【番外編】ペンタス〜バレンタイン
「これで‥いいんでしょうか?」
材料は、チョコレートと生クリームだ。食べられないことはない。そう信じたい。
事の発端は、二月十四日のバレンタインデーである。ステファニア王国にバレンタインデーはない。そもそも、異国の果物を使って作られるチョコレートは高級品であり、平民の生活には縁遠いものなのだ。そんなものを贈り合う文化が発展する訳はない。
ステファニアの聖女アルメリア・プリムス。彼女には、転生前の記憶があり、バレンタインデーに憧れのような感情を抱いていた。何故なら前々世の彼女は病弱で、学校にも満足に通えず、恋愛を楽しむ年頃には、病院のベットに横たわる日々が続いた。恋人を作る機会すらなかった豊城澪香は、漫画やドラマなどで取り上げられるイベントをただ見ていることしかできなかった。
友チョコを友人の天音優と贈り合ったのが、楽しかった記憶として残っている。その頃の思い出をみんなと共有したい。みんなとは、現世の友人であり、同じ学園に通う生徒たちである。
生徒会の応援部長として何としても通したい提案であった。
「つまり、男は貰うだけでいいと‥」
慎重な口振りで発言した二年生のアルバートン・クライブに眼鏡の智に手を添えて持ち上げたルーク・ファンレイが、眉を下げて危機感を口にする。
「いえ、これは‥遺恨となる可能性もありますよ?結果に天と地の差があるでしょうから‥」
「恋愛とはそんなものですっ!しかし、怯えていては、秘めた気持ちを伝えることができません。愛する人に自分の気持ちを示すきっかけの提供なのです。つまり、青春の思い出作りを生徒会で全生徒に提案しましょうっ」
強制参加させるという訳じゃない。あくまでも提供なのだ。それにどう関わるかは、本人たちに委ねることになる。
「ふーん。俺はいいけど‥」
興味の無さそうなアルバートンは、目を細め適当な返事をしただけだ。しかし、アルメリアは逃さない。
「はいっアルバートン副会長補佐の賛成をいただきました。次の人っ?」
迫るようなアルメリアの視線に追い詰められた様子のルーク・ファンレイとアルフェルト・レガーが、視線を交わし合い黙り込んだ。
「ここは慎重になる必要があるだろう‥つまり、一つも貰えない生徒が‥」
挙手をして発言したのは、ルアン・ウィリアムだった。睨み付けるようなアルメリアの視線にたじろぎつつも意見を口にする彼は、度胸があるのだ。
(貴方は、アネッサちゃんから貰えるでしょうっ?)
叱り付けてやりたくなる。
「ん。そうだな。婚約者がいない生徒はいる。俺みたいにな?」
軽く手を挙げながら同調したのはアレン・カーストンである。侯爵家の次期後継者であるアレンには、浮いた話がない。しかし、こっそり想いを寄せる相手はいるかもしれない。この際、令息でも令嬢でもいい。逆バレンタインデーという言葉もある。他人の恋愛事情だ。性別など問題にするのはナンセンスだろう。どんな相手であれ、このイベントで満を持して姿を現すのなら何れは、アルメリアに感謝する筈である。
(臆病風に吹かれている人には、この熱い気持ちが分からないのよっ)
前々世でバレンタインデーに因んだ歌が頭を駆け巡るアルメリアは、この場で何曲も披露したい気分なのである。
(あんた達は、攻略対象者なんだから贈り物が好きでしょうっ?四の五の言わずに賛成しなさいよっ)
さっさと誰かに攻略されてしまえとさえ思う。乙女ゲームでは、好感度を上げる贈り物は必須アイテムなのだ。
「それでしたら、生徒会で何か記念品を贈るのは如何でしょうか?」
上品な所作で手を挙げて発言したのは、アネッサ・ホフトンであった。
「学園の校章が押されているハンカチなどは如何ですか?」
続いて発言したのは、アニーシャ・ナイゼルである。これにエシャリ・ルシーラが、胸の前で両手を合わせて微笑む。ライラック学園の紋章は、羽根ペンにライラックの花が添えてある模様で、学園からの手紙の封蝋印としても周知されており、とても人気がある。
「素敵な記念品になりますね」
「女生徒から不満の声が上がるんじゃないのか?」
手首を挙げる動作で発言をしたのはアルフェルト・レガーだった。
(お主もそちら側に立つのかっ?)
