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隣国の聖女に攻略方法はありません  作者: 藍麗
カキツバタ(幸せはあなたのもの)
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【番外編】エキナセア(前編)

厚いカーテンを閉ざした暗い部屋のベットに腰を落ち着けたまま頭を抱えるネグリジェ姿の女性がいた。


「こんなの嘘だわ。全てが悪夢なのよ。きっと目が覚めるわ。きっと‥」


朝の身支度を整えることもせずにブツブツと呟く母親の嘆きを聞いていたカイン・ロックスは、薄く開かれた部屋のドアを静かに閉じた。




「お母様は、あれから部屋に籠もってガクガク震えてブツブツ言ってるんだよっお前もお母様には、世話になっただろうっ?」


二年生のロッテナの教室の前までやってきてアリシャーヌ・オーガレットに詰め寄るカイン・ロックスにエシャリ・ルシーラは、アニーシャ・ナイゼルと揃って顔を顰めていた。恥も外聞もないとは正にこの事だ。嫌がり背を向けたアリシャーヌの腕を掴んで懸命に引き留めても彼の口から謝罪や改心の言葉は出てこないようだった。これには些か呆れてしまう。


「そうね」


「な?頼むよ。もう一度やり直したいってオーガレット伯爵に懇願してくれよ」


「ロックス夫人には、散々嫌味のお世話になったわねっ悪いけど‥過去が今を結び付けているのよっ貴方との結婚なんて絶対にお断りだわっ」


腕を振り払って教室へと逃げ込んだアリシャーヌを追いかけて、エシャリとアニーシャも移動しようとした。


「お前たちの所為だからなっ!」


「身から出た錆だと思いますわ」


今までアリシャーヌとエドモンドの恋路の邪魔をしてきたカインは、ふたりの幼馴染でもある。優しいアリシャーヌが、追い詰められたカインの現状に僅かながらも同情しないのは、積み重ねられた行い故なのだ。


「なんだとっ⁉︎」


「貴方が今までしてきた軽はずみな行いの結果です。学園を卒業するまでは、曲がりなりにもロックスと名乗っていられるのでしょう?今からでも良い父親になれるように励むべきですわ」


なんでも怒鳴ればいいと思っているのだろうか。

正直、煩いだけである。

ロックス伯爵が、下町で暮らす息子のカイリ・ロックスとその母親を屋敷に連れ戻したという噂は、社交界で瞬く間に広がった。その行動が意味することを説明する必要はない。


廃嫡になったカインは、貴族に拘るのならエズラ準男爵に頭を下げて入婿にしてもらうしかないのだ。次期伯爵としての価値を失ったカインの元を離れる仲間は多いとも聞く。恐らく、げ替わるカイリ・ロックスに鞍替えする魂胆だろう。


ロックス伯爵の屋敷で暮らすカイリとその母親は、手厚い待遇を受けているらしい。その反面、カインとその母親は、肩身が狭い筈だ。今まで大きな顔をして踏ん反り返っていたカインが、学園を卒業し屋敷を去る。その日を考えて塞ぎ込むロックス夫人の話も風の便りで聞こえてきている。だが、同情の余地はない。

彼女がもし、幼いカイリとその母親を虐めていなければ、伯爵夫人としての居場所は、あった筈である。愛人やその息子に優しくしてやる必要はない。だが、賢く切り抜ける手段くらい貴族令嬢の素養があれば熟せたと、成長したカイリも気が付けている。ロックス夫人に敵対心むき出しのカイリが、次期伯爵に無事収まれば、誰がロックス夫人になるのか考えるまでもない。次は自分の番だと、怯えるのも仕方ないことだろう。


ふんと顔を逸らして教室へと向かうアニーシャに続いたエシャリは、油断していた。俯きながら怒りを抑え込むカインは、辛抱が効かない人なのだ。

突如、背後から腕を掴んで引っ張ったカインに片足を引き摺るエシャリがよろけた。

折れた訳じゃない。しかし、足首の捻挫は安静にしている必要がある。痛みで顔を顰めたエシャリの肩を支えてくれた人物に顔を向けて、思わず頬を染めた。二年生のニクロスに在籍するルーク・ファンレイである。


