き戻されたアルメリアは、作業部屋の中にいたことを思い出した。肌寒い外気を温めようとするオーブンの火が赤々と燃え、べられた薪は、パチっパチっと音を立てている。


「ふふふ。神に愛されし者か‥」


「え?」


「さあ、これで最後だ。私を精霊王のところへ連れて行っておくれ?」


乾燥させた薬草といぶした茶葉を皿の上で数回混ぜ合わせたのが、最後の工程だったのだろう。全てを終えたミデルの要求に応える必要がある。アルメリアは、急いで要点をノートを書き込んで、祖母のフィカスがいるだろう温室へと足を向けた。



秘薬が効いているのだろう。温室のアリストロメリアの赤い花を確認していたフィカスは、いつも通りの様子に見えた。これから、王宮へ向かうことを告げなくてはいけない。温室の中には、季節外れのアリストロメリアが咲いていた。


「ミデル様、私に秘術を与えてくださったことを深く感謝しております」


優しい花の香りに包まれたフィカスが、皺くちゃな手をミデルの手に添える。


「もう一度会えてよかった。フィカス、愛する者達と残りの人生を楽しむんだよ?」


励ますようなミデルの言葉にフィカスは、涙を浮かべたまま微笑んだ。


「どうか、夢を叶えられますように‥」


「ありがとう」


別れの挨拶をしたミデルは、優しげに微笑む。

今生の別れである。

アルメリア・プリムスとして二度目の人生だ。しかし、これから何が待ち受けているのかは、分からない。不測の事態も起こり得るかもしれない。ミデルは、此処で別れを済ませておくつもりのようだと、フィカスも理解しているようだった。本物の別れを口にするふたりは、見ているだけでも、胸を切なくする。

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