ちっと舌打ちしたい気分を歯噛みして堪えるアルメリアに皆の視線が向けられた。
「何か打開策はありませんか?」
生徒会長のルーク・ファンレイが眉を下げて尋ねてきた。冷静になれば、女生徒だけに記念品がないのは問題になる。此処は学舎である。例え、建前だとしても男女平等の信念を捨ててはいけない。
「えっと、バレンタインデーは、本来なら男性が好きな女性に愛の告白と共に薔薇の花束を渡す行事なのですが、時代と共に女性が男性に愛を伝える行事へと変化しました。そして、お返しとしてホワイトデーという日があります」
「ホワイトデー?」
目を丸くしたルイス・チャールズが首を傾げる。
「女性にチョコレートを貰った男性が、お返しとしてクッキーや飴を渡すのです」
飴は好き。クッキーは友達というように贈る物に意味を持たせる場合もあるが、そこは省略させてもらう。
「つまり、ホワイトデーには、女生徒にハンカチを贈るということか?」
眉を顰めたアルバートンにアルメリアが返事をする前にアリシャーヌ・オーガレットが挙手をした。
「ハンカチではなくブックカバーなどは如何でしょうか?」
「それはいいですね」
ルーク・ファンレイの目元が和らいだ。ライラック学園では、持ち歩く辞書にお手製のカバーをつけている生徒を目にする機会は多い。勤勉な生徒たちは、ブックカバーの方が喜ぶのかもしれない。
「チョコレートや飴などは飲食物ですから、学園への持ち込みとして相応しくないと思います。なので、女生徒はハンカチを男子生徒はリボンを用意して贈り合うのは如何でしょうか?」
「生徒会は、記念品として全生徒にブックカバーを贈ればいいと思います」
ルティアナ・バレットの意見に賛同の拍手が響いた。
「発案者のアルメリア・プリムス嬢。如何でしょうか?」
「はい。いい案だと思います。ブックカバーの制作は、購買部に引き受けていただきましょう」
例え善意だとしても引き受けた家門が、利益を独占していると難癖をつけられる恐れがある場合は、制作費を出して学園の関係機関にお願いする方が無難だ。
「生徒会の予算から捻出するにも学園の許可が必要になりますね。こちらは僕が引き受けます」
すんなりと学園への申請手続きを引き受けてくれたルークは、生徒会室全体に視線を向ける。黒板を正面にして長机が置かれている。その両脇に二台の長机が並べて置かれており、男女に別れて座っている。
皆の視線は、司会進行をする生徒会長のルーク・ファンレイと副会長のアルフェルト・レガーに向けられていた。
「デザインに関わりたい方はいませんか?」
「アニーシャさんならよろしいのではありませんか?」
挙手をして答えたのは、エシャリ・ルシーラである。その瞳は、期待で輝いている。
「推薦する声がありますが、アニーシャ・ナイゼル嬢、如何でしょうか?」
「はい。やってみたいです」
頬を染めて答えたアニーシャは、社交界でもセンスがいい令嬢として定評がある。彼女の手掛けるブックカバーは、素敵なものに仕上がるだろう。
「では、近日中に幾つかデザインの提出をお願いします。それを元に予算と合わせて意見を出し合い、決定したいと思います」
そんな流れで新企画のバレンタインデーは、受け入れられていったのである。初めての試みだ。学園側も慎重になり議論を重ねたようだった。正式な許可が下りたのは、会長と副会長が許可申請を提出してから一週間後になる。男子役員が中心となって作られた掲示物を貼り出すと、多く関心が向けられた。
「バレンタインデー‥ですって」
「まぁ‥学園から記念品が贈られるらしいわ。楽しみね」
各々に立場がある。反応もそれぞれだ。早速、刺繍を始める女生徒もいた。この物語の主人公アルメリア・プリムスもそのひとりである。休み時間や昼休みに仲の良い友達と集まって刺繍をハンカチに配う。
贈るハンカチの色は黄色だと決めていたが、思うような質感と色味に巡り会えず、屋敷に訪れる仕立て屋に頼んで生地を取り寄せてもらったのだ。失敗は許されない。