「ファンレイ様」


「カイン・ロックス。貴方は、また暴力で解決しようとしているのですか?」


「根も葉もない話をでっち上げられて苦労しているのは俺だぞっ?」


「捏造ならそのように証明すればいいだけだと思いますが‥」


できるならそうしているだろう。カイン・ロックスが、エズラ令嬢のお腹の子の父親ではない。それは、いくらでも考えられる結果であった。あの現場に居ただけだと。ただ、それを証明をするには、本当の父親の名前を告げる必要がある。しかし、貴族の世界は稚児ややこしいものだ。身分の壁は大きな障害になる。社会の繋がりを保つためにえて濡れ衣を纏う必要もあるのだ。

恐らく、伯爵家のカインより身分の高い男性が関わっているのだろう。父親のロックス伯爵は、出来の悪い息子の潔白より黙殺を選んだのだ。


「発言する権利を奪われた訳ではありませんわよ?」


ただ、犠牲が予想される。父親に見捨てられたカインには、抱えきれないのだろう。


(おかしなお友達と仲良くしていたツケですわね)


よくない現場に居合わせるだけでも罪を押し付けられることは、あるものなのだ。


「ルーシラ嬢、救護室へ向かいますか?」


その必要はないと思うが、気遣わしげなルークの顔を見てしまうと、否定することが躊躇われる。

目を伏せたエシャリに忌々しげな舌打ちをしたカインが、ズボンのポケットに両手を突っ込んで廊下の真ん中を歩いて行った。通りかかった生徒たちは、皆が迷惑そうにしながら不機嫌なカインを避けるようにして道を譲る。その背を眺めていたエシャリにルークが、遠慮がちに声を掛けてきた。


「ルーシラ嬢?」


思わずハッとしてしまう。


「は、はい。救護室に向かいますわ。腫れてしまっては嫌ですから」


「では、付き添います」


(ルーク様‥)


入学式の新入生代表の挨拶で壇上に上がった彼を見てから、ずっと気になっていたのだ。二年生で生徒会の会長を務めるルーク・ファンレイは、ライラック学園の恒例行事となっている新入生に贈る叱咤激励も行った。その凜とした声と姿に体が痺れたのだ。


優しくて頼もしい男性だと思う。きっと、彼に想いを寄せている令嬢も多いだろう。


恥ずかしさで俯きながらも頷いて返したエシャリに腕を貸してくれる。エスコートされている気分に酔いしれそうだ。ズキっと痛む足首が、現実にエシャリを繋ぎ止めてくれる。教室の中から案じ顔を向けるアニーシャとアリシャーヌに微笑むとエシャリは、ルークの腕に両手を添えて歩き出した。


(私の婚約者が、こんなに素敵な人だったらいいのに)


何度も思ったことだった。ルークのように飛び抜けて、学問に秀でている訳でもなく、とびきりの器量良しでもない。伯爵家のルークに子爵家のエシャリが見初めてもらうのは難しいだろう。


(その要素がないものね)


エシャリは、出かけた溜息を飲み込んで救護室の前で足を止めた。ノックをしてからドアを開けると救護室には、二人の男子生徒がいて養護教諭の先生が、怪我をした生徒の手当てをしているようだった。かすり傷のようだが、血が滲んでいる。


「あら、ルシーラさん。貴女どうしたの?」


エシャリを見て目を丸くした養護教諭には、お世話になったばかりだ。苦笑いするしかない。


「腕を引っ張っられた際に足首に痛みが走ったようなのです。診ていただけませんか?」


エシャリの代わりに落ち着いた説明してくれたルークにうっとりしてしまう。


(私をよく見ていてくれているのね)


ルークの目に自分が映っていると思うと嬉しくなる。


「もっと、早く動けたらよかったのですが‥」


「いいえっファンレイ様の所為ではありませんわ」


申し訳なさそうに視線を落としたルークに慌ててしまう。だから、少し大きな声になってしまった。こちらに視線が集まってしまうのでエシャリは、染めた頬を俯きで隠す。しかし、ルークは、正面の窓の外に視線を向けた。