「素敵なハンカチね」
「ありがとうございます」
「‥その刺繍は‥?」
不思議そうに首を傾げたエシャリにアルメリアは、にっこり笑んで返した。
「縁起物にしようと思って‥」
刺繍に願いを込めるのはよくあることなのだ。アルメリアが選んだのはカエルである。木製の刺繍枠で挟んだハンカチに緑色と芥子色の刺繍糸で図柄を刺していく。
「エシャリさんのは随分と可愛らしい刺繍ですね」
「えぇ、お好きなものがいいと思いまして‥」
蓬色のハンカチに藤色と白い二羽の小鳥が右端に並んでいる刺繍は、見ているだけで和やかな気分になる。
アネッサとルティアナにアリシャーヌ。三人のモチーフは、色違いの薔薇である。アネッサは赤い薔薇。ルティアナは、白い薔薇。アリシャーヌは桃色の薔薇。配置も大きさも異なるが、どの薔薇も美しい。
話に加わらず、ひとり羽根ペンを握って眉間に皺を寄せているのは、アニーシャ・ナイゼルである。彼女は、全生徒に配布するブックカバーのデザイン画を描いている最中のようだ。幾つかの候補を用意しなければいけないアニーシャは、ノートに絵を描いては唸るを繰り返していた。
「アルメリア、明日の休みなら大丈夫そうよ?」
手を止めて声を掛けてきたのはアナイス・レガーだった。彼女は、王太子妃候補のひとりなのだ。彼女の手元の艶めく白いハンカチには、金の刺繍糸で葉が、紫色の刺繍糸で蕾を表現する上品なデザインが見えている。
王太子妃候補として学ぶべきことは多い。学生の身である彼女は、王宮の出入りを頻繁に行い、学ぶことが容易ではない。そこで、王妃殿下が選んだ礼儀指導の先生が、レガー家の屋敷までやってくるようなのだ。だから、休日とはいえ参加できるのか不安だった。
「良かったわ」
ワクワクを抑えきれずに、にっこり笑んだアルメリアの前で誰かが足を止めた。
「アルメリアさん、あの‥私も参加してもいいでしょうかっ?」
「え?」
「私、皆さんがチョコレートを作るのだと話しているのを聞いて‥是非ご一緒させていただけないかと‥」
気不味そうに伏した目を時折、こちらに向けつつ声を掛けてくるのは、男爵令嬢のアミル・ルイーズであった。その場の空気が凍りつくのを感じる。
「え、えっと‥」
「お願いしますっ!私、皆さんと仲良くしたいんですっ」
些か前屈みになり、両手を胸元で組んで必死に懇願するアミルにアルメリアは、言葉が出てこなかった。
「え、えっと‥」
視線を彷徨わせるように皆を窺うと、気不味そうな表情を俯きで隠していた。手元に集中しているように見えるから厄介だ。救いを求めるアルメリアの視線に反応して振り向いたアナイスが、にこりと笑んだ。
「私はアルメリアが良ければいいわ」
(意味深っ!これは、貴女分かっているわよね?っ的なやつかしらっ?それとも‥聖女としての意見を尊重するわよ的なやつ‥?)
できれば和気藹々と楽しい時間を過ごしたい。
(でも、此処でごめんなさいと言うのもね‥)
昼休みでも教室に残っている生徒たちはいる。彼らが、聞き耳を立てているのは分かっているし、肩身の狭そうなアミルも泣き出しそうな顔でいる。形勢は不利だ。
「プリムス家の調理場は、それほど広くないの。それでもよければ‥」
狡い言い方だと分かっているが、相手に察してもらえると有り難い。
「大丈夫ですっ!」
食いつくようにアミルが目を輝かせた。
「そうですか」
こちらが、察するしかない。アミル・ルイーズは、第一王子のユリアスと一緒に行動する機会が増えていた。もしかすると、二人の間に何かしらの進展があったのではないかと噂する野暮な声もある。学園では距離を取っているふたりが、もし恋仲だとしたら‥。何れ、アミル・ルイーズも王太子妃候補のひとりとして名が上がることになる。聖女のアルメリアと不仲という関係は、払拭したい筈だ。侯爵令嬢のルティアナ・バレットや社交界で人気を集めるアニーシャ・ナイゼルとも関係改善を図りたい気持ちも一応理解はできる。
(ちょっと、無理矢理すぎないかしら?)
アルメリアに邪魔をするつもりがないとしても、険しい彼女達の横顔が物語っているように感じてならない。機を窺っていれば輪に加わるのに丁度いいタイミングがあると思うのだ。それは今ではない。しかし、諭すことも難しいものだ。
アルメリアは、アナイスの親友であり、アミルの味方にはなれない。
「で、では、明日のお昼過ぎにプリムス家にいらしてください」
そう返事をするしかなかった。何度も頷いてから微笑んだアミルは、幸せそうだった。だから、こうなるとは誰も思わなかったのだ。
事前に天音秀事アスレットからチョコレートに加える生クリームを分けてもらい万全の態勢で望んだお菓子作りだった。調理場には、料理長の妻アルプもいる。なのに‥。
「まるで石のようね」
「歯が立たないとは、正にこのことですわ」
出来上がったトリュフチョコを口に含み噛み砕こうとするのはエシャリだ。しかし、びくともしない。
「アルプっ」
救いを求めて振り向くが、視線を下げていた彼女は、お腹の前で両手を合わせた姿で謝罪した。
「申し訳ありません、お嬢様。経験が不足していまして‥」
アルプの所為ではない。プリムス家では、高級なチョコレートを食べる機会があまりないのだ。だから、必然的にそれを使ったお菓子作りの頻度も少なくなる。
「お湯が入ってしまった所為かしら?」
「温度の所為ではないかしら?」
片手を頬に当てて悩ましげに考え込むアネッサの隣でルティアナが、温度計に疑いの眼差しを向けている。
前世のチョコレートとは違うのだ。生クリームも天音秀事アスレットが、野草のムンカを生成して作り出したものだ。何処かで予期せぬ化学反応が起こってしまったと考えるしかない。
「リズリー様は、参加されないのですか?」
「ええ」
リズリー・アデレード。生クリームを作り出した天音秀事アスレットの婚約者である。リズリー事與田理人は、今回のお菓子作りの不参加を表明している。彼曰く「元料理人に素人が作ったチョコレートを渡しても喜ばないだろうっ?俺には、ハードルが高すぎる‥」とのことだった。きっと、前世でも貰う専門だったのだろうと推察できる。
(天音くんに先生になってってお願いすれば良かったのかしらっ?でも、アスレットが嫌がるだろうし‥)
頭を抱えてしまいたい。そんな時、誰かの手が頭上に降りてきた。
「見事に失敗したな」
「あなたは‥どうして此処に?」
振り向いて驚いた。普段なら下ろしている癖のない美しいミルクティー色の長い髪が、肩口で一つ結びされている。澄んだターコイズブルーの瞳でこちらを見ていたのは、リズリー・アデレードだった。間近で見ても欠点のない陶器のような白い肌には、目を奪われてしまう。しかし、彼女が此処にいる意味が分からず、困惑する。
「ん?様子を見てこいって言われたんだよ。ルティアナ・バレットの言う通りだ。温度に注意しろ。お湯を入れるなんて邪道も以ての外のだぞ?」
『さぁ、やり直すぞ』と、腕捲りしながら声を掛けたリズリーにアミルが眉を下げる。
「やっぱり、アデレード様も参加されるのですね。よかった。アスレット王子殿下からお料理が上手だと聞いていたので期待していたのです」
甘えるように、にっこりと笑んだアミルに表情を曇らせたリズリーは、ぎこちなく視線を逸らした。
「あれは‥些か誤解がある。でも、嘘じゃないかもな。少なくともお前達よりは経験者だ」
「二組になれ。湯煎の際、チョコレートにお湯を入れないようボールを押さえる者と混ぜる者に分かれる方が効率的だ」