校庭の木の枝に止まっている小鳥たちが、さえずっているようだ。


ルークの横顔を見上げたエシャリは、その視線を追いかけて寛ぐ小鳥たちの中に見覚えのある藤色の小鳥を見つけた。


そこだけ花が咲いたような色彩になっているので、見つけるのは難しくない。思わず、口をへの字にしてしまう。ルークは、吸い寄せられるように救護室の中へ入ってしまうと、窓を開いて手を伸ばした。可愛らしく小首を傾げる小鳥が憎らしい。


「おいで」


ルークの声に反応して藤色の小鳥が、その手に降り立った。いとしそうに手のひらの小鳥を見詰めるルークに置いてきぼりにされたエシャリは、頬を膨らませてしまう。


(これがなければ完璧なのに‥)


ルーク・ファンレイは、小鳥に愛を捧ぐ人なのだ。それをエシャリが知ったのは、つい最近である。いつもより遅い馬車の到着を待つ間、放課後の中庭を散策していたエシャリは、そこで愛を囁く声を聞いた。ときめきながら耳を澄まして暫し‥その声音に胸が騒ついた。本来ならその場を離れる場面でエシャリは、忍び足でこっそり近付いたのだ。


「とてもつぶらな瞳の貴女が、愛しいのです。共に生きてくれませんか?私は一生貴女だけを‥」


(ルーク様っ⁉︎)


中庭の池のそばにで愛の言葉を告げていたのは、ルーク・ファンレイだった。あまりの衝撃に言葉を失う。口を両手で覆ったエシャリが、相手を見ようとして目だけを動かした。しかし、ルークの正面に誰かが立っている様子はない。


一瞬、予行練習かともよぎった。


しかし、甘い瞳が捉えているの視線の先を確認して、愕然とする。ルーク・ファンレイの恋の相手は、木の枝に止まり羽を休める藤色の小鳥だったのだ。


(頭がおかしくなりそうですわっ)


ぶんぶんと激しく首を振って懸命に邪念を追い払う。


(小鳥に嫉妬しても始まりませんわ)


そもそも、小鳥でいいのなら自分でもいい筈である。自分には、翼はない。しかし、抱き締め合える腕がある。指輪を嵌める指があるのだ。その手を繋いで歩くことができる。人間には必要な筈である。


「ファンレイ様、手を貸してくださいませんか?」


窓辺で小鳥を指先で撫でるルークに、できるだけ柔らかく微笑んだ。片手を差し伸ばし小首を傾げて催促するエシャリに視線を向けた小鳥も首を傾げる。


ルークが、こちらに視線を向けると手のひらの上の小鳥は、飛び立ち近くの木の枝に止まってしまう。残念そうに眉を下げたルークが、こちらに向かってくると、椅子に座ったままの養護教諭に声を掛けてお辞儀をした。


「ルーシラ嬢をよろしくお願いします」


そういうとドアの入り口に佇むエシャリを横切り廊下へと出て行ってしまう。その頃合いで廊下に予鈴の鈴の音が響いた。声を掛ける訳にもいかない。エシャリは、切なげな眼差しでルークの背中を見送ってから、養護教諭の前の椅子に向かって歩き出した。




向けられる視線に振り向くこともなく去って行ったルークを思うと切なくなる。生徒会の仕事中でも、盗み見るエシャリの視線に我関せずのルークは、関係する意見だけにしか関心を向けない。


(気が付いているわよね?)


夕飯の席で小さな溜息を吐き出したエシャリは、コーンスープを一匙掬って口に運ぶ。


「エシャリ、また足首が痛むのか?」


父に声を掛けられてエシャリは、視線を上げた。言い訳などできない。


「痛みは、だいぶ引きました」


「ならよかったわ」


胸を撫で下ろし穏やかな表情を浮かべる母に余計な心配を掛けたようで申し訳ない。食事の手を休めて視線を向けてくれる両親の態度を当たり前だと思ってはいけない。


ステフニア王国は、男尊女卑の国である。待望の第一子が、娘であったのにいとうことをせずに大切に守り育ててくれた両親には、感謝しかないのだ。


(お父様とお母様は、愛のない結婚をした訳じゃないのよね)


貴族は、政略結婚が主流だ。けれど、だから愛がないという訳じゃないとエシャリは知っている。

両親が互いを大切にしていることは、近くで見てきたので分かるのだ。


(おふたりは、お祖父様たちが取り決めた結婚を受け入れたけれど‥お父様は、きちんとお母様にプロポーズなさったのよね)


エシャリは、スープをお替わりした弟に視線を向けた。ワゴンのそばに立つ給仕の侍女が、スープを取り分けてテーブルに置くのをソワソワと待っていた弟は、まだ落ち着きが身に付いていない。視線で催促していた彼は、テーブルにスープ皿が置かれたとほぼ同時にスプーンを突っ込んで口に運ぶ。

三つ離れているのだから仕方ないと思うべきかもしれないが、悪戯ごとばかりに熱中している弟は、やんちゃで日常的に怪我も多い。再来年には、ライラック学園の入学試験を受けるのだから、もう少し紳士教養に熱を入れても良さそうだと思う。


(ルーク様にもこんな時期があったのかしら?)


想像ができない。でも、幼い頃のルークは、可愛いだろうと思うと、つい微笑んでいた。


食事を終えて部屋に戻ったエシャリは、侍女の手を借りて寝支度を整える。白いネグリジェを纏い化粧台の前に座ったエシャリは、髪の毛先をカーラで巻いてくれる侍女を鏡越しに見詰める。


燃えるような赤い髪は、母親譲りだろう。深い海の底を思わせる青い瞳は、父親譲りだ。


「赤髪は見窄みすぼらしいと思う?」


「え?お嬢様の髪をお揶揄いになる方がいらっしゃるのですか?」


「そうじゃないけど‥私の髪が‥ライラックの花のような紫色なら良かったのにと思うことがあるの」


目をぱちくりした侍女は、エシャリの言葉を聞くと優しげに微笑む。


「誰かと比べる必要などありませんよ」


きっと彼女は、第二王子の婚約者として一躍時の人となったアナイス・レガーを結び付けたのだろう。アナイス・レガーは、綺麗なライラック色の髪をした令嬢であり、エシャリの親しい友人のひとりだ。


「お嬢様もお嬢様の魅力に気が付いてくれる殿方と巡り会えますから」


優しく慰めるような言葉にエシャリは、首を振りたい気持ちをグッと堪えた。ルーク・ファンレイは、エシャリを美しいと思っていないだろう。

勝ち気な印象を与えるエシャリと、しとやかな雰囲気のあるアナイス。令嬢として好まれるのはどちらなのか。比べるまでもない。


(私を見初めてくださるとは思っていないけど‥せめてルーク様には、いい印象を持たれたいわ)


ルークが、学園を卒業する際には、生徒会の役員のひとりとして祝いの花束を渡したい。その時に、曇りなく微笑んでくれたら。それだけでいいのだ。


(お別れする時には、さようならよりありがとうの言葉が聞きたいの)


その瞬間を想像するだけでも涙が浮かんでくる。ステファニアの貴族は、ライラック学園の卒業を区切りとして受け入れ、結婚する人が圧倒的に多い。


きっと、ルークにも‥。そう思うとギュッと胸が締め付けられる。


「お嬢様っ?」


涙が頬を伝ってしまう。そんなエシャリに驚いた侍女から顔を隠すように両手で覆う。


「なんでもないわ。少し疲れたのよ」


「‥そ、そうですか」


憧れのままで終わる恋もある。理解していても苦しくて悲しい。


侍女が退室した後でエシャリは、毎日読み進めている小説を膝の上に置いて窓の外に視線を向けていた。とても、小説を読む気分にはなれない。


「小説の主人公は、仲の良い幼馴染と楽しい時間を過ごして愛を深めていくのよね」


男友達などいないエシャリは、小説の主人公たちに投影してルークと過ごす時間を想像するのだ。


(どうしたら男性と仲良くなれるのだろう?)