テキパキと指示を出す與田理人事リズリーの声を合図に隣り合うアニーシャとアリシャーヌが、目を合わせる。アンジェリカとリサは、互い微笑み合う。阿吽の呼吸だ。銀のボールを持ったルティアナとヘラを持ったアネッサは、自然と互いに近付いていく。すると、残るのはアルメリア、アナイス、エシャリ、アミルの四人である。アナイスとアミルを組ませる訳にはいかない。しかし、空気を読んで表情が強張っているエシャリに頼むのも気が引ける。仕方なくアルメリアが、肩身を狭そうにして俯くアミルへと近付いていく。
「よろしくお願いします」
「アルメリアさんっ」
救いの藁に縋り付くようなアミルの表情に苦笑いを浮かべてしまう。
(皆さんと仲良くするつもりじゃなかったみたいね)
アミルが仲良くなりたいお目当ての人は、隣国の第三王子の婚約者リズリー・アデレードのようだ。しかし、前世に男性だった記憶があるリズリーは、女性の友達を求めていないようだった。アタックしても振られてしまうのだろう。與田理人事リズリーは、諸々の事情の知っているアルメリアに、気を許している節がある。アミルが、それを何処かで知ったのだと推測するなら、納得の展開だと言えそうだ。
(さっきまでリズリー様って呼んでたのに‥結構、強かなのよね)
アナイス・レガーより出遅れたアミル・ルイーズは、自分に合った人脈作りを始めようとしているようだった。自国の令嬢たちは、逆境に屈せずに返り咲いたアナイスを支持する者が、圧倒的に多い。そこでアミルが目を付けたのは隣国なのだ。隣国の王子の婚約者。この肩書きは伊達ではない。彼女と親しくなれれば、外交で有利に働く。與田理人事リズリーは、天然ではない。全てを分かっていて、この場にいるのだ。素っ気ないリズリーの気を引こうと試みるアミルは、大人しい健気な少女を演じているようだった。仲の良い人は誰もいない。確かに輪に加われないアミルは、孤軍奮闘しているようにも見える。しかし、それに同情するような人は誰もいない。
(リズリー・アデレードには、あんな問題を起こした少女を加えるお人好し集団に見えているでしょうね)
現実は滑稽だと言える。みんなで何とか形になるまで悪戦苦闘しながら挑戦を続けたが、前世のチョコレートに比べるとまだ固い。味も甘すぎるように思う。
「まぁ、初めてにしてはよく頑張ったって出来栄えだな。お疲れ」
素っ気なく背を向けたリズリーは、侍女の案内を待たずに、そのまま手を振って廊下を進み、玄関へと向かってしまう。まだ納得の仕上がりではない。でも、お礼はどうしても伝えたい。
厨房の窓を開け放ち顔を出したアルメリアは、庭に停車している王宮の馬車に乗り込むリズリーに声を張る。
「ありがとうございますっ!」
「おう」
にっこり笑んだリズリーは、淑やかな令嬢には見えない。けれど、茶目っ気が見え隠れする彼女は、一部の女生徒にお姉様と呼ばれ慕われる程に人気がある。ひとりでさっさと馬車に乗り込んだリズリーを追いかけていくのは、アミル・ルイーズだった。
「待ってくださいっアスレット王子殿下にもチョコレートを渡しましょうっ?きっと喜ばれる筈ですっ」
「喜ぶよ。あいつは何をやっても嬉しそうにする。優しい奴だからな。でも、それに甘えて自己満足を押し付けるのは嫌なんだよ」
その返事を聞いた護衛の騎士が、馬車のドアを閉じてしまう。素っ気ない返事をしたリズリーを乗せた馬車は、プリムス家の屋敷から離れていく。その馬車が見えなくなるまでアミルは、その場に立ち尽くしていた。
ペンタスの花言葉は「希望が叶う」「願い事」などです。その由来は、ペンタスの花が小さな星に見えることからだそうです。皆さんは、流れ星に願い事をしたことはありますか?