女性同士の交流しかないエシャリには、掴みどころのない疑問である。解決しない悩みに疲れて目を閉じたエシャリは、朝の日差しに目を覚ました。




小説には、同じ男性を好きになるライバルが必ず登場するものだ。だから、無闇矢鱈と好きな人を口外するのは、危険だと思う。気心知れた友人に足をすくわれるのがもし、自分だったら。小説の主人公のように機転を利かせて解決できるとは思えないからだ。


しかし、そうこうしている間にエシャリの周りの令嬢には、相思相愛の相手ができてしまっていた。


(同じ人を好きになる確率って思うより高くないのかしらね)


悩みの種のひとつは、自然と消滅してしまったのだ。この日のお昼休みは、普段は仲間に加わらないアルメリア・プリムスも持参したお弁当を広げて食堂の椅子に座っていた。彼女は、罰を受けている最中なのだ。


なんでも、伯爵令嬢のアネッサ・ホフトンと男爵令息のルアン・ウィリアムの仲を取り持った際に大きな過ちを犯してしまったらしい。


罰を受ける必要があると判断したアネッサは、婚約者と昼食を取るアルメリアを呼び出して一週間に一度自分たちと昼食を取るようにと提案した。


これだけなら罰のようには感じられないのだが‥。アネッサは、アルメリアに自分たちと昼食を食べる間の会話を禁じたのだ。筆談なら許されているアルメリアは、ノートを片側に置いて食事を食べて進めていた。


少し不自由そうにしていても食べることには、支障はない。みんなで仲間外れにしている訳でもない。淑女の鑑と呼ばれるアネッサらしいお仕置きだと思う。


(気心知れた婚約者と食事ができないのは、一週間に一度だけだし‥これでふたりの関係にひびが入るとは思えないわ)


何となく納得してしまう。アネッサは、言うほど怒ってはない。アルメリアの取り持ちがあったからルアン・ウィリアムとの関係も落ち着いたのだから些かの感謝はしているのだろう。ただ、もう少し、自由奔放なアルメリアを知って今後の対策に繋げたいというのが本音だと思うのだ。


「皆さんは、普段男性と、どのような会話をしていらっしゃるのでしょうか?」


勇気を振り絞って尋ねてみた。食堂の隅のテーブルを囲んでいるので、意図的に盗み聞きしようと近付かなければ、聞かれない筈なのだ。


取り敢えず周囲に視線を向けて確認したエシャリに、アネッサたちが食事を中断して首を傾げた。


「会話ですか?」


「普通に聞かれたことにお答えするだけですけれど‥」


男性のリーダーシップは大切だとみ思う。ルティアナ・バレットの答えに隣のアネッサが小さく頷く。


ホークをお弁当の蓋の上に置いたアルメリア・プリムスが、ノートに書いた文章をこちらに向けてくる。


【気になる方がいらっしゃるのね?】


その言葉を否定するつもりはないが、気恥ずかしい。視線を逸らしたエシャリは、もじもじとしつつも「ええ」と、答えた。


「それって鳥の人?」


ロッテナの同級生であり、普段から一緒に行動するアリシャーヌ・オーガレットとアニーシャ・ナイゼルには、誰とは言わず一足先に相談をしている。


アリシャーヌの問い掛けの答えを促すようにアニーシャが、視線を向けてくる。またエシャリは、「ええ」とだけ答えた。


【鳥?】


ノートを向けたアルメリアが、不可解そうな表情をしている。


「ええ、鳥よ。彼は鳥が好きなの」


「自然を愛でる趣味のある方なのですね」


「いいえ。鳥が好きなのです」


アネッサの言うように自然を愛でるだけだったら良かったのだ。普通の人ならそこで立ち止まっているだろう。しかし、ルーク・ファンレイは、小鳥に愛を囁く人なのだ。


エシャリとアネッサたちの会話は続いた。


「鳥が好きなのですよね?」


「はい。小鳥が好きなのですわ」


「飼われていらっしゃるのですか?」


「いいえ。野鳥相手に愛を囁いていらっしゃるのですわ」


「‥‥愛を?」


「はい。小鳥を愛していらっしゃるのですわ」


戸惑っているアネッサたちにエシャリは、真顔で答えた。自分が戸惑ってしまうと話が進まない。


「特定の小鳥を可愛いがり愛でているのではないのですわね?」


「はい。人生の伴侶にと考える程に愛していらっしゃるのです」


笑顔のないルティアナの問い掛けに答えてスッキリとした。思わず厳しい表情になってしまうものだろう。言葉を失くしたアネッサが、目を伏せた。言葉にきゅうする場面だろう。


「皆さんの率直な意見が聞きたいですわ」


「つまり‥小鳥を好いている方とお付き合いがしたいのでしょうか?」


眉根を寄せるルティアナにエシャリは、こくりと頷いて返した。


「言い難いのだけれど、親しくなる相手を選ぶ必要があるのではないかしら?」


「アリシャーヌさんっその相手がカーソン様だったらと置き換えて考えてくださいなっ?容易く諦めてしまいますか?」


「‥私、その相手がエドモンドだったら困るわ。私を一生懸けて愛すると誓った人が、小鳥に夢中になるなんて‥」


「残念な人がすぎるわよね‥」


困り顔のアリシャーヌの言葉に呆れたような表情で苦笑いしたアニーシャが、続いてトドメを刺す。

テーブルに手を置いて崩れ落ちそうになる体を支えたエシャリが、救いの眼差しを向けた相手は、アルメリア・プリムスだった。しかし、アルメリアは、何事かを考えているようで、こちらに視線を向けてこなかった。


「エシャリさん、焦る気持ちは分かるけれど‥私たちは、身を固める時期よ?結婚に結びつくお付き合いなのかを見極めなければいけないわ」


アニーシャの意見は、真っ当な意見だと分かる。貴族令嬢が、結婚適齢期を逃せば、お先には暗い。

ステファニア王国は、男尊女卑の国だ。男性と張り合うような役職にはけないし、慎ましく暮らしても厳しい生活を余儀なくされるだろう。


「焦っているのではありませんわ。お慕いしているのです」


「鳥人間を?」


「アリシャーヌさんっ小鳥を愛している人間ですわっ」


ルーク・ファンレイは、間違っても鳥人間ではないのだ。戸惑うアリシャーヌに声を張ってしまった。目を閉じ堪える彼女の姿にエシャリは、場違いでありながらも感心してしまう。か弱い貴族令嬢の振る舞いが身に付いているアリシャーヌは、同性でも守ってあげたいと思わせる女の子なのだ。勝ち気な自分とは違う。


「‥‥私は、か弱くも慎ましくもないけれど‥」


自分の良さが分からない。


(私の何処を好きになってもらえるのかしら?)


グッと胸が押されるようだ。込み上げてきた悲しみにエシャリは、俯きながら唇を噛み締めた。男性が好む女性を今更演じても、意味はないだろう。生徒会長を務めるルーク・ファンレイは、役員補佐としてそばにいるエシャリの性格を既に知っている。そもそも、演じた自分を好きになってもらえてもそれは、本当の自分ではない。


(一生演じながら生きていくのは虚しいでしょうね)


「お相手の方は、しとやかで慎ましい女性を好むのですか?」


落ち着いた声で尋ねてきたのは、ルティアナ・バレットだった。彼女は、凛とした芯の強い女性だ。侯爵家の次期当主となる可能性もあるルティアナは、気後れしない令嬢でもある。


「小鳥が好きなのだから、可憐な女性が好みなのではないかしら?」


思わず「うっ」とうめくような声が出てしまう。おっとりしているアリシャーヌは、核心を突くような言葉をポロリと口にするのだ。


エシャリは、どちらかと言えば男勝りな方だろう。


(やっぱり、私じゃダメなのかしら‥)


腕を抱えて俯きつつ心の中で自問自答する。だから、誰も何も言わずいる気不味い時間が流れていく。


「アルメリアさん、貴女はどう考えていらっしゃるのかしら?」


聖女であるアルメリア・プリムスは、物語の主人公として登場しそうな少女だった。誰もが認める美人であり、男女問わずに好かれる女の子なのだ。

男性ばかりの生徒会で唯一の女性役員として推薦されたアルメリア・プリムスは、奇抜な発想で生徒会の活動を盛り上げてきた。今の生徒会を作ったとまで言える人だ。


おずおずと尋ねたエシャリに、目を丸くしたアルメリアは、何も答えず穏やかな微笑みだけを向けてきた。その微笑みが否定的には見えずに戸惑う。


【小鳥に聞いてみて?】


向けられたノートの文章に皆で首を傾げてしまう。

エキナセアの花言葉は「あなたの痛みを癒します」です。

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